穏やかな日々
私たちの家は、もうほとんど完成している。後は、細かいところを少し整えるだけだ。家具も必要なものはほぼ揃っているので、当面困ることはないだろう。
ただ、予想よりも使用人の人数が増えたため、新たに土地を購入して別棟を建てなければならなくなった。少し予算オーバーかもしれない、と心配していたら、ジルが申し出てくれた。
「マッド様、使用人用の建物は自分たちで何とかしますので、どうぞお任せください!」
ジルが自信満々にそう言うと、マッドは安心したように頷いた。
「分かった、ジルに任せるよ。でも、何かあれば遠慮せずに相談してくれ」
マッドに任されたのが、よほど嬉しかったのだろう。ジルは、まるで自分の家を建てるかのように、とても張り切っている。
別棟の土台だけはマッドが担当したが、それ以外はジルが中心になって作業を進めていた。ボンドンは手先が非常に器用で、家具作りを任されたようだ。リオに教わりながら、廃材や中古の家具を巧みに使い、ベッドやテーブルを次々と完成させていく。彼の作る家具は、どれも温かみがあって実用的で使いやすい。
ドナは、細かい作業は苦手らしい。だから、主に買い物や重い荷物運びを担当している。彼女は本当に力持ちだから、それは適役だろう。ムッサリとジータは、そんな三人を見守り、足りないものがあればサッと補うように動いてくれているようだった。
年内の完成を目標に、皆が大忙しの日々を送っていた。新しい家ができるのが、今からとても楽しみだ。
そんな中、使用する材木が足りなくなってきた。そこで、ジルとボンドンとドナの三人が、郊外にある深い森へ一泊二日の予定で材木集めに出かけることになった。
三人とも、これまでの訓練でそれなりの戦闘能力は身につけている。だから、訓練通りに動けば問題はないはずだと、頭では理解していた。しかし、それでも私はとても心配だった。お弁当をドナに渡す際、念のためにと、たくさんの回復薬や解毒薬を一緒に手渡した。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ!キャロル様の使う染料や糸も、必ず持ち帰りますので楽しみにしててくださいね!」
ドナはいつものように、屈託のない笑顔でそう言って、元気いっぱいに森へと出発していった。その明るさに、少しだけ不安が和らぐ。
「キャロル、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ジルがいれば道に迷うこともないだろうし、ドナはかなり強い。ボンドンだって、ああ見えてなかなかの強さだ」
マッドがそう言って私を慰めてくれるが、それでもやはり心配でならない。
「そんなに心配なら、僕たちもこっそりついて行く?」
リオが、少しからかうように笑いながらそう言った。私とマッドは顔を見合わせ、そして三人でこっそりと見つからないように後をつけた。
そして二日後、ジル、ボンドン、ドナは、予定通り無事に帰ってきた。彼らの姿が見えた時、どれほど安堵したことか。
「キャロル様!私はキャロル様のために、とっても頑張りましたよ!蜘蛛の糸もたくさん取ってきましたので、しばらくは足りるはずです!それに、染料に欲しいと言っていた草花も、土ごと持ち帰りました!どこに植えましょうか?」
ドナは、満面の笑みで駆け寄ってきて、採ってきた材料を誇らしげに見せてくれた。その無邪気な笑顔に、私の心配は一気に吹き飛んだ。
「ありがとう、ドナ!とても嬉しいわ!」
「キャロル様に、いろいろと冒険話を聞いていただきたいので、お茶にしませんか?」
「そうね!紅茶のクッキーもあるから、一緒に食べましょう!」
「キャロル様の大好きな紅茶のクッキーですね!すぐにご用意します!」
ドナはそう言って、勢いよくお茶の準備をしに行った。その元気さに、思わず笑みがこぼれる。
ボンドンは戻るやいなや、リオに教わりながら、さっそく家具作りを始めた。集中すると、周りの音が聞こえなくなるほどだ。
一方、ジルはマッドに、今回の深い森での成果を報告していた。
「マッド様、ご存知だとは思いますが、必要な材木はこれで概ね足りると思います。狩りも結構しましたので、後ほど冒険者ギルドに買い取ってもらうつもりです」
ジルの報告を聞きながら、マッドは少し照れくさそうに言った。
「かなり距離をとっていたんだが、やっぱりジルには気づかれてしまったようだな」
「でも、ボンドンとドナは気づいていないと思いますよ」
ジルがそう言うと、マッドは改めて感心したように頷いた。
「しかし、三人ともすごく強くなっていて驚いたよ」
「ありがとうございます。でも、ドナは本当に強いですよね」
ジルは、どこか呆れたような、しかし尊敬の眼差しでドナの方を見て言った。その視線の先では、ドナが「今度はお茶の入れ方も練習しなきゃ!」と一人で呟きながら、せっせと湯を沸かしている。
「俺もびっくりしたよ。まるで野生の獣が獲物を仕留めるみたいに、素手で魔獣を次々と倒していくんだからな。巨大な岩トカゲの硬い甲羅も、ドナの拳一発で粉砕してた。あれは本当に凄まじかった。俺たち六人の中で一番強いんじゃないか」
あんなに小柄なドナが、そんなにも強かったなんて。確かに力持ちだとは思っていたけれど、凶暴な魔獣を素手で倒す姿は……私の想像をはるかに超えていた。
どうやらジルは、私たちが後ろから尾けていたのを知っていたようだ。さすがはジルだ、と私は改めて感心した。彼の観察力と洞察力には、いつも驚かされるばかりだ。
マッドが食事をしながら、皆に新しく表示されたスキルを教えていた。
* ジル:盾
* ボンドン:素朴な家具作成
* ドナ:馬術
生産系のスキルを持つ者の大半は、ボンドンのように特定の分野に限定されるのが普通らしい。リオのスキルは「木工」とあり、木で作れるものなら全てを指す。しかしボンドンの場合は、デザインが凝っていない、木の特徴だけを活かした家具のみに限定されている、ということだ。レベルが上がれば変化することもあるらしいが、それでも完全に自由になるわけではないようだ。つまり、私やマッド、リオのスキルが普通ではないということだった。私たちは、スキルに関して恵まれ過ぎているのだろう。
ジル、ボンドン、ドナは、魔法学院の勉強も順調に進んでいる。
ドナはもともと勉強が苦手だったらしいけれど、身体を動かしながら暗記する方法で克服したそうだ。具体的な方法はよく分からないけれど、ジルがドナ用の特別な勉強方法を考えたとか……。彼らの努力が実を結んでいるのが、本当に嬉しい。
そして、私とマッドとリオにも、新しいスキル「社交」が表示された。これもまた、私たちの未来を広げてくれるスキルだろう。
これからも、この穏やかで満ち足りた生活がずっと続きますように。私は心の中で、そっと神様にお願いをした。




