第一部 四 キティホークでの初飛行
ウイルバーは二人に見送られて、意気揚々として汽車に乗り込んだ。
出発を告げる汽笛の音も、心地よく心に響く。見慣れたデイトンの街並みをあとにして、新たな挑戦に向けての旅立ちに、期待はいやがうえにも高まっていた。
しかし、現実というものは時として酷なものである。
キティホークまでの道のりが、まさか死ぬような思いをすることになるとは、夢想だにしていなかった。ちょうどこの頃、のちにテキサス州で六千人以上の死者を出すことになる大型ハリケーンがカリブ海からキューバあたりにあり、ウイルバーも旅の途上でその影響を受けることになる。出発の時点で、そんな遠くにある大きなハリケーンの存在に気がつくはずもなかった。
それでも旅の前半は、トラブルもなく順調であった。
デイトンからバージニア州ハンプトンまで汽車を数回乗り継ぎ、蒸気船でノーフォークに渡りそこからまた汽車でノースカロライナ州エリザベスシティまで行った。陸路はここまでであとは船でキティホークへ行くことになる。気の遠くなるような長い道のりであった。
そして、ウイルバーはついにトラブルに直面する。
最初のつまずきは、ノーフォークでの材木店である。数軒の材木店を廻ったが、結局欲しかった主桁用の五.五メートルのスプルース(エゾマツ)が見つからず、五メートルと短い、しかもしなりの小さなストローブマツ(白マツ)しかなく、仕方なくこれを購入するはめになった。
ウイルバーの次のつまずきは、エリザベスシティの港で起こった。
エリザベスシティで汽車を降り、港でキティホークへ行く船を探し始めたところ、誰もキティホークを知らないと言う。今日では有名になっているキティホークも、この当時はほとんど誰も訪れない辺鄙な未開の土地であった。
「やれやれ、あともう少しなのに先に進めなくなった」
あと少し、海を渡って五、六十キロほどで着くものと思っていたウイルバーはショックを受けた。もともとかなり僻地であろうと想像してはいたが、地元の人でも知らないとはキティホークは一体どんなところなのだろう。ただでさえ重いトランクがさらに重く感じられた。
結局丸一日歩き回り尋ねたが、キティホークへの船を見つけることはできなかった。
---さて、どうしたものか---
重いトランクが一つ、そして五メートルの木材を傍らに立てて、ウイルバーは途方に暮れた。自分の気持ちが反映されているかのように、灰色の雲が多くなり風もでてきた。
疲れもある。一人で立っている姿がひどくみじめに思えてきた。
さあグライダーで実際に飛ぼうと意気込んで家を出てきたものの、その高揚した気持ちが今はすっかり萎んでいた。
しかし悩んだところで、ここから引き返すわけにもいかない。
とにかくこの日は泊まって翌日また探し直すことにした。ぐっすり眠って元気を取り戻し、誰かキティホークを知っている人を探しだす以外に道はない。駅前の小さなホテルに戻り、ウイルバーは寂しい一夜を過ごした。
次の日、ノーフォークで材木を探してさんざん歩き回った時と同じように、港周辺を端から端まで歩き回った。見知らぬ土地で重い材木が肩にずしりとのしかかっていた。疲れた足を引きずりながら探し回った結果、ついにイスラエル・ペリーという漁師に出会うことができた。ひどく異臭を放つこの漁師は、キティホークを知っていてそこまで連れて行ってくれるという。
---ああ助かった。これでようやく目的地まで行ける---
その漁師の見かけは貧相であったが、ウイルバーは神様に出会ったかのような気持ちになった。
「夜になる前に船を出そうかね」
ペリーは小舟で川を下り、彼の持ち船までウイルバーを連れて行ってくれた。
ところが彼の船を見たとたんに、ウイルバーはまた気が重くなった。
ほとんど壊れかけている老朽船ではないか。
「船って、これですか?」
ウイルバーは目を丸くしてその船を見つめた。こんな船でキティホークまで本当に行けるのか。さらに運の悪いことに、風が強くなり海は荒れ始めていた。これで外洋を渡って行くことができるものなのかどうか、勇気を出して恐る恐る聞いてみた。
「船っていうのはなあ、こんなもんだ。それに海と言っても外洋ではないぞ。ここは内海だ。陸に囲まれているから静かなもんだ」
ペリーは大丈夫だと言う。しかし実際に目の前の海は、波が高くうねっていた。そしてこのボロ船である。とても大丈夫とは思えなかったが、しかし他に選択肢がないことは明らかだった。
「どうした? 乗らないのかね」
「いえ、乗ります。……キティホークまでお願いします」
ウイルバーは、目を閉じて自分の運命をこの漁師に託すしかなかった。
エリザベスシティは入江の奥にあり、ここからアルベマール湾に出た。
