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南方大陸 ユウトについて

 船内には、様々な生活音が響いていた。リオとドナは交互に操縦桿を握り、片時も手が離せない。荒れる波に揺られながらも、彼らは静かに航海を続けていた。


 ボンドンは船内で使う家具作りに精を出していた。


 レティは広大な海域図を広げ、書類をまとめたりと、航海の準備に余念がない。


 マッドとジルは船を完璧な状態に保つため、細部にわたり点検し、修復や修理を行っていた。


 マリアはいつものように台所仕事に腕を振るい、私はカーテンやクッションカバー、ベッドシーツを縫い上げていく。

 

 皆がそれぞれの役割を果たすうち、あっという間に目的地へ到着した。通常であれば二週間はかかる旅路だが、この船の性能とリオたちの卓越した操縦技術のおかげで、わずか九日で南方大陸の港に降り立った。

 

「早く着きすぎて、お兄様がまだ到着していないようだわ」

 

 マリアが小さくため息をついた。

 

「マリア様、リオ様、南方大陸、リド国の大臣がお迎えにいらっしゃいました」

 

 レティの声に、マリアは頷いた。

 

「レティ、ありがとう。では、お会いしてくるわ」

 

 私たち8人は入国検査を待つことなくリド国に降り立ち、手配されていたホテルへと案内された。ホテルまでの道中は馬車だったが、窓から見える街の景色はドレスデン国とは全く異なっていた。道路の向こうは一面砂漠で、まるで砂の海のようだった。馬車の車内は魔法で温度が下げられているのか涼しいが、外には蜃気楼が見えている。一体どれほどの暑さなのだろうか。

 

 馬車に乗ったままホテルの入り口に入っていくと、私たちはすぐに部屋へと通された。

 

「私とリオ、ボンドンとレティは、ドレスデン国の王太子殿下が到着するまでこちらのホテルに待機させていただきます。ですが、私の連れの四人は外出をしてもよろしいでしょうか?」

 

 マリアが大使の方に尋ねた。

 

「もちろんですとも。それでしたら案内人を用意しますのでお待ちください」

 

「ありがとうございます。助かりますわ」

 

 案内人、つまりは監視役がつくのは仕方がないことだろう。私たちを守るためでもあり、余計な行動をさせないためでもあるのだろう。

 

 私とマッド、ジル、ドナが出かける準備をしていると、二人の案内人が部屋をノックした。

 

「失礼いたします。私はドヤンと申します。行きたいところなど、お決まりであれば教えてください」

 

「実は人探しをしたいんだが、付き合ってくれるだろうか?」

 

「人探しですか?」

 

 ドヤンが不思議そうに聞いてきた。マッドは女性像を見せて言った。

 

「この像を偶然手に入れて、とても気に入っているんだ。店主に聞けば南方大陸から仕入れたと聞いたんで、作陶者に会って他の作品を見せてもらいたいし、可能であれば直接依頼したいんだ」

 

 マッドが良い感じに人探しについて話を切り出した。

 

「なるほど。その像を見せていただいても良いですか?」

 

 ドヤンは女性像を見た後、後ろに控えていた女性の案内役に像を手渡した。

 

「私はロナと申します。私の父は幅広く商売をしておりますので、私も一通りは商品に詳しいのです。この像は間違いなくこの国で作られた物です。陶芸に詳しい者を訪ねられますか?」

 

「はい、お願いします」

 

「承知いたしました」

 

 ロナはそう言うと部屋を出て行った。

 

「ロナは訪問先に連絡を取りに行ったのでしょう。ただ、場所によっては皆様の安全を確保できませんので、許可できません。その辺りはご承知おきください」

 

「もちろんです。ご協力に感謝します」

 

「他にもご覧に入れたい場所がございますので、お付き合いいただいてもよろしいでしょうか?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 マッドは終始、穏やかに対応していた。

 

 ロナの案内で、私たちは陶芸家が多く集まる集落に馬車で向かった。

 

