新しい仲間
私たちは、最後に陛下に挨拶を済ませたら、ようやく家に帰る予定だった。もうすぐ魔法学院の入学試験があるので、また近いうちに王都に来ることになるけれど、しばらくは家でゆっくりと落ち着きたい。やっぱり自分の家が一番だもの。
王宮に着くと、いつもの部屋に案内された。陛下はマリアの顔を見て、少しホッとしたように相槌を打ち、微笑んでいた。マリアの隣にはリオが常にいて、時折楽しそうに喋っている。二人の間に流れる穏やかな空気が、とても心地よかった。
陛下は、マリアにも馬を用意したと言ってくださったので、私たち四人で馬を見に行った。リオの白馬の隣に、焦げ茶色の少し小さい馬がいた。マリアはその馬を知っていたようで、「ミイナ」と親しげに呼んでいた。聞けば、馬術の練習をする時にいつも乗っていた馬だそうだ。マリアの顔が、ミイナを見つめる優しい眼差しに変わるのを見て、私も胸が温かくなった。
しばらくすると、王太子殿下がマリアに会いにやってきた。その威厳ある姿は、陛下に顔も雰囲気もとてもよく似ていらっしゃる。
「マリア、王宮を去ると聞いたよ。これからは誰にも気兼ねすることなく、自分らしくすれば良い」
王太子殿下は、マリアに優しくそう言った。その言葉には、マリアを気遣う温かさがにじみ出ていた。
「リオと言ったかな。マリアのことをよろしく頼んだよ。マリアは見かけは姫らしくはないが、王宮で姫としての教育はしっかりと受けている。民の気持ちに寄り添える、思いやりのある自慢の妹だ」
王太子殿下の言葉に、リオは深々とお辞儀をして言った。その声には、マリアへの強い決意が込められている。
「マリアのことは、これからは僕がしっかりと守っていきます」
陛下も王太子殿下も、満足そうに頷いていた。その光景を見て、私も自然と胸が温かくなった。王太子殿下は、その後少しだけマリアと会話をしてから、静かに去って行った。
陛下と共に歩いていたら、二人の人物が陛下にお声を掛けられた。その声が聞こえた瞬間、隣にいたマリアの体が急に硬直した。リオは慌ててマリアの手を握り、マッドはとっさに私を自身の背中に隠した。二人の素早い行動に、私も驚きながらも、彼らの優しさに感謝した。
陛下のことを「お父様」と呼んでいるので、おそらくカトリナ姫なのだろう。そして隣にいるのは、カトリナ姫が婚約されたリース様だと思われる。ちらりと見えた彼女の顔は、やはり美しかったけれど、どこか刺々しい雰囲気を感じた。
陛下が私たちに「先に行くように」と言ってくださったので、私たちは頭を下げて王宮を出た。しかし、背中には、カトリナ姫からの突き刺さるような視線をずっと感じていた。彼女が私たち、特にマリアをどう見ているのか、考えずとも察することができた。
王宮を出て、魔法陣でミシェランに戻り、マルクスさんのお店に寄ってから、私たちは夕焼けの綺麗な山小屋へと向かった。ようやく、慣れ親しんだ場所に戻れる。山小屋に着くと、皆が待ち構えるように出迎えてくれた。
「キャロル様ーー!」
大きな声で抱きついてきたのは、元気いっぱいのドナだ。彼女の勢いに、私も思わず笑ってしまう。ドナの後ろにはジルがいて、ドナを見ながら呆れた顔をしていた。その光景は、いつもと変わらない、私たちの大好きな日常だ。ボンドンは笑いながら、いつの間にかリオの隣に立っていた。彼もまた、リオの側にいられることが嬉しいのだろう。
そこに、マリアの新しい側仕えとなったレティが、皆に挨拶をした。彼女の挨拶は、とても品があり、美しかった。その場にいたジルもボンドンもドナも、皆、見惚れているようだった。彼女の姿は、王女であるマリアにふさわしい気品に満ちている。
