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下界管理人の仕事

 下界管理室は、いつもと変わらぬ穏やかな空気に包まれていた。だが、室長の私と部下のミコト、ジンは、次の「転生者」の準備で頭を悩ませていた。我々の仕事は、下界の均衡を保つため、定期的に強力な魔力を持つ者を送り込むことだ。

 

「サン管理室長、下界時間で15年後ですね。次回の器と魂は、カグラ神様が3体、ミナル神様が2体、イザイ神様が2体で、何とか合計7体の確約が取れました。500年前も7体でしたし、これで決定しても良いのではないでしょうか?」

 

 ミコトが資料を見ながら尋ねる。彼女は、これまでの交渉の苦労を物語るように、わずかに疲れた表情を浮かべていた。

 

 だが、私は首を横に振って、断固として譲らない姿勢を見せた。

 

 「ミコト、神々に『確約』という言葉はないのを君が一番知っているだろう?念のため、あと2体は準備しておくべきだ」

 

「そうはおっしゃいますが、7体でも大変だったんですよ。もうあまり時間もありませんし、これで良しとしませんか?」

 

 ミコトは食い下がった。だが、私の決意は揺るがない。

 

「7体で良しとは出来ない。前回の500年前は10体準備していたのが7体になった。その前の回も8体が5体になったのを忘れたのか?下界には500年ごとに強い魔力の持ち主を送らなければ、人は生きていけない。それは周知の事実だろう?」

 

 ジンが慌てて割って入った。

 

 「はいはい、わかりましたって、室長。ただちょっと言ってみただけです。他に、当たれそうな神様はいないんですか?」

 

 私は腕を組み、遠い下界の地を見つめた。心の中には、ある二柱の神の顔が浮かんでいた。アマス神とイシス神。下界で家庭円満や良縁を願う人々から厚い信仰を集め、天界の神々からも尊敬される、慈愛に満ちた夫婦神だ。しかし、彼らが器の準備を引き受けたことは一度もない。

 

「仕方がない、私が当たってみよう。下界の信仰心は天界にも及ぶことは、全ての神がご存じだ。何とかお願いしてみるよ」

 

「さすが室長ですね。でも、あんまり無理しないでくださいね。天界のいざこざが、下界にまで影響しちゃうと大変ですから」

 

「神々の小競り合いなど、何もしなくても日常茶飯事だろう」

 

「確かにそうですね。では私はカグラ神様たちの進捗具合を気にかけておきますね」


「じゃあ僕は魂の選別をしておきます」

 

「ああ、そちらは任せたぞ」

 

 私が管理する下界は魔力が溢れており、人も動物も、命あるもの全てが大なり小なりの魔力を持っている。あの地では魔力無しでは到底生きられないのだ。魔力が多い者が少ない者を守れば、500年ごとに強い魔力を持つ者を送らなくても済むのだが、人間は何故か魔力の多い者同士がぶつかり合い、ひどい時には戦争を起こし殺し合う性質を持っている。

 

 動物や魔獣は弱肉強食だが、戦争という大量虐殺などは一切しないため、500年ごとに魔力の強い魔獣を送る必要はない。だからこそ、魔獣は真に強い者が生き残り、聖獣という生き物に生まれ変わる性質を持っている。

 

 まあ、人の場合は天界での出来事に左右するとも言われているから仕方がないかもしれないが……。

 

 天界で神々が衝突すると、下界の天候が影響する。激しい豪雨や台風、時には大地震が発生して下界に大きな被害をもたらすことは珍しくない。

 

 それだけではない。神々は気に入った人間たちに、自分たちの加護を与えたりする。与えられた人間はどうしても神の感情を受けてしまうので、敵対する神の加護を持った人間を意味もなく嫌ったり襲ったりするのだ。それが人間が争い合う理由の一つでもあるのだから、神々にも責任はあると私は思っている。

 

 ならば加護など与えなければいいのに、と思ってしまうが、神々に言わせると、気に入った子がいたら応援したくなり、ついつい加護を与えてしまうらしい。とはいえ、加護を与えたことすら覚えてもいないのだから、本当に神々は気まぐれでいい加減だが、それが神なのだ。

 

 さて、残り2体はどの神に頼むべきだろうか?

 

 やはり、アマス神様とイシス神様にお願いしてみようか。 過去に一度も器の準備を引き受けてくれたことはないが、私としては、慈愛に満ちたあの神々がどのような器をご準備するのか、是非見てみたいと前々から思っている。

 

 器は神が作るわけではなく、下界へ降りて死者となった肉体を神が自らの血を一滴与えて復活させるのだ。復活した肉体は天界の神の元で成長させ、新たな魂と結合させることで、新しい命として誕生する。

 

 器は若い肉体で救い拾い上げた方が、新たな魂と結合しやすいと言われている。

 

 カグラ神様たちが今から準備すると思われる器が1歳の子であれば、15年後に下界に行く時は16歳の年齢になる。

 

 下界では15歳を成人とする国が多いので、16歳で多めの魔力と特別なスキルを持っていれば、充分生きていけると思われる。

 

 神が下界へ降りることができる期間は、下界時間の1月1日から10日程と限られているから、私は急がなくてはならない。すぐにアマス神様とイシス神様に会いに行った。

 

「アマス神様、イシス神様、お時間いただきありがとうございます。事前にお伝えした通り、今回の器の準備をお願いしたく参りましたが、いかがでしょうか?」

 

「断る」「お断りするわ」

 

 思った通り、即答だ。

 

