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令和残侠伝 ~人狼のさなぶり~

作者: 千葉の与太郎

令和XX年・・・ここは東北のどこかの山の中

獣道を駆ける一匹の狼、木漏れ日が真っ黒な体毛に当たり一層黒光りする

彼は人狼族の最後の男、今日も暇つぶしに人間を脅かしてやろうと山を彷徨っていた。

今の時代は日本人の信心も薄れ科学が発達したおかげか俺のような存在を決して人は認めようとしない

例え目撃しても証拠さえなければ誰も人狼がでたといっても信じやしない

人を食ったこともあったっけ・・・その時も野犬に食われたと特に大事にもならなかった。

とりあえずこのままじゃいけないので”人化の術”で人に化ける、今日は男が良かろうか?女がよかろうか?

人狼族に伝わる仙術秘術、人間より遥かな時を生きることができる人狼族であっても寿命を削るのであまり大きな術は使えない。

この術を教えてくれた両親はとうの昔に人間に殺されてしまった、人狼だからという理由で

俺と違って両親は最期まで真っ当に生きた・・・人間として

人を殺め外道に身をやつした俺とは偉い違いだ、そんな両親を尊敬するけど愚かにも思った。

結局人間は俺たちになんにも理解なんてしてくれなかった、偏見と先入観でものを見て危ないからと山狩りからの殺処分

人化の術で人になって説得しようとしたけれどあの時分じゃ今と違って化け物は「むじな」だなんだと言われて一方的にこちらを的にかけた。

なんにも悪いことしてないと何度言っても聞く耳を持たないし、何か口答えしたり抵抗したら「ほらやっぱり危険だ」ってレッテルを貼られる。

そんなことがあってほとほと人間というものに愛想が付きてお山で最期の人狼ライフを満喫していた。

俺を唯一愛してくれた両親もいない今、俺を愛する人も気にかけてくれる人もいない、縛る人も止めてくれる人もいないのだから好きにやってもええじゃないか。

人として生きようと考えたこともあったが、価値観も常識も違う人間と人狼じゃうまく行くわけもなくすぐに諦めてしまった、戸籍もなけりゃ人権もないだって人ではないのだから。

だから時々山菜採りや登山に来てる連中にちょっかい出すのを生きがいとにしている、我ながらとんだ悪党である。

ガサガサ ガサガサ

大きなクヌギの木の向こう側から音がする、これはきっと獲物に違いない

クンクンと自慢の鼻をならすとこの匂いはどうやらジジイのものだ、ならば正面切って行ってやろう。

「やいジジイ!!!俺のシマで山菜採りとはいい度胸してるじゃねえか!おう!」

「え?・・・・あ、ぎゃあああああああ!!!!犬が喋った!!!!」

おじいさんは背後から現れた大きな犬が口をきいたので思わず腰が抜けてしまった

「がーはっはっは!!!死にたくなきゃ身ぐるみ脱いで置いていきな、死にてぇならそういいな」

「おどれぇたなぁ・・・おめぇさん人狼かい?いやぁマタギのとっつぁんから聞いてはいたけどホントにいるとは・・・」

どうも思ってたリアクションと違って調子が狂ってしまう、気合を入れてもう一度脅かしてやろう

「オホン!それでどうすんだいとっつぁんよ?」

「どうするってったって何も持ってないしなぁ・・・かといって死にたくもない・・・・そうだ!こうしよう!酒と弁当があるんだ、どうだいひとつ?」

「なんでぇシケてんな、まあいいだろうそれで勘弁してやろう、さっさと出しな」

お爺さんはそう言われるとリュックの中から2合瓶とおにぎりを出した

「ほう、酒に握り飯とはまた乙じゃないか・・・どれ」

ムン!と気合をいれると人狼はみるみるうちに男の姿に変わっていった、初めて見る人化の術にお爺さんは目を丸くした

「ははぁ、見事なもんだねぇ・・・なんにでもなれるのかい?」

「まあ子供は無理だが大抵はな、だがこんなのは初歩も初歩よ俺ぁもっとすごい術があるがそいつぁ俺の寿命も削るからねいざってときのモンさ、にしても中々うめぇじゃねえか、冷酒に冷や飯の握り飯がまた合うね」