湾と言っても琵琶湖の二、三倍もの広さがある海のような湾である。そしてその外側はアウターバンクスに囲まれており、実質的に大西洋からは隔離された内海となっている。しかしこの日は内海とは言いながら、さすがに波が高くうねっていた。
ペリーは遠くカリブ海にあるハリケーンの影響が、ここまで及んでいることを知らなかった。
いつもの穏やかな海ではなく違和感があるものの、ともかくペリーは船を出した。
船が進むにつれて、さらに天候は怪しくなり波も大きくなっていた。
途中の船旅は、二人の想像を遙かに越えて身の危険を感じさせるものとなった。
この小さな船は老朽化しているのに加えて、波が荒れているため揺れもひどく、ついには突風で帆が引き裂かれてしまった。
「大丈夫ですか?…」
「わかんねえ…」
日が暮れた暗闇の中で、吹き荒れる風の音と船のきしむ音が不気味に響き続けた。
ウイルバーは船が壊れて沈むのではないかと、真剣に心配になった。
もしこの荒れた海に投げ出されたら、とても生きて帰ることはできないだろう。ウイルバーは青ざめた顔で天に祈るしかなかった。
ウイルバーは強い風に吹かれ大きな波にもてあそばれる船の中で、何故これほどの危険を冒してまでキティホークに行く必要があるのかと、ふと弱気になることもあった。
しかしすぐに別の自分がそれを打ち消していた。過去に自分の道を誤ったことがある。
若いころホッケーで怪我したことで自分のゆく道を変えたことを、心のどこかで後悔していた。今はキティホークへ行くことが、自分の新しい目標につながっているはずである。
身も心も疲れ果てていたが、とにかく空を飛んでみたい、だから行くしかないとウイルバーは半ば本能的に目的地を目指していた。
しばらく航海したものの海の荒れ方がひどく、結局ペリーは近くの入江に避難することを決心し、そこで不安な一夜を過ごすこととなった。
船が岩の間に落ち着くと、ウイルバーは死にそうなほど空腹であることに気がついた。
今まで余りにも危険な情況の中にいたため気がつかなかったが、丸一日何も食べていなかった。危険な情況に晒されたあと、それから一時的にでも開放された安心感で、逆に空腹感と疲労感に襲われ、めまいがしてきた。
「これはだめだ。何か食べないと…」
食料は何も持っていないと思っていた。が、キャサリンがジャムを入れてくれていたことを思い出した。早速トランクを開けてそのジャムを探し出した。
「あった、これだ。ありがたい、これでもエネルギー補給にはなるだろう」
あまりにも空腹過ぎたため、ジャムでもとても貴重に思えた。ウイルバーはそれを口にすると腹の足しまでにはならなかったが、生き返ったような気持ちになった。
夜が白み出す前、波も少し収まったのを見計らってペリーは船を出した。
帆をなくした老船が波に大きく揉まれながらも、どうにかキティホーク湾に着き、陸にほのめく灯りが見えてきた時には、ウイルバーはこれで助かったと思った。
沈むことなく、無事に目的地に着くことができたことを神に感謝した。
まだ朝が早すぎるため少し休憩してから、待望のキティホークに上陸することにした。
ここまでの道のりは、全く長く苦しいものであった。
ウイルバーは下船すると重い荷物を引きずりながら、とりあえず郵便局へ向かった。
デイトンからの荷物の送り先を郵便局宛にしていたからであり、そしてまたキティホークから誘いの手紙をくれたビル・テイトの自宅が郵便局を兼ねていることを知っていたからである。
ただビルに事前に連絡はしていなかったから、突然の訪問となる。
近くにいた少年をつかまえ、郵便局まで案内してもらった。周りに建物は少なく郵便局はすぐにそれとわかった。テラスの上に手書きの素朴な看板が大きく出ていた。ウイルバーはそのつたない文字をじっと見つめて思わず笑みをこぼした。ようやくキティホークの地に着いたことを実感した。
ドアをたたくと、ビル本人が出てきた。
「誰かな、こんな朝早くから……」
ビルはそこに立っている男を見て驚いた。
この村でスーツを着て正装している人間など一人もいない。しかもよれよれに汚れていて、ひどく憔悴した顔をしている。異様な雰囲気があった。ここの住人なら全員知っているがこの男は見たことがない。
「驚かせてすみません。ウイルバー・ライトという者です。以前凧の実験をする場所を探す手紙を書いて、テイトさんから返事を頂きました」
ビルは、その手紙のことを思い出した。その内容も覚えている。
「あー、あなたがあの手紙の…。それにしてもこの荒れた天候の中でよくここまで来ることができたものだ。しかも夜中に航行してきたなんて…。とにかく中に入りなさい」
四十才になるビルは、赤黒く潮焼けの顔をしていた。
中からビルの奥さんであるアディーも出てきた。
「私がウイリアム・テイト。これが家内のアディーだ」
アディーも、ウイルバーの疲れた身なりをみて心配になった。
