三年生へ進級
木々の葉が色づき始め、涼しい風が吹く九月。私たちは学生最後の三年生になった。進級できたのは38人中の30人で、留年生が2人いるため、今期は32人で授業が始まる。受講していた魔物討伐以外の授業は、学院で教育できる範囲を全て終了したため、今期は八人全員が新たな授業を受けることになった。
私とドナは人類学を、マッドとジルは経済学を、リオとボンドンは教育学を、マリアとレティは福祉学をそれぞれ選択した。
今期は貴族学校での授業は受けないが、十一月に行われる貴族学校でのダンスパーティーには八人揃って参加する予定だ。これからは、こうしたパーティーにも度々出席するようになるだろうから、少しずつ慣れていかなければならないだろう。
そして、その翌月には私がマッドと結婚する。当初はマッドの誕生日である八月に予定していたのだが、ミシェランの教会で盛大に執り行われることになった都合で、十二月の私の誕生月に変更になったのだ。
ウエディングドレスは、以前ブレイブス港で購入した家に残されていたものを、私なりに忠実にリメイクして作り上げたドレスを着る予定でいる。お母様は当初反対していたが、出来上がったドレスを見せたら納得してくれた。それほどに素敵なドレスに仕上がっている。
そんなわけで、今期はイベント事が多く、忙しい毎日が予想される。
「マッド、キャロル、今少し良いか?」
リオはまっすぐ私たちの目を見つめ、静かに切り出した。
「僕たちが自由に動けるのは今期が最後だから、相談があるんだ」
リオの声は、その決意を物語っていた。
リオは、私たち両親の故郷である北方大陸に行ってみたいと言い出した。雪と氷の大地で、今では誰も住んでいないと言われている大陸だ。実は、私もリオと同じ気持ちでいた。両親については何も知らないけれど、血の繋がりからくるものなのか、どうしても行かなければならない気がしていたのだ。
「そのうちに言い出すだろうと思っていたよ」
マッドがリオに、どこか見透かしたように話している。
「俺が無性にルルソン村に行きたかったのと同じ気持ちなんだろうな。今期の授業は少ないから、早めに終業できるよう学院長に話してみるよ。それと、父さんと母さん、お爺様にも許可を貰わないといけないな」
北方大陸まではかなり遠く、移動手段についても何が最適なのかも分からないため、詳細な調査が必要だ。それでも、私たちは行くことを決意した。
お父様もお母様もお爺様も、最初は危険すぎると反対していたが、私たちの胸の内にある「使命」のようなものを感じ取ったらしく、最終的に許可をしてくれた。そして、学院長や陛下のお許しも得て、魔獣討伐期間を利用して北方大陸へ行くことが正式に決まった。
今日はマッドと二人で、久しぶりにピピ島に来ている。静かな波の音を聞きながら、他愛ない会話を交わす。
「学生最後の年は本当に忙しくなるな」
「本当ね。田舎でゆっくりのんびりするのが好きな私たちなのに、不思議だよね」
「でもキャロルとの結婚は、俺はすごく待ち遠しいよ」
マッドが優しく言うと、私も自然と笑顔になった。
「ありがとう、マッド。もちろん私も同じ気持ちよ」
澄み切った青空の下、二人並んで座り、穏やかな時間を過ごす。マッドがそっと私の手を取り、指を絡ませてきた。彼の大きな手のひらから伝わる温かさに、心が満たされていくのを感じる。
「結婚しても、こうして二人で此処に来ような」
「ええ、もちろんよ、此処で二人でのんびりと過ごすのはとても癒されるもの」
私がそう言うと、マッドはくすりと笑って、私の頭を優しく撫でた。
「そうだな。二人でのんびり過ごすのは俺にとっても最高の癒しだよ。どんな時も、キャロルが隣にいてくれれば、俺はどんなことでも乗り越えられる気がする」
その言葉に胸が温かくなり、私は彼の肩にそっと頭を預けた。波の音と、彼の穏やかな呼吸だけが聞こえる。このかけがえのない瞬間が、いつまでも続いてほしいと願った。
私はピピ島に何度も来るうちに、最初に訪れた時に見つけた石碑の文字を、概ね解読していた。その内容は既にマッドとリオにも話してある。
石碑には、こう刻まれている。
『女神イシスはこの地を聖なる地として清め、邪な心を持つ者を遠ざけた。男神アマスはイシスの愛する子らを護る盾となる子を育て、守り抜くと此処に誓った』
少し離れた箇所にも、続きが刻まれていた。
『男神アマスと女神イシスは愛する子等に喜びを与えると誓う。時が来れば、優しい光を放つだろう』
この話をマッドにした時、彼はなぜかあまり驚かなかった。それどころか、「俺はキャロルやリオを守る力を与えてくれたアマス神様に感謝している」とまで言ってくれたのだ。
そして、この「喜びを与える」とは、何だろうか?神様は多くの力を私たちに与えてくれた。何よりかけがえのない絆で私たちを結んでくれた。
石碑に刻まれた言葉は、私たちへの約束のようだった。この言葉が私たちの未来にどのような意味を持つのか、私たちにはまだ分からない。それでも、このかけがえのない絆と、与えられた力に、神様たちの想いには感謝するばかりだ。




