【連載版開始】勇者の籠手を拾ったゴミ拾い ~『加齢臭が凄いからいらない』と勇者が捨てた伝説の籠手を拾ったので使ってみたらヤバい性能してるんだけど。え? なんでこんな凄い物捨てたの勇者様?~
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「あーあ、落としちゃった」
飛空艇から遥か下にある大地を見下ろし、金髪の男――勇者は呟く。
「おい、どうした」
勇者の仲間の一人、堅物そうなメガネの男――魔法使いが聞く。
「いやさ、籠手落としたんだよね。右手のやつ。右手が蒸れてたからさ、ちょっと外したらポロリと」
お気楽にそう言い放つ勇者に対し、魔法使いは眉間に皺を寄せ、「あぁん!?」と声を荒げる。
「愚か者! アレがどれだけ価値のあるモノかわかっているのか!」
「なんだっけ?」
「伝説の鉱物“アダマント”に伝説の勇者が天χ術式を込めた超特A級の籠手だ!! 代々勇者が受け継いできたモンだ!! アレ一つでどれだけの力を持つか……悪人の手に渡ったらどうする!」
「大丈夫じゃない? だって、あの籠手を装備できるの俺しかいないでしょ。俺以外のやつが使ったら激痛よ? マグマに手を突っ込むようなもんよ? それにあれもう加齢臭が凄くて……この前匂い嗅いだら死ぬかと思った。もういらないよ」
「ちぃ! 飛空艇を降ろす時間はない……後で使いを送るか」
「ほっといていいのに」
勇者は落下防止用の柵に肘をつき、籠手が落ちていったゴミ山を上空5000mから見つめる。
「な~んか、面白くなる予感」
勇者の視線の先には一人の少年がいた。
13歳ほどの真っすぐな瞳の少年が。
---
勇者が籠手を落とす二十分前。
生ごみの匂いが充満する路地の上、黒髪の少年が大人の男に殴られていた。
「ははは! ひひひ! おらおら! 笑顔を絶やすな! 俺様は! この街の王だぞ! 媚びろ媚びろ媚びろ!!」
男はそのブヨブヨの腹を左右に揺らし、大木のような腕を振り回す。
少年はもう顔中傷だらけで、白いシャツは血で赤く染まっているのに――笑顔だ。
「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます」
ただそう繰り返す。壊れたカラクリ人形のように。
その少年の様子に、周囲の野次馬たちは次第に顔を青ざめさせていった。少年を殴って興奮する男も不気味だが、いくら殴られても笑顔な少年もまた不気味だった。
「あー、スッキリした。おいサンドバッグ! 明日も同じ時間にここに来いよ!」
「はい」
大柄な男は鼻を鳴らし、取り巻きを率いてその場を去っていく。
「トビ。大丈夫か」
頭にタオルを巻いた男が少年――トビに手を貸す。
「いつも悪いな。お前のおかげで、俺たちは殴られずに済んでる」
「いいんです。僕は痛みに疎いので……皆さんのお役に立てるならいくらでも殴られますよ」
トビは手を借りて立ち上がるも、すぐにふらつき、尻もちをついてしまった。
「激痛耐性、だったっけか? お前の耐性」
十歳になった時、稀に人は耐性を得る。
火の耐性、あるいは水の耐性、毒の耐性……耐性の数は多岐に渡る。
トビに芽生えた耐性、それは激痛に強いというだけの激痛耐性だった。
「でもそれって痛みに疎いだけだろ。体はちゃんとダメージを受けるし、殴られ続ければ死ぬだろ」
「さすがに殺すほど殴ることはしませんよ。盗みも暴力も見逃されるこの町だけど、殺人だけは王都から罰せられます。それはマルクさんもわかっているはずです」
ここは王都ヒュルルクの北東部にある町、スラムロック。通称塵取り。
二階建て以上の建物を建てることは許されず、あるのは布を縫い合わせて作ったテントか、地面に穴を掘って作った竪穴の家。
街のいたるところに王都から流れ着いたゴミの山があり、異臭が漂う。
