第79話 バイオグリーン研究所#1
翌日、リュートはソウガがいるバリューダ組事務所に足を運んでいた。
その目的は、当然昨日知り得た情報を伝えるためだ。
ドアをノックすると、早速ソウガがドアから顔を出した。
「おう、リュートか。朝っぱらからどうした?」
「少し話したいことがあってな。
昨日の件でまだ疲れてるだろうが、今時間あるか?」
「俺のことは気にすんな。体張ってくれた連中に比べれば疲れなんてない。
それよりも話ってんなら中に入れ。立ち話よかいいだろ?」
ソウガに招き入れてもらい事務所にお邪魔するリュート。
中を見てみれば誰一人姿が無い。組長のボルトンの姿すらも。
「誰もいないのか? 特にナンバーツーとかは外に出るタイプじゃないと思ったんだが」
「アイツなら今頃親父に悪さがバレてしごかれてるよ。
けどまぁ、親父も身内に甘いところがあるし、生きては帰って来れるだろ。
それよりもさっき言ってた用件ってなんのことだ?」
「あぁ、そのことなんだが......」
ソウガがソファに座ると、リュートも向かい合うように座った。
そして、攫われて帰ってこない子供達のことを伝えた。
すると、それを聞いていたソウガの顔色はどんどん暗くなる。
「――そうか、ガルバンに取引された子供達が......」
「あぁ、だから、この先に起き得る可能性に関しては覚悟しておいてくれ」
「......そうだな。正直、嫌な予感しかしねぇけど、漢なら受け止めないといけねぇ現実もある。
俺は大丈夫だ。だから、これ以上心配しなくてもいい」
ソウガはそっと手を組み、静かに覚悟を決めた。
数分の間の後、ソウガは再び口を開く。
「そういや、頼みを聞いてくれてありがとな」
「どうした急に?」
「お礼を言ってなかったと思ってな」
「別にお礼されるほどでもないんだけどな」
「これでお礼を受け取るに当たらないだったら何が当たんだよ。
それに感謝すんのは漢として以前に人として大事なことだろ。
んでもって、漢なら仁義を通してくれた相手には、同じ仁義でもって返す。
確か、学院長から俺を招集しろって言われてるんだろ?」
「あぁ、なんでも<聖霊の箱庭>で大規模な魔物の進行が予知されたみたいなんだ。
俺の任務はタイムリミットまでに君のような地元で魔物を倒している優秀な生徒の招集。
だから、今リゼとナハクには一緒に同行してもらっている」
「なぁ、そのことなんだが......」
ソウガが言いずらそうに目線を逸らす。
そんな彼の反応に心当たりがあるリュートは優しく語りかけた。
「わかっている。ちゃんと残りの子供達について確かめないと、だよな?」
「悪い......いいや、ここはありがとうだな。
それさえ解明しちまえば、後は言われた通りの役目を果たす」
「気にするな。俺としても乗りかかった船だ。最後まで付き合うつもりさ。
で、早速なんだがもう今日の午後イチには出発しようと思っている。
だから、出発の準備を済ませておいてくれ」
「わかった。場所は正門でいいよな?」
「あぁ、そこでいい。それじゃ、また午後に」
―――数時間後
昼食を済ませ、正門に集まっているリュート達のもとにソウガがやってきた。
すると、ソウガはこの場にいない一人に対して質問した。
「そういや、カフカ? だっけか。アイツはどうしたんだ?」
「ガルバンとの戦いの後、ガルバンを倒したことでこの箱庭では事実上俺が王だ。
となれば、ここは王が運営するのが道理だが......あいにく俺にはやることがある。
だから、カフカが王の代理としてこの場に残ってもらってるんだ」
「なるほどなぁ~。ってこたぁ、この戦いはある意味カフカの一人勝ちってことか」
「ん? どういうことだ?」
「いいや、なんでもない。ただの邪推さ。
それにガルバンの右腕としてこの箱庭を見てきてるから適任ちゃ適任だな。
んじゃ、行くとするか。合図を頼むぜ、リーダー」
ソウガにそう言われたリュートがふと周りを見ると、残りの全員も同じような信頼の目を寄せている。
そのことにリュートは嬉しそうに笑った。
「さて、全員揃ったことだし、出発するか。
目的地はバイオグリーン研究所。この先何があるかわからない用心しておいてくれ」
*****
―――バイオグリーン研究所
人里離れた山奥に設置された謎の研究施設であり、そこでは様々な生物による生体実験が行われていた。
その生体実験の代表的な生物と言えば、ガルバンがファイターとして起用した緑の怪物が該当するだろう。
しかし、それも成功個体としてはごく僅か。ほとんどは緑の肉塊である。
そんな常軌を逸した研究を続ける男がその研究所にはいた。
両サイドにある緑の液体の中に人の形をした何かが詰まったカプセルに囲まれながら、その男はニヤケ面を浮かべていた。
「ようやく、ようやくだ! ついに掴めたぞ! あの古の生物のデータが!やはりお前達兄妹は特別だ!
でなければ、あのスタミナ、あのタフさ、あのパワーは説明できない! あぁ、やはり欲しい欲しいぞリュート!