人狼は素っ裸で右手に握り飯、左手に酒をもち美味そうに食らいながら得意げに語った

「ほぅそりゃすごい・・・というかお前さん味がわかる人だね、地酒「稲荷」の吟醸酒とうちの田んぼで取れた米だよ」

「いやぁ最近の酒は随分美味くなったもんだな、それにこの米も実に美味い!」

爺さんを取って食っちまおうと当初は思っていた人狼も久々に本物の味にであい実に上機嫌だった

人間、いや人狼であっても旨いものを食べて旨い酒を飲めばそれはもうゴキゲンだ。

「ところでお前さんずっとこのお山の中に住んでるのかい?」

「まあな、人里に降りたところで俺は人狼だ、お前ら人間とはやってけねぇよ」

お爺さんはしばらく考えて手をポンとうつと

「そうだ!それならうちのペットってことでどうだいひとつ?」

「ペットだぁ!?馬鹿にするんじゃねぇや!!俺にだって’ぷらいど’てぇもんがあんだ!」

「まあまあ落ち着けよ、人狼のまま生活は無理だろう?うちは老夫婦と幼い孫が一人・・・私の倅の子供なんだがね、倅も倅の嫁も事故で一昨日逝っちまってね、孫もやっぱり寂しそうであんたが遊び相手になってくれると助かるんだ、なあにタダとはいわねぇ衣食住に晩酌もつけよう!ただしうちのカカァと孫が寝静まったらな?二人だけの秘密だ」

俺は心が揺らいだ、しかしガキのおもりなんて俺の’ぷらいど’が・・・・でも山の中は冬が辛い

それを考えると今年くらいはお世話になってもいいかもしれない、なあに気に食わなきゃ勝手にでていくさ

考えがまとまったところで人狼はお爺さんの提案を承諾し山を降りることにしたその道すがら

「ところで人狼さん、あんた名前は?」

「ん?弥七ってんだ、とっつぁんは?」

「おいらは正吉ってんだ、よろしくな」

爺さんは家につくまで語り続けた、家族のこと仕事のこと・・・爺さんの横を犬のフリした俺がとことことあるった

すると山の麓に如何にもといった佇まいの農家の家があった、トタンでできた納屋には田植え機だのコンバインだのが並び倉庫には売れ残った米袋が積み上がっていた。

お爺さんは家につくと玄関のドアを勢いよくあけて

「おう!いまけぇったぞ!」

ドタドタドタドタ!

小さな駆け足の音が聞こえる、子供の足音だ、ははあ・・・例の子供だな?

「じーちゃんおかえんなさい!って・・・わぁ!!!犬だ!!じーちゃんどうしたのこれ!?」

「んー?お山で拾ったんだ、たけし、お前可愛がってやれるかい?」

お爺さんが連れてきた奇妙な犬に孫の”たけし”は目をキラキラさせて喜んだ、両親が亡くなってからというものどうも元気がなかったが久しぶりに嬉しそうな顔を祖父にみせることができた。

「じーちゃんさぁ、この犬名前なんての?」

「名前はやs・・・いやなんでもない、ちょっとまってな」

人狼の弥七と一旦外に出るとお爺さんは耳打ちした

「なあ?名前なんだけど孫に決めされてくれねえかい?」

「勝手にしろ」

了解を得て命名権が孫にもたらされた、うーんうーんと散々考えた孫のたけしがやっとひねり出したのが「クロ」なんとも単純なネーミングだ

黒いからクロ・・・みたまんま!まあ所詮はガキの発想といったところか。

「なんです騒々しい・・・たけちゃん宿題は終わったの?って・・・あらまぁ」

今からヨボヨボと腰が曲がりかけたステレオタイプな田舎の婆さんが出てきた

なるほどこれがとっつぁんの嫁さんか・・・似合いのジジババだぁね!