「ちくしょう! いつもいつも好き勝手しやがって!」
「高ランクのゴミ山も全部独占されちまったなぁ。元盗賊だけあって強いし、誰もアイツには敵わん」
住民たちが喚く。
ここに集まるのは犯罪者たちだ。
王都はいま、慢性的な収容所不足で、罪人たちをこのゴミの街に閉じ込めている。
「おい聞いたか。今日の朝、ここから出ようとして首を焼かれた奴がいるってよ」
「馬鹿だな。この首輪がある限り、俺たち罪人はここから出られないってのに」
罪人にはすべて鉄の首輪がつけらえている。首輪はこのスラムロックを出ると起爆し、頸動脈を焼き切るようになっている。
トビには首輪はついてない。なぜなら彼は罪人ではないからだ。
ただここに捨てられた子供。このゴミ山に捨てられ、罪人に拾われ育てられた子なのだ。
トビがここに残るのは、街を出たところで身寄りもなく力もない自分はどうせ犯罪に手を染めるとわかっているからだ。そうなれば、今度は首輪をつけられてここに入れられる。
「おーい! そろそろ恵みの雨が降ってくるぞ! 屋根のあるところに避難しろ!」
男性が声を上げると、住民たちは一斉に屋根のある場所に退避した。トビも自分のテントに引きこもり、布の隙間から外を見る。
空から、大量のゴミが降ってきた。
王都に溜まったゴミはこうして転移魔法でスラムロックの空に転移させられる。囚人、もとい住民たちはそのゴミを糧に生きるのだ。
「……ゴミが降っている間に手当しとこ」
トビは包帯で傷を塞いでいく。この包帯も拾った物だ。すでに使用済みだった包帯を洗って、干して、使えるようにした。
街のあらゆるところからガサゴソと袋を準備する音が聞こえる。トビも縫い目だらけのカバンを出し、待機する。
ゴミの雨が止むと、住民たちは一斉にスタートを切った。
ゴミは早い者勝ち。貴重な物を求めて全員がゴミ山を探る。
富裕層のゴミが落ちる場所、平民層のゴミが落ちる場所は明確に分かれており、富裕層のゴミが作るゴミ山はランクが高く、平民層のゴミが作るゴミ山はランクが低くなる。現在、マルク一派が高ランクのゴミ山を独占しているため、自然と他の大多数の住民たちは低ランクのゴミ山に集まり、競争率が高まっている。
ゴミ山は貴重な資源だ。
食べ物、飲み物、家具やらなんでも降ってくる。まさに恵みの雨である。
トビは外れの方にあるゴミ山、人気のないゴミ山に足を運ぶ。
(この辺は本関係のゴミがいっぱい落ちてくるからな……なにか面白い本、落ちてないかな)
スラムの住民で文字を読める人間は珍しい。ゆえに本は人気がない。
だがトビは幼い時から本を拾い、自分で本から文字を学び、文字を読めるようになった。本の山をトビは物色する。他に誰もいないのでゆっくりと見られる。
「うわ!」
トビは空をゆく船――飛空艇の存在に気づく。
「すっごいなー! あれが飛空艇か。初めて見た」
飛空艇を目で追っている最中のことだった。
ドン!
ゴミ山の上になにかが落ちてきた。
トビは視線をゴミ山の上に持っていく。
「なんだろ?」
トビは山を登り、その頂上に突き刺さる光り輝く物体を手に取った。
「これは手袋……じゃなくて、えっと、鎧の……籠手? だったかな」
白銀の籠手。手から肘下まで覆える籠手だ。手の甲の部分には太陽を模したエンブレムがある。
この籠手が自らの人生を大きく変えることになるとは、この時のトビは知る由もなかった。
トビはとりあえず籠手に手を突っ込んでみた。すると、トビの手のサイズにしては大きかった籠手が、トビの手に合わせるように収縮した。
「凄い……勝手に僕の手にピッタリのサイズになった!」
好奇心が脳を刺激する。
トビは籠手に夢中になっていた。
「ん? なんか痛いな」
熱湯に手を突っ込んだような痛みが走る。
