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盗賊に襲われる

 ルルソン村を出て、昼休憩を挟んだ今、夕方の5時を回っていた。あと3時間ほどで、今夜泊まる小さな休憩所にたどり着くはずだ。明日は早朝5時には再び出発し、昼頃に大きめの休憩所で2時間ほど休み、夕方5時頃にはミシェランへ到着する予定になっている。

 

 乗合馬車には、ミシェラン領からの行商人6名と、護衛として雇われた冒険者2名、そして私たち3名の計11人が乗り合わせていた。この街道は整備されており、途中に休憩所もあるため、普段はあまり危険がないとされている。とはいえ、全く安全というわけではないので、護衛は必ず付いている。

 

 日数が2日と短く、危険も少ないからか、護衛の報酬は高くないのだろう。雇われた冒険者2人は、馬車の中でずっと報酬の少なさに不平を漏らしており、その印象は最悪だった。行商人たちも呆れた様子で、彼らの言葉に耳を傾けている者は誰もいない。

 

 最初の休憩所は、無人の小さな古い建物だった。部屋は3つにトイレが1つ。テントよりはマシだが、とても快適とは言えない。一応施錠はできるものの、もし開錠スキルを持つ者がいれば、簡単に侵入されてしまうのではないか。そう考えると、とても落ち着いて眠れそうにない。

 

 マッドとリオも同じことを考えていたようだ。護衛がその役割を放棄しているように見えたため、私たちは警戒を怠らず、交代で寝ることに決めた。ルルソン村に戻ったら、このことをカルロさんにしっかり報告しなければならない。

 

 初めての馬車の旅で、私も相当疲れていたのだろう。横になってすぐに、意識は深い眠りへと沈んでいった。

 

「起きろ! 起きるんだ! リオ、キャロル!」

 

 突然、マッドの緊迫した声が鼓膜を揺らした。跳ね起きると、彼の顔は硬直し、その瞳には焦りが宿っていた。

 

「地図にオレンジと赤が表示された。それに、ひどく嫌な気配を感じるんだ……!キャロルは皆をすぐに起こして。俺とリオは少し様子を見てくる」

 

 マッドはそう言い残し、出口へと向かう。その後ろを、リオが緊張した面持ちで続いた。

 

 心臓がドクドクと大きく脈打つ。私は震える手で、急いで他の乗客たちを起こしに回った。一人の年配の行商人が、不安げな表情で私に何が起こったのかを尋ねてきた。まだ詳しいことは分からないと前置きし、マッドとリオが外の様子を見に行ったことを説明した。

 

 皆がざわめき始める中、リオが息を切らして戻ってきた。彼の声は普段の落ち着きを失い、かすかに震えている。

 

「はっきりは分からないけど、何人かに囲まれているように思う。僕たちの護衛2人はどこにも見当たらない……。戦えそうな人はいますか?」

 

 リオの言葉に、部屋中の空気が凍り付く。皆の顔が、恐怖と絶望に歪んでいく。

 

「とにかく、僕はマッドの所に行くよ。キャロルはここにいて。外には絶対に出ないで、いいね」

 

 リオはそう言い残すと、再びマッドの元へと駆け戻っていった。

 

 怖い。全身が震える。マッドとリオに何かあったら、私はどうすればいいのだろう。この世界で一人になることへの、言いようのない恐怖が私を襲う。

 

 その時、先ほどの年配の行商人が、私に縄を差し出した。

 

「これを使ってくれ、縄だ。何かの役に立つかもしれん」

 

 そして、決意に満ちた声で続ける。

 

わしも行こう。こんな老耄おいぼれでも何かの役に立つかもしれんからな」

 

 彼は、一番年配にもかかわらず、迷いなくマッドたちの方向へと向かおうとしていた。

 

 私には、ここに留まるという選択肢はなかった。マッドとリオを一人にはさせない。私は差し出された縄と、手持ちの弓を掴み、行商人のお爺さんの後を追うように外へ飛び出した。

 

 出口の扉を少し開け、マッドとリオが外の様子を窺っている。彼らの後ろに私が立っていることに気づいたリオが、呆れたようにため息を吐いた。

 

「あー。やっぱりキャロルは来ちゃったね」

 

 その声には、私の無謀さを咎める気持ちと、私を心配する温かさが混じっていた。

 マッドに状況を尋ねると、近くに3人の盗賊がいて、こちらの様子を探っているらしい。お爺さんは頷いた後、さらに低い声で呟いた。

 

「離れた所にもう1人いるようだ。まずいなあ。もしかすると、もっと離れたところに盗賊の巣でもあるのかもしれん。急いだ方がいいじゃろう。3人を片付けて、早くここを離れた方がいい。儂が左側の盗賊を受け持とう」

 

 マッドは短く返事をした。

 

「分かった。俺とリオは右の奴を受け持つ。キャロルはすぐにここから離れることを皆に言って、隙を見て馬車に移動してくれ。じゃあリオ、行こう」

 

 お爺さんとマッドとリオは、迷いなく、まるで獲物を狙う獣のように素早く飛び出した。

 