「あんな暴風雨の中を来たんですか。さぞ疲れたことでしょう。ゆっくりお休みなさい。朝食はもうとったのかしら?」
ウイルバーは前日ホテルを出てから船を探し回る間も、エリザベスシティからキティホークまで嵐に揉まれていた間も、食事をとっていなかった。ただ船の中でジャムをなめて空腹をしのいだだけである。正直なところ、空腹で耐えられないほどであった。
「朝食はまだです。昨日、船の中でジャムをなめただけです」
ウイルバーはこの言葉が食事を催促することになる気がして、言うことを少し躊躇したが正直に話した。
「まあ、それは大変。すぐ何か作るわね。そこに座って待っていてね」
アディーはキッチンで簡単な料理を急いで作ってくれた。
ウイルバーは、テーブルに出された温もりのあるハムエッグをじっくりとかみしめた。
久しぶりに母の味に接した気がした。不意に母スーザンの面影が脳裏に浮かび不覚にも涙が出そうになり、あわててタオルで顔を拭いた。自分でもなぜ涙が出てきたのかわからなかったが、その涙目を隠そうと思ったのである。涙は危険な長旅のあとの、ほっとしたせいだったかも知れない。
ビルは親切にも、テントなど荷物が届くまでテイト家に泊まるよう勧めてくれた。
ウイルバーはテイト家の暖かさを感じながら、有り難くそれに従うことにした。
さらに夜を通して眠っていなかったウイルバーに、仮眠をとることも勧めてくれた。その言葉に甘えて、シャワーを浴びたあと、ベッドに入ると疲れのためかぐっすり眠ることができた。冷たく汚れた船の中とは違い、清潔で静かなベッドの中で幸せを感じながら眠ることができた。
ウイルバーは、一眠りするとすっかり元気を取り戻していた。
外へ出ると風はまだ強かったが雨はやみ、荒々しくはあるが気持ちのよい天気であった。
ウイルバーは初めて見る大西洋に感動した。
昨日の航路は内海であったし、しかも荒れ狂う波しか見えていなかった。しかし陸から見る海は、荒れているというよりも力強さを見せていた。男性的な雲間から漏れる太陽の光の筋がまぶしく輝いている。広い海原と広い大空、そして遠くまで続く砂浜。精神的にも打ちのめされていた昨日までの気持ちは洗い流され、身体の奥底から気力が湧いてくるのを感じていた。
---いい所だ。ここなら好きなだけ飛べそうだ---
潮風に吹かれながら、空を舞うカモメやトンビをじっと見つめた。
空を飛ぶ自分の姿をそれに重ね合わせた。
ウイルバーがお世話になっているテイトの自宅兼郵便局は、地域では最も立派な建物だという。
しかしウイルバーから見るとひどく貧相に思えた。外板はカンナがけもなく荒削りの木材そのままであり、しかも塗装もはげている。家の中はじゅうたんや敷物もなく、壁には絵や写真などの額縁もかかっていない。家具などの調度品もほとんどないというような生活環境であったが、しかし子供たちは元気に走り回っており、不自由さを感じている様子はなかった。
ビル・テイトは、この地域人口六十人ほどの長を務めるかたわら、郵便局長でもあったが、仕事がそれほど忙しいわけではなく農作物を自分で作ったり、魚を捕りに出かけたりもしているという。
兄弟にとって都合のよいことに、ビルはキティホークの顔役であったことである。それがその後の兄弟の活動にどれほど役だったかわからない。例えばビル自身がグライダーの翼端を持って一緒に走り、グライダーの飛行を手伝ったり、人手の必要なときには関係者に声をかけてくれ、心強い支援者になってくれた。
ウイルバーは、しばらくしてデイトンからの荷物を受け取ると、早速グライダーの組み立てに取りかかった。郵便局の前にちょうどいい広さの空き地がある。
そこに荷物を広げ、グライダーの自作した部品を一つ一つ並べた。
主桁のスプルースは到着時海水ですっかり濡れていたが、ウイルバーは真水でよく洗い郵便局のテラスに立てかけておいた。幸いにもアルベマール湾の海水は、川から流れ込む水が多いため海水というよりは真水に近く、主桁へのダメージは心配したほどでもなかった。
その主桁もすでに乾いていた。
デイトンでは家の中ですべてを組み立てることなどできなかったから、完全な組み立ては今回が初めてである。部品を眺めながらグライダーの姿を想像した。組み立てのための図面などないが、自分で設計した機体だからどの部品がどこにつくか、どの順番に組み立てるかは全て頭の中に入っている。それを再度確認した。
大きなグライダーを一人で組み立てることは容易なことではないが、しかしそんなことは全く気にならなかった。むしろウイルバーは、一人で組み立てることに喜びを感じていた。子供のころからの空を飛ぶ夢を、今まさに自分の手で作り上げようとしている。自然と気合が入っていた。
ウイルバーはまずは翼の組み立てから始めた。