「この感じ……激痛耐性が反応してる……?」
激痛耐性は痛みを全て消すわけではない。激痛をある程度の痛みに変換するだけだ。例えば腹をナイフで刺されたとして、腹を針で刺された程度の痛みは感じる。トビはこれまでの経験で、右手にその痛みの変換が行われていることに気づいた。
トビは籠手から手を抜き、自分の右手を確認する。
右手には一切傷はないし、ちゃんと動く。
「鉄とも銀とも言えないこの感触……あれ? この手の甲の紋章、どこかで見たことある気がするな……とにかく、持って帰ってみよう」
トビは手提げバッグの中に籠手を入れ、帰路につく。
その道中。
「ふざけんじゃねぇ!!」
若い男が、肥え太った大柄な男――マルクにたてついていた。
「おいやめとけ新入り!」
「邪魔すんな! なんでみんなコイツに従ってるんだよ! 全員で囲めばこんなやつ倒せるだろうが!」
見たことのない顔……最近ここへ来た若者だろう。
体格がいい。筋肉がよくついてる。身長はマルクと同じで190センチ台だ。
マルクの耐性を知らぬ者から見れば、マルクよりこの新入りが強く見えるだろう。
「だっはっは! いいぜ新入り! 洗礼をくれてやる。来な。お前から殴らせてやるよ!」
マルクが挑発すると、新入りは拳を握り、
「上等だコラ!!」
マルクの頬を新入りの拳が捉える。だが、マルクは一切怯まない。まるでゴムの塊を殴ったかのように、新入りの拳は弾かれてしまった。
「なっ!?」
「教えてやるよ新入り。俺の耐性は打撃! 打撃耐性さ! 俺に拳は効かねぇんだよ!!」
マルクは新入りの腹を蹴り上げ、くの字に曲げさせ、さらに後頭部を殴り地面に押し倒す。
「テメェは今日から俺の靴舐め係だ。朝・昼・晩、俺について靴を舐め続けろ!! だっはっは!!」
まさに暴君。
トビは拳を握りしめる。
「……酷い……」
だがどうすることもできない。
殴る蹴るは効かない。鉄パイプで殴っても無傷。刃物を用いれば傷を与えられるが、刃物を使えば下手すれば相手を殺してしまう。そうなれば死刑だ。そもそも上等な刃物などここにはないし、刃物があってもマルクには勝てない可能性が高い。
トビは見て見ぬふりをし、家に入る。
圧倒的な強者に立ち向かうだけの勇気を、出すことはできなかった。
(この籠手からは不思議な力を感じる……もしかしたら、マルクを倒す術になるかも)
その夜、トビは籠手について調べた。
自分の家にある本を片っ端から調べ、ついに籠手に抱いていた既視感の正体を知る。
「これか……!」
トビが開いているのは勇者について書かれた本。その中の勇者の肖像画が描かれたページを開いていた。
その肖像画で勇者がつけている右手の籠手が、いま手元にある籠手とそっくりだった。
(勇者様の籠手……なわけないよな。レプリカ、かな?)
ちなみに籠手については何も記述はなかった。勇者の能力については一切文献では語られていない。載っているのは勇者が成した功績のみだ。
仕方なく、トビは自分で籠手の能力を見つけることにした。この籠手には何かがあると、そう信じて。
「はっ!」
籠手を嵌めた右手を前に出し、手の先からエネルギー波を出そうと念じてみるが……効果なし。
「やっ!」
籠手で地面を殴ってみるが、地面が抉れたりはしない。特段、腕力が上がっているということもなさそうだ。ただ籠手はどれだけ乱暴に扱っても傷一つ付かなかった。鉄や銀より遥かに硬い素材のようだ。
現状、籠手についてわかっているのは異常に丈夫であること。装備している者に激痛を与えるということ。ただそれのみだ。
「やっぱりただの偽物なのかなぁ……」
途方にくれ、寝転がるトビ。
籠手を嵌めた右手を天井に伸ばし、トビは考える。
「こんな籠手如きで、なにか変わるわけないか……」
はぁ。とため息をつき、右手を額に乗せた瞬間だった。
ビギィ!!
