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南方大陸 親善旅行に向けて

 東レ島の穏やかな日々が終わりを告げようとしていた。長期休暇も残すところ一カ月となり、私たちは領主としての仕事に気持ちを切り替えていた。

 

「五日後にはミシェランで再びお爺様に領主運営を教わるよ」

 

「ええ、東レ島で楽しんだ分、たくさん勉強もしないとね」

 

 マッドと私がそんな話をしていると、いつもと違う、少しばかり緊張した面持ちでリオとマリアがやってきた。何か言いたそうな顔をしている。

 

「マッド、キャロル、少し良いか?」


 リオの声は、いつもより幾分か低く、真剣に響いた。

 

「どうしたんだ、真面目な顔をして」


 マッドは、リオの様子に気づき、探るような目で問いかけた。

 

「実はマリアが、王族として初の外交をすることになったんだ。僕も当然一緒に行くんだが、マッドたちも付き合ってくれないか?」

 

 マリアは王女である以上、王族の務めを果たさなければならないのだろう。

 

「どこに行くんだ?」

 

 マッドが尋ねると、マリアが答えた。

 

「南方大陸です。本来は私ではなくカトリナ様が婚約者のリース様と行かれる予定だったのですが、最近お二人はあまり上手くいっていないようで、急遽、私とリオが行くことに変更になったようです」

 

「なるほどな。そんなに二人は上手くいっていないのか?」

 

 マッドが尋ねると、リオが答えた。

 

「うーん、僕がリースに会ったのは一回だけだからよく分からないが、今では女性関係の噂もある。でも本人に会っていないから真偽は不明かな」

 

 カトリナ様から以前、相談はされたが、私たちはあまり良いアドバイスはできなかった。フィーナにそれとなく聞いたことがあるが、「貴族間の婚姻なんてそんなものだと思いますわ。リース様の噂は私も耳にしましたが、噂なんて当てにならないものですわよ」と言っていた。

 

「船は一応使用出来るが、内装がまだ整っていない。それでも良ければ出航はできるぞ」


 マッドが言うとマリアが答えた。

 

「はい。初の外交ですので、お兄様も一緒に行きますが、船は別で良いとの許可を頂いています」

 

「殿下も一緒なのか? 婚約者のパメラ様は?」


 最近、マッドはよく殿下と関わっているので「またなのか」と少し呆れているようだ。

 

「パメラ様はご一緒されないそうです。あくまでも私が外交を務めなければ意味がないので」

 

 マリアの言うことはもっともだ。そんなわけで、私たちはいつもの8人で南方大陸へ行くことが急遽決まった。片道だけでも船で二週間はかかるので、始業式には間に合わない。だが、授業の一環と見なされ、欠席扱いにはならないそうだ。

 

昔読んだ南方大陸の特徴を私は思い出していた。

 

* 荒野と砂漠の大地: 昼間は灼熱の暑さだが、夜は気温が下がり寒暖差が激しい。

* 食文化: 作物は育たず、サースランドでの主食は魔獣や虫、サボテンになる。

* 特産品: コーヒー豆や鉱石。

* 身体能力: 身体能力に優れている者が多いと言われている。

* サースランド人の特徴: 浅黒い肌、黒や焦茶色の髪、筋肉質で大柄。

 

 リオとドナが主に交互に操縦予定だが、南方海域の許可証を誰も持っていない。そのため、予定より早くパーランス港町に向かい、全員が操縦許可証の講習を受けることになった。


 既に船の操縦に慣れている私たちはすぐに資格を取得でき、夜のパーランス港町をのんびりと歩いた。この辺りには南方大陸の人々も多く移住しており、浅黒い肌と、鍛えられた身体を持つ大柄な人たちがちらほら見かけられた。路地には香ばしい匂いが立ち込め、屋台には虫の丸焼きのような食べ物が売られていた。

 

「観光のお客さんかい? これは身体に良いし美味しいよ、騙されたと思って買ってみないか?」

 

「確かに身体に良いみたいだな。一つもらうよ」

 

 マッドはそう言って500リラを渡し、虫の丸焼きを手に取り口にした。

 

「どう?マッド、美味しい?」

 

 私が聞くと、マッドは「キャロルも食べてみな」と言って食べかけを渡してきたので、私も一口食べてみた。

 

 あら、意外に香ばしくて美味しい。

 

「おじさん、私も頂戴!」

 

 そう言ってドナも買い、横で美味しそうに食べている。

 