「あらまぁかわいい子ねぇ・・・お父さんなんですこの犬?」

「お山ん中で拾ったんだ、たけしにと思ってよ」

「あらそうですか、たけちゃんちゃんと面倒見れる?」

弥七・・・いや「クロ」をわしゃわしゃとシワシワの手で撫でる婆さんにそう問われたたけしは元気よく応えた

「うん!僕絶対面倒見る!!!」

こうして田んぼ農家の一員となった弥七あらためクロは割りと平穏な暮らしを送り意外と居心地が良いこの家を気に入り始めたそんな暮の夜のこと


「まあグイッといきねぇ・・・」

お調子から「稲荷」の純米酒が注がれる

「おっとっとっと・・・」

お猪口を両手でもったクロは並々と注がれた酒をキューッと飲み干した

「かーっ!たまんねぇ!いやぁやっぱ酒は「稲荷」だねぇ・・・なあとっつぁんよ、なんで俺のこと家に入れてくれたんだい?俺は人を喰う悪党だぜ?」

「そうさなぁ・・・なんとも悲しい目をしてたからかな?昔はああいう目をした人が沢山いて、今もまたああいう目をした人が増えてきた、だからほっとけなかったのかもな・・・人を喰っちまったのはしょうがない、今も食いたいかね?」

そんなことを聞かれたのは初めてだ、俺だって何も食いたくて人を食ったわけじゃない冬山でやむにやまれず食ったのだ

「んにゃ食いたいとは思えない、こうして満足に食えてるしな」

「だろう?今のお前さんの目をみてるとなあのとき俺は間違ってなかったと思うよ、善人の目に悪人なし、お前さんの目は昔と違ってるよ」

「・・・・・・・」

自分では気づかなかったがどうやら目つきが変わってきたらしい、厳しい山の生活から離れたせいで顔の険がとれたのだろうか?

たけしに構ってやるのも正直悪くない、あの子はいい子だ・・・守ってやりたいそんな気持ちが芽生え始めた


クロが家にきて10年以上の月日が流れた

ともに笑い喜び時には泣いて、色んなことがあったとさ

小さかったたけしも日に日に大きくなり賢く強く逞しい優しい青年に育った

子供だったたけしも大人の自覚を持ち好き合う恋人もできほどなくして婚約を結んだ

祖父母ともちろんクロにもそのことを報告してた、更にシワの深くなった祖父母は声をしゃがれさせて喜び

クロは喉を鳴らしてたけしの周りを踊るように駆けずり回った。

しかし、順風満帆のように思われた日々に暗雲が立ち込めた令和XX年さなぶり(田植え後のお祝い)を控えたおいしい山菜が山に生い茂るちょうどクロとお爺さんが出会った季節の出来事だった。


~♪~♪

丁度夕飯を済ませ家族団欒の時間を過ごしているとたけしのスマホが鳴り響いた

婚約者の”翔子”からだ

「もしもし翔子?どしたん?うん・・・うん・・・・ええ!?うん!それで?おい冗談だろ!?おい!待てよ!翔子!」

青ざめたたけしが電話をちゃぶ台に置いてワナワナと震えた

「爺ちゃん婆ちゃんどうしよう・・・翔子んちが事業に失敗してどうやら親がヤクザから金借りてたみたいでその親も飛んじまって翔子がガラ攫われて金返すまで風呂に沈められるって・・・」

