表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/173

トド町

 私を含め、8人全員が目を覚ましたのは昼過ぎだった。まるで深い海の底から、ようやく水面へと浮上してきたかのような感覚だ。体は鉛のように重いけれど、胸の奥には不思議な達成感が満ちていた。

 

 遅い昼食を囲んでいると、お父様とマーカスさんがやってきた。憔悴した顔つきのマーカスさんが、リオに早速依頼を持ちかける。

 

「山賊たちを捕らえたはいいが、檻が足りないんだ。悪いが、急いで作ってもらえないだろうか?」

 

 リオがすぐに頷く。マーカスさんは疲労の色濃い顔で続けた。

 

「全員で121名も捕らえたんだ。こんなのは初めてのことで、どうしていいか正直、途方に暮れている。それにしてもお前たちは本当にすごいな。どう見ても、ただの冒険者だったとは思えない。まるでスキルでも持っているかのような動きだったぞ」

 

「マーカス、そのことは今度落ち着いたら話すから、今は勘弁してくれ」

 

 お父様が苦笑しながら言葉を濁すと、マッドとリオも何食わぬ顔で頷いていた。

 

「今回の件はあまりにも規模が大きいから、鉱山島の視察はまた今度になった。ルルソン村が心配なので、俺とミランは魔法陣ですぐに戻ろうと思う。魔法陣のことはマーカスにだけは説明してあるから、何かあれば彼に相談するといい。マッドとリオ、申し訳ないが、この町の復興の手伝いをしてほしい。王都からの支援団が到着するまででいいから、それまで頼めるか?」

 

「父さん、俺たちはここでできる限りのことをするよ」

 

「僕も頑張るから安心して」

 

 マッドとリオの力強い返事に、お父様は心底安心したように目を細めた。

 

「ありがとう、二人とも頼もしいなぁ」

 

 そう言うと、お父様はマッドとリオの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた後、二人のことをぎゅっと抱きしめた。その姿は、いつも厳格な侯爵であるお父様からは想像もつかないほど、優しい父親の顔だった。そして、お母様と共に急いで魔法陣でルルソン村へと帰っていった。

 

 私とマリアもこの町に残ることに決めたので、町民の皆さんに混じって、私たちにできることを始めた。私は昨日皆さんに振る舞った薬膳料理が好評だったようで、また作ってほしいとリクエストされた。そこで、早速大量に作る準備に取り掛かった。

 

 マリアは町民の人たちに混じり、炊き出しの準備を手伝っている。レティは復興にかかる資金を具体的に数字にする手伝いを役所の方々と共に行っていた。ドナはジルと一緒に瓦礫撤去に精を出しているようだ。リオとボンドンはものすごい勢いで檻を次々と作り上げている。

 

 マッドは、捕らえた山賊たちをルルソン村へと送る魔法陣の管理をしながら、隣に立つマーカスさんと言葉を交わしていた。

 

 マーカスさんは、その疲れた顔に困惑と好奇心をにじませて、マッドを見上げていた。

 

「それにしても、お前たちの魔法陣、いったいどうなってるんだ? こんな短期間でここまで正確な転送魔法を描けるなんて聞いたことないぞ」

 

 マッドは表情一つ変えず、淡々と答えた。

 

「昨日、父さんと話して、マーカスさんには俺たちのことをある程度話そうと決めました。少し長くなりますが、聞いていただけますか?」

 

 マーカスさんは眉間に深い皺を寄せながらも頷いてくれた。マッドは自分たちの持つ多数のスキルについて話したそうだ。マーカスさんは驚いてはいたようだが、妙に納得もしたようだったらしい。

 

「なるほどな……。カルロが言うように他の奴には絶対に明かさない方が良いだろうな。まさか、お前たちが神の使いだったとはな。いやはや、恐れ入った」

 

 マーカスさんは呆れたように頭を振りながらも、その表情にはどこか納得と、微かな尊敬の色が浮かんでいた。マッドはそんなマーカスさんの反応を冷静に見守りながら、次の山賊を魔法陣へと送り込んでいた。

 

 精鋭部隊の半分は冒険者を連れて、山賊たちの棲家の確認作業に出かけた。三箇所を回ったが山賊は見当たらなかった。

 

 しかし、そこに攫われたと思われる人々が30人もいたため、ギルド長に馬車の要請をしてきた。マーカスさんはそれを受けて、檻のついた馬車を用意し、何名かと急いで向かったようだった。

 

 壊れてしまった私たちの馬車の修理は難しいようで、新たに中古の馬車を購入して使うことになった。

 

「馬車かい?昔使ってた乗合馬車でよければあるぞ。今ではあんなに大きな馬車はこの町では必要ないから、ずっとしまってあるんだ」

 

 町長さんが言うように、それはとても大きな馬車だったので、マッドは迷わず購入を決めたようだ。この広い馬車なら、長旅も快適に過ごせるだろう。新しい出発への期待が、少しずつ胸の中に芽生えてくる。

 