主桁にリブを一つずつ取り付け、翼の骨組みを作った。そして羽布を一つ一つリブに丁寧に通しながら全体を覆った。羽布の両端は、主桁が設計より短い木材となったため余ってしまい、その分短く縫い直した。上翼と下翼二枚を一人で作り上げた。そして昇降舵を組み立てた。あとは上下二枚の主翼を支柱で連結させなければならないが、これはさすがに一人では無理である。
郵便局に戻りビル・テイトに声をかけた。
「ビル、ちょっとだけ手を貸してくれないか。一人ではできないところがあるんだ」
「ああ、おやすい御用だ。何でも言ってくれ」
テイトはさっと椅子から立ち上がると、テラスから駆け降りて来た。
彼は郵便局のテラスに座り、初めからウイルバーの作業を見ていた。得体のしれない奇妙なもの作りに手を貸したいと内心うずうずしていたが、逆に邪魔になるかもしれないと思い、黙っていたのである。ウイルバーのほうから声をかけてくれないかと、待っていたところであった。
「この二つを支柱でつなぐから、この翼を持っていて欲しい」
「よっしゃ。こんな具合か」
ウイルバーは上下二枚の主翼を支柱で組み立てていった。
主翼を支柱で注意深くつないだあとは、支柱と支柱の間を細いワイヤーで結んで強度を確保した。これでしっかりした複葉の翼ができあがった。
そして最後に、翼捻り用のワイヤーを取り付けると翼の完成である。
ウイルバーが組み立てている間、何人かが見学にやってきていた。
ビル・テイトの二人の娘や地元の漁師、海難救助隊の隊員などが不思議そうに、ウイルバーの作業を眺めている。もともと外部からの来訪者などほとんど皆無のこの土地で、しかも何やら怪しげなものを作っているスーツ姿のウイルバーは好奇の対象となっていた。
ウイルバーは、最初グライダーであることを秘密にするため凧だと説明していたが、どうみても凧のようには見えないから、ついには人の乗るグライダーであることをうち明けた。
もっとも皆は凧を知ってはいても、グライダーが何であるかは理解していなかった。
九月二十八日になり、ようやくオービルがキティホークにやって来た。
ウイルバーは、オービルの顔を見つけると涙が出てしまいそうなほどに複雑な感情を覚えた。
あの死にそうなほどにひどい思いをした海路の記憶が甦ったこと、その同じルートをたどって弟が無事にここまで来たこと、そして弟が来たことで二人で作り上げたこのグライダーを実際に飛ばしてテストすることができる嬉しさ、さらには子供の頃からの夢であった空を飛ぶことに本当に挑戦することができるという感慨、それらの感情が弟の姿を見た瞬間に一気にウイルバーの脳裏をかけめぐって、胸に熱い感情がこみあげていた。
「オーブ、よく来たな。待っていたよ」
ウイルバーは涙をどうにかこらえてオービルを出迎えた。ついに弟がやって来たことで、飛行テストを開始する条件がすべて揃った。ウイルバーは嬉しさで一杯になった。
「キティホークはなんと言うか…文字通り地の果てにやって来た、という感じのところだな。でもここなら思いっきりテストできそうだ。いい場所だな」
オービルにしても僻地への旅で心細くなっており、ようやくたどり着いたこの地で兄の顔を見て安心することができた。そして兄の横にある組立てられたグライダーを見て笑みをこぼした。
「これが、俺たちのグライダーか。なかなか立派じゃないか…」
オービルも、組みあがったグライダーを見るのは初めてである。今まで部品しか見ていなかったが、完成したものを見ると予想以上にいい出来である。本当に空を飛ぶ挑戦をこれから始めるという実感が、オービルにも湧きあがってきた。
その横でビル・テイトは目を丸くしていた。
オービル・ライトもまたスーツを着ていたからである。こんな僻地でスーツを着ているのはどう考えても場違いである。それがもう一人増えた。しかも兄のよれよれのスーツに比べ、弟はズボンの折り目もくっきりときれいに着こなしている。ビル・テイトにとってこの二人は異星人のようにしか見えなかった。スーツを着ているだけでも奇妙であるのに、さらに空を飛ぶとか言っている。どう考えても正気とは思えなかった。彼の理解をはるかに超えた兄弟であった。
オービルが到着したことで、ウイルバーはテイトの自宅を出て、予定していた通りテント生活に移ることにした。兄弟は郵便局から少し離れた場所にテントを張り、寝る場所のほかにグライダー準備のための作業場その他をつくり、ここに活動の拠点を構えた。
グライダーの最終調整も数日で終わり、テスト飛行ができる状態になった。
十月三日、朝食を終えて兄弟はテントの外へ出た。
この日は快晴でいつものように風も強い。飛行テストをする条件が揃っていた。
兄弟の初めて設計製作した機体が、グライダーとして問題なく飛ぶかどうか、翼捻り方式が飛行中に機能するかどうか、それを確認することがこのキャンプでの目的である。
そのテストがいよいよ始まる。
「何だか気持ちがわくわくするな。本当に飛べたらすばらしいぞ」