「キャロル様、本当に美味しいです。これはクセになりそうですね」

 

 ジルも買い、恐る恐る一口食べた後は、嬉しそうに食べていた。リオたちは少し先で何か別のものを食べているようだ。


 別の露店を覗くと、素朴な器が売られていた。

 

「良い土色だわ。」

 

「お客さん、良い目をしているね。それは南方大陸の土でできているから滅多に拝めないよ」

 

「いくらなんだ?」

 

「一皿、3千でいいよ。そういえば、ちょっと待ってくれ、おっと、あったぞ、こんなのもあるぞ」

 

 店主が見せてくれたのは、ラクダのオブジェだった。

 

「わー、可愛い!」

 

 ドナの目が輝いている。

 

「嬢ちゃん、気に入ったかい。南方大陸での移動に使われるのは、このラクダと言う生き物らしい。まあ、馬の代わりだな」

 

「それはいくらなんだ?」

 

「これは五万リラだ。色々と買ってくれたらオマケもつけるから言ってくれ」

 

 マッドは迷わず「ラクダをいただくよ。他にも何か面白いものはあるか?」と尋ねた。

 

「兄ちゃん、ありがとよ。でも他か――」

 

「あなた、この前仕入れたあれはどうだい?」

 

 店主の奥さんだろうか、何か心当たりがあるらしい。

 

「あー、あれか。実は客に頼まれて仕入れたんだが、間違えてしまってね。よければ家は近いから直ぐに取ってくるよ」

 

「どんな物なんですか?」

 

「女性像だ。なかなかの物だが、観光客好みではなくてね」

 

「あなた、私が店番してるよ」

 

「ぜひ見たいので、お願いできますか?」

 

 10分もしないうちに、店主が大事そうに抱えて持ってきてくれた。

 

「これだよ。なかなかの代物だろう?」

 

 私はこの女性像がナミさんに似ていると思った。

 

「これは、これを作成した人物はご存知ですか?」

 

「知らないが、南方大陸の店から仕入れたから、向こうで聞けばもしかしたら分かるかもしれないな」

 

「これはおいくらで購入できますか?」

 

「それは結構な値段で仕入れたから、12万リラでどうだろう?」

 

 マッドは、お皿を12皿、ラクダ像、そして女性像を買い、合計20万7千リラを手渡した。

 

「こんなに買ってくれるなんて、ありがとな。オマケとしてここのカップを一つずつ好きなのを選んでくれ」

 

 私は少し大きめの丸い形のカップで、購入したお皿とお揃いの色を選んだ。マッドはそれを見て、お揃いの一回り大きなカップを選んでいる。

 

 ドナも私と同じカップだが、文字が大きく刻まれているものを選び、ジルも刻まれている文字は違うがドナと同じものを選んだ。

 

「そのカップは対なんだ。南方大陸の独自の昔の言葉で書かれている文字らしい。『真面目な貴方が大好き』、『何でも話せる君が愛しい』って書かれているらしいよ」

 

 ドナもジルも珍しく赤面している。


 南方大陸の本を以前読んだ際に書かれていたので、私はその意味を知っていた。南方大陸では真面目な男性が好かれるらしく、そんな真面目な男性は、明るく太陽のような裏表がない女性を好むらしい。そんな国だから真面目な人が多いのかといえば、そうではないらしいが……。


 ホテルに着くと、マッドが女性像について私とリオに話してくれた。

 

「女性像の作陶者は間違いなく転生者だ。そしておそらく、ナミさんとミシェランに向かったユウトさんだろう」

 

 女性像に刻まれた文字と、そこに込められた感情が、マッドの鑑定眼によって明らかにされる。

 

「この女性像にはさまざまな想いが詰まっている。後悔、再会、恋慕……ユウトはナミさんに逢いたい一心で作陶したんだろう。この像が作られたのは二年前だ。ユウトは少なくとも二年前には生きている」

 

「南方大陸で暮らしているのかな?」

 

「分からないが、到着したら俺とジル、キャロル、ドナで探してみようと思う」

 

「そうだね。僕はマリアに付き添うから無理だけど、見つかると良いね」

 

 リオがそう言ってくれた。

 

 翌日には、リオとドナは南方海域大型操縦許可証を取得するために受講に行った。

 

 王太子殿下もパーランス港町に到着し、私たちよりも一日早く出航した。


 私たちも翌日には南方大陸へ向けて船を航海する予定だ。

 



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