右手に、灼熱の痛みが走った。
「~~~~~~っっ!!!?」
トビは悶え、床を転がる。
すぐさま左手で籠手を外した。
「は……! は……! は……!」
おかしい。
トビには激痛耐性がある。なのに、いま確実に、激痛を感じた。
「なにが起きたんだ……この籠手は一体、なんなんだ?」
本物かどうかはわからない。
ただ異質な物体であることは確実だ。
「おい、どうしたトビ」
ドア代わりの布をめくって、タオルを頭に巻いた男がトビの部屋に入ってくる。
「すげぇドタバタしてたけど」
「すみませんモトさん。ちょっと取り込んでまして……」
「もしかして、痛むのか? 傷」
男――モトはトビの包帯塗れの痛々しい姿を見て、渋い顔をする。
「いえ、痛みはほとんどないです」
「そうか。痛かったらちゃんと言えよ。ほれ、差し入れだ」
モトは鍋を外から持ってくる。
「うわぁ! なんですかそれ!」
鍋には魚の兜やたまねぎ・大根・にんじんのそれぞれの皮、雑草などが入っている。
「じゃじゃーん! 捨てられる部位で作った俺特製廃材鍋だ。賞味期限切れの調味料で味もつけてるぜ。一緒に食べよう」
「い、いいんですか?」
「ああ。いつもお前にはマルクの暴力を肩代わりしてもらってるからな。一年前からずっと……ビリーのやつにお前を託されたのに、情けない」
ビリーはトビを拾った男の名だ。
モトは部屋の中心に鍋を置く。
「アイツが病で死んでもう五年になるか」
「はい、そうですね……ビリーさんは僕にとって、親のようでした」
「アイツもお前を息子のように想ってたよ。もしアイツが今の俺を見たら、絶対ぶん殴るだろうなぁ」
トビは鍋をつつき、その味に驚く。
「お、おいしい! おいしいですよこれ! モトさん、相変わらず料理の天才ですね!」
「ま、外では宮廷料理人だったからな。王様を食中毒にしちまってこのザマだけど」
「そうなんですか! 初耳です! じゃあ懲役が終わったら、また料理人に戻るんですか?」
「そうだな。つってもまだまだ先の話だぜ」
「その時は僕もウェイトレスとして雇ってくださいね」
「あのな、男はウェイトレスじゃなくてウェイターって言うんだよ。もちろん、俺が店を開いたらお前も雇ってやるよ」
そんな輝かしい未来を話しながら、二人は鍋をつつき合った。
---
朝、トビは外から聞こえる鈍い音で覚醒した。
「なんだ……この音……うっ!」
なぜか体が重く、頭の動きが鈍い。
昨日、夜遅くまでモトと話していたせいだろうかとトビは考えるが、すぐに違うと気づく。
「前に、間違えてお酒を飲んじゃった時に似てる……もしかして、昨日の鍋……お酒が入ってたんじゃないか……?」
部屋に置いてある鍋の匂いを嗅ぐ。よく嗅いでみると、微かにアルコール臭がした。
「やっぱり……でも、モトさんが間違えて入れるとは思えない。まさか……!!」
外から聞こえる鈍い音。ドゴ、バギ、という音。それがマルクが暴力を振るってる音だとトビは確信した。
そして恐らく暴力を振るわれているのは……。
トビは自分の考えが間違っていることを祈って、外に出る。
「そんな……!」
路地で、血まみれで倒れている男は――昨日自分と笑い合った恩人、モトだった。
「モトさん!!」
モトの前には高笑いするマルクがいる。
「よう! 遅かったじゃねぇかサンドバッグ! 代わりにコイツでストレス発散させてもらったぜ!」
「モトさん! しっかり!!」
トビは倒れているモトに近づく。
「……トビ……か……」
腫れた瞼の隙間から、モトはトビの目を見る。
「どうして……!」
「はは……お前ばっか、犠牲にできるかってんだ。俺は……アイツからお前を、託されたんだからな……」
「まさか、昨日わざと鍋にお酒を入れたのは、僕を寝坊させて身代わりになるために……僕を守るために……!」
トビは、モトの右腕を見る。
モトの右腕は……折れ曲がるはずのない方向へ、折れていた。
「なんて、ことを……!!!」
怒りからトビは立ち上がり、マルクを睨みつける。
「モトさんは……料理人なんだ! その腕を折るなんて! あなたに人の心はないのか!!」
「なんだぁ、その目は?」
マルクはトビの腹を蹴り飛ばす。
「ごほっ!」