「そうだな。結果はすぐにわかるだろう。まずは機体の性能を確認しよう」
ウイルバーも弟と同様に初めての飛行を前に、期待感に心をときめかせていた。
兄弟はまず自分たちが乗る前に、機体自体の性能確認から始めることにした。
二人はグライダーを運び出し、風上に向けて置いた。このグライダーを凧として揚げてみて、どの程度の揚力があるかを確認するためである。
砂地に杭を打ち込み、これとグライダーを細く長いロープでつないだ。二人はグライダーの両端を持ち上げると、すぐに揚力を感じることができた。両端から延ばしたヒモをつかんだまま、慎重に翼端から手を離した。
機体は風に小さく振動しながらもきれいに揚がった。揚がってすぐその位置で安定して凧のように浮かんでいる。
オービルはデイトンでの凧のテストを見ていないから、このように大きなグライダーが浮くのを見るのは初めてである。
---宙に浮いている。すごいぞ。これに乗って飛ぶのか---
オービルは、その姿に不思議な感動を覚えながら見つめていた。
初めての浮揚を見てオービルは嬉しさで興奮していたが、しかしウイルバーは違う印象を持った。思っていたよりも浮き上がりかたに勢いがないように感じていた。
---これに人が乗って、その重量にまさる充分な揚力が本当にあるのか?---
ウイルバーの計算では、人が乗って飛ぶのに充分な揚力が出るはずである。ところが感覚的にはそのような印象がない。ウイルバーはかすかに不安を覚えた。
二人は確認すべきテストを継続した。
機体がしっかり浮くことを確認すると、今度は翼捻りが機能するかどうか確認を行った。
両翼端からのヒモを引っ張って翼を捻らせ、左へ右へと操作してみた。空中に浮かんだグライダーは、操作したとおりに左へ右へと傾いた。
「これはいい。しっかり反応している。これなら確かにコントロールできそうだ」
翼を捻る動きを初めて見るオービルは嬉しくなった。自然と興奮で身体が熱くなっていた。
デイトンでのテスト結果と同じように、操作通りの反応を示している。
凧のように揚げる限りは、翼捻りがうまく機能していることが確認できた。
ウイルバーはその手ごたえに満足していた。
次に昇降舵の確認である。
機体が浮いている状態で昇降舵を上へ下へと動かしてみる。
するとそれに従って機体も上下する。これも舵に素直に反応している。昇降舵も思った通りの働きをすることが確認できた。
「テストの調子はどうかね。なんだかすごいものだね、これは」
いつの間にかビルが、自分の仕事を終えて様子を見に来ていた。彼も大きな機体が実際に宙に浮くのを見て大いに驚き興奮していた。そして兄弟のテストを熱心に手伝い始めた。
機体を傾ける操作、そして機体を上下させる操作、この二つとも期待した通りの動きであることが確認できると、あとは機体を持ち上げる力、つまり揚力の測定を行うだけである。
「揚力が期待通りの値を示せば、飛ぶことができるぞ」
オービルは期待に胸を膨らませた。一方ウイルバーはまだ一抹の不安を持っていた。
兄弟はグライダーの揚力と抗力(抵抗)の測定を始めた。
まず杭とロープの間に大型のハカリを取り付けた。これによりグライダーが揚がっているときハカリが引っ張られ、その力を測定することができる。そしてその時、ロープの角度を測定すれば、ハカリの引っ張られる力の垂直成分が揚力と重さ、水平成分が抗力となるから、それを計算することができる。
また風の強さも同時に測定し、翼の迎え角なども変えて多くのデータをとった。
兄弟はその測定結果から、このグライダーで得られる揚力と抗力をまとめた。
「オーブ、おかしいな。何故こんなに小さな値なのだろう…半分以下、いや三分の一以下か…」
測定結果は、翼長が短くなったことを考慮に入れても、設計計算の揚力よりもかなり小さな値を示していた。
その数字を見てウイルバーは、最初の自身の印象が当たっていたことを悟った。
設計の揚力が出ていないということは、空を飛べないということを意味している。これではせっかく地の果てまで来て、飛行テストができないままに帰ることになってしまう。
「こんな数値では、飛行テストなどできない…」
兄弟は呆然としながら顔を見合わせた。
リリエンタールの表から換算してこの翼の大きさを決めている。計算は何度も見直しているから間違いはないはずである。それにもかかわらず何故設計と大きくかけ離れた揚力しかでないのか。何かがおかしい。理由はわからないが、とにかく期待した通りの揚力が実際にでていないことは事実であり、そうであれば予定していたテスト飛行はできないかもしれない。
ウイルバーもオービルも落胆は大きかった。
「しかたがない。揚力が充分に出ない理由はあとで考えよう。今はとにかくデータをしっかり取っておこう」
兄弟は落胆しながらも気を取り直し、テストを継続した。
