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ミシェラン領 カルロ視点

カルロ視点


 私と兄のキースは、血の繋がりで言えば従兄弟にあたる。キースの両親は彼が幼い頃に他界し、私の父がミシェラン侯爵家の家督を継いだのだ。父は家督を継ぐ際、私が生まれる前から母に「将来はキースを跡継ぎにする」と話していたらしい。母もそれを承諾し、私が生まれてからも「キースが跡継ぎなのは当たり前だ」と、何度も私に言い聞かせたものだ。

 

 祖父には二人の妻がおり、私の父は側室の子であった。そのため、父の考えには理解できた。私自身、ミシェランの家督を狙ったことなど一度もなかった。しかし、兄は私を見るといつも敵を見るかのように睨みつけ、私のスキルが判明してからは異常なほど私を気にするようになり、非難の言葉を浴びせるようになったのだ。

 

 そんな状況が続き、私は貴族学校を卒業する前に、母の実家であるブライトン伯爵家の家督を継ぎ、ミシェラン侯爵家を出てルルソン村へと移り住んだのだった。

 

 幼い頃、私は兄であるキースの気持ちを理解しようと努めたつもりだ。スキルは貴族社会において非常に重要だから、兄の態度も無理もないと自分に言い聞かせてきた。だが、兄はスキルを持つことばかりにこだわり、前に進めない人間だった。

 

 私は剣術スキルを持っていないものの、いざという時に領民を守るため、幼い頃から武術を鍛え上げてきた。剣術スキルは今も無いが、剣術スキルを持つ者ともある程度は渡り合える腕前だと自負している。そもそも、スキルは誰もが持っているわけではない。騎士であっても武術スキルを持っている者は一割にも満たないだろう。そして、武術スキルを持つ者よりも強い者は、実際に何人も存在する。

 

 スキルとは、ただ持っているだけでは意味がない。スキルを真に活かすには、必ず努力が必要なのだ。

 


 兄が領主代行を始めてから二カ月が経ち、私は父に相談に行った。

 

「父さん、そろそろ少しずつ復帰されてはいかがですか?」

 

 父は顔色一つ変えずに答えた。

 

「まだだ。一時的に悪くなるのは予想していた。ここから立て直しができれば問題ないはずだ」

 

 実は父は本当に半年ほど前から体調を崩していたのだ。長年にわたり、大都市の領主を完璧に務めてきたのだから、当然の疲労だろう。陛下もその事情を理解しておられ、アルセル街のような惨状がミシェランで起こらないよう、今回の策に賛同されていたのだ。

 

 兄の屋敷には連日、貴族や商人が押し寄せているらしく、奥方は毎夜パーティーを開いているという。クルスやデイルも当然のように参加し、酒を酌み交わしているようだ。領主が療養中だというのに、なぜパーティーが開けるのか。私には全く理解できなかった。

 

 今まで自警団に充てられていた費用を、交際費に回したのだろうか?街に当たり前のようにいた自警団の姿が見えなくなり、ひったくりも増えてきた。マーカスからも、今まで領主から受けていた清掃や施設の修繕・建築といった仕事の依頼がなくなったと聞かされた。

 

 兄は何をしているのだろうか。パーティーに参加しているとは思わないが、街を視察している様子も聞かない。

 

 そんな折、とんでもない出来事が起こった。真昼間に、商人の子供二人が馬車ごと誘拐されたのだ。数日後、御者だけが遺体で発見されたが、子供たちの姿はなかった。その後、子供たちの両親は店を畳み、ミシェランを去ったという。

 

 ミシェランの治安が確実に悪くなっていると誰もが認識し始め、領主に対する抗議の声が上がり始めたと聞いた。

 


 兄の奥方は元侯爵令嬢のサミアという女性だ。兄は父が勧めていた伯爵令嬢を嫌がり、周囲の反対を押し切ってサミアと結婚した。サミアの実家はミシェラン侯爵家と同格ではあるが、サミアの祖父が隣国の王族ということもあり、父はサミアに口出しができず、孫が生まれても自由に会うことすら叶わなかったのだ。

 

 クルスの婚約者だけは、ミシェランを継がせる条件として、何とか父が勧める相手とまとまった。だが、二人は全くうまくいかず、既に先方から婚約解消の話が届いているそうだ。今のクルスを鑑定すれば、間違いなく犯罪者と表示されるのだから、それは仕方がない話だろう。それに最近、クルスは仲良くなった男爵令嬢とかなり親しい関係らしい。

 

 そんな状況にも関わらず、父は全く動こうとしなかった。

 

 そして一カ月後、再び盗賊がミシェランに現れたのだ。十人の盗賊が現れ、子供を含む街の人々が襲われそうになった。幸いにもマッドやジル、バンスが居合わせたため、その時は大事には至らなかったのが、不幸中の幸いと言えるだろう。

 

 だが、その二週間後には取り返しのつかない騒動が起こってしまったのだ。ミシェランに十二人の盗賊が白昼堂々と現れ、街を襲撃したのだった。

 

 盗賊たちは街を焼き、若い娘や子供を攫い、抵抗する者や逃げ惑う者たちを笑いながら傷付け、走り去った。街の中は騒然となり、十軒以上の家が焼け焦げ、死者まで出てしまった。

 

 こんな事がミシェランで起こるのは初めてであり、周辺の町や村も警戒体制を取り始めた。ルルソン村やルルカラ村も同様に警戒を強めた。今のルルソン村には強者たちが大勢いるので、何人かはルルカラ村へ行き、私はルルド村へと赴いた。