「媚びろつってんだろ! 俺様はぁ!! マルク様だぞ!! マルク盗賊団のお頭だぁ!! テメェらクズとは違うんだよ!!!」
マルクは地団駄を踏む。きかんぼうの子供のように。
過去の栄光に酔い、いまだこのゴミの町にいることを認めない。自分が底辺の存在であることを認めない……現実逃避の塊。それがマルクだ。
そんなマルクを、トビはつまらなそうな目で見る。
「なんだぁ、その目は!」
トビの冷淡な瞳が、マルクの逆鱗に触れる。
「媚びろ媚びろ媚びろ媚びろぉ!! 俺を見下すことは何者も許さねぇ!! はぁ……はぁ……! その目を見ると、奴らを思い出す……! あの富豪ども、許さねぇ! 散々俺たちのことを利用した癖に……最後はあっさり切り捨てやがって……!!! くそ! くそ! くそぉ!! 俺は本来、こんなとこにいる人間じゃねぇんだ!!! テメェらゴミカスとは違うんだよぉ!!!!」
「……確かに、違うな……」
トビは立ち上がり、口からペッと血を吐き宣言する。
「お前はクズでもゴミでもない。醜い自尊心で練り上げられたヘドロ団子だ!」
トビの発言を聞き、マルクの取り巻きたちは顔を青ざめさせる。
マルクは怒りから顔を真っ赤にし、殺意のこもった拳でトビに殴りかかる。
「俺を、見下すなぁ!!」
トビは両腕をクロスさせてガードするも、衝撃を吸収しきれず蹴られたボールのようにぶっ飛んだ。
トビは自分の家の壁を突き破り、倒れる。
「おい押さえろ! 殺しちまう!」
「落ち着いてくださいマルクさん!」
「放せ! あのクソガキ……アイツらと同じ目で俺を見やがった! 見下した目で見やがった! この俺様をぉ!! 殺してやる!!!」
部屋の地面で転がるトビ。途中、背中をバッグにぶつけ、バッグが倒れた。バッグの中から籠手がはみ出る。
激痛はない。じんわりと体が痺れるだけだ。もし激痛耐性がなければ気を失うほどの痛みが体を走っていただろう。
トビは、倒れたバッグから零れた籠手を見る。
「そうだ……僕には激痛耐性があったんだ……だからこんなダメージを負っても叫ばない。涙を流さない」
でも、昨日、その耐性が消えた。
(この籠手の能力の一つは装備者に激痛を与えること。僕には激痛耐性があるからその激痛を感じないはず。でも昨日、この籠手の甲がおでこに触れた瞬間、右手に激痛が走った。この籠手のデメリットをそのまま受けたんだ。なぜだろう?)
解。あの瞬間、耐性が消えたから。
(耐性が消えることなんてあるのか? いや、生まれてこの方、そんなこと聞いたことがない。耐性は絶対だ。自然に消えるなんてありえない)
もしかして。とトビは思索する。
「もしかして……この籠手の能力は……」
トビは、僅かな希望を抱き、籠手を右手に装備する。そしてゆっくりと、籠手で頬に触れた。
「いっ!!?」
また右手に激痛が走った。涙が出る。叫び声も出る。
籠手を頬から放すと、痛みは去った。
トビは泣きながら笑う。
「やっぱり、そういうことか!!」
家を出て、再びマルクと相まみえる。
「待たせたな。マルク」
「あぁん? なんだその籠手は? 俺への献上品か?」
トビは腰を落としてマルクに近づき、拳を引く。その様子をマルクは嘲笑い、見守る。自分には打撃耐性がある。だから打撃は効かない。と確信して。
トビはマルクの脛を右拳で殴る。瞬間、パキン! とガラスを殴りつけたような感触が拳を通った。
「うっ!?」
マルクは真っ赤に染まった顔を真っ青に染め、脛を掴んで体を跳ねさせる。
「いっでぇ!!」
予想外の一撃。
耐性に慢心し、まったく力を入れず、油断したところにダイヤモンドより硬い籠手による一撃が入ったのだ。例え相手が子供でもダメージは十分。
「な!? マルクさんに打撃が通じるはずねぇ……!」
「なにが起こったんだ!?」
慌てる周囲を他所に、トビは笑っていた。
(間違いない……この籠手は耐性を無効化するんだ!!)
籠手に触れた相手の耐性を無効化する能力。それこそ、勇者の籠手の力!
(でも籠手を装備する時、手の部分に触れたりしたけど激痛は走らなかった。それに籠手を外す時に籠手の手首の部分を触ったけどその時も激痛は走らなかった! 恐らく、無効化能力が発動する条件は誰かが装備していて且つ手首より先の部分で対象に触れた時!!)