 私はすぐに部屋に引き返し、簡潔に状況を説明し、一刻も早く馬車へ急ぐように促した。皆も腹を括ったのか、その動きは驚くほど速かった。私と行商人たちは準備ができると、出口の扉をわずかに開け、外を警戒しながら確認する。近くに敵の姿はない。私たちは一斉に外へ飛び出し、馬車の準備を急いだ。私の心臓は、激しい運動をしたかのように脈打っている。

 

 マッドとリオは、今、まさに戦っている。彼らの足を引っ張るようなことだけは、絶対にしたくない。

 

 ふと、視界の隅に新たな影が映り込んだ。敵は3人ではなく、既に4人になっている。少し離れたところで、もう1人が弓を構え、お爺さんを狙っているのが見えた。

 

 その瞬間、恐怖が消え去り、身体中に力が漲るのを感じた。私は迷わず弓を引いた。毎日欠かさず弓の訓練はしてきた。レベルだって上がっている。私だってできる、頑張る。心の中で必死に自分に言い聞かせ、狙いを定めて矢を放った。

 

 矢は確かに的に当たったようだ。しかし、敵は倒れない。私は間髪入れずに、もう一発、さらに一発と弓を引き続けた。何度も、何度も。

 

 お爺さんの動きが、少しずつ疲れてきているのが分かる。急がないと。もしお爺さんが倒れてしまったら、私たちは負けてしまうかもしれない。

 

 私は弓を構えたまま、お爺さんの方へと駆け寄った。共に戦うしかない。

 

 自分が無謀なことをしているのは痛いほど理解している。けれど、この状況でやられるわけにはいかない。マッドとリオだけを危険な目に合わせることはできない。

 

 私が戦いに加わったことで、盗賊たちは戸惑っているようだった。体が小さい私が素早く動き回るのが、彼らにとってはやりづらいのだろう。

 

 お爺さんは、そんな盗賊たちのわずかな隙を突くかのように、あっという間に敵を倒した。ほぼ同時に、マッドとリオも残りの敵を制圧したようだった。全員が急いで馬車に乗り込み出発した。しかし、馬車は走り出しても、私たちの警戒は一切解かれることはなかった。

 

 全員が張り詰めた緊張感の中で、馬車の中でしばらくじっとしていた。

 やがて、わずかに外が明るくなってきて、皆はようやく身動きを取り始め、話し出した。行商人の方々が、お爺さんとマッドとリオの怪我に気付き、手際よく手当てをしてくれた。幸い、三人ともたいした怪我ではない。それを見て、張り詰めていた心がプツンと切れたように、涙が溢れてきた。止めどなく、涙が頬を伝う。

 

 マッドが私の涙に気づき、「もう大丈夫、頑張ったな」と優しく抱きしめてくれた。リオも同じように抱きしめてくれて、三人で肩を寄せ合った。その温かさが、私を深く安堵させた。

 

 出発が早かったおかげで、午前9時前には次の休憩所に着き、馬を交代させた。御者の人と行商人の方が話しているのが耳に入ってきた。

 

「この馬だったから逃げ通せたんだ。他の馬だったら、あの緊張感の中では走ってくれなかっただろう。それに、一番力があり足も速い馬だ。本当に運が良かった」

 

 ここの休憩所は、ミシェラン領の街から馬車で半日も離れていない場所にあるので、しっかりした建物で定食屋も入っているし、馬も何頭か常にいるようだった。

 

 話を聞いた私は、ここまで私たちを助けてくれたお馬さんにお礼がしたかった。マッドとリオと一緒に、にんじんを買ってお礼を言いに行った。お馬さんは美味しそうににんじんを食べてくれた。

 

「ありがとう、お馬さん」

 

 休憩も終わり、ミシェラン領へ向けて再び走り出した。あと4時間ほどで到着するだろう。

 

 行商人の方々は、すっかり打ち解けて私たちに気さくに話しかけてくれる。

 マッドたちと共に戦ってくれたお爺さんは、ミシェラン領の街で店を経営されているそうだ。今は息子さんが店を引き継いでいて、お爺さんはたまに行商人をしているらしい。ぜひ店に寄ってくれと言われ、お店の場所を教えてもらった。

 

 他の行商人の方々からは、ミシェラン領の街の美味しい定食屋や、今流行っているお菓子などを教えてもらい、和やかな時間が過ぎていった。

 

 ちなみに、冒険者の護衛2人は、あの戦いの最中、酔い潰れて馬車の中で寝ていたのだ。馬車の中にいたから連れて来れたけれど、もし他の場所で寝ていたら、置いてきただろう。それに、どうやらお酒だけでなく睡眠薬まで飲んでいたのではないかと疑われている。

 

 2人は先ほどの休憩所に常駐している役人に引き渡してきた。彼らがどうなるのかは私には分からないが、この世界は甘くない。そう思うと、少し胸が締め付けられた。

 

 後日、私たちには冒険者ギルドを通して、事の顛末を教えてくれる手筈になっている。もちろん、盗賊たちのことも既に報告済みだ。おそらくすぐに対応してくれるだろう。


 

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