後ろの席の篠崎さんがめっちゃ後方彼氏ヅラをしてくる件
篠崎瑠璃子。
クラスで一二を争う美人で、成績も常にトップ。運動神経も抜群で、さらには生徒会副会長まで務める完璧超人。そんな彼女が、高校2年の4月のクラス替えで僕──中山 雄二の後ろの席になった。
正直、最初は緊張した。だって、今まで話したこともない学年一の美少女が毎日間近にいるんだから。でも、それ以上に不思議だったのは、篠崎さんの態度だった。
「……」
毎朝、彼女は僕の背中越しに小さな気配を感じさせるだけで、目を合わせようとしない。挨拶すらない。
万年陰キャを極めた僕はというと、この状況に戸惑いながらも「お、おはよう」と小声で言うのが精一杯だった。
返事はない。
もしかして嫌われているのかな。そんな不安が頭をよぎる。
そんな日々が続いていたある朝のこと。いつものように小さく挨拶し、席に着く。
でも、なんとなく背中に視線を感じて振り返ると──
篠崎さんが、腕を組んで僕の後ろに立っていた。
「…………」
無言。彼女は何も言わず、しかしどこか得意げな顔で目を閉じていた。
そのまま数秒が経過する。考え事……をしている訳じゃなさそうだ。謎にドヤ顔してるし。
「……あの。篠崎さん、どうかした?」
謎すぎる状況に声を絞り出すのがやっとだった。すると篠崎さんはうっすらと目を開け、クスリと微笑んで
「別に?」
そう言って、再びドヤ顔腕組みに戻った。
……え、なに?
結局、先生が来るまでその状態が続いた。
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「なぁお前、篠崎と何かあったの?」
昼休み、親友の佐藤が小声で聞いてきた。
「いや、何もないよ」
「嘘つけよ。篠崎、お前の後ろでずっと立ってたじゃん」
そうなのだ。あの後、篠崎さんすべての休み時間をあの謎ポーズで過ごしていた。もちろん僕の真後ろで。
「ひょっとして……付き合ってるとか?」
「バ、バカなこと言うなよ!」僕は慌てて否定した。「そんなわけないだろ」
「そうかねぇ」
「そうだって。というか、佐藤こそどうなのさ。ホラ、この前言ってた子……他のクラスの、西方さんだっけ」
「それがよぉ。向こうがインスタのDMでデート誘ってくれたんだけど、その日の放課後、図書委員の仕事があってさ……」
「そりゃ残念だね」
「俺のことはいいんだよ! それより篠崎だって」
「だから、篠崎さんとは何もないって」
「いやいや、でも篠崎のアレ。完全に『後方彼氏ヅラ』だったぞ」
後方彼氏ヅラ。アイドルとかのライブで、ファンが恋人気取りで後ろに立つアレだ。
雰囲気的にはあの行動をそう例えてしまうのはわかるけど、彼女が僕にそんなことをする意味がわからない。そもそも性別逆だし。
「そんなわけないって。ほら……座りっぱなしだと集中力が落ちるって言うし。たまたま僕の後ろに立って集中力を養っていただけじゃないかな……」
「へぇ〜……じゃあ、なんで今も後ろに立ってんの?」
え?
恐る恐る振り返ると、本当に篠崎さんが後ろに立っていた。例にもれず、腕を組んで半眼ドヤ顔をかましている。
「うわっ!」思わず変な声が出てしまった。「し、篠崎さん...?」
「ん?どうしたの、中山くん?」
「いや、その...なんでそこに立ってるの?」
篠崎さんは少し驚いたような顔をして
「別に?」
いや、何が?