「風呂ってたけしおめぇ・・・風俗かい?」

「たけちゃんそれで翔子ちゃんの借金ていくらなの?お婆ちゃんお金ならだしてあげるから!」

祖母からの嬉しい提案もたけしには響いていないようでたけしはため息を漏らし重い口を開いた

「3億・・・」

「さ、三億だって!?」

「お父さん三億じゃ私らの貯金と田んぼと機械うってもとてもとても足りませんよ!」

「なあたけしよ、他にも女の子はきっと見つかる、翔子ちゃんの事は諦めるしかない!可哀想だけどな・・・うちにはどうしようもできない」

最もである、サラリーマンが一生かけて稼ぐような金を田舎の百姓に出せるわけがない

「そ、そんなこと言ったって俺は翔子と将来を誓いあったんだ!それを今更・・・今更諦められないよ!!!」

言うが早いかたけしは家を飛び出した

「たけし待ちなさい!!」

お爺さんの言葉はたけしの耳にはとどかなかった、たけしはお爺さんの軽トラに乗り込んでキーを回した

その一部始終を漏らさず聞いたクロは散歩紐を咥えて軽トラの後ろに飛び乗った

それからどのくらい走っただろうか・・・気がついたら東京の繁華街に来ていた

軽トラの荷台に伏せていたクロは荷台からぴょんと飛びおりて自分の散歩紐を咥えて車から降りたたけしに寄り添った

「あれ?クロ!なんだよお前ついてきちゃったのか・・・紐までもってきて・・・遊びに行くんじゃないんだけどなぁ・・・こんなコインパーキングにおいてくわけにも行かないししかたない」

クロの首に紐をつけると犬の散歩のように繁華街をあるいて翔子のいる店を探した

夜だというのにギラギラと明るいネオン、ケバケバしい女たちといやらしい顔をした男共、この空間の居心地の悪さに二人は辟易した

やっとのことで店にたどり着いた二人だったが店長から門前払いを食らった

「文句があるなら金をもってこい」

との事だが当たり前だ・・・でもどうしよう・・・せめて顔だけでも見れないもんかと思ったたけしは懐からくしゃくしゃの一万円を出して顔だけでも見せてくれと懇願してなんとか面会だけは叶った


「翔子!!!」

「たけちゃん!クロまでなんで・・・帰って!!!」

「おいおいせっかく来たんだから話くらい・・・」

「もういいのほっといてよ!」

クロは思った、こういう話は昔の吉原あたりじゃよくあった話だ

ところが今回はよりによってたけしの嫁になる娘がこうなってしまうとは・・・なんの因果だろうか

これまで何一つ悪いことをしないで真面目に生きてきたたけしがあまりにも気の毒じゃないか業や咎があるとすれば俺だろうに

少ない面会時間も終わり話は平行線のままで終わるとおもったその時店長の瞳に金と書いてありそうな目玉がキラリと光った

「そんなに心配なら1日5万出しなそれで身の安全は保証してやるよ」

「5万!・・・うーん・・・かなりキツイけどやってみるよ」

「たけちゃんやめて!帰って!もう私なんか忘れてよ・・・うううっ」

ニヤニヤと笑う店長、すっかり正気を失ったたけし、泣き崩れる翔子・・・そうだ俺はこんなもん見たくないから山に籠もったんだ

昔の俺ならここで山に帰っただろう・・・でも今の俺は違う、これが人の情ってやつだろうか?

絶望に打ちひしがれるたけし、帰りの足取りは重かった

翌日から人が変わったように働くたけし

必死にがむしゃらに・・・クロの散歩にも行かなくなった本当に人が変わったようだった


「はぁ・・・どうしたもんかね」

日課の晩酌の席で重くため息をつくお爺さん

「俺にだってどうしたらいいかわかんねぇよ」

万事休すのこの状態を打破する手立てもなく最近の晩酌は砂を食むようでちっとも美味くない

「なあクロよ」

お爺さんがクロの目をじっとみて真剣な顔で問いかけた

「俺ぁもう先がねぇ、おめぇにだけ言うがな・・・膵臓がんでな、もう長くねぇんだ・・・後のこと・・・頼んでもいいだろうか?俺にできることならなんでもやる、お前さんにしか頼めないんだよ・・・なぁ?後生だからよぉ・・・」

