第83話 決戦の地#1
決戦日と決戦の地がわかってからのスーリヤの行動は見事なものであった。
残り二週間という短い期間の中、巧みな交渉術と扇動力でもって周囲を纏上げ、瞬く間に戦力を生み出した。
また、その戦力には情報屋カフカと傭兵リュートの力も相まって総百人の戦士が集まった。
その怒涛の日々はあっという間に過ぎていき、早くも決戦前日となった。
決戦の地オベリアーテにはたくさんの野営テントが設置されていた。
そのほとんどがスーリヤの集めた騎士団であり、残りが傭兵団や魔法工学科生徒のものだ。
その野営の一角では、リュートとスーリヤを除くいつものメンバーが明日に備えた夕食を取っていた。
「なんだかあっという間の二週間だった気がするね」
「それな」
「にしても、よくこれだけ集められたものね。
セイガもあまりの人数にビックリしてる感じだし」
「クゥ~ン」
ナハク、ソウガ、リゼ、セイガが周囲の見慣れぬ顔ぶりに視線を動かしながら雑談する。
そんな時、ふらっとやってきたリュートが話しかけてきた。
「何の話をしてたんだ?」
「よくこれだけ集められたって話よ。たった二週間よ?」
「ほとんどはスーリヤとカフカの力だ。
傭兵は身内以外の仲間意識は案外希薄なもんだからな。普通にしてちゃ集まらない。
だから、一体どこから集めてきたのか。俺が呼べたのなんてごく少数の知り合いだけさ。
にしても、ローゼフ学院長は思ったよりも生徒を派遣してくれたようだな」
「サポートメインだからね。とはいえ、彼らにとっては初めての戦場。
だから、基本的には指示を受けて行動することに徹するそうよ」
「ま、それがいいかもな。だが、戦場が初めてになるのは三人だって同じだ。
加えて、君達が立つ場所は最前線。一番危険な場所だ。
だから、不調を感じたらすぐに下がれ。気負い過ぎて無理する方が一瞬で死ぬ。いいな?」
リュートの口から紡がれた実感の籠った言葉。
大戦にて誰よりも戦場を知っているからこそのものだ。
その言葉は三人の心に鋭く響く。
すると、リゼは食事の手を止め、リュートに尋ねた。
「ねぇ、リュート......あんたってこれまでに何回もこういう場所に来てるのよね?
あんたはこういう空気に慣れてたりするの?」
「そうだな。さすがにここまで大規模なのは前回と今回で二回になるが、中小規模はちらほらとある。
大抵は魔物ばかりだが、時には人を相手にすることだってあった。山賊掃討とかな。
だから、そういう意味では慣れてる方と言えるかもしれないな」
「さすがね。私は少し臆病になってるかも。
ほらよく聞くじゃない、威勢が良くてもいざ戦いが始まれば動けなくなるやつ。
なんだか今の私は本番でそうなりそうで怖いのよ」
「それわかるな。僕も人数が多くなればなるほど大きな戦いであることを実感して......少し手が震えてる」
リゼの弱音に賛同するようにナハクも本音をポロッとこぼした。
そんな二人にリュートはこれまで見てきた二人の勇姿を思い浮かべて言った。
「二人なら大丈夫だ。これまでも辛く苦しい戦いはあっただろう。
だけど、それをちゃんと乗り越えてる。心配ないよ。
その一方で、ソウガはあまり緊張してないな。慣れてるのか?」
「まぁ、組同士のちっちゃいざこざは何回かあったからな。
だけど、こう......ここまで大きいのは初めてだ。
つっても、結局やることは悪党をぶっ飛ばして、奪われた門を取り戻す。それだけだ」
「随分と楽観的ね。けど、確かに間違っちゃいないか」
「そうだね。そのために僕達はここにいるんだから。うん、なんだかやる気出てきた!」
「ウォン!」
ソウガの一言でリゼとナハクはやる気を漲らせていた。
そんな時、遠くから様子を見ていたように「盛り上がってるわね」と声をかけてきたスーリヤ。
彼女は護衛を二人連れており、さらにそこにはカフカの姿もあった。
「やぁ、皆おっひさ~」
「言うてそこまで久々な感じはしないけどね。一か月ぐらいしか経ってないじゃない」
「なんだよ~、あんなダーリンを取り合った仲なのに~」
「ひっつくな! それに別に取り合ってないし! 変な妄想を膨らませてんじゃないわよ!」
「えぇ~」
ベタベタとくっつくカフカにリゼが半ギレで対応する。
そんなやり取りをリュートは微笑ましく見ていると、スーリヤにふと声をかけた。
「スーリヤは混ざらなくていいのか?」
「そうですね~、大変混ざりたいところですが、今は絶賛公務中ですので。
勤務時間外に構ってもらおうかと思います。
それはそうと、リュート様には私の力をお伝えしておこうと思いまして」
そして、スーリヤは自身の特殊魔法について説明した。
「――なるほど、これは強いな」
「しかし、リュート様の場合は聖域を作っても恐らく一回限りしか発動できないでしょう。
教会にて女神の祝福を受ければ再チャージできますが、戦場でそんな時間はないでしょうし。
加えて、効果のほどは試せていないので未知数とだけお伝えしておきます」
