魔獣討伐 難度5いざ挑戦
いよいよ始まる難度5の魔獣討伐。胸の奥で、期待と緊張がせめぎ合う。私たちは4月11日に討伐に出発することに決めた。出発を前に、ジルが現状で分かっている情報を説明してくれる。彼の真剣な表情が、この討伐の厳しさを物語っていた。
「難度5の成功者は、これまでにたった2チームしかいません。しかも、その2チームとも最低限の採集のみを終えて帰還しています。彼らが採集してきたのは、白百合草という難病に効果があると言われる草と、黒百合草という寿命を延ばすと言われる草です。この二つの草は、その生息地が限られていることから大変高値で売買されており、同時に二つの草が採集できるのは難度5の百合ヶ島だけです。百合ヶ島は魔法学院の所有地になりますので、許可なしでは上陸できない島ですから盗賊は出没しないと思いますが、前回のような不測の事態も考えられますので、用心はすべきだと思います。他にも採集したい草や木の実、卵、樹木などがありますので、前回同様に2チームに分かれて採集したいと考えております」
ジルの説明に、ドナが大きな声で確認した。
「卵って美味しいの?」
「孵化しない卵で、味は分かりません。食べるとスキルが現れると言われている、幻の卵になります」
その言葉に、皆の視線が集中する。スキルが手に入る卵なんて、聞いたこともない。
「では樹木も普通のとは違うの?」
今度はリオが質問した。木工スキルを持つリオとしては気になるのだろう。
「魔法の木と言われており、木そのものに魔力が満ちているそうです。例えば、この木を使ったベッドで眠ると予知夢を見た、と証言した者がいたそうです。ただ、この樹木も幻と言われていますので、実際にあるのかは不明です」
夢のような話に、皆が息を呑む。
「では他の草や木の実は?」
聞いたのはマリアだが、私もとても気になる。
「それは実在しますので、採集したいですね。薬にも食材にもなる優れもので、とても美味しいそうです。一つはリリカン草という名の草で、少し工夫をすればルルソン村でも育てることが可能かもしれません」
マリアがすごく嬉しそうな顔をした。彼女の研究心がくすぐられたようだ。
「次は討伐の話をします。採集している間にも、多くの魔獣が襲ってくると思われます。ここで2チームに分けたのは、大人数で固まると、多くの魔獣がまとまって襲ってくると考えたからです。あえて少人数で動くことで動きやすくもなりますし、助けに入ることもできます。前回のように離れて採集はせず、50メートルほど離れた近い場所で今回は採集をしようと考えています」
ジルの作戦に、皆が頷く。
「これは魔道具の通信機器です。全員分用意しましたのでお渡ししますね」
レティがそう言って、私たちに小さな耳飾り型の魔道具を配ってくれた。耳に入れるだけで良いらしい。
「キャロル様、何か話してください!」
ドナがいつの間にか遠くに離れて試しているようだ。そのはしゃぎぶりに、張り詰めていた空気がふっと緩むのを感じた
「ええ、ドナ、よく聞こえるわ!」
「ドナ、まだ説明の最中だから戻ってこい!」
いつものことだが、ジルが呆れたように叫んでいるがドナは全く動じない。あれではまたジルにお説教されるだろう。
「この魔道具は大変高価な物ですので、壊さないようにしてくださいね」
レティがドナを見て言ったが、ドナは我関せずだった。
「百合ヶ島には孔雀と言われる大変美しい鳥がいます。この鳥を傷つけたり捕獲するのは禁じられているので、攻撃は絶対にしないようにしてください。ただし、孔雀の羽と思われる碧や黄金色の、今まで見たこともないような羽らしき物が落ちていたら、マッド様に鑑定してもらってください。これが手に入れば、高得点間違いなしだと思います」
ジルの説明に、皆が孔雀の美しい姿を想像しているようだ。
「討伐する魔獣の特徴は?」
ボンドンが聞いている。彼はいつも、リオを守るために最善を尽くそうとしてくれる。
「魔獣は鳥系、狼系、熊系、虫系、人型とあらゆる種類がいるそうです。中でも狼系は群れで襲ってくるので注意した方がいいでしょう。後は……ドラゴンがいるらしいです」
ドラゴンの名が出た瞬間、場の空気が一瞬で張り詰めた。
「ドラゴン? 見てみたい!」
怖いもの知らずのドナが、目を輝かせて言った。彼女の純粋な好奇心には、いつも驚かされる。
「ドラゴンには絶対に手を出してはいけないと言われております。ドラゴンは人間が敵う相手ではないです。もしも遭遇したら、目を合わせることなくその場を離れてください。分かったな、ドナ!」
ジルが珍しく強い口調でドナに言った。彼の声には、本気の警告が込められている。
「うん、分かった」
ドナは、ジルの剣幕に少しだけたじろぎ、小声で返事をした。
「出発までにはまだ時間があるので、引き続き情報集めをしておきます」
ジルの説明が終わると、マッドが私の隣に寄ってきて、優しく頭をポンポンと叩いた。
「キャロルは俺と同じチームだ。一緒に頑張ろうな」
その言葉に、胸のドキドキが少しだけ落ち着いた。マッドがいてくれれば、大丈夫と私は思った。
それから全ての準備が整い、待ちに待った4月11日を迎えた。
朝9時、学院の魔法陣の前に8人が集まった。澄み切った青空の下、私たちの心は高鳴る。
「最後にもう一度確認するが、難度5で良いんだね?」
学院長が自ら最終確認をしてきた。表情には、私たちへの期待と、ほんのわずかな不安が入り混じっているように見える。
「はい、できる限りの準備もして来ましたので、大丈夫だと思います」
マッドが堂々と答えた。彼の自信に満ちた声が、私たちを勇気づける。
副院長が用紙を出し、サインをするように言ってきた。学院側は一切の責任を負わないという書類だ。全員が手早く記入を済ませ、いざ、未知の領域へ足を踏みれた。
「では行って参ります!」
前回同様、ドナが元気いっぱいに魔法陣のレバーを一気に下げた。その瞬間、足元に魔法陣が輝き、景色が歪む。
瞬時に私たちを包み込んだ光が消えると、そこは難度5の百合ヶ島だった。
空気が、学院山よりも少し澄んでいて、どこか神秘的だ。
天気はとても良いのに、なぜか少し雨が降っているせいなのか、自然の草木や土の安らぐ匂いがする。それに遠くの空に七色の美しい虹が見えるている。雨粒がキラキラと光り、虹と相まって、幻想的な光景が目の前に広がっていた。
「凄い! マッド、雄大な大地に降り立ったみたいだわ!」
私は思わず声を上げた。目の前に広がる大自然は、まるで絵画のようだ。
「ああ、本当に綺麗だ」
マッドも感嘆の声を漏らした。皆、その壮大な景色に感動しているようだった。息をのむような美しさが、私たちの緊張感を少しだけ和らげてくれる。
私たちの10日間の冒険が、今、この百合ヶ島で、静かに、そして力強く幕を開けた。
百合ヶ島での冒険は、私たちに何をもたらすのだろうか。胸のワクワクが止まらない。




