奴隷市 1
リバープスで二年に一度開催される奴隷市へ、私たちは向かっている。昼前に出発して、すでに半日以上馬車に揺られっぱなしだ。少し体がギシギシするけど、新しい場所に辿り着くと思うと、なんだかワクワクする。
リバープスは昔から林業が盛んで、それにちなんだ職人さんも多く住んでいると聞いている。この前、マクミラン伯爵のお爺さんにお会いした際に、馬車作りの名人がこの町に住んでいると教えてくれた。マッドがお爺さんに名人の店を教えてもらったので、今回、私たちはその名人に会いに伺うつもりだ。どんな素晴らしい馬車を作っているんだろう?想像するだけで胸が膨らむ。
お母様が言うには、リバープスでの奴隷市は、国が正式に認定した奴隷商人しか参加できないのだそうだ。だから、奴隷への扱いも悪くなく、会場はとても衛生的で、私が「うっ」と顔を背けるような、見るに耐えないものでは決してないらしい。その言葉を聞いて、少しだけホッとした。
お母様が、お父様にマーカスさんとはどこで会うのか聞いている。
「マーカスが到着するのは明日の夕方頃なので、夕食をとる予定の海鮮料理店で待ち合わせになっている」
「マーカスは本当に見かけによらず過保護よね。マリーが貴族学校に行きたがらないのは、マリアンとは全く関係ないと私は思うの。それに、最終的には貴族学校に行くつもりでいると思うのよ」
リオが、お母様の言葉に少し首を傾げた。
「母さんは、マリーは貴族学校に行きたくないと思っているけど、行かざるを得ないことも分かっているってこと?」
「そうよ。マリアンとは違うタイプだけど、マリーも根っからの貴族だわ。貴族学校以外でやっていけるとは、私はどうしても思えないの。魔法学院と貴族学校では、貴族の扱いは全く違うのよ。両方とも学校では身分は一切関係ないと謳っているけれど、貴族学校は明らかに身分制よ。それに比べて魔法学院では、家名を名乗ることは基本的には禁じているから、自分が名乗らない限り知られないように徹底的に管理されているの。仮に高位貴族であっても、特別扱いは王命でもない限りはされないわ」
「それだと、貴族の面子が潰れることもあるんじゃないの?」
リオが聞くと、お父様が丁寧に教えてくれた。
「ああ、そういった理由で貴族は魔法学院をあえて選ばないんだよ。実力主義だから、家督を継げない次男や優秀な平民、王宮の士官や文官を目指す者には良い学校なんだ。先生方は教えるというよりは、アドバイスをするといった教育の仕方だ」
お母様の勢いは止まらないようで、珍しく熱く語り始めた。
「ええ、簡単に言うと、魔法学院は実力を身につけて職を得る学校で、貴族学校は貴族同士の社交を高める学校なのよ。マリーはあまり勉強好きではないけれど、人付き合いは得意だと思うし、むしろマリアンよりも優れているのではないかしら。私が思うには、マーカスを困らせたいだけだと思うのよ。マーカスがギルド長になってから多忙すぎて、親子の会話ができていないって以前から話していたもの」
「ああ、同感だ。娘の性格をあいつはどうも理解していないからな。奴隷市に誘ってやれば、喜んで着いてきたと思うぞ。おそらくマリーは、忙しい父親と少しでも会話がしたいから、思ってもいないことを話題にしているだけだろう」
「娘を持つ父親はなかなか大変だね、父さん」
リオが笑いながら言った。
「まあ、そうだな。私にはミランがいるし、マッドやリオもいるから大丈夫だろう」
リバープスに到着したのは夜7時頃で、予約済みのホテルで軽く食事をとった後、私はすぐに、深い眠りについた。
翌朝、私たちは朝早くから奴隷市の会場に来ている。会場が多くの人で賑わい始める夕方前には、ここを出る予定だからだ。
会場に足を踏み入れると、まず驚いたのは、その清潔さだった。土埃一つなく、通路は綺麗に掃き清められている。奴隷として並べられている人々も、皆、きちんと身なりを整え、顔色も良かった。想像していたような悲壮感は全く感じられない。むしろ、少し活気があるようにすら見える。会場の雰囲気も、まるで大きな市場のように、人々が行き交い、話し声が聞こえてくる。決して陰鬱な場所ではなかった。
