図書館での出来事
予定通り、私たちは夜6時過ぎにミシェランへ到着した。
以前のように、門での入門検査を受ける必要もない。ブライトン侯爵邸へすぐに馬車を進めた。
一時間ほどで到着し、門をくぐると、一面に広がる可憐な小花の絨毯が目に飛び込んできた。風にそよぐ花々が、まるで私たちを歓迎してくれているみたいだ。その脇には、悠然とそびえ立つ大きな木が三本。さらに奥には、陽光をいっぱいに浴びた温室が建ち、その向こうにはのどかな牧場まで見渡せる。広大な敷地であるにもかかわらず、どこか肩の力が抜けるような、素朴で穏やかな空気が漂っていて、ルルソン村の屋敷を思い出させた。都会の喧騒とはかけ離れた、自然に包まれた空間に、ホッと胸を撫で下ろす。
使用人の方々が荷物を運んでくれるが、皆、妙に気を使うことはなく、ごく自然な振る舞いで接してくれる。そのおかげで、私たちも変に身構える必要がなく、本当に気が楽だった。
屋敷の中も、きらびやかな装飾は一切ない。温かみのある木材と、落ち着いた色合いのカーテンが、素朴で居心地の良い雰囲気を醸し出している。派手さはないけれど、ひとつひとつの調度品に、どこか懐かしい温もりを感じた。これなら、ピッピたちも心置きなく放し飼いにしても大丈夫だろうと、私は思った。
「キャロル、ピッピたちは自由にさせて問題ないわよ。ルルソン村の屋敷にいると思って過ごしてちょうだい」
どういうわけか、またしてもお母様に心を読まれたようだ。私がお母様を見ると、彼女はにこっと微笑んでくれた。ピッピは、その言葉を待っていたかのように、「チュンチュン!」と元気いっぱいに鳴きながら、庭へ飛んでいった。
私たちは明日、図書館へ行く予定だ。調べたいことは各自それぞれだが、私とリオの髪と目の色がノーステリア人の王族と似ているらしいので、北方大陸について詳しく書かれた本があれば読みたいと思っている。
マッドは法律に関する本、リオは海の近くで一番行きやすい場所と行き方について調べたいと言っていた。
翌朝、目が覚めると、お母様がなぜかベッドの横に座っていて、優しく私に話しかけてきた。
「おはよう、キャロル。とても疲れていたのね。今日は図書館に行くのでしょう?マッドもリオも朝食を済ませて待っているけど、体は大丈夫?」
お母様は、心配で私の様子を見に来てくれたみたいだ。どうやら、私は思い切り寝坊してしまったらしい。急いで支度をし、朝食は馬車の中でとることになった。
図書館の扉を開けると、古い紙とインクが混じり合った、独特の匂いがふわりと漂ってきた。私は、そのどこか懐かしい匂いが嫌いじゃない。むしろ、たくさんの知識が詰まっている証拠みたいで、ワクワクする。
私たちは思い思いの本を手に取り、大きな机で読み始めた。すると、近くから、まるで雷が落ちたような怒鳴り声が聞こえてきた。声のした方を眺めると、司書らしき男性が、平民と思われる二人組に、文字通り罵声を浴びせているのが見えた。怒鳴られている一人に女性がいたので、心配で思わず体が強張る。だが、マッドが私とリオに、まるで警告するように小声で「何もしないで」と言ってきた。
「お前らが依頼を受けた冒険者か?僕を見たらすぐに挨拶ぐらいしたらどうなんだ。本来であれば、ここにある貴重な本はお前らのような下賤な平民が触っていいものじゃないんだぞ。その辺りを理解して仕事をしろ、分かったな?じゃあ、そこの女から挨拶をしろ!」
うわー、なんて最低な人なんだろう。傲慢で、人を見下すような、その高圧的な態度に、私は思わず眉をひそめた。こんな貴族もいるんだ…。
二人は、恐怖で顔を青ざめさせながらも、かろうじて挨拶を始めた。
「俺はレイクで、彼女はレイナです。本日はよろしくお願いいたします」
「ふん、まあいいだろう。本の整理が終わったら、僕の書類の整理もあるからな」