トビは左手で籠手の手首より後ろを触る。しかし、耐性は消えなかった。
トビは右手で握りこぶしを作る。
「それだけじゃない……さっき殴った時、マルクの中にある何かに、ヒビを入れた感触があった。まだこの籠手には何かがある!!」
トビはマルク――もとい、実験体を睨みつける。
トビの身体能力は同世代に比べたら遥かに高い。
一日中街を歩き回ることは珍しくもなく、足は鍛えられ、ゴミの運搬などで腕も鍛えれている。
この劣悪な環境でも栄養が十二分にとれて、体が出来上がっているのはモトが栄養管理してきたおかげだろう。
トビはいまこの時、戦士として覚醒した。
「うおおおっ!!」
「ガキがあああっ!!!」
トビとマルクの腕が交差する。そうなると、当然リーチの長いマルクの拳が先にトビに届く。
マルクの拳がトビの額に届くが、トビは踏ん張り、額から血を流しつつも耐える。
「なに!?」
トビの最も飛びぬけているステータスは……タフネス。強靭さ。
日頃マルクに嬲られ続け、このゴミダメの環境で子供の身で耐え抜いたフィジカル、メンタルの打たれ強さは大人と比べても異常だ。そして彼のタフネスを支える最大の要因は激痛耐性。額を割られようが一切痛みに怯むことなく突き進める。
「だあああっ!!!」
トビは右手でマルクの右腕の肘を突き上げる。
「ぐぎっ!?」
またマルクは痛みから顔を歪める。
バキ。と、また謎の手ごたえがあった。分厚いガラスをトンカチで打ってるような音、感覚。トビは続けてマルクの腹を右拳で殴る。
「がっ!!!?」
パリン!!!
今度は何かを割った音と感触がした。そう、まさにガラス、コップを粉砕したような音と感触だ。
マルクは口から胃液を吐きながらも、笑う。
「へ、へへ。所詮、ガキの拳だ……なぜか俺の打撃耐性を無視できるらしいが、関係ねぇな! お前に俺は倒せねぇ!!」
マルクの拳が迫る。
(速い!?)
マルクの全力の拳。トビは反応しきれず、顔面を殴り飛ばされた。
「いっで!!」
なぜか、マルクが悲鳴をあげた。
殴られたトビではなく、殴ったマルクがだ。
「……」
トビは満身創痍ながらもマルクを観察する。
マルクは右拳を、いま殴った拳を押さえて悶えている。
(なぜ、殴った方が……)
耐性を無効化する手甲。
なにかを割ったような感触。
トビの頭に、一つの可能性が浮かぶ。
「もしかしたら……」
トビは地面に落ちている石の中から平らな石を選び、マルクに向けて投げる。マルクは石を額に受け、怯んだ。
「マルクさんが石で怯んだ? 石なんて打撃耐性で受け流せるはず……」
「た、多分、石が尖ってたんだろ」
いや、石は尖ってなかった。今の投石の判定は間違いなく打撃のはず。なのにマルクは反応できなかった。
つまり、だ。
「マルク。お前の負けだ」
「あぁん!?」
「お前の耐性はもう壊れているよ。これ以上やっても無駄だ。降伏しろ。取り返しのつかないダメージを負うぞ」
「なにわけのわからないこと言ってやがる!!」
マルクは忠告を聞かず、トビに殴りかかる。
(この籠手の第二の能力。きっと、この籠手で一定以上のダメージを与えられた者は……耐性を壊される!)
トビはマルクの右拳を、籠手の腕部分で受けた。無効化効果のない部分だ。
バキ、ボキ。とマルクの右拳が折れる音がした。
「いがっ!!?」
マルクは目をギョッとさせる。
「打撃耐性が働くのは防御だけじゃない、攻撃もだ。お前の攻撃の際に生じる衝撃の跳ね返りも打撃耐性は弾いていた。凄い耐性だ……反動を考えず殴れるんだからな。攻撃面でも防御面でも非常に強力。だけど、その耐性はもう、僕が壊した。お前の攻撃力も防御力も格段に下がったわけだ」
トビは飛び上がり、右拳を振りかぶる。
「ま、待て!!」
「嫌だね」
トビはマルクの顔面に右拳をめり込ませ、ぶっ飛ばす。
マルクは目を剥き、地面に横たわった。
――この日、スラムに革命が起きた。
僅か13歳の少年の手によって。
「……この力なら……僕は……!」
トビは籠手を見つめ、拳を握りしめ、空に掲げる。
「今日から僕がここの王だ! これからは、僕の指示に従ってもらう!!」
トビが宣言すると、これまでマルクに抑圧されていた住民たちが一斉に歓声を上げる。歓声が街中に木霊する。
マルクの一派は散り散りに逃げていった。
