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森での目覚め

 目が覚めて周囲を見渡すと、私は木々に囲まれ、優しい陽射しに包まれた森の中にいた。鳥のさえずりが聞こえ、土の匂いがする。ここが、あのサンが言っていた「下界」なのだろうか?

 

 私はまず、サンが言ったように地図と下界情報の紙を探した。ズボンのポケットに無造作に押し込まれていたそれを取り出し、開いてみる。地図には、私が立つ場所を示すように、鮮やかな赤い丸が点滅していた。その丸は、私が一歩動くたびに、まるで生きているかのように地図上を滑らかに移動する。

 

「さすがは魔法のある世界だわ……」

 

 思わず感嘆の声が漏れた。

 

 次に、この世界の情報が記載されている紙に目を通す。文字は問題なく読めるようで、まずはひと安心だ。

 

下界の世界

紙には、広大な世界を構成する五つの大陸の概要が記されていた。

* 北方大陸:雪と氷に覆われた大地で、昼は短く夜が長いという。

* 南方大陸:荒野と砂漠が広がり、昼間は灼熱の暑さだが、夜は気温が下がり寒暖差が激しい。

* 東方大陸:海に囲まれ、山も川もあり、はっきりとした四季がある。

* 西方大陸:湿気が強く、草木が鬱蒼と生い茂る熱帯雨林で、乾季と雨季がある。

* 中央大陸:私が今いる場所のようだ。一年中穏やかな気候で過ごしやすく、多種類の作物が育つと書かれている。1000年ほど前は枯れ果てていた大地だったが、偉大な魔法使いたちの力で蘇ったとされていた。

 

そして、この世界の通貨は「リラ」。1000リラが平民の外食代の目安だという。

一年の周期も記されていた。一年は12ヶ月、一月は35日、一週間は7日。曜日には聞き慣れない名前がある。月、火、水、木、金、土、そして「光」。

 

特に目を引いたのは、「祝福の日」と呼ばれる期間だ。12月31日から1月10日までの15日間。この間はどこの国も休日となり、人々は仕事を休み、家族や愛する人と静かに過ごすらしい。殺生はできる限り避けられ、戦争中でも休戦し、狩りも食事をする分だけに定められている。これを破ると災いを招くとまで書かれていた。穏やかで、心温まる習慣に、少しだけ心が和む。

 

しかし、次の情報で、再び不安がよぎった。

「殆どの生き物には魔力が存在していて、必ず一つの属性を持っている。属性に優劣はないが、魔力量や魔力の質によってできることは大きく違ってくる。曜日にもなっている月、火、水、木、金、土、光以外に、氷や雷などがある。光、月、氷、雷、その他の属性持ちは少ないこともあり、この世界では重要視されている。ただ、月は闇とも呼ばれており、重要視されてはいるが、同時に恐れられてもいるという」

そして、身分制度。


「殆どの国は王が国を治めていて、身分制である。王族、貴族、平民、奴隷」

 

「うわ、奴隷もいるんだ……」

 

 思わず声に出してしまった。前世の記憶がない私でも、奴隷という言葉から感じる不穏な響きに、胸の奥がざわつく。少し怖いかもしれない。

 

 それにしても、私は一人きりなのだろうか? 周囲に誰もいないことに、言いようのない孤独感が襲ってくる。今は昼間だからまだ良いけれど、じきに夜になるだろう。

 

 その時だった。

 

「キィーーキィーン!」

 

 甲高い、耳障りな鳴き声が森に響き渡る。

 

 何、今の音? 恐る恐る目を向けると、茂みから飛び出してきたのは、一匹の兎だった。しかし、その耳の間に、鋭く尖った角が生えている。普通の兎とは明らかに違う、異形な姿。

 

 その角兎は、血走った目で私を睨みつけている。その野生の瞳に、全身が凍り付いたように動けなくなった。脚が震え、一歩も踏み出せない。

 

「1、2、3……!」

 

 数が増えている! 瞬く間に、角兎は三匹に増え、私を取り囲むように迫ってくる。

 襲ってくる!

 

「きゃーーーっ!」

 

 私は叫んだ。本能的な恐怖が喉を裂く。

 

「カキーン! キーン!」

 

 その直後、金属がぶつかるような鋭い音が響き、角兎たちの鳴き声が途切れた。


「大丈夫? ごめん、見つけるのが遅くなってしまった」

 

 優しい、しかし力強い声が聞こえた。

 私は助かったの? 良かった……。

 

 安堵と恐怖が入り混じり、視界がぼやけていく。ああ、涙が止まらない。怖かった、心細かった。そして何より、人に会えた。それが、どれほど心強いことか。

 

「大丈夫? どこか怪我でもしたのか?」

 

 そう言いながら、彼は私の頭を優しく撫でてくれた。その手は大きく、とても温かい。


「ヨシヨシ、もう大丈夫だ。大丈夫だ。ヨシヨシ」

 

 まるで幼い子供をあやすような、その穏やかな声と手のひらの温かさに、私の涙は堰を切ったように溢れ落ちた。

 

「私は……私の……名前は何だろう……」

 

 絞り出すような声で、私は呟いた。

 

「君の名前はキャロルのようだ。俺はマッドだ。よろしくな、キャロル」

 

 マッド。この温かさ。天界の待合室で、私の右隣に座っていた太陽のような強い光の人だ。間違いない。もう大丈夫だ。彼がいてくれれば、きっと大丈夫。

 

 私は自分に言い聞かせるように、嗚咽を堪えた。

 

「大丈夫、何かあったの?」

 

 もう一つ、安心するような優しい声が聞こえた。

 

「リオ、キャロルが兎に襲われそうになって、怖い思いをしたんだ」

 

 マッドが答える。

 

「君はキャロルって言うんだね。僕はリオだよ。よろしくね、キャロル」

 

 リオ。私の左隣に座っていた、真っ白でふわふわとした優しい光の人だ。

 

「リオ、私こそよろしくお願いします。それとね、私、普段はこんなんじゃないから! ちょっとだけ取り乱しちゃったけど、普段はもう少ししっかりしていると思うわ。たぶんだけど……」


 

 私は少しでも挽回しようと、必死に言葉を紡いだけど、記憶がないのではっきりと言い切れる自信がなかった。

 

「キャロルは年下だし、女の子だから仕方ないよ。俺を頼ってくれて良いからな」

 

 マッドが、くしゃりと笑いながら言ってくれた。

 

「マッド、ありがとう」

 

「僕のことも頼って貰っていいからね」

 

 リオも、穏やかな声で続けた。

 

「リオもありがとう」

 

 マッドは、地図のスキルがあるから、一番近くにいたリオを先に見つけて、それから私も近くにいるはずだと探してくれたらしい。それに鑑定スキルを使い私の名前も分かったみたいだ。到着して直ぐにスキルを使いこなせるマッドに私は感心した。


 それに、やはり私たち三人は、天界の待合室で一緒にいた、あの心地よい関係のままだったのがとても嬉しい。この二人がそばにいると、記憶がなくても、この世界に一人ぼっちで放り出された不安が不思議と薄れていく。まるで、天界で感じたあの温かい光が、今も私を守ってくれているようだ。

 

 私たちは、森の中を歩きながら、思い思いに話しをした。互いの不安や期待を分かち合ううち、心の距離がどんどん縮まっていくのを感じた。

 

 しばらく歩いて見晴らしのいいところまで足を進めると、私たちと同じような服装をした七名の集団が固まっているのが見えた。七名は、私たちよりも明らかに年上のように思えた。その中には女性も二人いるようだが、何だか言い争いながら揉めているように見える……。


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