縋るようにクロに語りかけたお爺さんの目からはポロポロと涙が流れていた

「とっつぁん・・・もう何も言うな、任しとけ!心配すんな俺ぁ人狼のクロちゃんよ!いざって時には仙術秘術があらぁ!」

「だけど・・・おめぇ・・・それはてめぇの寿命を削るって昔言ってたじゃねえか!!!」

「バカジジイ!老い先みじけぇ癖に余計な心配するねぃ!俺様は人狼だぞ!おめぇら人間とは出来が違うんだ!心配無用だ!」

嘘だ、高等術ともなれば人間の何倍もの寿命を持つ人狼でもタダでは済まないはずだ

だが・・・俺はそんなことどうでもいいと思った、そんなに気持ちにさせてくれるこの人達を守りたいと心の底から思ったからだ。


そしてお爺さんはあれよあれよ弱って言って枯れ木のようになって死んでいった膵臓ガンとは恐ろしいものである

過労と心労で見るからにやつれボロボロになったたけし、やはり心労で別人のように暗いおばあさん

身内だけの家族葬・・・みんなで泣いた、ワンワンないた・・・だが俺はワンワン言わずにじっと犬の姿でお爺さんが納骨されるまで見守った

そしてその晩、俺は山の上まで一気に駆け上った、泣いて泣いて、涙を風に散らすようにてっぺんにむかって走る

そして山のてっぺんでありったけの力で吠えた、弔いと誓を込めて・・・・

「とっつぁんよ・・・俺ぁ・・・約束守るぜ・・・俺もすぐ逝くから待っててくんな・・・まあとっつぁんは善人の目といったが俺の背負った人狼の業と咎じゃあ同じところにはいけねぇか・・・せめて三途の川でまた酒のんで散歩しようや?なあ?」

クロの泣くような悲しい遠吠えが紅葉に彩られた東北の山々に響き渡った・・・人狼族最期の漢の決意表明だ



爺ちゃんが死んだ・・・婆ちゃんもすっかり耄碌してしまった

休みなく朝晩働いては金を収めて翔子の顔をみてから帰る日々

いったい何時になったら完済できるだろうか?心に立ち込めた暗雲は一層厚くなってたけしにのしかかる

先行きの見えない未来に絶望していっそ俺も死んだほうが楽になれるかもなんて考えがよぎった矢先

ピンポーン

ピンポーン

「誰だこんな時間に・・・はーい」

鍵を外してドアを開けるとなんとそこには翔子が立っていた・・・夢でも見てるんだろうか?

「しょ、翔子!!!お前どうして!?」

「お店家事になったからその時逃げてきたの・・・たけちゃん言っても言っても聞かないし・・・たけちゃんにこれ以上迷惑かけたくないからさ、きっとお稲荷様かなんかが助けてくれたのかもね」

信心深いところがあった翔子はお稲荷様なんてぬかすがそんな訳はない偶然だ

「で、でもお前ヤー公はどうした?」

「大丈夫大丈夫上手く逃げたから東北まで追いかけてきやしないって」

「じゃ、じゃあ俺と一緒になってくれるってことかい?」

「ええもちろん、あんなに想ってくれる人のところに行きたいもの」

「翔子!」

ひしと翔子を抱きしめて二度と離すまいと誓った。

翔子も帰ってきて式こそ挙げないがもう夫婦も同然である

大ぴらに仕事もできないので爺ちゃんの田んぼを継ぐことにした

すっかり耄碌していたおばあさんも生気をとりもどし以前のように明るくなった

すっかり草ボーボーの耕作放棄地然と化したお爺さんの田んぼをみんなで整え水を引いて田植えをした

五穀豊穣を祈り九郎助稲荷にも参拝した。準備万全だ。


田植えも一段落してさなぶりの季節がまたやってきた爺ちゃんが生きてた頃はみんなお祝いして楽しかったな

ガキの頃はさなぶりをいつも楽しみにしていた、田植えの手伝いもそのためにしてたようなもんだ

そういえば爺ちゃんはさなぶりの晩はいつもクロと一緒にいたっけな・・・・

懐かしい思い出に浸っているとふと大福が食べたくなった

今年はもち米もすこし植たし秋になったら大福でもつくろうかな


そして夏が終わり実りの秋がやってきた、どういうわけだかうちの田んぼはなんの手入れもしてないのに虫もわかなきゃ雑草も生えないししかもどこよりも豊作だ。

近所の人も不思議がっていたが素人に毛が生えた程度の俺にはありがたいことだ。

変わったことと言ったらクロがしょっちゅう田んぼを見に行ったくらいだろうか?

