魔法学院の噂
「学院長、今年の1年生57名の討伐予定表を回収しました。こちらは纏めた資料になります」
事務員が差し出した資料を、学院長は眉間にシワを寄せながら受け取った。そこには、各グループの思惑が透けて見えるような、バラエティ豊かな選択が記されていた。
魔獣討伐グループ分け
* マッドグループ:8名 難易度1
* アイラグループ:8名 難易度2
* ムストグループ:6名 難易度2
* オルドグループ:7名 難易度3
* グンドグループ:6名 難易度3
* ヴァングループ:8名 難易度4
* カウラスグループ:10名 難易度5
* 未定:4名
「4名が未定だと? グループが組めなかったのかね」
「はい、そのようです」
事務員は慣れたように答える。毎年恒例の「はぐれ者」の存在に、学院長は深くため息をついた。
「毎年、必ず組めない者が出てくるな。この者たちには2日与えても無理そうなら留年だと伝えてくれ。それにしても、一番優秀だと思っていたマッドのグループが難易度1を選んだのは意外だったな。それと、難易度5を選んでいる生徒がいるが、大丈夫なのか?」
「はぐれ者4名には既にそのように伝えておりますが、やる気が無さそうなので自主退学するかもしれませんね。次に、マッドたちが優秀なのは勉強だけかもしれません。彼らは魔法の授業も武術の授業も一切受けていませんからね。最後に難易度5を選んだ生徒の3人は、かなり武術に長けており、どうにかなるかもしれないと武術の教師が言っておりました」
事務員の言葉に、学院長は顎に手を当てて考え込む。
「そうか、なら良い」
「あと、マッドたちは1日でも早く行きたいようですので、4月1日でも良いかと聞かれました」
「良いが、予定よりも早く出れば、それだけマイナス評価になる。彼らは知っているのか?」
「はい、それでも良いと言っておりました。それほど自信がないのでしょう」
「そうか。本人たちが理解しているのなら問題はないだろう。他の者はどうだ?」
「例年通り、遅く出る生徒が多いです。因みに、難易度5の生徒たちは4月10日に出発するそうです」
「構わないが、少しばかり舐めておるな」
「はい、怪我をしなければ良いのですが……」
事務員は遠い目をして呟いた。学院長はそんな事務員の不安を一蹴するように、書類をポンと叩いた。
「彼らには再度、学院側は一切責任を負わない旨の書面を交わすようにしてくれ」
「かしこまりました」
「そう言えば、アイラのグループから時間が余ったら観光をしたいと言われましたので、好きにするように言っておきました」
「ああ、他のグループにも好きにするように伝えてくれ。どうせ彼らは自由にやるだろうしな」
学院長と事務員の会話は、まるで他人事のように淡々と進んでいった。
学院の掲示板前には、何人もの上級生が集まり、ガヤガヤと騒がしい。彼らの視線は、貼り出されたばかりの1年生の討伐予定表に釘付けだった。
「おい、討伐についての掲示板を見たか?」
「難易度1で、しかもいち早く出発するそうじゃないか。やっぱり噂は本当だったんだな」
「初心者向けダンジョンに怖気づいて、すぐに中止したっていう話だろう?」
「そうそう! 勉強だけできても、メインの魔獣討伐ができなかったらこの学院では意味ないのにな。本当に見かけだけだな」
彼らの間では、マッドたちのグループが難易度1を選んだことについて、「実力がないからだ」と噂が飛び交っていた。
「それにしても、難易度5を選択した奴らは分かっているのか? 俺の予想では3日で戻ってくると思うぞ」
別の生徒が呆れたように言う。
「でも、かなりの実力者らしいぞ。それに、3年生でも満足に達成できた者がいないのは当然知っているだろう」
「とにかく、今年の1年生は面白いな」
上級生たちは、自分たちの時とは違う1年生たちの選択に、興味津々といった様子だった。
オルドたちのグループは、討伐地の資料を広げ、真剣な顔で話し合っていた。
「難易度3で良かったのかな? やはり今年は2ぐらいにすべきだったかな?」
オルドが不安そうに呟くと、アヤナが呆れたように言った。
「オルド、みんなで決めたんだから今更怖気づかないでよ」
「アヤナ、あの4人は何か言ってきたか?」
オルドが気にしているのは、未だグループが決まっていない4名の生徒のことだ。彼らの身を案じるオルドは、どうにか助けられないかと考えていた。
「いいえ、私には頼んでこなかったわ。でも、6名のチームに頼んでるのを見たわ」
アヤナの言葉に、クミが補足した。
「グンドのグループが引き受けたらしいわよ」
「そうなのか、それなら僕も安心したよ」
オルドはホッと胸を撫で下ろした。
「もう、オルドはお人好しなんだから……」
アヤナは呆れているようだったが、その表情はどこか優しい。
「でも、あのグループ(マッドたち)が難易度1なんて驚きましたよね」
「うん、出発するのも早いらしいからな。それより、僕たちは早く終わったら町に降りるか?」
オルドの提案に、アヤナとクミは目を輝かせた。
「そうね、時間があったら寄りましょう!」
マッドたちが宿舎に戻った後、ジルとレティは二人きりで話し合っていた。
「噂はすごいな?」
ジルがニヤリと笑う。世間(学院内)の評価は散々だが、彼らのグループにとっては好都合だった。
「注目から外れて良かったんではないでしょうか」
レティは涼しい顔で答える。周りの評価など、彼らにとっては取るに足らないことだった。
「ああ、そうだな。ところで、大鷲魔獣の場所だけは特定が難しいな」
「ええ、やはり聖獣様に頼るのが良いですね。採集は二手に分かれてするとして、6日の予定で行けそうです」
レティは既に具体的な計画を立てていた。彼らにとって、魔獣討伐はあくまで「ついで」に過ぎない。
「じゃあその予定で行こう。東レ港街の情報も既に集まったし、土地に関する資料も揃った。あとは現地で話を聞いて決めるとしよう」
ジルの言葉に、レティは静かに頷く。彼らの本当の目的は、リオの島の近くに土地を購入して魔法陣を描くことだった。
「魔獣討伐の後には試験がありますので、向こうでは勉強も必要ですね」
レティが念を押すと、ジルはフッと笑った。
「私は今から毎日させるつもりでいる」
「さすがですね、私も見習います」
完璧な執事のジルと冷静沈着な情報屋のようなレティ、世間の評価をよそに、淡々と、そして周到に計画を進めていた。彼らにとっての魔獣討伐は、マレ島への「長期旅行」の準備期間に過ぎなかった