「大きな陶芸家の集落は国内に九カ所ございます。まずは港に近い場所に案内しますね。そこには様々な陶芸家が住んでいますが、職業としている者はおりません。我が国ではあまり陶芸に力を注いでいないのと、砂状の土が多いので作るのが非常に難しいのです」

 

「副業としてやっているということですか?」

 

 私が聞くと、ロナは「副業というよりは趣味ですね」と答えてくれた。

 

「作品を拝見したところ、おらく今から向かう集落の可能性が高いと思います」

 

 それを聞いた私たちは、期待を胸に抱いた。

 

 馬車を降りると、凄まじい暑さに一瞬倒れそうになった。

 

「身体が暑さにまだ慣れていないでしょうからお気をつけください。あまり長居すると身体に障りますので、ここでは二時間とさせていただきますことをご承知ください」

 

「はい、分かりました」


 マッドが答えた。

 

 集落の入り口に馬車を停め、私たちは土埃の舞う道を歩いた。道の両側には小さな工房が点々と並び、素焼きの器やオブジェが軒先に飾られている。熱気が立ち込め、粘土をこねる音、ろくろの回る音、そして窯の燃える音が、かすかに聞こえてくる。

 

「皆様、ごゆっくりどうぞ。私はこちらで集落の責任者と話をしてきます」

 

 ロナがそう言って、私たちに自由に散策を促してくれた。ドヤンは私たちの後方を歩き、周囲を警戒している。

 

 数軒の工房を覗きながら進むと、少し奥まった場所に、他とは違う独特の雰囲気を持つ工房が目に入った。軒先には、例の女性像とは異なるが、確かにユウトの作風を感じさせる、力強くも繊細な陶器が並んでいる。

 

「ここだ」

 

 マッドが確信を持ったように呟いた。扉を開けて中に入ると、そこは薄暗く、かすかに湿気を帯びた粘土と土の匂いがむっと立ち込めていた。奥の作業台では、小柄な男性が、一心不乱に土を捏ねていた。

 

「すみません、ユウトさんでいらっしゃいますか?」

 

 マッドが声をかけると、ユウトは手を止めてゆっくりと振り返った。顔を上げたその人物は、やつれて頬がこけ髭を生やした男性だったが、マッドは鑑定で即座に彼がユウトだと気付いただろう。そして私も、彼の魂の色には見覚えがあった。紛れもなくあの時の転生者、ユウトだった。

 

 ユウトは不思議そうに私たちを眺めてから言った。

 

「確かにユウトだけど、俺に何か用なのか?」

 

 彼の声には、明らかに動揺と不信感が含まれている。

 

「ユウトさんの作品が気に入って探していたんです」

 

「えっ、俺の作品?」

 

 マッドは女性像をユウトに見せた。

 

「あっ、それは確かに俺の作品だ。でもそんなに出来が良いものではないだろう」

 

「この女性像にとてもよく似た人物と知り合いなんです」

 

「よく似た人物? 君たちはこの国のものではなさそうだ。どこから来たんだ?」

 


 その時、工房の奥から、ガラの悪い男が二人、現れた。彼らはユウトに見て、ニヤリと笑った。

 

「おいおい、ユウト。見ねえ顔の客じゃねえか。しかも、やけに綺麗なねえちゃんだな。お前、何か隠してるんじゃねえだろうな?」

 

 男たちの言葉に、ユウトの体がこわばる。彼らの視線は、私たち、特に女性である私とドナにねっとりと絡みついた。

 

「関係ないだろう!ここはもう俺の工房だ。出て行け!」

 

 ユウトが声を荒げると、男の一人が舌打ちした。

 

「ああ? 生意気な口をきくんじゃねえぞ。ここは俺たちのシマだ。お前みてえなよそ者が偉そうにするんじゃねえよ」

 