「初めまして、マッド様にお仕えしているジルです。よろしくお願いします」
ジルが丁寧に自己紹介をするのを見て、私はふと思った。ジルとレティは、どこか似ていると。二人とも真面目で、落ち着いていて、そして何よりも、それぞれの主に対する深い忠誠心を持っているように感じられた。
リオがいつも通り釣りを始めようとすると、マリアも楽しそうに一緒に着いて行った。マリアは釣りができるのだろうか?と少し疑問に思い、私とマッドは二人の様子を見に行った。そこには、リオの横で楽しそうに釣りをしているマリアの姿があった。慣れない手つきながらも、真剣に竿を握る彼女の姿は、とても可愛らしい。
本当に、リオとマリアはお似合いだと改めて私は思った。二人の間には、穏やかで優しい空気が流れている。
マッドに、王宮で出会った二人のことについて聞いてみた。
「カトリナ姫と、婚約者のアステル伯爵嫡男のリースだよ。カトリナ姫は俺たちを見たことで、感情が揺れ動いていたのが気になったから、父さんと母さんには報告しておくよ」
マッドは、鋭い視点でカトリナ姫の様子を観察していたようだ。感情が揺れ動いていた、という言葉に、私は少し不安になった。
「リオも気付いていたよね?」
マッドは頷いた。
「ああ、マリアのことを心配そうに見ていたからな」
私が心配そうな顔をしたので、マッドが「大丈夫だよ」と言って、私の頭を優しく撫でてくれた。彼の大きな手は、いつも私を安心させてくれる。
そこに、ドナとジルがやってきた。ジルは私たちに今後の予定を確認すると、すぐに去って行った。彼はいつも、効率を重視している。
ドナは私に話があるらしい。彼女は少し興奮した様子で、私に近づいてきた。
「キャロル様!私、ある魔獣と契約をしました!この子なんですが、連れて帰ってもいいでしょうか?」
ドナが見せてくれたのは、手のひらサイズの小さなモグラもどきのような生物だった。茶色い毛並みで、つぶらな瞳が可愛らしい。マッドが真剣な目で、そのモグラらしき生物を眺めている。
「いいんじゃないかな?名前は付けたの?」
マッドがドナに聞くと、ドナは満面の笑みで答えた。
「はい!モドキです!」
その名前に、私は思わず噴き出してしまった。ドナは、本当に面白い。彼女の独特な感性は、私をいつも笑顔にしてくれる。
「ドナ、モドキと何か喋ったか?」
マッドが尋ねると、ドナはモドキを抱きしめながら、とても詳しく説明をしてくれた。
「はい!キャロル様の話をしたら、『力になってくれる』と言うので、『一緒にお守りしようね』と話が盛り上がりまして……」
ドナの説明を聞き終えたマッドは、少し驚いたような顔をしてから、私たちに言った。
「モドキは既に大人の聖獣で、かなりの力があるようだ。土属性で、普段はモグラのように地中で生活をするが、目が悪いわけではない。モドキがいるだけで、土は蘇り、大気も清められる。それに、攻撃はできないが、守る力は非常に強く、モドキがいればドナやキャロルが傷つけられることはまずないだろう」
マッドの説明を聞いた私は、ドナが一番最強かもしれないと思った。あの小さくて可愛らしいモグラもどきが、そんなにすごい力を持っているなんて。ドナは、本当に不思議な力を持っている。
「ドナ、おめでとう!モドキの寝床、考えないといけないね」
そう言うと、ドナは嬉しそうに私に抱きついてきた。彼女の喜びが、私にも伝わってくる。
「ドナ!今日は勉強がまだ終わっていないだろう。もうすぐ試験だから行くぞ」
ジルが再び私たちの所に来て、ドナを回収していった。ドナは名残惜しそうにしながらも、ジルの言葉には逆らえないようだ。こうして、私たちの山小屋での生活は、また一段と賑やかになった。




