穏やかな休暇
今期から、魔法学院の二年生や三年生のうち、十人の生徒が貴族学校で毎年開催されるダンスパーティーに参加したこともあり、学院ではパーティーの話で持ちきりだった。
パーティーは想像を絶するほど華やかな宴だったらしい。特に語り草となっていたのは、第一王女カトリナ姫の豪華絢爛な衣装だ。聞けば、そのドレスには無数の宝石が縫い付けられ、まるで夜空の星々を身にまとったかのようだったという。さすがは我が国の王女様だと、誰もが感嘆していた。
そんな華やかな話題を耳にしつつも、私たちにはもっと現実的で、それでいて心躍る楽しみが待っていた。長期休暇を利用して、私、マッド、リオ、マリアの四人は、ブレイブス港街で一カ月ほどのんびり過ごすことにしたのだ。後半にはジル、ドナ、ボンドン、レティも合流して島巡りをする予定でいる。
魔法陣を使い港街に到着すると、久しぶりの海の匂いに胸がいっぱいになった。
「キャロル、ひとまず潜ろうか?」マッドに言われて、私は大きく頷いた。
「ええ、潜りましょう!」
「僕とマリアは海釣りをしてくるよ。夕飯は釣った魚を焼くから、それまでには帰ってこいよ」
リオはそう言って、マリアと共に去って行った。
マッドと私は別荘で着替えると、すぐに海に潜った。
久しぶりの海中は本当に気持ちが良くて最高だった。二人で手を繋ぎながら散歩をするかのように海の中の景色を見ていると、まるで魚になったかのような感覚になる。マッドに手を引かれ、時々キスをしながら泳ぐのも、最初は照れ臭かったが、今では自然で当たり前になっている。
海底にキラキラと光る石が見えると、私はいつものように採掘をした。採掘のレベルもかなり上がっているので、今では海の中だろうと採掘場所は容易に分かる。マッドは海の魔獣を時折倒しているが、何もかもが見慣れた光景だ。充分に潜り終えると、私たちは別荘に戻り、リオたちを待っていた。
「リオもマリアも遅いわね」
「時間を忘れて釣りをしてるんじゃないか」
「マッド、お腹が空いたのなら何か作るわよ」
「それなら何か薬膳料理を頼むよ」
料理を作り終えたところに、リオたちが帰ってきた。
「遅くなってごめん。市場に寄ったらついついいろいろ見ちゃってさ……」
「そうなの、でも色々な種類の塩が売っていたのよ。焼き魚に合うと思うのよね」
リオとマリアはそう言いながら、手際よく料理を始めた。本当に二人は仲が良く、並んで料理をする姿は既に夫婦のようだ。
マッドが私の顔を覗き込んで、そっと囁いた。
「俺らだってすごく仲が良いだろう?」
私は真っ赤になってしまった。どうしていつも思っていることが顔に出るんだろう。恥ずかしすぎる。
「マッド、あまりキャロルをからかうなよ。また茹でダコみたいじゃないか」
「リオ、酷いわ。茹でダコはないでしょう!」
いつものように和やかな日常がそこにあった。
「そう言えば、エリィとベータって仲が良いわよね」
マリアに言われて、私は改めて考えた。そう言えば、いつも二人は一緒にいるわね。
「ベータの失敗をエリィが毎回フォローしているうちに、仲が良くなったみたいだよ」
リオが言う「仲が良い」とは、仲間として、という意味なのだろうか?
「二人は結婚を考えているのか?」マッドがストレートに尋ねた。
「多分そうじゃないかしら」マリアが答えたその瞬間、私は思わず大声を出してしまった。
「えーーーっ!?そうなの?いつの間に!?」
私が叫ぶと、リオは「我が妹はこういうことにどうも疎いようだ」と、まるで残念な子を見るかのように言った。
「キャロルはそれで良いのよ」マリアがそう言ってくれたが、全然フォローになっていない。
「俺にはそんなキャロルが可愛くて仕方がないよ」
マッドがそう言うと、再び私の顔は茹でダコのように真っ赤になってしまった。
そんな私の顔をリオが覗き込んできて、もう恥ずかしくて仕方なかった。
その後はエリィとベータの話で私たちは盛り上がった。
話をまとめると、エリィとベータが付き合い始めたのはまだ最近だけど、二人とも奴隷という立場であることもあり、ベータはともかくエリィはいろいろと遠慮をしているそうだ。
奴隷でも買主の許可があれば結婚だって可能だ。それに、二人にもしその気があるのなら、私たちの中で反対する者はいないだろう。
「何か問題あるの?」私が尋ねると、マッドが少し考えるように顎に手を当てた。
「問題というわけじゃないんだが……エリィは真面目でしっかり者だ。家事も得意だし、何でも計画的にこなす。一方でベータは、ああ見えて幸運持ちだが、基本的にはのんびり屋で、先のことを深く考えない。良く言えば楽天家、悪く言えば掴みどころがないタイプだ。例えば、結婚後の生活設計や、将来の子供のこととか、現実的な話になった時に、エリィが全部背負い込んでしまわないか、少し心配なんだ」
リオがマッドの言葉に頷く。
「確かに、ベータは悪気はないんだが、エリィの苦労が増える可能性はあるな。エリィがどこまでベータの『幸運』に甘えられるか、という部分が重要だろう」
マリアも眉を下げて言う。
「エリィが我慢してしまわないか、それが一番心配だわ」
なるほど。二人の性格の対比が、結婚という現実を前にした時に、エリィだけがいろいろと考えてしまうかもしれないということかしら。
うーん、と言うか3人とも凄いわ。どうしよう、私だけがお子様みたいに思えてきたわ。
生活設計はともかく子供のことなんか考えたこともない。
「キャロルには俺が付いているから深く考えなくても良いからな」
「全く、マッドはキャロルに甘すぎるよ」
マッドとリオのいつものやり取りが始まるとマリアがリオに言った。
「でもリオはこの前、マッドでもキャロルを傷付けるような事を言ったりしたら許さないって言ってたわよね」
「えっ、嫌、それは、マリア、それは内緒だから――」
リオの顔は茹でダコのように真っ赤だった。
思わず私も笑ってしまった。
こんな楽しい日常がいつまでも続けば良いなと私は思った。
次の日には港で毎年この時期に開催される花火大会に4人で出かけた
通りには色鮮やかな飾り付けが施され、屋台からは香ばしい匂いが立ち上る。私たちは地元の美味しい海鮮料理を堪能したり、普段見かけない珍しい魔道具の露店を覗いたりして、あっという間に時間が過ぎていった。
特に印象的だったのは、港に集結した漁師たちが大漁を祈願して歌い踊る、迫力満点の伝統的な踊りだ。彼らの力強い歌声と、荒々しくも情熱的な動きは、見る者すべてを魅了し、私たちも思わず手拍子を打ってしまった。
そして、お祭りの夜を最高潮に盛り上げたのが、花火大会だ。
港に停泊した船の上から打ち上げられる花火は、まさに圧巻の一言だった。夜空を彩る大輪の花々は、水面に映り込み、まるで二つの空が同時に輝いているかのようだった。赤、青、緑、金色の光が瞬き、ドーンと響く音と共に空いっぱいに広がるたびに人々からは歓声が上がった。
「わぁー凄い綺麗、ドナたちにも見せたかったね」
私が言うとマリアも同じように言った。
「本当ね、来年は一緒に見れると良いわね」
ブレイブス港街での休暇は、日々の忙しさから離れ、私たちにとってかけがえのない時間となった。