砂袋などを積んでおもりとし、その重量を変えては凧のように揚げ測定を繰り返した。
期待した結果がでずに、気落ちしながらテストを続けていたが、兄弟を明るくさせる出来事もあった。二人がテストを繰り返す間も地元の人は好奇心を持ってよく見学に来ていた。そんな中でビルの甥トムもよく遊びに来た一人である。兄弟はこのおしゃべり好きの八才の男の子が気に入っていた。ある日、じっとグライダーを見ているトムに乗ってみるかと声をかけた。
「え、乗せてくれるの? でも操縦はできないよ」
「ははは、飛ぶのは無理だ。凧のように揚げるだけだから乗ってみるか」
「あっ、そうか」
トムは大喜びでグライダーにしがみついた。ウイルバーとオービルは、ロープをしっかりと握ってグライダーを空中に浮かせた。
「うわー、すごい。飛んでいるみたいだ!」
トムはとても喜び、はしゃいでいた。もともと子供好きな兄弟は、トムの無邪気に喜ぶ姿を見て嬉しくなった。そして自分たちの子供の頃を思い出していた。あの頃は自分たちもコウモリを飛ばしては、このようにはしゃいでいたものである。微笑ましいひと時であった。
その後も風のある日は同じようにテストを繰り返し、測定データを取り続けた。
そのうちに小さな事故が起きた。ある日グライダーを運ぼうとしていたところ、機体が突風に飛ばされて大破してしまった。木材関係はどうにか修理できそうであったが、翼の布が大きく引き裂かれてしまい修復できそうになかった。兄弟はこれではもうだめだと思いデイトンに帰るしかないと話をしていると、ビル・テイトが声をかけてきた。
「これなら俺の家で直せるだろう。アディーに相談してみよう」
兄弟は翼を分解して郵便局まで運び、アディーに見せた。
「大丈夫よ。すぐ縫ってあげるわ」
彼女は引き裂かれた翼を一目見るなり、快く引き受けてくれた。
早速二人は布を翼から取り外しアディーに預けた。
翼の布は骨格に合わせる必要があるので、裂かれていても短くならぬように縫う必要があった。しかし彼女はそれをうまく縫いつけてくれた。兄弟はビルが以前手紙の中で言っていたホスピタリティを感じていた。彼女の助けがなければデイトンに帰ることになり、テストもここで終わっていたことだろう。この協力は有り難かった。布が直ればあとは木材の修理をするだけである。兄弟はすぐに修理に取りかかり、二、三日でテストが再開できるようになった。
兄弟はテストを繰り返していたが、デイトンに帰る日が近づくにつれて、兄弟にある共通の思いが芽生えていた。
揚力が想定外に小さかったために、ここまで凧のみでテストをしてきた。しかしこのキティホークまではるばるやってきたのは、凧揚げのためではない。空を飛ぶために来ている。このまま飛ばずに帰る、ということはどうもすっきりしなかった。
設計の揚力を発生していないものの、しかし強い風があり、かつ迎え角を大きくとれば、人が乗ってもどうにか浮き上がる可能性はあった。
キティホークの南六キロほど先に、丘がある。
あの丘の上から飛んでみたいという気持ちが強くなっていた。丘の上なら強い風が期待できる。揚力の出ていないこのグライダーでも、丘の上からであればもしかしたら飛べるかも知れない。
飛べなくてもともとである。一度くらい試してみてもいいだろう。
「オーブ、あの丘から飛んでみようと思う。どうだろう?」
オービルも同じことを考えていた。兄の気持ちがすぐにわかった。
「ああ、強い風さえあれば、一回くらい挑戦してもいいだろう」
そう決めると兄弟はすぐに行動を開始した。
飛ぶと言ってもいきなり本当に飛ぶのは、いくらなんでも危険であった。まずは平地で飛ぶまねごとをして飛行感覚の練習をすることにした。
ウイルバーは、まずロープでつないだまま凧としてのグライダーに乗った。
風が強く吹くなかでオービルが軽く手を添えて静かに持ち上げると、どうにか宙に浮くことができた。ただし確かに、迎え角を大きく取ることが必要であった。
ウイルバーは風を顔に受けながら、確かに浮いていることが実感できた。しかし身体がふわふわしてなんとなく不思議な感覚である。
その状態で昇降舵と翼捻りを操作してみた。自分が操作した通り確かに機体が反応している。この操作を繰り返えすことで、飛行の感覚をなんとなくつかむことができた。
「それじゃあ今度は凧でなく、両端を保持したまま走ってみるか」とオービルが提案した。
ロープを外してグライダーを持って走れば、より飛行状態に近くなる。機体を保持するほうは体力的に大変であるが、オービルとビルが翼端を保持しつつ併走することになった。
「しっかり持っていてくれ。最後まで離さないでくれよ」
ウイルバーは強い風を待って声をかけた。
「よし、行こう。今だ!」
三人は同時に走り出した。時機を見てウイルバーは足を機体に乗せ、身体を機内に収めた。