 その日の夜、私は薬膳料理を振る舞い終え、疲れた体を休めていた。ふと窓の外を見ると、まだ復旧作業が続く町のあちこちで、人々が小さな焚き火を囲んでいるのが見えた。彼らの顔は煤で汚れ、疲労の色が濃い。それでも、火の明かりの下で、誰かがポツリと歌い始め、それに合わせて他の人々も小さな声で口ずさんでいる。遠くから聞こえるその歌声は、ひどく掠れてはいるものの、不思議なほど優しく、温かかった。

 

 その光景を見ていたら、私の心の奥にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じた。大きな戦いを終え、まだ傷跡は深く残っているけれど、この町の人々は決して諦めていない。互いに支え合い、小さな明かりを灯し、明日へと繋がろうとしている。その強さと温かさに触れて、私自身もまた、ここで戦ってよかったと心から思えた。疲労困憊だった体が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。

 

 翌日、マーカスさんは捕らえられていた30人の鑑定を依頼するため、マッドの元にやってきた。全員あらかじめ薬で眠らせているので、危険はない。既に私たちのスキルに関してはマッドからマーカスさんに打ち明けているので、隠す必要もなくなった。

 

「まずは解除するよ」

 

リオが全員の偽装スキルを解除すると、マッドが30人全員の鑑定を行った。

 

「3人です」

 

 マッドの言葉に、マーカスさんは顔を曇らせた。

 

「そうか、3人も山賊が紛れていたか。本当に厄介な奴らだな」

 

「いいえ、逆です。被害者は、ここにいる3人だけです。残りの27人は、全員山賊の仲間でした」

 

 マッドの簡潔な、しかし断定的な言葉に、マーカスさんの顔は一瞬で蒼白になった。彼の目は大きく見開かれ、呼吸を忘れたかのように固まっている。まるで目の前の現実が理解できないとでも言うように、茫然とした表情でマッドを凝視していた。

 

 マーカスさんは、ひきつった口元でかろうじて絞り出す。

 

「嘘だろう……なんだそれ、ありえないだろう! 3人というのはどいつだ?」

 

 マーカスさんの驚愕の声が響いた。そして、山賊の仲間だった27人は、再びルルソン村に送られることになった。

 

 被害者と思われた3人は、皆、若くて綺麗な顔立ちをしていた。3人については町長に名前を言って確認してもらったが、この町の者ではなかった。

 

 二週間が過ぎ、王都からようやく支援団体や騎士団が到着した。これでやっとひと段落したので、私たちはマーカスさんを交えてブレイブス行きの相談をした。

 

「マーカスさん、魔法陣は消していこうと思いますが、良いですか?」

 

「ああ、カルロからもそう聞いているし、陛下にも消すように言われている。魔道具を使い過ぎて故障したと言っておくから問題ないぞ」

 

「僕たちはブレイブス港街へ向かおうと思っていますが、行ってもいいでしょうか?」

 

「それに関してもカルロから聞いている。行きたがったら行かせてやってくれとな。ここからだとあと三日は掛かるぞ」

 

 リオは「やったー!」と既に喜びを爆発させている。

 

「言っておくが、俺も行くからな」

 

 なぜかマーカスさんも同行することになった。子供だけよりマーカスさんが一緒の方が安心だし道中も賑やかだろう。

 

 出発の準備を着々と進めた。馬車に関しては、マッドが新しく作る度に性能が増していくようだ。以前よりも大きな馬車だったこともあり、中は本当に広いし、トイレももちろん二つある。今回は空間魔法を使い隠し部屋を作り、簡易ベッドや簡易キッチンまで備えてある。ジルやボンドンが馬車で安全に寝泊まり出来るようにしたのだろう。マッドの優しさが、こういったところにも表れている。

 

 私は薬膳料理を再び大量に作り、町の人たちに振る舞った。購入した家については、解約手続きを既に済ませてある。町の人たちには何度も感謝の言葉をかけられ、笑顔で手を振ってくれた。彼らの温かさが、私の胸いっぱいに広がり、込み上げてくるものがあった。

 

「では出発しますよ!」

 

 ドナが大きな声でそう言うと、ものすごい速さで馬車が動き出した。以前よりも速度が上がっているし、揺れもほとんどない。マッドの馬車は本当に素晴らしいと感心していると、ジルがドナに話し掛けた。

 

「ドナ、馬術のスキル、相当上がったのか?」

 

「はい、馬車を壊した瞬間に、一気に上がったみたいです!」

 

「壊したら上がるんだったら、僕も壊してみようかな……」

 

 ボンドンが冗談めかしてそう言うと、レティがボンドンの隣に座り、恐ろしい目でボンドンを見た。

 

「冗談だよ。ちょっと言ってみただけだよ」

 

「私は何も言っておりませんよ」と、レティが冷めた声で返していた。

 

 いつもの彼らのやり取りに、思わず笑みがこぼれる。

 

 私たち8人は、今日も元気に過ごしている。

 

 新しい旅路が、また私たちをどんな冒険へと誘うのか、今から楽しみだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