長期休暇1
待ちに待った3ヶ月もの長期休暇が始まった。今回は色々なことがあったため、特別に一ヶ月は自由に行動して良いと言われた。その代わり、残りの二カ月はマッドとリオが領主の仕事をこなし、私とマリアは母について教会や婦人会に出席することになる。ジルたちも同様に領主補助の仕事や帳簿作成をすることになるだろう。でも今は何も考えず、思いっきり楽しもうと皆で決めた。
私たちのお店はとても繁盛しているし、魔物討伐で私たちが留守の間も問題なく回ったと聞いて一安心だった。バンスは4階建ての建物をほぼ完成させており、その出来栄えも素晴らしかった。マッドが細かいところを少しだけ調整して内装を整えれば入居できると言っていたので、店で働いてくれる従業員たちは大喜びだ。
「マッド様、従業員を増やした方が良いですね」
ジルが言うと、バンスはその言葉を待っていたかのように大きく頷きながら言ってきた。
「おう、そうしてくれよ。俺やエリィなんて休み無しだぜ。いい加減ストライキを起こす寸前だ!」
「バンスはともかく、エリィの補助をすぐにでも手配しましょう」
ジルが冷静に言うと、バンスは大声で反論した。
「おいおい、俺は建物も作ったりで大忙しだったんだぞ!」
「バンス、次は東レ島の建物を頼みたいんだ」
マッドがにっこり笑ってそう言うと、バンスは天を仰いだ。その光景に私たちは皆大笑いをした。
それからしばらくの間に私たちは新たな従業員を何名か雇った。そして私は東レ島に皆が行けるかを確認することにした。
お店に関してはエリィがまとめ役なので、長い期間を離れるのは難しいだろう。
ボンドンとレティの店は多くの受注を受けており、生産に追われていた。レティは生産補助と販売員を4人雇ったが、すぐには対応が難しいため、彼らが東レ島に行くのは難しいかもしれない。
リオとマリアは従業員を倍にした。元々全てを従業員に任せる方針にしていたので、特に問題はなさそうだ。
ジルとドナの店は手際よく冒険者を数名雇ったので問題ない。
私の店も、新たにどこからかドナが適任者を連れてきたので何の問題もない。
マッドのお店には、修理スキルのある若者が雇ってほしいとやって来たので、迷わず雇い入れた。こちらも問題はなさそうだ。
ベータはどこかに行っているらしく、ここ一週間は姿が見えないが、どちらにしても当てにはならない。
私たちのお店はヒュムスカの街中からは少し離れていることもあり、魔道具で守りを強化しているとは言ってもバンスが離れると治安面に不安が残る。ジルが腕の立つ見るからに強そうな者を探しているが、なかなか常任してくれる者が見つからないようだった。
「マッド様、奴隷商店で探してみますか?」
「そうだな、何かあってからでは取り返しがつかないからな。絶対に必要な人材だ」
そんな時に、王太子殿下がお忍びで婚約者のポメラ様と店を訪れた。
「やあ、とても繁盛しているようだね」
「お兄様、ポメラ様、お久しぶりです」
マリアが上品に挨拶をすると、ポメラ様も優雅に答えた。
「マリア様、お久しぶりでございます。他の方々とはお初にお会いしますね。ポメラです。どうぞよろしくお願いしますね」
ポメラ様はとても綺麗で品のある穏やかな方だった。それにまとったオーラは、キラキラとした無数の色とりどりの優しい光を放っている。この方たちが未来の国王と王妃であれば、ますます国は発展するだろうと私は心から思った。
「何か困っているのかい?」殿下がマッドにそう言うと、マッドは警備面のことを話した。
「なるほどね、それなら私が何とかできるだろう。今ではこの一帯は遠くの街からも注目されており、今後も賑わいを見せるだろう。国として、この近くに小さな騎士の詰め所を作っても文句は出ないだろう」
「でも騎士ではここの雰囲気に馴染めないのではないですか?それに彼らはプライドが高いとも言われています。田舎町の警備など嫌がるのでは?」
マッドがそう言うと、今度はポメラ様が話しだした。
「そんなことはないと思いますよ。私の父は騎士団長をしておりました。もちろんプライドが高く、王族を守ることに誇りを持ち、平民を蔑む者がいるのも事実ですが、弱き者を守りたいと騎士になっている者も少なくありません。それに騎士団を退役した者たちでも良ければすぐに対応が出来ると思います。父に相談して、その者たちを連れてきましょう」
「そうだな、ではポメラからスコット侯爵にお願いしてくれるかな?」
「はい、ラスティ様、お任せくださいませ」
よく分からないが話はまとまったらしい。その5日後に約束通りスコット侯爵が3人の元騎士を連れてきた。一人は大柄で強そうな50代の男で、年齢的にきつくなり辞した者。もう一人は顔に大きな傷があり、華々しい騎士団で活躍するのが難しくなり自ら辞した者。最後の一人はプライドが高く平民を馬鹿にする上司を殴ってクビになった者だった。
マッドとリオが三人(元騎士たち)と話し、最終的にはお願いをすることに決まった。
「そうだろう、こいつらは貴族より平民が好きな奴らだから何の問題もないぞ!」
豪快なスコット侯爵が声高らかに言った。
「ああ、ここは良いところだ。それに住むところも用意してくれるって聞いたから、俺たちは家族も連れてここに住みたいんだが大丈夫か?」
マッドとリオは、またバンスの仕事が増えると思ったのか、小さく笑った。これで警備面の心配はなくなった。