「まずモトさんの治療を。マルクは鎖で縛り付けておいてください」
「……トビ、お前……」
モトは掠れた声でトビの名を呼ぶ。
「モトさん。これから僕がこのスラムロックを少しでも住みやすくなるよう改革します。そして、改革が終わったら……」
トビは街の外を見る。
(一年……いや、二年。しっかり力を蓄えたら、この街を出よう。この籠手があれば、僕も外の世界で生きられるかもしれない)
---
二年が経った。
今日も今日とて生ごみの匂いが充満するスラムロック。その中にある一つのテントの中、15歳となったトビは逆立ちをしながら腕を畳み、伸ばす、逆立ち腕立て伏せをしていた。
「998、999……」
トビはパンツ一丁で筋トレしている。
鬼の形相のような背筋、引き締まった肩と腕、割れた腹筋。身長はこの二年で148cmから172cmまで伸び、立派な男の身体になっている。
「1000」
トビは腕立て伏せをやめ、白のシャツと黒の長ズボンを着て、リュックを背負う。
「おっと、これを忘れちゃダメだ」
そして白銀の右籠手を嵌め、外に出る。
太陽の光を一身に浴びて、ぐぐっと背筋を伸ばす。
「ん~! 最高の旅立ち日和だ!」
今日は15年間住んできたこのスラムロックを去る日である。
「トビの旦那!!」
トビの目の前に角刈りの男が現れ、頭を下げる。
「おはようございます!」
「……だからマルクさん、旦那はやめてってば」
いま目の前で頭を下げている角刈り男は二年前、このスラムロックの王だった男――マルクである。
あのブヨブヨ腹は引っ込み、今は健康的なゴリマッチョだ。トビに敗北して以降、トビに心酔し、スラムロックの改革に尽力した。
「ま、今日でお別れだし、もういいか」
「うっ……!」
マルクは両目から涙を流す。
「ほ、本当にいっちまうんですかい!?」
「行くよ。ずっと言ってたでしょ」
「そんなぁ……! あと10年、旦那なしで俺に生きていけって言うんですか!!」
「言うよ」
オロオロと泣くマルクに困っていると、
「いい加減にしろマルク! 気持ちよく行かせてやれ!」
「モトさん!」
頭にタオルを巻いた男、モトが現れた。二年前は折れていた右腕だったが、今はもう完治している。
「モト先輩……でも! でもぉ!」
「トビは十分、俺たちに尽くしてくれただろ。ゴミ山の分配、スラムのルール整備。トビのおかげでここの治安は二年前とは比べ物にならないほど安定した」
「皆さんが協力してくれたおかげですよ」
「はいはい、お前はそう言うだろうさ。ほれトビ、餞別だ」
モトはトビに布で包んだ包丁を渡す。
「俺が研いだ包丁だ。元々は捨てられていたモンだけどな」
「包丁、ですか」
「無人島に一つだけしか持っていけないなら何を持っていくか。この質問に賢人はナイフと答えたらしい。つまり、ナイフ一本、包丁一本あれば人間生きていけるってことさ」
「……モトさんらしいですね。ありがたく貰います」
「それとこれ」
モトは縫い目だらけの財布を渡す。
財布はパンパンに膨らんでいた。
「中は全部小銭だが、全部合わせれば三日分ぐらいの飯代、宿代になる。コイツはスラムの連中全員からの餞別だ。みんなでこのゴミの町を駆け回って拾い集めたんだぜ。感謝しろ」
「こ、こんなの……いただけません!」
「遠慮すんな。どうせここじゃ使えない通貨だ」
トビは財布を受け取り、大切そうに両手で包み込んだ。
「絶対、いつか、百倍にして返します!」
「おう」
「じゃ、そろそろ行くよ」
そう言ってトビがスラムの街を歩きだすと、
「じゃあなトビー!」
「またなうちらのリーダー!」
「今度は外で会おうな~!」
次々と、家から人が出てきてトビに話しかける。
「ご武運を祈ります! 旦那!」
「まずは都街の集会所に行け。そこなら身元不明でも仕事がもらえる」
「はい!」
スラムロック総出での見送りだ。
トビは小さく笑う。
(困ったな……今になって名残惜しくなってきた)
重い足をなんとか踏み出し、トビはみんなに手を振る。
「またねみんな! また会おう!」
ゴミに溢れ、クズで溢れたこの街。それでもちゃんと、少年にとっては故郷と呼べる居場所だった。
ゴミ拾いの少年は勇者の籠手をもって新たな人生を歩みだす。
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