「いや、別にじゃなくてさ。その、なんでずっと後ろに立ってるのかなって……」
「ふふっ」
そう言って、篠崎さんは僕の肩をポンと叩き、何事もなかったかのように自分の席に戻っていった。
……え、マジでなんなの。
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それからも、篠崎さんの「後方彼氏ヅラ」は続いた。
体育の授業。筋肉痛に痛む腕を動かし、僕が珍しくバスケットのシュートを決めると(実はやぶれかぶれで目を閉じたままシュートしたのだが)、気が付くと篠崎さんがコートの外側に立っていて
「やるわね、さすがは中山くん」
腕を組んだまま、したり顔でボソリと呟いた。その後も僕がプレーをするたびに「見事な脚力ね」「流石は我が校のエース」「輝く汗がまぶしいわ」とか意味の分からないことを呟いていたが、無断で抜け出してきていたのか委員長の宮原さんに女子バスケコートに引っ張られていくのが見えた。
「ちょっとみやちゃん! 中山くんのスーパープレーが!」
「なに言ってるの! ほら、試合始まっちゃうって……ごほごほっ」
「あれ、みやちゃん風邪気味? 一緒に中山くんの試合見学しようよ」
「もうっ!」
男子たちからの好奇の視線が辛い。みんな不思議そうにしているが、一番困惑しているのは僕なんだよなぁ……。
英語の授業。
英語担当の教師はかなりのスパルタで、授業の初めに1人、指名をしてアドリブでスピーチをするように要求してくるのだ。
なので、普段は指名されないように前の席の委員長の背中に隠れているのだが、今日は運悪く指名されてしまった。
仕方がないので、緊張しながらスピーチを始める。
「Hello, everyone...」
出だしは順調だ。このまま無事に──
「さすが中山くん、まるで往年のフランクリン・ルーズベルトだわ」
後ろから聞こえた声に、思わずスピーチを中断してしまう。
早くも躓いた僕。恨みがましく篠崎さんを見ると、彼女は少し不思議そうにいつものドヤ顔をして、それから少し考えこむと、ハッと何かを思いついたようだった。
"Your pronunciation is perfect. As expected of my Nakayama-kun!(完璧な発音。さすがは中山くんね)"
そうじゃないよ。ていうか無駄に発音いいな。
放課後の図書館。
僕が本の整理をしていると、いつもの気配を察知した。
振り向くと案の定、篠崎さんがいた。
「別に?」
あーはい。いつものね。
「ねぇ、中山くん。あなたの真面目さ、周りは気づいてないけど、私はちゃんとわかってるわ」
「は、はぁ。ありがとうございます」
僕が困惑しながらも作業を続けていると、「さすが、見事な手際ね」「本も喜んでいるわ」とか呟き始めた。
「中山くん、実は手先が器用なのよね。ま、私しか気づいていないんですけど……(笑)」
「図書室では静かにしてください」
通りがかった司書さんに叱られた篠崎さんはしょんぼりしていた。
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それから数週間が経った。篠崎さんの「後方彼氏ヅラ」は日常の一部になりつつあった。
クラスメイトたちも、最初こそ驚いていたものの、今では「またか」という反応だ。むしろ、「中山の後ろに篠崎がいないと落ち着かない」なんて言う奴まで出てきた。
ある日の放課後。生徒会の仕事で遅くなった僕は、誰もいない教室で荷物をまとめていた。
いや、誰もいないというと語弊があるな。
もちろん、僕の後ろには篠崎さんがいる。
「あの、篠崎さん」
「別に?」
まだなにも言ってないじゃん。
僕は深いため息をつきながら振り向いた。案の定、篠崎さんは腕を組んで、いつもの半眼ドヤ顔をしている。
「あのさ...もう放課後だよ?帰らないの?」
篠崎さんは少し考え込むような仕草をした後、にっこりと笑って答えた。
「ふふっ、心配してくれるのね。さすが...」
「いや、そうじゃなくて」
いつまでもこうしていられない。
僕は体ごと振り返り、篠崎さんを正面から見据えた。
「あのさ──」
最近の奇行について聞こうとしたが
「……」
篠崎さんはうつむくと、僕の後ろに回った。
「え、ちょっと」
再び篠崎さんの方に体を向ける。くるり、篠崎さんはまた僕の背後に回った。
ちらりと見えた彼女の頬は、少し赤かった。
僕が振り返る。彼女がまた後ろに回る。