 


 父は、ここに至って動かざるを得なかった。父の動きは早かった。自身の私財を売り払い、直ちに自警団を結成して対処したのだ。

 

 父の姿を見た街の人々は涙を流したという。復興資金は侯爵家の財産から出され、既に燃え落ちた家の撤去作業も終わったと聞く。

 

 父は兄に会った時、一言だけ告げた。

 

「キース、残念だ」

 

 兄は何も言えずに膝をついて俯いたそうだ。

 

 兄は領主代行になっても何もしていなかった。彼は何も変えなければ大丈夫だと父に説明したという。確かに、数ヶ月であれば、父が日頃から万全に整えていたため、何もしなくても街は回るようにできていた。

 

 だが、兄の周囲は大きく変化していたのだ。奥方のサミア夫人は警備費用を交際費に充てて毎夜パーティーを開き、クルスとデイルもお金を見境なく使い、なくなると使用人を何人も解雇したのだ。三人は私利私欲のために必要経費を湯水のように使い果たし、資金が尽きると、何も考えずに横流ししていたのだった。

 

 兄はサミア夫人と子供たちを叱ったとは言うが、彼らには何も響かなかったようだ。ミシェランを混乱させ、多くの犠牲者まで出したことは重大であり、許されることではない。しかし、彼らが直接犯罪に手を貸したわけではないため、どのような沙汰が出されるかは分からなかった。

 

 父は犠牲になった者たちの家族に頭を下げて詫びたという。侯爵家の当主が頭を下げて詫びるという行為が、どれほどの重みを持つか、私には理解できる。父は、どうしてもキースを信じたくて、立ち上がるのが遅かったのだ。キースに見切りをつけるのを躊躇った結果が、この最悪な事態を招いてしまったのだろう。

 

 街への対処が終わる頃、陛下から私に呼び出しがあった。

 

 ミランとマッドとリオも同席するようにと書かれた正式な書状が届き、王城の広間に行くと、父と兄、サミア、クルス、デイルが既に揃っていた。広間には重い空気が満ちていた。

 

 陛下は静かに、しかし有無を言わせぬ声で話し始めた。

 

「此度の事を何も無かったことにはできない。今からキースとサミアはリスタ男爵を名乗り、直ちにミシェランを去り、辺境にあるリスタ村の領地を治めなさい。小さい村だが肥沃な土地だと聞いている。十年間はリスタ村から出ることを許さない。このことはサミアの両親も納得しているから、異議は許さん」

 

 兄とサミアは、真っ青な顔をしてその言葉を聞いていた。

 

「クルスとコンラッド伯爵令嬢との婚約は既に白紙になったので、男爵令嬢と婚姻することを許す。聞けば既に子を宿していると言うではないか、直ぐにでも婚姻届を出すといい。但し式を挙げるのは許さん。学校を卒業後はリスタ男爵の嫡男としてリスタ村に移り、リスタ男爵同様、十年間は村から出ることを許さない。デイルに関しては未成年なので、リスタ男爵が決めるといい。以上だ」

 

 否と答えたのはデイルだった。彼の声は広間に響いた。

 

「男爵になんてなりたくない!俺はお爺様の孫です!まだ未成年だから罪はないはずです!お願いです、陛下!」

 

「未成年でも罪にはなる。だが、先ほど言ったように親権を持つ親に従いなさい」

 

 陛下は冷たい声でそう言い放ち、リスタ男爵たちを全員下がらせた。彼らが広間から去っていく背中は、どこか小さく見えた。

 

「ミシェラン侯爵、辛い思いをさせてしまい申し訳ないが、こうでもしなければ領民は納得しないだろう。許してくれ」

 

 父は深々と頭を下げた。

 

「さて本題だが、ミシェラン領については、マッドを正式な跡継ぎにしたいと私は思っている。ミシェラン侯爵、どうだろうか?」

 

「はい、ミシェランの民はマッドを跡継ぎにと望んでおります。マッドさえ良ければ、ミシェランを継いでもらいたい」

 

「ふむふむ、本格的な引き継ぎは魔法学院を卒業後になるだろうが、マッドはどうだろうか?」

 

 マッドはいつものような仕草で考え込んでいる。彼がリオを見ると、リオは静かに頷いた。

 

「ミシェランのために誠心誠意、尽くしたいと思います。学院を卒業後は住居をミシェランに移します。ただ、あのお屋敷は落ち着かないので、改築をしても宜しいでしょうか?」

 

 父は声を出して大笑いした。

 

「はっはっは、昔のカルロと同じことを言うとはな。いいだろう、改築の許可をしよう。いつでも好みの屋敷に建て替えると良い」

 

「では、ミシェラン領の跡継ぎはマッドに頼むとしよう。それまではミシェラン侯爵に頼むが、ブライトン侯爵も息子として父であるミシェラン侯爵を支えてやってくれ」

 

「はい、承知いたしました」

 

 マッドは私の息子ではあるが、今日からはマッド・ミシェランとなった。そして、リオはブライトン家の跡継ぎになった。

 

 私はこれからは忙しくなるので、ルルソン村のギルド長を降りることになるだろう。後任は門番のワンス爺さんに依頼しようと思う。彼なら元凄腕冒険者であり、信頼も厚い。それに誰よりもルルソン村を愛してくれている。

 

 兄はデイルのことを父に頼んだらしいが、父はきっぱりと断ったようだ。


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