後で聞いたが、元騎士の働き口は多くないそうだ。元々稼業を継げない貴族の次男や三男がなることが多いため、プライドばかり高いと言われている彼らは、商人の護衛や街の自警団では躊躇する者が多く、雇ってもらえないそうだ。だから王太子殿下は、国の事業として退役した騎士の働き口をこの機会に増やしたいという思惑もあったらしい。
マッドもリオも最初から殿下の思惑には気付いていたそうだ。でも元騎士の3人は皆、良い方ばかりだったので私たちにとっても良かったのだろう。ちなみに3人の住む建物は、すぐ近くの土地を国が購入し、マッドは国から仕事を請け負う形で建設する予定だ。それまではバンスが作った4階建ての空き部屋を使用してもらうことになった。
ようやく目処がたち、3日後には東レ島に向かうことになった。
今回の東レ島の目標は、ある程度の家の完成だった。マッドの購入した土地は主にバンスが担当し、リオの購入した土地はカイトが主に担当する予定だ。2人は既に現地で作業を始めている。カイトはルルソン村の幾つもの建物を手掛けたことで、スキルも建築見習いから伝統建築と表示が変わっているそうだ。マッドが言うには、その土地の古くから伝わる様式を元にすることでその土地にあった建物を建築することが可能らしい。真面目なカイトらしいと私は思った。
私とマッド、リオ、マリアは3日後に向かい、ジルとドナは1週間後で、レティとボンドンは2週間後に向かう予定だ。
「ねえマッド、窯はいつ頃作る予定なの?」
「バンスもすぐに欲しいだろうから早めには作るけど、まずは俺たちの部屋や台所ができてからだな。土地が広いから10部屋は作ろうとバンスと計画しているんだ」
「お父様たちの部屋も準備するのよね?」
「もちろん。それにお爺様の部屋も用意するつもりだ。内装は全てキャロルに任せるから頼んだよ」
「家具はリオとボンドンにお願いするわ」
「そう言えば、リオがどんなデザインがいいか絵にして欲しいって言ってたぞ」
私はいつも目に優しい色合いのリラックスできる空間が良いと思っている。だから使い込んでいたかのような素朴な家具が好きだった。
「そう言えば、殿下の別荘も建築するのよね?」
「ああ、俺が手掛けることになったから、これから殿下とは度々会うだろうな。それもあって他の家はバンスとカイトに任せることにしたんだ」
「魔法陣はどうするの?」
「殿下の側近や護衛も使用するとなると、俺たちとは別の魔法陣を使用して貰う方が良いからな。それも俺が手掛けるよ。たぶん王都直結にする事になると思うよ」
「王都には結界が張り巡らされているから難しいのでなかった?」
「新たな挑戦ができるから、俺としては楽しみでしょうがない」
マッドはそう言ってニヤっと笑った。彼の探求心と技術への情熱は、いつ見ても素晴らしい。
東レ島に向かう前日になり、私は魔物討伐の時にマリア、ドナ、レティに選んでもらった石で作ったアンクレットを渡したいと思い、リオの元に行こうとしていた。
「キャロル様、そう言えばアンクレットは完成しましたか?」
ドナは時々、私の心が読めるんじゃないかと思うことがある。
「ええ、実はアンクレットはもう出来ているのよ」
私がそう言うと、マッドは確認してきた。
「キャロル、アンクレットはリオに渡したんだろう?」
「ええ、リオに渡してお願いしたわ」
「リオ様にですか?キャロル様はまたとんでもない効果の石を作成したんですか?」
ジルに聞かれたので、私は説明した。
「命の危険がある際に一度だけ身代わりになってくれる効果を付けたの。でもそのままだと逆にアンクレット狙いで襲われる恐れがあるから、リオに何とかならないかを聞いているところよ」
「キャロル様がくれるものなら何でも私は嬉しいです!」ドナはいつも私に優しい。
そんな会話をしていると、タイミングよくリオが現れて、完成したアンクレットを渡してくれた。
「アンクレットに偽装をかけたけど、どうかな?」
「へ~、良い感じに偽装されてるな。これなら問題なさそうだ」マッドが言う。
「どんな偽装になってるの?」私が聞くと、リオはニヤっとした顔をして言った。
「チームワーク気持ちプラス1」
私もドナも大笑いした。これなら大丈夫だと思う。この効果は魔法学院の生徒の2割が使える付与魔法だからだ。誰も怪しまないだろう。
早速、女性陣に2個ずつ渡した。私とマッドのは青い小さな石で、光に当たると透明になり輝きだけが見えるアンクレットだ。つまり、暗がりにいる時以外は、何となくキラキラ見えるだけで何も身に付けてないように見える。
私はマッドに付けてあげると、マッドは「ありがとう、未来の奥さん」と私の耳元で囁いた。途端に私は茹で蛸のように真っ赤になってしまった。その後に私の足首に軽くキスをして、アンクレットを私に付けてくれた。彼の優しさと愛情に、胸がいっぱいになった。
みんなのもあまり目立たないように作成したので、男性でも気軽に付けられるだろう。ドナが選んだ、ジルの顔に見えるという石。不思議なことに、磨いているうちに私にも薄っすらとジルの顔のように見えてきて驚いた。米粒ほどの小さな石だが、まるで絵が描かれているかのようだった。ジルはアンクレットを貰うと、迷わずドナの足首に付けた。
「これはジルのアンクレットよ。私のはこれだもの」
「ドナにはこの方が合う。それは私が身に付けるよ」
そう言って、ドナ用の物を自身に付けた。実はそうなるだろうと、どちらでも付けられるようにサイズ調整できるタイプにしてあったのだ。彼の行動はいつだってスマートで、ドナへの深い思いやりが感じられた。
明日からは東レ島だ。またかけがえのない思い出が出来るだろう。