すると、カフカを手で突っぱねていたリゼが会話に参加してきた。
「そんな直前で言わなければどこかで効果を試せたでしょうに」
「特殊魔法は本来絶対的秘匿情報です。例え、信用している相手であってもおいそれと話せません。
それこそ信用していた相手が敵の何かしらの魔法の影響で情報を漏らしてしまったら目も当てられませんから。
とはいえ、こんな直前まで伝えて遅れてしまったのは完全にわたくしの落ち度です。申し訳ありません」
「いや、いいよ。人には人の事情があって悪気が無いなら起こることじゃない」
「色々考えてたのね。疑って悪かったわ」
「いえいえ、リュート様を大切に思う気持ちが感じられて大変満足ですのでお構いなく」
「お構うわよ」
そして、リュートに使い方を教えたスーリヤは護衛に「お時間です」と言われ、しょんぼりしながら仕事に戻っていった。
その姿をリュートが視線で追えば、どうやらテント一つ一つに訪問しているようだ。
そうすることで自分が前線に出ない分、せめてもの務めとして緊張をほぐしに回っているのだろう。
「聖女ってのは大変だな」
同じくスーリヤの姿を目で追っていたソウガがそう呟く。
それに対し、リュートがそっと返す。
「それぞれの役割を全うしている。ただそれだけのことさ」
―――決戦当日
朝日が昇ったかもわからない曇天。
その雲の僅かな隙間から朝とは思えない赤い月が顔を覗かせる。
そのせいか空の色は赤黒い感じに染まりなんとも不気味だ。
オベリアーテには総勢五千人もの人達が終結していた。
彼らは緊張していた。なぜなら、今日が聖女が予言した災いの日であるから。
今日の結果次第で全てがわかる。無事に明日を迎えたければ戦うしかない。
だからこその緊張で武者震いが止まらない。
その時、はるか後方から声が聞こえてきた。
「やぁやぁうやぁ、随分な好待遇みたいだね。大勢で迎えてくれてありがとう。
どうやらこの日を待ちわびてくれたようで何よりだ。やっぱ戦う場所はここじゃないとね」
相変わらずの白衣に身を包むロズワルドはポケットに手を入れながら悠々と歩く。
声色も飄々としたもので、さながら自分が負けないと表しているかのような態度だ。
「今日は私のためにこのような舞台に参加してくださりありがとうと言っておこう。
断定しよう! この日は世界にとって重要な意味を持つ日になると!
そう、かつてこの世界の本当の支配者が復活し、神が降臨する日!
人々の思想が作り上げた架空の存在ではない! 私という本物の――」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
饒舌なロズワルドの言葉を遮るようにリュートの怒号が飛んだ。
そして、反論する隙を与えることもなく彼は言葉を続ける。
「やることはただの戦争だろ? 仰々しく言ってんじゃねぇ!」
「終末戦争と言って欲しいな。もっとも終わるのは今という旧世界のことだが」
ロズワルドは胸の前で手を叩く。
「よろしい、そこまで戦争を求めるならば始めようではないか。
これが終末戦争の始まりだ! いでよ、我がしもべ達よ!」
ロズワルドは両腕を大きく頭上に伸ばした。
直後、彼の周囲の地面や空中から多数の魔法陣が生まれた。
すると、そこからは多種多様な合成獣、緑の怪物、小型の怪物、魔改造された植物などが召喚された。
その数はもはや測りしれない。
一体これほどの戦力をどこに隠し持っていたのか。
また、どれだけの生き物の命を冒涜しているのか。
ロズワルドの欲望の具現した光景がそこにはあった。
あまりの数と姿に戦士達は顔をしかめる。
無理もない。相手はただの魔物ではない。
もはやその枠組みから外れた怪物ばかり。
その姿が本能的恐怖に訴えかけてくる。
その時、戦場に凛とした声が響き渡った。
「皆さん、恐れることはなにもありません! わたくし達は大きな戦いを一度経験している!
そう人類の存亡を賭けた魔族との大きな戦争を! そして、わたくし達は生き残った!
たかが見てくれが変わった程度の魔物に後れを取るはずがありません!
信じられないと言うならば証明しましょう! 女神に祝福を受けし力を!」
スーリヤは「聖騎士よ!」とと叫ぶと、そこから十数名の騎士が一斉に動き出した。
そして、彼らはスーリヤのいる位置を底辺とするような一辺縦五十メートル、横二百メートルの四角形を形成する。
その行動の不可解さにロズワルドは「行け」としもべ達に命令する。
直後、しもべ達は一斉に聖騎士に向かって突撃を始めた。
それらは砂埃を起こしながらあっという間に至近距離までやってくる。
その時、スーリヤは大きく息を吸って叫んだ。
「『止まりなさい!』」
瞬間、スーリヤの言葉の指示に従うように四角形の中に突入した怪物達は時を止めた。
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