貴様であの生物を生み出したとなれば、貴様が守った存在も、俺をバカにする同胞も全て灰燼に帰すことができる!」
男はその先に見える未来に期待を膨らませ、体を震わせた。
そして、自分を狙っている男に対して強い執着を見せる。
「さぁ、リュート......貴様への復讐ももうすぐだ。せいぜい期待して待っていろ」
****
―――ホルバス村から数分の山道
小型通信機に表示されている目印を頼りに進んでいくリュート一行。
そんな彼らはローゼフから受け取った情報を頼りに山道を歩いていた。
「さて、方角的にはこっちの方だが......何か変わった点はあるか?」
「別にこれといって変なニオイも音もしないわ」
「ウォン」
「そっか。それじゃ、スーリヤの方はどうだ? また毒とか発生してたら厄介なんだけど」
「特に何も感知しませんね。以前の山のように警戒する必要はないかと」
「それは良かった。さすがにまた毒エリアだったら困ってた」
スーリヤの言葉にリュートは安堵する。
そんな二人の会話を聞いて唯一事情を知らないソウガがその話題について尋ねた。
「なぁ、以前の山って?」
「僕の家族がいた山のことだよ。
そこには誇り高き狼の群れがあってね、セイガもその狼達の一匹なんだ。
だけど、その山にあった廃棄された研究所から漏れだした毒が原因で皆死んじゃった」
「そっか......お前も辛い過去があったんだな。悪りぃ、余計なこと思い出させて」
「大丈夫。いつまでも顔を下に向けてたらおじいちゃんや皆に笑われちゃうから」
「なら、胸を張って歩けるように強くならねぇとな。
俺も今回のことで自分の非力さを痛感したばかりだ。
だから、一緒に強くなろうぜ!」
「うん!」
ソウガとナハクが互いに意思を高め合った。
二人ともそれぞれ内容は違えど、辛く苦しい経験をしたは同じ。
全ての黒幕をぶっ倒すまでもはや死ぬことなんて許されない。
そんな会話の一区切りがついたところで、リゼは全体に声をかけた。
「皆、たぶんそろそろよ。微かにだけど死体が腐ったような嫌なニオイがしてきた」
獣人である人一倍嗅覚に鋭いリゼは漂うニオイに眉を寄せた。
そのニオイにセイガもまた嫌そうな顔をしていた。
そして進んでいくと、そのニオイは他の仲間達にも感じ取れるほど濃くなっていく。
「ここまで嫌なニオイがすると正直期待が持てませんね......」
「どれだけ希望が微かでも信じて進む。俺達のやることは変わらないさ」
リュート達がさらに進んでしばらくすると、遠くに建物らしきものが見えてきた。
近くによれば寄るほどその建物は森にあることが似つかわしくない形をしており、また建物に多少のヒビはあるもののまだ新しさを感じる見た目であった。
「恐らくアレがバイオグリーン研究所で間違いなさそうだな。
煙突から僅かに煙が出ている。どうやらまだ稼働中のようだな」
「あの中にいるってことよね? 怪物を作った黒幕が」
「それはまだわかりませんよ。入って確かめるまでは」
「だったら、早く行こう!」
「ウォン!」
「そうだな。いればぶっ飛ばす。それだけだ」
全員の意思は前を向いている。
そのことを感じ取ったリュートは「行くぞ」と合図をかけ開けた敷地に足を踏み入れた。
その瞬間、侵入者を知らせるようにけたたましくサイレンが鳴った。
――プオーーーン!!
「な、なんの音!?」
「どうやら侵入者を知らせる用のサイレンのようです」
「となれば、流れは決まってる。全員、戦闘準備に入れ!」
リュートの言葉に全員が武器を構えた。
すると、研究所から多数の緑の怪物が現われた。
ただし、そのサイズはこれまで見たよりも圧倒的に小型であった。
サイズで言えば大人にも満たないほどの大きさ。
「なんだあのサイズは? 緑の怪物の子供か?」
「よくわからないけど、大量にいるみたいだね」
「どれだけいようと関係ない。やることは一つだ」
リュートが走り出すと、他の仲間達も後に続いた。
その動きに反応するように正面からは小型が一斉に襲い掛かってくる。
戦闘自体は楽であり、小型はリュート達の相手ではなかった。
しかし、問題は数であり、研究所からは追加投入された小型がわらわらとリュート達に迫ってくる。
すると、この状況を見かねたソウガがリュートに告げた。
「リュート、このままじゃラチが明かない! お前は先に行け!」
「わかった。この場は任せる!」
「私も行くわ! 素早く周囲を探索できる人員は必要でしょ!」
「助かる。それじゃ、行ってくる!」
「気を付けて!」
「ご武運を!」
「ウォン!」
「さぁ、リーダーのお通りだ! 道を開けろ!」
ソウガが先陣を切って走り出し、小型を蹴散らしてリュートとリゼのために道を開けた。
その道を二人は一直線に走っていき、研究所に最短で向かった。
「あんた、どうやって入るつもり?」
「決まってる。強行突破だ!」
リュートは大剣を右手に握りしめ、壁に向かって思いっきり振り下ろす。
身の丈ほどの巨大な鉄塊のようなそれ三角形を作るように振り回し、壁を粉砕した。
そして出来上がった穴の中に二人は侵入した。
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