最近は忙しくて散歩にいけないことも多かったしクロの奴も散歩がてら見に行ってるんだろうと気に留めなかった。

全部が全部一等米の評価を受け、その金がドカンと入った思ってもみない収入に俺は少し心が躍った

そんなニヤケ顔した俺の顔を覗き込む翔子

「ねぇあなた・・・もち米はどうするの?」

「ああ、あれはうちで大福でもこしらえようかと」

「でも10俵ちかくあるわよ?」

「こんなに採れると思わなかったからなぁ・・・そうだ!道の駅で売ってみるか」

「それはいいわね、じゃあ大福は私がこしらえるわ」

「じゃあ俺はパッケージデザインでも考えるかな・・・そうだなぁ・・・・よし!クロの顔でもいれてやるか」

別に深い意味はなかった、世間は動物好きなのでクロの顔でもいれたらウケるんじゃないかと浅はかな考えだった。

思いつきで始めた大福作りだったがこれもまた評判がよく翔子が手際よく作って俺が作ったパッケージに包まれたクロ印の大福は飛ぶように売れた

翌年からは作付面積を増やし人を雇っていつの間にか田んぼの横に店を構えるまでに至った

それから2年の月日が流れた・・・


店もすっかり軌道に乗って作れば作るだけ取れる魔法のような田んぼと作れば作るだけ売れる大福

ブームにもなって今やクロ印の大福は日本を代表する銘菓となってその名を轟かせた。

婆ちゃんも俺が立派にやっていけるのを見届けて安心して爺ちゃんのところへ逝った。


東北の田舎町に似つかわしくないオフィスの中でたけしはぼんやりとしていた

そういえば翔子の借金と概ねの利子を返せるくらいの金は貯まったな・・・でも今さら・・・いいや返してさっぱりしようけじめはつけないと。

トントン

誰かがドアを叩いた

「はーい」

「ダンナ、女将さんどこいったかご存知ないですか?」

「さぁ・・・そのうち帰ってくるだろ、クロはどうしたい?」

「クロちゃんならだいぶ前にまたどこかに歩っていきましたよ?」

「またか、全くクロもあんな体でどこほっつき歩ってんだか・・・」

そう、クロは最近めっきりと歳をとった・・・まあ俺がガキの頃からいた犬だしもう歳も歳なのだろう

犬というのは飼い主に死ぬ姿はみせないというしクロのやつにも寿命が迫っているのかもしれない

それにしてもここ数年でめっきりと老け込んだ気がするのはきっと気の所為ではない。

一抹の不安を抱えながら通帳と印鑑を持って新しく買ったマイカーに飛び乗った

あの時家を飛び出した時は軽トラの荷台にいつの間にかクロが乗っかってたっけな・・・なんて思い出が蘇ってきた

東北道から常磐道にはいり首都高へ、まっすぐまっすぐあの忌々しい店へと向かった

(相変わらず東京ってのは虫が好かねえ場所だな・・・・おっとここか)

特に以前と変わることもないこのケバケバしい看板・・・火事があった筈だけど痕跡がみあたらない

訝しげに店を睨んでいると店のボーイが俺の顔をみるなり素っ頓狂な声をあげた

「た、たけしさん!!!!!!あ、あ、あ、あ、あんたさっき車に・・・大丈夫なんですか?」

何を言ってるんだこの男は・・・俺はこの通り五体満足、白昼夢でもみてるんじゃないのか?クスリでもやってんじゃないだろうか?という考えを飲み込んだ

「何の話だよ、俺は今来たばっかりだしここにもしばらくぶりに来たんだぞ?」

「ちょ、ちょっと待ってください!いま翔子ちゃん呼んできます!」

俺の頭が変になったんだろうか?翔子を呼んでくる?なんで?翔子は足抜けして俺のところに返ってきたハズ

1分もしないうちに血相変えてさっきのボーイといるはずのない翔子がすっ飛んできた

「たけちゃん!!!さっき事故にあったって・・・よ、よかったぁぁぁぁ・・・・はぁあ・・・驚いた・・・」

「お、おいチョット待ってくれよ!!!なんだって翔子がここに・・・お前あの時店が火事になって」

「火事?なんの話?そんな事起きてないよ?ねえどうしちゃったのたけちゃん!」

混乱する頭を整理するためにこれまでの経緯をざっと説明した

「なるほどねぇ・・・私のところも随分不思議なことがあってね、どうしてもお店にでろって言われて観念してお客さんのところにいくと決まって客が体調不良になってね、あの女は呪われてるなんて噂されて今じゃすっかりお呼びがかからなくなって一度も客に抱かれたことなんかないんだから!」

