転生者ナミ ナミ視点
転生者 ナミ視点
この世界に落ちて、一年半が過ぎた。私は17歳に、異世界の土を踏んだのだ。
目を覚ますと、真っすぐに伸びた青々とした木の下に、私ともう一人、小柄な男の子が倒れていた。私が目を開けたのとほぼ同時、男の子もぱっと目を開け、歓声を上げた。
「やったー!なんだかよく分かんないけど、魔法の世界なんて面白そうじゃん!オレ、勇者になるぞー!」
彼は私を見て、屈託のない笑顔でニヤリと笑った。
「オレ、勇者を目指すユウト!よろしくな!」
あの時の言葉は、今でも鮮明に覚えている。
二人で地図を広げたり、この世界について書かれた紙を読み込んだりしていると、私たちと同じくらいの年齢の男女が5人、話しかけてきた。
「おい、お前らも俺たちと同じ転生者か?」
威圧的な態度で、ひときわ大きくがっしりした体格の男が中心にいたため、私とユウトは思わず身構えた。
「あの、もしよかったら、一緒に街を目指しませんか?」
綺麗な女性が優しく誘ってくれた。でも、あの5人組の中心人物がどうにも嫌な感じだったので、私とユウトは丁重に断った。
赤い髪の小柄な男が、がっしりした男の耳元で何かを囁いている。なんだか、ものすごく嫌な感じがした。
がっしりした男は大声で笑い、私に耳打ちしてきた。
「あいつじゃ、お前を守れねぇよ。お前だけなら連れて行ってやるが、どうする?」
背筋がゾクッとして、体が硬直した。それでもなんとか、首を横に振った。
「ここは危険かもしれないから、離れた方がいい。仲間は多い方が安全だろう。安全な場所まで一緒に行こう」
賢そうな顔をした長髪の男が諭すように言った。しかし、やはり嫌な奴がいる以上、私とユウトは首を縦に振らなかった。
面倒だと言わんばかりに、がっしりした男が私の腕を掴み、強引に引き寄せた。たまらずユウトが男に飛びかかった。男は鬱陶しそうにハエでも追い払うかのようにユウトを払いのけ、同時に私の腕を離した。
「せっかく誘ってやったのに、面倒だからもういいよ」
そう言い残し、5人組は私たちから離れていった。
私たちも彼らとの接触を避けるため、少しだけ遠回りして街へと向かった。
私もユウトも兎一匹すら捕まえられず、角の生えた兎が視界に入るなり、一目散に逃げ出した。二人とも「逃走」スキルを持っていたおかげで、足だけは速かったのだ。
空腹と寝不足で、私たちは心身ともに疲れ果て、今にも倒れそうだった。
「ごめん、ナミ。あいつらに付いて行った方が良かったかもしれない。オレが粋がったせいで、こんな目に遭わせちまって。本当に、ごめん」
ユウトが力なく私に謝った。私は「そんなことない」と言うべきだったのに、言葉が出なかった。ほんの少しだけ、そう思ってしまう気持ちが私の中にもあったからだ。それほどまでに、私たちは疲弊していた。
数日後の夜、うとうとしていると、女性の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。何かに襲われているのか、その声は止まない。私は耳を塞ぎ、震えながらその場から一歩も動けずにいた。横を見ると、ユウトも同じように耳を塞ぎ、目を閉じ、「ごめん、ごめん」と小さく呟いていた。
次の日、私たちは夜通し眠れずに黙々と歩き続けた。ユウトが突然立ち止まり、私に隠れるように促した。盗賊らしき3人の男たちが、子供たちを抱えて歩いてくるのが見えたのだ。子供たちは口を塞がれ、泣きながら必死に抵抗していた。
「ナミ、オレ、何もできないけど、もう後悔したくないんだ。オレは行くよ。助けられないかもしれないけど……行くよ、ナミ。ごめんね、元気でね」
ユウトは盗賊たちに向かって駆け出した。武器もない、戦う力もない。助けられるわけがないのに。私はどうすればいいの?もう分からない。動けない。もう嫌だ。こんなの嫌だ。神様はどうして私たちにこんな酷い仕打ちをするの?どうして、どうしてなの?
結局、ユウトは戻って来なかった。
私は一人で街を目指し、丸一日歩き続けると、ようやくミシェラン領が見えてきた。
入門検査にものすごく時間がかかっているようで、半日かけてようやく中に入ることができた。入門料は、道中で採取した薬草を門前の商人が買い取ってくれたので助かったが、宿代も食事代もない。
困っていると、男性が嫌らしい目つきで声をかけてきたので、すぐに逃げ出した。
それから冒険者ギルドに行き、住み込みの仕事を紹介してもらい、指定された店に行ってみた。店主が言うには、身体を売る店ではないが、男性の相手をする店なので、そういった行為を要求する客もいるという。断れない客も来るので、その時は相手をしなければならず、その場合は当然、余分にお金を支払ってくれるらしい。「覚悟がないなら帰ってくれ」と、店主は言い放った。
料理スキルがあるので、裏方の仕事でもないかと聞くと、別の店を紹介してくれた。同じ系列の店だが、お酒は扱っておらず、純粋に料理を提供する店なので、そういったことは少ないと言う。だが、「全くないわけではない」と付け加えた。小さな店だから、裏方だけでなく料理を運んだりもするので、客の目に留まることはあるのだとか。最初の店より給料は安いがどうするか、と尋ねられた。
私はもうクタクタだった。とにかく休みたかったので、とりあえず一週間だけ働くことにした。
料理長は良い人だったが、客の言うことには逆らえない人だった。二日目には、私は客の相手をさせられた。お酒が入っていない客だったので乱暴には扱われなかったが、悲しくて仕方がなかった。それでも、毎日ご飯は食べられるし、ふかふかのベッドで寝ることもできた。私はもう、この世界で何も期待していない。もうどうでもいい。
客の一人から、ミシェランでの門での騒ぎについて話を聞いた。私はすぐに例の5人組だと察したが、何も口にはしなかった。彼らもいろいろ大変な目に遭っているのだろう、と思っただけだ。4人しかいなかったのは不思議だったが、深くは考えなかった。
転生してから一年半が経った。私は今でもこの店で働いている。料理を作り、たまに身体を売っているのだ。
ユウトのことを時々思い出す。彼が生きていたら、私の今の姿を見たら、何て言うだろう。悲しそうな顔をして、「ごめん」と謝るのだろうか……。
それでも、夜空を見上げると、輝いている星々が美しいと感じるようになった。この世界で出会った、ほんの少しの優しい言葉や、美味しい料理の香り。それらが、凍りついた私の心に、微かな熱を灯してくれる。いつか、この全てを乗り越えて、穏やかな日々を過ごせる日が来ることを、私は心の奥底で諦めずにいる。その日を信じて、今日も私は生きていく。




