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幽霊屋敷

 私たちは今、噂の幽霊屋敷の前に立っている。

 

「確かにこの建物には影が差しているけれど、小さな光も見えるわ」

 

 私がそう言うと、リオも同じように口にした。

 

「ああ、建物の中の小さな光が、まるで泣いているように感じるよ」

 

「鑑定すると『呪われている』と表示されるのに、『加護者あり』とも出るんだ」マッドがそう呟くと、マリアが話し始めた。

 

「月属性の魔法の痕跡がありますわ。昨日聞いた話では、両親と娘を殺害したのは息子だと言っていましたが、息子さんの属性は月なのでしょうか?月属性は非常に珍しく、解明されていない魔法も多いので、必ず国に届け出る必要があります。ヒュムスカに月属性の者がいるとは、私は聞いたことがありません」

 

 マリアの属性は月だ。だからこそ、月属性の者たちがどこに住んでいるのかを正確に把握しているのだろう。

 

 昨日のモドキの話によると、この屋敷の浄化は簡単らしい。私たちがここを購入するのはほぼ決定しているので、あとはボンドンとドナが確認してきた内容に間違いがないか、最終確認が必要なだけだ。ジル、ボンドン、ドナ、レティの4人が、役所へ確認に行ってくれている。

 

 この建物の周囲の環境も悪くない。冒険者ギルドも生産者ギルドも歩いて行ける距離だし、市場も近い。これだけ広い土地なら宿屋を建てることも可能だ。私は密かに、将来宿屋も経営してみたいと思っている。

 

 少し早いが、近くの定食屋で昼食をとることにした。食事をしていると、ジルたちが書類を持って店に入ってきた。

 

「ジル、役所での手続きはどうだった?」

 

 マッドが尋ねると、ジルは書類を広げながら答えた。

 

「はい、無事に購入手続きを終えました。除霊できたとしても価格は変えないという旨がきちんと書面にされていますし、税金も5年間は無税、6年目からは永遠に通常の半額でいいそうです」

 

「それは凄いな!役所もこの件にはかなり困っていたと昨日言っていたのは事実だったんだな」ジルがそう言うと何故かドナが勝ち誇った顔をした。

 

「ええ。それに、除霊ができたら街からの感謝状と金一封までもらえるとのことです」

 

 それを聞いたリオも目を輝かせた。

 

 レティは事件について図書館で調べたり、近所の人たちに聞き回ったりして、詳しく調べてくれたようだ。彼女自身も驚くほど、検証スキルが一気に上がったと話している。

 

「図書館の資料によると、息子が犯人とされたのは、息子の遺体が見つからなかったからのようです。ご夫婦の寝室からは金目の物が全てなくなっていたので、息子が逃走資金として持ち去ったと推測されたようです。そして、殺された者たちには黒い斑点があったり、燃やされていたりして、見た者を恐怖させたそうです。それと、1年前と言われていますが、正確には8か月前でした」

 

 私はそれを聞いて、あの転生者二人を思い浮かべた。スタークとルート。マッドも気づいたようで、私の手を取り握ってくれた。

 

 私たちは昼食を終えると、再び建物の前に戻った。まず、モドキと一緒にドナが中に入り、その後ろをマッドと私、さらに後ろにリオとボンドンが続くことにした。マリアは一緒に行くと言ったが、同じ月属性の場合、聖獣たちの反応がどうなるかわからなかったので、リオが何とか説得して、レティとジルと一緒に外で待機してもらった。

 

 ドナが身体強化をして慎重に鍵を使いドアを開けると、中は深い闇に包まれていた。しかし、聖獣たちにはその暗闇は関係ないようだった。

 

 最初に動いたのはモドキだった。その小さな体から溢れ出した希望の光が、金色の粒子となって暗闇を漂う。その光は、淀んだ空気にゆっくりと浸透し、古びた壁や床に染みついた悪意を優しく洗い流していくようだった。

