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加害者のクセに悲劇のヒロイン気取ってんじゃねぇよ

作者:

「うっ、ううっ、ふっ……」

 上質な絹のハンカチを目元に当てて、ぽろぽろと涙を流すエリーザ。

「ああ、可哀想なエリーザ。もう泣かないで」

「お、お母様……」

 母のアニエスが優しく肩を抱き寄せ、その頭を撫でる。その優しさと温もりに、エリーザの肩が大きく震え、また新しい涙がぽろぽろと頬を伝い落ちた。

 何とも麗しい光景、に見えるのだろうが、その向かい側に座っているシモーネ・カルディナーレの心は一切動くことは無かった。

 その冷めた目に気付くこともなく、アニエスがシモーネに向かって口を開く。

「ね、シモーネ。しばらくはエリーザを家に置いてちょうだい」

 言葉尻が許可を得るそれではないことに、シモーネは溜息を吐きそうになるのを懸命に堪えた。

「お兄様、ごめんなさい。ご迷惑をおかけして……」

 涙を拭いながら震える声で謝罪するエリーザ。

 それにシモーネは。


「泣いて謝るんなら、最初っからするんじゃねぇよ」


 瞬間。

 部屋の空気が凍り付いた。

 目を見開くエリーザに、シモーネはハッと鼻で笑ってみせる。

「もう泣けば済む年齢と問題じゃねぇんだよ。そこんとこ自覚してんのか? ま、自覚してねぇから被害者ヅラ出来るんだろうけどな」

「し、シモーネ!! 貴方、エリーザに……妹に向かってなんてことを!!」

 先に我に返ったアニエスが怒鳴るも、シモーネは冷たい視線を送ることを止めなかった。

「うるせぇ、黙ってろ」

「な……!」

 アニエスが顔を真っ赤にして怒鳴ろうとした。

 瞬間。


 パリンッ!


 彼女の前に置かれていたティーカップが、鋭い音をたてて砕け散る。

 見ればシモーネの手には何時の間に取り出したのか、拳銃があった。

「ご安心を、空気銃です。……ですが、当たればご覧の通りですのでくれぐれもお気をつけて」

 いつもの口調に戻ったシモーネ。だが、そのことが恐怖に拍車をかける。アニエスとエリーザの身体が強張り、がくがくと震え出した。

 それに何ら興味を示す素振りも見せず、シモーネは言葉を続ける。

「そもそも学生時代、エリーザが幾人も傷つけて来たことをお忘れなのですか?」

「わ、わたし、は、そんな……」

「婚約者がいると分かっていながら気のある素振りをして、相手が本気になれば」


『本気にしたの?』


「と、嘲笑いながら『お断り』をする。そうして幾つもの婚約を破綻させた『加害者』が何故『被害者』なのですか?」

 2人が震えながらも何か言い返そうとするが、シモーネはすかさず遮る。

「その『後始末』に私がどれだけ尽力し、散々態度を改めるよう叱責しても貴方は聞き入れようとしませんでしたよね? ねえ、何故ですか? 『他人を傷つけることをしてはいけない』という人として最低限のことが、どうして出来ないのですか?」

「……」

「おやおや、都合が悪くなると黙るのですねぇ。ではこのまま続けます。そして今、貴方がここに『戻って来た理由』は何でしょうか?」

 口を噤むエリーザに、シモーネの目が狭められた。


「お前の夫『だった』ドヌーヴ伯爵を裏切ったからだろうが!!」


「しかも妻子あるブリアール伯爵と浮気しやがって!!」


 びくっ、とエリーザの身体が大きく震えた。その瞳からはまた新しい涙がぼろぼろと流れたが、シモーネの心は動かされることはない。

「これだけの人を散々傷つけておきながら被害者だと主張できる、その神経には驚かされますよ。酷いことをしている自覚がないのでしょうが、そのような思考、理解したくもありませんね」

「そ、そこまで言うことないでしょう!?」

 立ち直ったのかアニエスが言い返すが、シモーネは鼻で笑い飛ばした。

「私はただ客観的事実を述べているに過ぎません。……まあ、貴方も同じ人種だからこそ、エリーザのお気持ちとやらが分かるのでしょうがね」

「は、母親に向かってなんですか、その口のきき方は!?」

「父上に隠れて不特定多数の方と不貞をしていた方を、母親とは思えません。血の繋がった他人です」

 どさっ、と机上に書類の束を出してやれば、それに目を通したアニエスの顔がざあっと真っ青になった。そう、彼女が浮気をしていたことが事細かに書かれた調査書だ。

「ああ、これだけの不貞をしていたのなら……エリーザは父の血を引いていないのかもしれませんね?」

「……っ!」

 エリーザの顔もまた真っ青になった。その唇から、声にならない声が迸る。

 シモーネはそれに歪んだ笑みを浮かべ、言った。

「ああ、本当にそっくりですねぇ?」


「他人を散々傷つけておきながら、自分は『被害者』だと主張するところが」


 父上はそんな人ではありませんでしたよ、とさらにトドメをさせば、エリーザの身体の震えがさらに酷くなった。呼吸が荒くなり、ひゅうひゅうと音が鳴る。

 が、シモーネは容赦することなく、軽く手を上げて合図をした。控えていた屈強な執事たちが、2人をソファから立ち上がらせ、拘束する。

「な、何するの!?」

「は、はなし、てっ……!」

 藻掻く2人に、シモーネは銃口を突きつけて黙らせる。

「あなた方はカルディナーレ家にふさわしくありません。我が家の恥になるだけです。よって、籍を抜いた上で労働所に向かっていただくことにしました。ドヌーヴ伯爵家及びブリアール伯爵家の慰謝料はそこで働いてお支払いくださいね。払えない金額ではありませんからご安心を。……何年かかるか分かりませんが」

 2人が何か言おうとする前に、「連れて行け」と指示を出せば執事たちは頷いてずるずると引き摺るように部屋の外へと連れ出していく。

 ドアが閉められた後、シモーネはふう、と長い溜息を吐いた。

 ようやく邪魔な荷物を切り捨てられた。まだまだ問題は残っているが、一つずつ片付けていこう。

(それにしても、最後まで分からなかったな。何故あのような思考に……いや、無駄なことを考える暇はない)

 もう戻らずに済むのなら、それに越したことはない。

 シモーネはカップの破片を拾い集め、机上のベルを鳴らした。


(終)

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― 新着の感想 ―
これ母親がこれだけ浮気してると兄の方すら父親と血がつながっていないと難癖付けられかねないから父親も処分できなかったんじゃないかとも考えるな。今回の形だと愛した娘の力になるためにともに労働に勤しむことに…
浮気で被害まき散らした連中が居たら、そりゃ家族は怒る。 しかも貴族家の婚約を複数破綻させ、自分の結婚すら不倫によってぶち壊し、それを泣けば許されると思っているならもうどうしようもありませんね。 主人…
これ下手すると父親が、加害者とは知りつつ肉親の情で庇っていたんですかねぇ。 それでようやく実権を握れた主人公が排除に踏み切れたとか。 母や妹への情が尽きても、貴族ならしがらみやらあらぬ噂(夫人を浅い証…
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