 男たちがユウトに詰め寄ろうとしたその時、マッドが一歩前に出た。彼の全身から、静かながらも圧倒的な威圧感が放たれる。ドヤンも素早く前に出て、男たちと私たちとの間に割って入った。

 

「失礼。この方々はリド国の賓客でいらっしゃいます。無礼な振る舞いは許されません」

 

 ドヤンが低い声で告げると、男たちは一瞬怯んだものの、すぐに鼻で笑った。

 

「賓客だぁ? こんな薄汚え工房に何しに来るってんだ?」

 

「黙れ」

 

 マッドの声が、冷たい氷のように工房内に響き渡った。その瞬間、男たちは体が硬直したかのように動きを止める。彼らはマッドの放つ魔力に圧倒されているのだろう。ドナとジルも、男たちを睨みつけている。

 

 男たちは顔を青ざめさせ、震えながら後ずさり、やがて転がるように工房から飛び出していった。

 

 静寂が戻った工房で、ユウトは呆然と私たちを見ていた。

 

「あいつらは……近隣のゴロツキですね。彼らに何かしらの制裁をしてきます。ここで少し待っていていただけますか?」

 

 ドヤンがそう言うと、マッドは頷いた。それを見たドヤンは工房から立ち去った。

 

 ユウトは、私たちを見る目が少し変わっていた。警戒心の中に、微かな戸惑いと、感謝のような色が混ざっている。

 

「ユウトさん、改めて自己紹介させてください。俺はマッド。彼女は婚約者のキャロル。それにジルとドナだ」

 

 マッドは穏やかな口調で話しかけた。そして、再び女性像をユウトに差し出す。

 

「この像に込められたあなたの気持ち、俺たちには少し分かる気がします。ナミさんは、今は元気で過ごしていますよ」

 

 その言葉に、ユウトの瞳が大きく見開かれた。彼の顔に、それまで見たことのない、安堵と希望の光が宿った。

 

 ユウトは震える手で女性像を受け取ると、静かに涙を流し始めた。

 

「ナミは……生きているんだな……」

 

 彼の口から絞り出された言葉は、深い安堵と、積み重なった後悔に満ちていた。


 こうして私たちは、無事にユウトを見つけることができたのだった。


 ユウトには、私たちが同じ転生者だとは告げなかった。知り合いに似た像を見つけたので、鑑定できる者に依頼して探しに来たことにしたのだ。ユウトも今まで大変だったはずだ。

 

 マッドがユウトのスキルを教えてくれた。

 

 ユウト:土属性、逃走、清掃、作陶


 彼もナミさん同様に戦闘スキルもレアスキルも持っていなかった。


 このことについてマッドとリオは私にこう言った。


「転生者らしいスキルを持っていないのは、もしかしたら、他の転生者から身を守るために神様はあえてそうしたのかもしれない」


 マッドの見解にリオも頷きながら言った。


「そうだね、僕もそう思うよ。でもそれによって彼らはかなりの苦労をしたようだから良かったのかどうかは分からないけどね」


 ユウトがどう生きてきたのかは聞いていないが、闇の奴隷商人の手によりこの地に売られたようだ。買い主がまともな人だったのが唯一の救いで、今では買い主も亡くなり今は一人で生活を始めてミシェランまでの旅賃を少しずつ稼いでいる最中だった。


「ただユウトには隠れスキルが存在しているようだ」


「どんなスキルなの?」


 私が聞くとマッドは優しい顔をして教えてくれた。


「一途な愛。かなり深く隠されているスキルのようだ。おそらくだが、彼に愛された人は彼が生きている限り決して死なない。それに二人が共に手を取り合えば困難も乗り越えていくだろう。多くの人を救うスキルではなく一人だけを幸せにするもののようだ」


 もしかしたら、ナミさんは遠く離れたユウトにずっと守られていたのかもしれない。ナミさんの魂は疲れていたけれど全く汚れてはいなかった。


 私は、離れ離れになってしまった二人が、再び出会い、穏やかな日々を過ごせるようにと心から願った。



 


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