教室の真ん中で、まるでメリーゴーラウンドのように二人で回り続ける。
埒が明かない。そう思った僕は、彼女の肩を掴んだ。
「篠崎さん」
僕の声に、彼女の体が少し震えた。
篠崎さんはゆっくりと顔を上げる。その瞳は、羞恥と困惑で揺れていた。
「な、なに...?」
彼女の声は、いつもの堂々とした調子とは違って、か細く震えていた。
「どうして...僕の後ろにばかりいるの?」
篠崎さんは口を開きかけたが、また俯いてしまう。
「それは...中山くんと一緒にいたいけど...」
彼女の言葉が途切れる。
「でも、顔を合わせると恥ずかしくて...だから、後ろにいれば...」
彼女の告白に、僕は息を呑んだ。
「去年の文化祭、覚えてる?私が司会で失敗して...」
そう言えば、そんなことがあった。
生徒会として文化祭の締めのスピーチを任された彼女。しかし、連日の業務の疲労と緊張から壇上に上がってから話す内容が飛んでしまい、半ばパニックになっていたことに、実行委員として同じく壇上にいた僕は気が付いた。
そして僕は、即興で考えた内容を彼女の後ろで呟いた。彼女は僕のスピーチを元に最後まで喋り切り、無事に文化祭は成功した。
「中山くんが助けてくれて...それから、好きになっちゃって...」
篠崎さんの言葉に、これまでの「後方彼氏ヅラ」の謎が一気に解けた。
あの篠崎さんが僕のことを好き。信じられないが、連日あそこまで彼氏ヅラされたら否定することは出来なかった。
でも。僕はパッとしないし、運動神経も微妙。勉強も篠崎さんみたいにできるわけじゃない。
「いいの? その、僕なんかで……」
「僕なんか、じゃない!」
篠崎さんの声が教室に響き渡った。その目には涙が光っていた。
「中山くんだからいいの。
体育の授業のために、運動部でもないのに放課後にシュート練習してる真面目な中山くん。
英語の授業で、前の席のみやちゃんが風邪気味だから……自分が指名されるように、わざと先生にアピールしてた気配り上手な中山くん。
友達のために、放課後の図書委員の仕事を代わってあげる優しい中山くんも!
私は全部見てきたもん! 他の皆は知らないけど、私だけは知ってるの!」
篠崎さんの言葉に、僕は言葉を失った。彼女の目には涙が溢れていたが、その瞳は強い決意に満ちていた。
「そんな中山くんだから...私は...」
彼女の声が少し震えた。
「好きになっちゃったの」
教室に静寂が流れる。夕陽が差し込む窓際で、僕たちは向かい合ったまま立ち尽くしていた。
僕は、自分の鼓動が耳に響くのを感じながら、口を開いた。
「篠崎さん。もう、後ろに立つのはやめてほしい」
「っ……」
篠崎さんの顔から表情が消えた。
「そう...そうよね。迷惑だったわよね。ごめんなさい、私...」
彼女の声が震え、目に涙が浮かんでくる。僕は慌てて続けた。
「違うんだ。そうじゃなくて...」
僕は深呼吸をして、勇気を振り絞る。
「後ろじゃなくて...隣に来てほしいんだ」
篠崎さんの目が大きく見開かれる。その瞳に、夕陽が小さな光となって映り込む。
「え...?」
彼女は少しの間硬直する。その表情には、驚きと戸惑いが入り混じっている。
そして突然、目を大きく見開き、頬を朱に染めながら、
「よ、よろしくお願いします……!」
夕暮れの教室に優しい風が吹き込んだ。
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翌日の教室。
まだ篠崎さんは登校していない。少し、顔を合わせるのに緊張する。
すると、教室のドアが開き、篠崎さんが入ってきた。
僕たちの視線が合う。
一瞬の躊躇の後、彼女はゆっくりと近づいてきた。
そして──
篠崎さんは僕の横に立つと、腕を組んで例の半眼ドヤ顔。
「私だけが知ってる中山くんの魅力、その1……」
彼女が得意げに呟く。
「おい、中山」佐藤が目を丸くして言う。「篠崎が進化してるぞ」
僕は苦笑いしながら、嬉しそうに彼氏ヅラしている篠崎さんを見つめた。
隣に来て欲しいって、そういう意味じゃないんだけどな……。
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隣の席の橋本さんが僕にだけ聞こえる声で「好きな性癖」を呟いてくるんだけど、どう対応したらいいんだろう
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