飛んでいる、ような感じになった。
しかし実際には飛んでいるわけではなく、かつがれた御輿に乗っている感じである。
しかしそれでも風の息吹を受けながら、機体が本当に浮いているような感覚もある。オービルとビルは機体を保持したまま走り続けた。ウイルバーも飛ぶ感覚がなんとなく掴めていた。
これを二、三回繰り返したあと、今度は手を離して少しだけではあるが実際に投げ飛ばしてみることにした。
「よし、やってみよう」
同じようにウイルバーは走り出すと、機体に身体を乗せた。
ウイルバーの身体の下を砂地がうしろへ流れ去っていく。
スピードが出たところでオービルとビルが、機体を押し出すように手を離した。
ウイルバーを乗せたグライダーは、初めて完全に地上から離れた。しかしウイルバーは空中で初めて自由になって、パニックに陥ってしまった。どうしてよいかわからず、昇降舵を操作することもできないまま自然に着陸していた。宙に浮いていたのは、ほんの一、二秒でしかなかっただろう。
「あー驚いた。一体どうなったんだ…」
その瞬間ウイルバーは、何も考えることができず、頭の中は真っ白であった。
しかしそれでも実際に飛行に近い感覚があり、単独で飛行する前のよい訓練となった。一方補助するオービルとビルにとっては思った以上に重労働であったが、がんばってこれを数回繰り返した。
次第にウイルバーにも余裕ができて、昇降舵の操作もできるようになった。もう大丈夫だろう。
「オーブ、練習はもう充分だと思う。今度は丘の上から飛んでみるよ」
ウイルバーはオービルの方へ振り向きその決意を告げた。いよいよリリエンタールが飛んだように、丘の上から飛んでみることにした。空は快晴でほどよい風が吹いている。
十月二十日午後、ウイルバーが初めての飛行に挑戦することになった。
この頃になると風がある程度あって、翼の迎え角を大きく取れば、人間が浮くほどの揚力が得られることもはっきりしてきたから、兄弟の期待も大きくなっていた。
ビルと三人でグライダーを台車に乗せ、六キロほど離れたキルデビルヒルまで運んだ。
その道のりは長かったが、しかし兄弟は大きな機体の運搬を楽しんだ。二人とも子供の頃からの夢が実現しようとしていることを強く感じていた。
リリエンタールやシャヌートは四メートルを超えるグライダーで飛行するのは危険だと警告していたが、その理由は体重移動でコントロールするのはそれが限界だというのである。兄弟のグライダーは五メートルである。この大きさのグライダーでは、今まで誰も飛んだことがない。
しかし兄弟のグライダーでは体重移動ではなく、翼を捻らせてコントロールしようとしている。また飛ぶと言っても高度を高くとるわけではなく、丘の表面に沿って飛ぶだけのつもりである。危険を感じればすぐに着陸すればいい、とウイルバーは考えていた。
六キロの砂地を運んだあと、大きなグライダーを丘の上へ運び上げることは大変ではあったが、三人とも最後の力をふりしぼった。
丘の上にのぼると海が広がっていた。水平線がきれいに見えている。
この日も風は海から吹いている。いつもより強めの風だ。ウイルバーはこれだけ強ければ飛べるような気がしていた。三人は海に向けて機体をセットした。
「心の準備はできているか?」
オービルが緊張ぎみの兄に声をかけた。これが成功すれば、ウイルバーとしても兄弟としても初めての飛行になる。空を飛ぶという子供のころの夢が、いよいよ現実になるかもしれない。
ああ大丈夫だ、と返事をしながらウイルバーは機体の真ん中に入った。潮風が強く顔に当たっている。平地での操縦練習を充分したので飛行のイメージはできた。不安はあるが大丈夫だろう。
オービルも顔を紅潮させて兄の顔を見つめている。
「よし、行こう」
ウイルバーのかけ声と共に三人は走り出した。
機体はすぐに軽くなった。ウイルバーはさっと身体を機内に収め腹這いになり、同時に昇降舵を操作する取手をすばやくつかんだ。
オービルとビルは、機体を投げ出すように手を離した。
ウイルバーは、グライダーが二人の手を離れたことをすぐに感じ取った。
機体は、すぐに落ちることなく斜面の上を滑空していた。
「飛んでいる…」、ウイルバーはそれを実感していた。
潮風が強く顔にあたり、身体の下を砂地が流れていく。
ウイルバーは昇降舵をうまく操作することができた。
オービルも丘の上から兄の飛び去る姿を目で追った。
初めてにもかかわらず、その滑空飛行があまりにもきれいなことに感動していた。
十五メートルほど飛んで、そして着陸した。当初着陸時は足を出すことを考えていたが、実際飛んでみるとその余裕はまったくなかった。というよりもスピードがついていて足を出すのは危険であった。ウイルバーはとっさにそれを判断し、腹這いのまま着陸した。しかし実際に機体は砂の上をうまいぐあいに滑って、それでも問題はないようであった。