 

 続いて、ラピスが透き通る蒼い光を放ちながら宙を舞った。その軌跡は煌めく水飛沫のようで、光の粒が空間に散り、触れたものを清らかな輝きで包み込む。淀んでいた闇は徐々に薄れ、代わりに清浄な光が満ち始めた。

 

 ピッピは、私たちを守護する淡いピンク色の結界を静かに広げていく。その優しい光のヴェールは、建物全体をふわりと包み込み、内側に溜まっていた負の感情や淀みを、外へと静かに押し出していくようだった。

 

 最後に、鱗が月光を浴びたように銀白に輝くスノウが、悲しげに揺らめく小さな光へと近づいた。スノウの滑らかな体から溢れ出す穏やかな光が、まるで温かい雫のようにその光を包み込むと、光は徐々にその輝きを取り戻していく。それは、凍てついた心がゆっくりと溶けていくような、安らかな光だった。

 

 全てはあっという間の出来事だった。魔獣と聖獣たちの神聖な力が合わさり、この屋敷に巣食っていた呪詛や悲しみが、まるで朝霧が晴れるように、跡形もなく消え去っていく。後に残ったのは、清らかで穏やかな空気だけだった。

 

 外で待っていた3人も、その変化を肌で感じ取ったのだろう。清らかな光が内部から溢れ出すのを感じ、安堵の表情を浮かべながら中へと入ってきた。

 

 泣いていた小さな光は、500年前からこの家に住む守り人と呼ばれる存在だった。

 

「500年前には人間だったんだけど、病にかかり15歳で死んでしまったの。私は母さんが気掛かりで天界に旅立つことをためらったわ。3年が過ぎた頃に母さんが子供を授かり、ようやく笑顔が現れて私はとても嬉しかった。産まれた子が親になり子が生まれて、その子にまた子が生まれて、世代を受け継いでいくのをずっと見ていたわ。そうしているうちに、私は神様の手によって守り人という存在になったの。守り人は家を繁栄させて幸せにすることができる存在なのよ。それなのに、私は守ることができなかった。目の前で大切な命が無残に殺されたのよ。私は守り人として失格だわ」

 

「犯人は息子さんなんですか?」


 マッドの問いに、守り人は思い切り首を横に振った。

 

「ありえないわ。息子のジェフは家族思いで、虫でさえ殺せない子なのよ」

 

「じゃあ犯人は他にいるんだね。犯人の名前は分かる?」


 リオが聞くと、守り人ははっきりと答えた。

 

「二人の名前は決して忘れないわ。ルートとスタークよ」

 

 私は二人の名前を聞いた途端、心臓が凍りついたような感覚に襲われ、恐ろしさのあまり震えが止まらなくなってしまった。あの時の悪意と、今聞いたばかりの惨劇が頭の中で一つになり、足がすくんだ。マッドがすぐに私の異変に気づき、静かに私を引き寄せてくれた。

 

「ご主人が親切に家に泊めてあげたばかりに、あんなことになったの。特に、あのルートという男は、まるで感情がないかのように淡々としていた。隣にいたスタークは、時折怯えたような目をしながらも、ルートに言われるがままに動いているように見えたから操られていたんじゃないかしら。最初にスタークがご夫婦を殺し、ジェフは妹だけでも守ろうと必死に抵抗していたけど駄目だった。『助けて』と泣き叫ぶ妹の声を聞きながらジェフは火に包まれて跡形もなく燃やされたわ。私は守り人なのに、痺れ薬で身動きが取れなくて何も出来なかった……」

 

 守り人は私たちに真実を語ってくれた。

 

「二人は危険な存在だわ。だから、気を付けて……。救ってくれて本当にありがとう」

 

 守り人である彼女は最後にそう言うと、キラキラと輝いて消えていった。守り人である彼女を見ることができたのは、私とマッドとリオ、そして聖獣たちだけだった。


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