「そうですか。残念ですが仕方がありません。次回はよろしくお願いいたします」

神に食い下がったところで良いことなどないのは、長年の経験で承知している。私はすぐに諦めて、他に頼める神がいないかを考えた。

 

 思い当たる3人の神々にお会いしたが、引き受けてくれる神はいらっしゃらなかった。

 

 こうなったら、今回は7体に賭けるしかないだろう。いくつかの準備が間に合わなくなる可能性もあるが、下界管理人でしかない私にはどうすることもできないのだから、様子見をするしかない。

 

「下界時間まで残り13年になりましたが、カグラ神様の器が3体揃わない恐れが出てきました。1体は問題ないようですが、2体が難しいようです。ミナル神様も同じように1体しか無理かもしれないとおっしゃっております。どうしましょうか?」

 

「やはり順調には行かないな。ではもう一度、アマス神様とイシス神様を訪ねてみよう」

 

「サン管理室長、なぜアマス神様とイシス神様なのですか?今まで一度も引き受けてくれたことがないのに……」

 

 ミコトは不思議そうな顔で尋ねた。

 

「私はお二人の神が作る器を見てみたいんだよ。それに、穏やかな神の器であれば、下界で人間が余計な争いを起こす可能性も低い。過去の悲劇を繰り返さないためにも、彼らの力を借りる必要があるんだ」


 

 私は静かに答えた。

 

「私もそう思います。今からだと器も13歳ぐらいになりますから、気性が激しいと手が付けられないですもんね」

 

「どういう意味なんですか?僕にはよく分かりませんけど……」

 

 ジンが首を傾げた。

 

「神は下界で器を選んで救う時に自身の血を一滴与えるから、どうしても神の気性を引き継ぐんだよ。天界に長い時間置くことによって中和されるが、短い時間だと中和されずに下界に行くことになるから……想像してみるといい」

 

 私は淡々と説明した。私の脳裏には、過去の悲劇が鮮明に蘇っていた。気性の荒い神の器が下界にもたらした惨劇。無数の命が奪われ、同時に送られた他の器までもが、その争いに巻き込まれ命を落としたのだ。

 

「思わず想像してしまいましたよ。だから毎回比較的穏やかな性質の神を選ばれてるんですね」

 

 ジンは顔を青くした。

 

「ああ。ただ、毎回同じ神様にお願いはできないから我々も大変なんだよ。今回はイザイ神様の器が正直言って私は心配だ。あの神様は自身では自覚がないようだが、争い事を楽しまれる傾向があるように思うんだ」

 

 私は率直に懸念を口にはしたが、この不安が的中しないことを願うばかりだ。


「そう言われればそんな感じがします。イザイ神様は神々が争うのをいつも遠くから眺めて微笑んでいますよね」

 

「ああ。イザイ神様が発端の争い事にも関わらず、遠くから眺められているお姿を私も何度か見かけたことがある。イザイ神様に育てられた器が下界で無茶をしなければと願うばかりだよ。じゃあ私はもう一度アマス神様とイシス神様にお願いに行ってくるよ」

 

 一度断られているのだから、期待しても仕方がない。それでも、下界の未来を思えば、諦めるわけにはいかなかった

 

「アマス神様、イシス神様、もう一度器の件を考えていただけないでしょうか?私はお二人がどんな器と魂を選ばれるのか、とても興味があります」

 

「確か魂は管理人が集めた中から選ぶのよね?そこに気に入った魂が無ければどうなるのかしら?」

 

 イシス神様が質問をしてくれるとは思いもしなかったが、私は答えた。

 

「管理人が集めるのは、浄化を終えて魔力の多い世界でも耐えられそうな魂を集めているだけです。既に集め始めていますので、先に魂を確認して気に入った魂があれば選んでいただくことも可能です。もしよろしければ、先に魂を見た上で引き受けるか決めていただいても結構ですので、お願いできませんでしょうか?」

 

「イシス、サン管理室長をあまり虐めるな。それに良い魂があっても、良い器が無ければ同じことだ」

 

「確かにアマスの言う通りね。私は下界へ行ける日に器を探してみるわ。話はそれからでも良いかしら?」

 

「もちろん、です!ありがとうございます、イシス神様!」

 

「では私もイシスと共に下界へ行くとしよう」

 

「ありがとうございます、アマス神様!」

 

 私のやれることはやった。後は待つしかない。

 しばらくしたら連絡が入り、アマス神様とイシス神様が器を1体ずつ準備してくれることに決まった。一体どんな器を用意されたのか実に気になるが、教えていただくことは叶わなかった。

 

 器を準備できないかもしれないと仰っていたカグラ神様とミナル神様も、どうやら準備ができたようなので、今回は9体を下界へ送れそうだ。

 

 そう思っていたら、イシス神様からもう1体器を追加させて欲しいと言われたので、私は了解した。神様からのお願いを管理室長の私が断れるわけがないのだ。それにしても余程良い器と出会ったのだろう、当日が楽しみで仕方がない。

 

 下界管理室では最終確認をしていた。

 

「カグラ神様が3体、ミナル神様2体、イザイ神様2体、アマス神様1体、イシス神様2体で合計10体、全て順調だと使者から連絡を受けております」

 

「魂も問題ありません」

 

「了解した。では魂を好きな時に選んでもらえるように、神様たちには連絡を入れておいてくれ」

 

「分かりました。すぐに連絡します」

 

 いよいよ私たちも本格的に忙しくなる。

 


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