オービルとビルが、すぐに駆け寄ってきた。
「大丈夫か? うまく飛べたな」
「ああ、うまくいった。でも足で着陸するのは無理だ。腹這いのままで着陸したけれど、衝撃も小さくうまくできた」
ズボンの砂を払い落としながら、ウイルバーは今の飛行内容について振り返り説明した。
昇降舵はうまく反応していたし、腹這いのままの着陸でも機体が壊れることはない。機体強度も充分あることがわかった。
兄弟にとっても、この機体にとっても、初めての滑空飛行であったが、この初飛行で兄弟は大きな自信を持った。揚力が小さいという問題はあるものの、ともかく飛んだという事実は、二人にとって大きな意味があった。
最初の短い飛行が成功すると、ウイルバーは飛ぶということの感覚がわかってきた。
当初、小さな揚力での飛行は無理があり危険かと思っていたが、地面すれすれに飛ぶ限り、危険ではなさそうであった。このグライダーは三度の迎え角(水平面に対する翼の上向き角度)で飛行するように設計していたが、これを二十度ほどまで大きくすればどうにか飛べることが確認できた。計算通りの揚力がでないことを、大きな迎え角にすることで補い飛行が可能となった。ただし、それも強く風が吹いていることが条件であった。
ウイルバーはコツを一度つかむと、続けてテスト飛行を行った。
この日十回以上の飛行を繰り返すことができ、最長で一二〇メートルほどの距離を飛ぶことができた。
「ところで、翼捻りはどんな感じだ?」
オービルは最も気になっていることを兄に尋ねた。
「ああ、それだ。残念ながらまだ操作する余裕がほとんどない。それでも二、三度わずかな量だけ試した限りでは機能しているような気がする。…ただこの操作は難しいな。少し考え直した方がいいかもしれない」
兄弟の製作した最初のグライダーでは、翼捻り操作のワイヤーを翼後ろ側につけており、寝そべって搭乗している姿勢で、足の先により操作するようにしていた。実際にこれは操作が困難なことから、後日変更することになる。
今回の飛行テストでは、操作性の悪さよりも高度そのものが取れない飛行をしていたから、ほとんど翼捻りの確認ができる状態にはなかった。それでも傾きかけた機体を水平に戻すような操作では有効に機能を発揮しているようで、その結果として飛行距離を延ばすことができていたのかもしれない。
ともかく、この合宿の最大の目的であった翼捻りによる旋回操作は、高度不足のために行うことができなかったが、しかし翼捻りが機能しているであろうことはどうにか確認することができた。
ウイルバーは飛行を繰り返すことで、飛行感覚も機体の性能もおおよそ掴むことができ貴重な経験を積むことができた。
そしてそれと同時に空を飛ぶ魅力も大いに感じていた。
平地で初めて飛ぶまねごとをしたときは恐怖を感じただけであったが、丘の上から飛ぶと確かに飛んだという実感があった。想像していたように自転車以上のスリルと爽快感があった。この日はただ丘の表面に沿って滑空しただけではあるが、自由に空を飛びまわりたいという思いはさらに強くなっていた。
一九〇〇年十月二十三日、初めての飛行合宿も終わりの日となった。
兄弟は今回テストに使用した機体を、キティホークに残すことにした。
グライダーの布にはフレンチサテンを使っていたが、この布はキティホークでは手に入らない貴重な素材であった。これをテイト家に渡し処分を任せると、アディーが二人の娘のために洋服を仕立てあげることになった。二枚の翼分の布があれば何着も作ることができるだろう。これがお世話になったテイト一家に対する恩返しとなった。
「このキャンプはよかったな。期待した結果は得られなかったが収穫も大きい」
「そうだな。いろいろと勉強できた。キティホークもテスト飛行するのに最適な場所だとわかったから、来年もまた来よう。テストするべきことは、まだいろいろと出てくるだろう」
兄弟はこの合宿の飛行テストが、総じて判断すれば成功だったと感じていた。
揚力が小さく一時は飛行の実施も危ぶまれたが、どうにか飛行することができてほっとしていた。翼を捻る効果を充分に確認することはできなかったが、兄弟は初めて設計製作したグライダーが、飛行が可能な機体であることが確認できた。
それだけでも大きな成果と言えるだろう。
飛行回数は少なかったものの、はるばるとキティホークまで来た価値は充分にあった。ともかく初めて空を飛んだことの意義は大きかった。
ライト兄弟は、子供のころからの夢に向かって確かにその第一歩を踏みだしていた。
兄弟は初めての飛行を終えて、キティホークをあとにした。
今回の合宿でわかった問題点、つまり想定した揚力が何故出なかったのか、それを解消することがこれからの課題となる。
それが解決できれば、次は本格的に飛行テストを行うことができるだろう。