カルセリア国9 マッド視点
マッド視点
「バンスたちが突入したようだ。キャロルとドナはピッピとモドキに結界と防御を頼んでくれ。味方の人数は二十人程で多くはないが、すぐに制圧するだろう」
「ピッピは既に結界を張り巡らせているわ」
「モドキもです」
5分もしないうちに、ルートが猫背の初老の男、コルズと共に俺たちの監禁部屋へ逃げ込んできた。
「おい、お前ら、俺の盾になれ」
そう言ってルートは俺たち一人一人の耳元で囁き始めた。
「君は僕の人形だよ。僕を守らないと君も死んでしまうよ」
俺たちは暗示が掛かった振りをした。ドナはもう幻影魔法を使う気もないようで、この芝居を楽しんでいるようだ。
「良い子たちだ。ではコルズ、王のところに行って全責任を取ってもらうとしようか」
ルートがそう言うとコルズは頷き、俺たちを連れて王が監禁されている部屋へ向かった。
この期に及んでも、ルートは人に罪をなすりつけて逃げ切るつもりのようだ。
そんなことがまかり通ると思っているとは、まるで幼稚な考えを持った子供だ。
王の部屋に着くと、コルズは鍵を使い重い扉を開けて部屋に入った後で、ルートに尋ねた。
「王妃様とキリア様は如何いたしましょう?」
俺とジルが探した限り、地下にはいないようだったが、やはり隠し部屋が存在するようだ。
「王は喋ることが出来ないからな、代わりに王妃に証言してもらおう。キリアにも役立ってもらうから一緒に連れて来てくれ」
「畏まりましたで御座います」
そう言ってコルズは部屋を出て行った。
ルートは置いてあった華やかな衣装ケースから小汚い服を取り出して着替えている。どうやら顔に煤まで付けて使用人の振りをするらしい。
「全く、面倒だ。退屈しのぎのただの遊びなのに……」
ルートは小声でそう呟いた。
ルートにとっては多くの人の人生を台無しにすることが、退屈しのぎの遊びなのか?俺には全く理解出来なかった。
そんな時、バンスが五人の部下を連れて、勢いよく扉を開けて入ってきた。
ルートはバンスに駆け寄り跪いて言った。
「お役人さん、お助けください。私は王に仕える者です。どうか王様をお助け下さい」
「お前の名は?」
「ルータスと言います」
俺はチラッとドナを見た。観劇を楽しそうに眺めている観客のような表情だ。
俺たちはもう人形の芝居をしなくても良いのだが、どうしたものかと思いキャロルを見てみた。キャロルも次にルートがどうするのかを真剣な顔をして眺めている。
「王とはベッドに寝そべっている者か?」
バンスの問いにルートが答える。
「はい、さようでございます。王様はこのようなことになってしまい、悔やんでも悔やみきれないと言って自殺を図ったのです。何とか一命を取り留めましたが、既に虫の息で御座います」
「なるほど、まずは鑑定を受けてもらう。侯爵様、お願い致します」
祖父であるミシェラン侯爵が鑑定人として部屋に入ってきた。
「カルセリア王で間違いないようだ。だが、かなり弱っているので言葉を発することは無理だろう」
祖父は俺たちをチラッと見て言った。
「この者たちは、どうしたのだ?」
ルートは簡潔に答えた。
「王様の護衛です」
「それにしては覇気がないように思うが」
「王様は常に何かしらの術を使っておりましたので……」
ルートは喋りながら、説明が矛盾しているのに気付いたんだろう。顔が青ざめている。
「ほ――、それはおかしいな。我が孫がここに連れてこられたのは昨日だと聞く。王の状態から見て、既に数カ月前から昏睡状態だったのではないのか?」
祖父がそう言った時に、コルズが二人の着飾った女性を連れて来た。
「私はカルセリア国の王妃です。此度のことは全て王と私の責任で御座います」
カルセリア王妃は感情のない言葉を無表情のまま述べた後に頭を下げた。
もう一人の女性は第一王女であり後継者でもあるようだが、王妃と同じ表情でただ頭を下げただけだった。
鑑定すると二人は暗示に掛かっているし薬物も使用されていた。
「私の鑑定によるとお二人は正気ではないようだ」
祖父も鑑定持ちだ。すぐに分かったのだろう。
そう言うとバンスは指示をした。
「それではこの部屋の全員を捕えるとする」
「待ってくれ……私はただの使用人です。ただの使用人に何の罪があると言うのでしょう。どうかご慈悲を、お役人様」
ルートは、そう言いながらバンスの近くまでいき、耳元で何かを囁いた。
「はっ――。よく聞こえなかったが、俺は人形ではないぞ。変な使用人だな。まずはこいつを捕えろ」
バンスの大きな声が響き渡り、ルートは呆気なく捕えられた。
「何をする。僕は神の使いだぞ。お前らが触れて良い存在ではない。覚えておけ、神の制裁があるからな、おい、聞いているのか――。おい、人形、早くこいつらを殺
して僕の拘束を外せ――」
叫ぶルートに対して、バンスが面倒くさそうに一撃で気絶させた。
「お爺様、お久しぶりです。お元気そうで、何よりです」
キャロルが嬉しそうに祖父に抱きついた。
「おい、ドナ、もう芝居はいいぞ」
バンスが言うとドナが叫んだ。
「ちょっとバンス、ルートの芝居にもう少しぐらい付き合いなさいよ!」
大声で言ったドナはすぐにジルに腕を掴まれ、久しぶりに長い説教を受けていた。
地下を出た瞬間、目指していた光景が目に飛び込んできた。探し求めていた家族の姿。キャロルは、リオの姿を捉えるやいなや、まるで堰を切ったように一目散に走り出した。その瞳からは、抑えきれない喜びの涙が溢れている。
「リオッ!」
キャロルの声が、張り詰めていた地下の空気を突き破るように響いた。リオもまた、大きく目を見開くと、両腕を広げてその愛しい妹を受け止めた。彼は力強くキャロルを抱きしめ、その小さな背中を何度も何度も優しく叩く。二人の間に流れるのは、言葉にならない安堵と、再会を待ち望んだ温かい時間だった。
俺も、ためらうことなく二人の元へ駆け寄った。リオとキャロルの間に割って入るように、俺もまたその輪に加わる。三人の体が強く抱き合い、言葉はなくとも、互いの存在を確かめ合った。かつての日々と全く変わらない、温かく、確かな抱擁だ。