「しかし俺の代わりに金持ってきてた俺ってのは一体誰なんだ?それに俺のところにいた翔子は一体誰だったんだ・・・」

「まあいいじゃないの、お陰で私今日支払予定の最後のお金で完済して堂々と帰れるんだから」

それはそうだがさっきのボーイが言ってたことが気になる・・・俺が轢かれたって

「よう兄ちゃん、俺が轢かれたって近いのかい?」

「ええすぐそこですよ」

「ちょっと翔子と行ってきて構わないかい?」

「まあ大丈夫じゃないですか?」

借金も完済間近となるとこうもあっさり外出許可がでるものなのか

積もる話はあるけれど今は死んだ俺が気になる・・・ドッペルゲンガー?

なにはともあれ正体を確かめよう、翔子の手を引いて言われた場所に赴くとそこには人だかりが・・・

野次馬が言うには人が轢かれたと思ったらどうも犬だったみたいで駆けつけた警察や救急車が撤収するところだったようだ

人違いだったようだが犬ってのがなんとなく引っかかった・・・嫌な予感がしたこういう時の予感はよく当たる

人混みを翔子とかき分けてみるとアスファルトの上にボロ雑巾のようになった真っ黒い老犬が横たわっていた・・・クロだった

信じたくない、でもクロがこんなところに横たわっていてその傍らにはうちが使ってる銀行の紙袋が落ちていた。

信じたくない、でもそう考えないとつじつまが合わない・・・

「クロ・・・お前だったのか・・・なんで・・・なんで!!!!」

クロの亡骸の傍らで人目をはばかりもせずヘナヘナと座り込んで泣いた

「ねえ!たけちゃんこのワンちゃんクロちゃんなの!?どうして?なんでこんなところにいるの!?」

「わかんねぇかい翔子・・・おめぇの所の俺と俺のところのおめぇはクロだったんだよ!!!!」

「う、嘘・・・じゃあずっと私を励ましてお金を持ってきてくれたのは・・・」

「クロだ。そして俺の身代わりになって死んだ・・・俺たちの周りで起きた不思議な出来事もクロのお陰だったんだろうな」

クロの亡骸を着ていたジャケットに包んでたけしは涙を堪えて帰路についた、本物の翔子と一緒に。


クロのお骨は祖父母の墓に入れてあげたそれが一番いいと思ったからだ

あの不思議な一連の事件が嘘のようにまた日常が帰ってきた二人は晴れて夫婦になり子宝にも恵まれた。

あれからクロの弔いと五穀豊穣を祈るため田んぼの横に立派な稲荷神社を建てた

さなぶりの季節には大福を捧げ、秋には新米の握り飯を捧げ、冬には地酒の新酒を捧げた・・・そうするべきな気がしたからだ。


今にして思えばクロはどうしてああいう手段をとったのか、きっと俺が立派になるのを手伝ってくれたんじゃないかなと

出処不明のあの金を全部渡しちまえばそれで済むんだ、でもそれをしなかったのは俺にあの金を返せるくらい立派になれというメッセージだったのかもしれない


クロ・・・爺ちゃん・・・婆ちゃん・・・俺ぁ立派にやってるから!天国から見守っててくんな!!


こうして令和の後の世もたけしが始めた習慣はいつしか地域の慣習となり

たけしの会社は老舗の和菓子屋となりいつまでも新しい伝統の味を守り続け

稲荷神社もいつの間にか九郎クロ稲荷と呼ばれるようになった。

九郎稲荷のお稲荷さんがどことなく狼のようにみえる由縁を知っている者は今は誰も居ない・・・

人狼が日本に居たことを知る者ももう誰も居ないのだ・・・

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