マッドが鑑定をした中での候補は二人いて、お父様と何やら真剣に話し込んでいる。しばらくすると、お父様がお母様と私とリオに尋ねてきた。
「ミランとリオとキャロルの感想を聞かせてほしい。キャンベル奴隷商会の右端の5番の男性と、リドリアナ奴隷商店の3番の男性では、どちらがいいと思う?」
キャンベル奴隷商会は、国で一番大きな奴隷商会らしく、あらゆるジャンルの奴隷を扱っているそうだ。対してリドリアナ商店は、規模も小さく、扱っている奴隷は犯罪奴隷がほとんどらしい。だが、店に並んでいる奴隷たちは、犯罪をするようには私には見えない。むしろ、キャンベル奴隷商会の店に並んでいる奴隷たちの方が、なんだか癖がありそうに見えて仕方がない。
リドリアナ奴隷商店の3番の男性は、優しそうな五十代の男性で、背筋が伸びていて姿勢が良い。私は迷わず、リドリアナ商店の3番の男性を選んだ。リオも同じ意見だ。お母様だけは、うーん、と唸りながら、判断が難しそうな顔をしている。
「大人はどうしても先入観があるんだよ。リドリアナ商店は新しくできた奴隷商で実績はなく、扱っているのは犯罪奴隷ばかりだ。その分値段はかなり安いが、奴隷に問題はなくても、貴族は体面を気にするから判断が難しいんだよ」
お父様が、大人の事情を説明してくれた。
結局、二人の奴隷と直接会話をさせてもらってから決めることになった。
キャンベル奴隷商会のテントには多くのお客さんがいて、店員さんも忙しそうに走り回っている。お父様が5番の奴隷と話していいか店員さんに聞くと、問題ないと言われたので、マッドが話し始めた。
「あなたを購入した場合のメリットを教えてください」
マッドが5番の奴隷に尋ねた。
「私は執事として一流です。運悪く前の主人が事業に失敗して借金を抱えてしまい、私まで巻き添えにされてしまいました。執事をお探しなら、必ずお役に立てるでしょう」
ありきたりな回答だったけれど、マッドは礼を言って店を出た。
次はリドリアナ商店のテントに行った。店員さんに声をかけると、少し待つように言われた。先ほどのキャンベル商会とは、テントの大きさも客の数も全く違うけれど、テント内は綺麗に整理されているし、置かれている家具も華美なものではなく、落ち着いた、どこにでもあるようなものだ。私は、キャンベル商会よりもこちらの店の方が、なんだか落ち着く気がした。
店員さんが戻ってきて、私たちは別の小さなテントに案内された。中には、3番の奴隷男性が席に座っていて、横には店主らしき女性が座っていた。私たちが中に入っていくと、二人は立ち上がって、とても丁寧に挨拶をしてくれた。
なんと、店主の女性は、以前、馬車がぬかるみにはまった時に私たちが助けた奴隷商人の娘さんだった!私が付けているブローチを見て、娘さんが優しく微笑んで話し始めた。
「あの時はどうもありがとうございました。こちらの奴隷商店は、まだ立ち上げたばかりですが、父の奴隷商会でしっかりと勉強はしてきましたので、商いには自信があります。ここで扱っている奴隷は犯罪奴隷ばかりですが、悪人は売っていないつもりです。それに、犯罪とはいっても殺人犯や凶悪犯は一切扱っておりませんのでご安心ください。目にかけていただいた奴隷は、立派な執事として働いてきた真面目な男性です。何なりとご質問なさってください」
そう言うと、彼女は席を立ち、テントを出て行った。
マッドは、先ほどの奴隷と同じ質問をした。
3番の奴隷は、静かに、しかし決意を込めた声で話し始めた。
「私は五十三歳になります。私の出来ることは多くはありません。あの、もし私を購入していただけるのであれば、妻と孫も引き取っていただけませんか。私のせいで二人までこんな目に遭わせてしまい、死んでも死にきれません。そうしていただけたら、私はあなた方に一生をかけて尽くします」
そう言うと、彼は突然、私たちに向かって土下座をし、深く頭を地面に貼り付けた。その必死な姿に、私は驚き、すぐに彼を立ち上がらせたのだった。