そう言い放って、その司書は鼻で笑いながら去っていった。
二人は、私たちが前回ミシェランに来た時に受けたクエストをこなしているように思えた。あの時の司書さんは女性で、あんな態度は決してとらなかったのに、今度の人は最悪だ。今日は私が寝坊しなければ、図書館のクエストを受けるつもりでいたけれど、受けなくて本当に良かったと心底思った。
ある程度調べ終わったところでお昼になったので、図書館のカフェへ行った。そこには、先ほど怒鳴られていた二人組も食事をしていた。私たちが近くの席に座ると、彼らは私たちをじっと眺めてくるが、話しかけてはこなかった。
二人の会話が、ひそひそ声で少しだけ聞こえてきた。
「この仕事は報酬がいいから受けたけど、今回限りにしておこうな。貴族に目をつけられたら大変だし、下手をしたらひどい目に遭う」
「でも、母さんのためにも稼ぎたいの。もう少しだけ頑張ってみない?」
そんな会話が聞こえてきたけれど、私たちにはどうすることもできない。午後からも引き続き図書館で過ごしていると、また先ほどの司書の、耳障りな怒鳴り声が聞こえてきた。
「丁寧に扱えとさっき話したばかりだろう!ここの本はお前ら平民風情より価値が高いんだぞ、分かっているのか!」
「それは元々汚れていました。俺が汚したものではありません!」
「口答えするのか!僕を誰だと思ってるんだ!だから平民は嫌いなんだよ!チッ、全く躾がなってないな!お前はもう必要ないから帰れ!そこの女だけでいいから残れ!いいな!」
男性はひどく怯えながらも、女性を庇うように自分の背に追いやった。それを見た司書は、さらに怒りを覚えて、男性に殴りかかっていった。ドスッ、ドスッと鈍い音が響き、二発殴ったところで、なぜか司書の方がよろめき後ずさりした。
「お前ら、覚えていろよ!」
そう吐き捨てて、司書は憎々しげに去っていった。
マッドはすぐに二人に駆け寄り、心配そうに話しかけた。
「大丈夫か?もう二人とも帰った方がいい。ギルドには今日のことを話した方がいいだろう。俺の方からも報告しておくよ」
二人は深く頭を下げ、足早に図書館を後にした。
あんな乱暴で横柄な貴族を見たのは初めてだった。世の中には、ああいう貴族もいるということを、今日は身をもって学んだ。
冒険者ギルドに行き、図書館でのことをアデルさんに報告すると、アデルさんが教えてくれた。
「貴族が絡むと、こういうことは度々起こるのよ。まあ、貴族絡みのトラブル対応のために、マーカスのような人がギルド長なんだけどね」
「だから父さんもルルソン村のギルド長なの?」
リオが聞くと、アデルさんが頷いてくれた。
「そうよ。貴族の対応ができて、平民や冒険者からも信頼されていないとできない仕事だわ。今回のことはマーカスに伝えておくので安心して。実は、司書さんが変わってから度々起こっていて、ギルドとしても困っているの」
彼らの今日の報酬は払われないだろうと、アデルさんは言っていた。
私たちは馬車で屋敷に戻り、今日のことをお父様とお母様にも話をした。二人は静かに聞いてくれたが、その表情からは、静かな怒りが感じられた。
「貴族にも様々な人がいる。貴族は権力を持っているからね。権力の使い方を間違ってしまうと、それは暴力となってしまう。お前たちには言わなくてもわかると思うが、貴族の生活は平民のおかげで成り立っている。貴族が権力を持っているのは、大切な人たちを守るためだ。そこには当然、生活を支えてくれている平民も含まれる。三人にとって、今日はいい経験になったと思う。その気持ちを忘れずに、これからも弱い者の立場で物事を考えられる人になってほしい」
お父様は、私たちを諭すように、しかし温かく話をしてくれた。
少ししてから、お母様が空気を変えるかのように、私たちに言った。
「それじゃあ、明日はマクミラン伯爵のお店に挨拶に伺いましょう」




