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覚醒

 気がつくと、私はひんやりとした硬い長椅子に座っていた。ここはどこだろう?病院の待合室のような、しかしそれにしてはあまりに無機質で、人気のない空間だった。


 思い出そうとすると、頭の奥がズキズキと痛み、吐き気がこみ上げてくる。まるで無理矢理蓋をされた記憶の箱をこじ開けようとしているようだ。どんなに足掻いても何も掴めない。自身の記憶だけでなく、この手も、足も、なぜか半透明に透けて見える。これは一体どういうことだろう?まさか、私は死んでしまったのだろうか……?私は一体何者なの?このまま消えてしまわないだろうか?怖い、寂しい……。

 

 不安が募るが、これ以上考えるのはやめた。気分が悪いだけでなく、得体の知れない恐怖が押し寄せてくる。

 

 あたりを見回すと、ぼんやりとした光の塊がいくつも漂っているのが見えた。小さく曖昧な光、黒く恐ろしい気配を放つもの、青っぽいもの、赤っぽいもの……それらはふわふわと宙を舞っていた。

 

 私のすぐ近くには、真っ黒で見るからにおぞましい何かが漂っていた。妙に落ち着かず、席を移ろうかと思ったその時、その黒い塊はするりと遠ざかっていった。

 

 やっと一息ついて、再び周囲を観察する。目が慣れてきたのか、先ほどまでぼやけていた光の塊も、少しずつ色彩を帯び、その種類が増えてきたように感じられた。不安は消えないものの、何もできない私は、ただ茫然と光景を眺めていた。

 

 すると、大きくて力強い、しかし不思議と眩しすぎない、輝く光が私に近づいてきて、右隣にすっと座った。その光が近づくにつれ、周囲の空気が一変する。張り詰めていたものが緩み、まるで暖かく柔らかい日差しを浴びているかのように、心が落ち着いていく。あまりの心地よさに、私はいつの間にか眠りに落ちていた。


 どれくらい時間が経っただろう。目が覚めると、私の左隣には、真っ白でふわふわとした、優しい光を放つ物体が座っていた。さらに安心感が湧き上がり、全身が心地よさに包まれる。

 

 突然、頭の中に直接響くように、男性の声が聞こえてきた。その声は、どこか厳格ながらも、不思議と安心させる響きを持っていた。

 

「私は下界管理人のサンだ。君たち10人は、これから新たな生を与えられ、下界に降りてもらう」

 

 10人?私以外にもここに漂っている塊たちが、そうなのだろうか?

 

「君たちは15歳前後からの人生となるので、人の持つ必要な感情、いわゆる喜怒哀楽についての記憶だけは全てを消していない。赤子の感情では、身を守れないだろうと神々が判断されたからだ。神々が必要だと判断した感情は残してあるので、安心するといい」

 

 だから、私がどう生きてきたのか、思い出せないのだろう。それでも、感情だけは残っているから不安や寂しさや恐怖、安心感は感じるのね。

 

「今から君たちが行く世界には、魔法が存在しており、全ての生き物は大なり小なりの魔力を持っている。自身の魔力や才能は、下界に着いたら見たいと思えば見ることができるので、向こうに着いてから確認するのが良いだろう。それと、簡単な地図と下界の情報はポケットに入れておくので、下界に着いたら役立てて欲しい」

 

 魔法の世界……。私の中で、ぼんやりとした期待が芽生え始める。

 

「最後に、君たちには特に使命などはない。新しい人生を大いに楽しみ、好きなように生きて欲しいと思っている。では、準備ができたら呼ぶので、それまでもうしばらくここで待機してくれ」

 

 頭の中の声が止んだ。新たな人生、魔法、そして15歳からのスタート。疑問は尽きないが、誰も答えてくれるはずもなく、ただ行くまで分からないのだろう。


 魔法の世界か……どんな場所なのだろう?満天の星空とか見れるかな?友達もできたら嬉しいな。

 

 それにしても、この長椅子は本当に心地いい。隣の二つの光のせいか、また眠たくなってきた。

 

 すると今度は、じんわりと暖かく包み込んでくれるような、慈愛に満ちた女性の声が頭に響いてきた。

 

「こんにちは。私が貴方たち二人に身体を与えるイシスよ。貴方たちの魂と結合させる前に、二つほど貴方たちが望む才能を与えようと思うのよ。頭の中で思ってくれれば伝わるので、考えてみてちょうだい」

 

 二人?私ともう一人、誰のことだろう?望む才能と言われても、すぐには思いつかない。才能というのは、スキルみたいなものだろうか?もしかして、何かしらの魔法を授けてくれるのだろうか?

 

 そうだとすると、日常生活が楽になるような魔法があればすごく助かるけど……これから行くところに恐ろしい獣がいるのなら、戦闘能力の方がいいのかな?でも、戦闘なんてしたことない気がするし……。私としては、物作りがしたいかな。鞄を作ったり、服を作ったり、アクセサリーなんかも作れたら楽しいだろうな。

 

 あっ、そうだ、収納魔法とかもあるのかな?あれがあったらとても便利だよね。でも、鞄作りしたいのに収納があったら鞄なんて必要ないんじゃない?うーん……でも、収納があっても鞄を持ってもいいわよね。

 

 頭の中で想像しながら考えていると、イシス神の優しい笑い声が聞こえてきた。

 

「ふふふ。思うのは自由だものね。充分伝わったわ」

 

 イシス神の声が止むと、今度は下界管理人のサンが話しかけてきた。

 

「今から小部屋に移ってもらうが、そこでまたしばらく待機になるので、思うように過ごしてくれ」

 

 サンが言い終わった直後、身体がふわりと浮き上がるような感覚に襲われ、気づけば小部屋に移っていた。周囲を見渡すと、9つのぼんやりとした物体が見えた。つまり、私を含めて10体ということなのだろう。

 

 9つの物体の中には、先ほど私を安心させてくれた、大きくて明るい力強い光と、真っ白で優しい光も確認できたので、私はとても安心した。

 

 すると、大きな光が私のほうへ来てくれた。その後を追うように、白い光も近くにきてくれる。私たち3体は部屋の隅の方で待機する。やっぱりこの二つの光の側は安心するし、とても心地が良い。お日様のような温かい匂いと、懐かしい柑橘系のような爽やかな匂いがして、再び眠ってしまいそうだった。

 

 少し離れたところで、7つの物体はくっついたり離れたりを繰り返している。私と同じように、居心地の良い空間を探しているのかもしれない。

 

 だが、その中には、やはりあの真っ黒でおぞましい物体もあった。恐怖を覚える。他の物体は、あれが近くにいるのに恐ろしく感じないのだろうか?私にはあれには絶対に近づいてはいけないと、本能的に強く感じていた。7つの物体は2体、3体、2体に分かれているように見えたが、全てとても近い距離にいる。

 

「待たせたな。では準備が整ったので、今から下界へ移動してもらう。向こうに着いたら、地図と下界情報の紙に目を通すのが良いだろう。自身の情報は、知りたければ念じれば見れるはずだ。後は好きなように生きてくれ」

 

 サンが言い終わると、部屋全体が眩い光に包まれ、私の意識は途切れた。

 次に目が覚めて周囲を見渡すと、そこは木々に囲まれ、優しい陽射しに包まれた森の中だった。


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