第77話 決着#2
『では、早速勝負と行きたいところですが、その前にバフ・デバフを付与していきたいと思います』
スーリヤの声とともにファイター同士にバフが付与されていく。
この効果は魔法を発動させているガルバンにも止めることができない。
なぜなら、それが勝負の中に設定された覆しようのない”ルール”であるから。
「おぉ、これはスゲェな」
ボルトンは体中から溢れ出る力を手を握ったり開いたりして確かめる。
体が軽くなり、何でもできるような万能感に包まれた。
目の前の敵に対し、恐怖も何もなくなり、勝つ自信しかない。
いや、もはや勝ったとすら思えるほどの心の余裕が生まれた。
「なるほどな、この効果が反対に作用してたと考えたらさぞやばかっただろうな。
そんな中を次のことを考えて戦いを終わらせるなんて......フッ、凄まじい覚悟と信頼だ。
なら、俺もそれに応えなきゃいけないよな」
ボルトンはポケットからメリケンサックを取り出す。
それを拳に装着し、ファイティングポーズを決める。
「ここで負けたら仲間に合わせる顔がねぇ。だから、油断せず全力で行かせてもらう」
「.......グォオ」
『では、互いのバフ・デバフの付与が終わった所で、改めて合図をしましょう! 試合――開始!」
ボルトンはギガスに向かって走り出す。対して、ギガスはけだるそうな顔で動かない。
そこからは見ごたえのない一方的な勝負展開で、消化試合のようなものだった。
ボルトンが容赦のない攻撃を加える中、ギガスは微塵も反応できていない。
残影が残るほどのボルトンの攻撃はさながらスズメバチに集団で襲い掛かるミツバチの如く。
いたるところからの一斉同時のような攻撃にギガスはあっという間に倒れた。
それはたった数分の出来事であった。
*****
「......さて、これで試合は終わり。そして、ファイター同士の戦いによって俺とお前との戦いも終わった。
つまり今この瞬間、お前は俺によって下剋上されたってわけだ」
「嘘だ、嘘だ嘘だうそだうそだうそだうそだー!
こんなことありえない! あってはならない! 間違っている!
こんな結果認められるか! おい、お前ら! コイツらを殺せ!」
勝敗の結果に激しく狼狽えるガルバンは壁際に並んでいる黒服達に向かって叫んだ。
王であるガルバンからの命令だ。逆らえば不敬罪も同じ――本来であれば。
「なっ......!?」
しかし、ガルバンの声に誰も動くことはなかった。
答えは単純、その男はもう王ではないから。
その光景に唖然とするガルバンを見てリュートは口を開く。
「何そんなに驚いてるんだ? 当然だろ、この戦いの結果、俺が王になった。それだけだ。
疑わしいなら証明してやろうか......なぁ、全員拳を突き上げて見てくれ」
リュートの命令に男達は一斉に拳を突き上げる。
曲がりなりにも長年ガルバンに仕えてきた男達にも拘らずこの結果。
もはやガルバンとの信頼関係は火を見るよりも明らかだった。
もちろん、見方によれば新たな王になったリュートを恐れての行動かもしれない。
とはいえ、なんにせよこの結果によってガルバンに味方がいないことは明白となった。
「そ、そんな.......嘘だ......」
テーブルの上でガックシと落ち込むガルバンを横目で見ながら、リュートは黒服達に最初の命令を下した。
「それじゃ、君達に最初の命令を下す。ガルバンと関わりのある貴族をこの会場から逃がすな。
生きたまま捕えろ。その際の手段は問わない。ただし、できるだけ無傷でな」
「「「「「サーイエスサー!!」」」」」
リュートの命令に黒服達は敬礼し、一斉に部屋から出ていく。
そして、この場に残るのはリュート、スーリヤ、ダバル、ガルバンの四人だけ。
「お、椅子から動けるようになった。これでようやく立てる。
ん~~! さすがに座りっぱなしは疲れるなぁ」
「お疲れ様です、リュート様。見事な演技でした」
「家族の吸湿の結果をあの土壇場で教えられるとは思わなかったぞ。
それに助けてくれたことを信じて撃つってのもな。正直、引き金を引いた後に血の気も引いたぞ」
「悪いな、黙ってて。だが、信じてくれてありがとう」
リュート達がホッと一息つくようにしゃべりだした。
それはある種の油断であり、その隙を見逃さなかったガルバンは素早く立ち上がり、脱兎のごとくドアに向かって走り出す。
「っ!?」
その直後、ガルバンの全身がピンッと硬直し、床にバタンと倒れた。
前進は痺れて指一本動かすことができない。
そんな彼の光景を見て、リュートは「おー」と関心した声を漏らす。
「なるほど、これが負けた時の姿か。確かに、エキシビジョンで負けたあの時も全く動けなかったしな。
にしても、ちゃんと発動者に対しても聞くんだな。それも”ルール”なのか」
「発動者には確実にバレないイカサマができるにもかかわらずそれで負けたのですから、キチンと勝負の結果を受け止めてもらわないと困りますよね。
とはいえ、この姿は無様ですね。生殺与奪の権は勝者の手のひらの上。抵抗も出きずやりたい放題できそうです。特に女性なんかは死よりも恐ろしい目に遭っていたのではないでしょうか」
「いつも勝者として地べたに這いつくばる敗者を見下してたんだ。お似合いの姿だよ。
で、勝者であるリュートは敗者に何を命令するんだ?」
ダバルからの問いかけ。それに対し、リュートは即答した。
「コイツには色々と聞きださないといけないことがある。それを全て吐かせる。
ただ、この効果もどこまで効くかわからないからな。
嘘ついてそうなら多少痛い目も遭わせる覚悟だ」
「嘘かどうか見分けるのはわたくしがやります。職業柄そういうのが得意ですので」
「そっか。それじゃ、頼む。それじゃ――尋問を始めるぞ」
―――数時間後
ガルバンとの激戦を終えたリュート達はとある場所に集まっていた。
それは言わば王が住むための屋敷。王座を奪ったものだけに立ち入り許可が許される。
そんな屋敷の一角では盛大な宴が開催されていた。
「なぁ、いいのか? こんな場所使って」
どこかソワソワと落ち着かない様子を見せるリュート。
訪れたこともない巨大な屋敷にキョロキョロと周囲を見渡すその姿はさながらお上りさん。
対して、実家のようにくつろぐカフカは骨付き肉を食いながら答えた。
「いいのいいの、なんでも代々この箱庭の王になった奴が使ってるらしいし、ガルバンだって先代の王から奪ったものだって聞いたし。
ある意味正当な継承ってことだから、ダーリンは何にも気にしなくていいの」
「そっか。ならいいんだが.......広すぎて妙に落ち着かなくて」
カフカの言葉を受け、リュートはようやく食事に手を付け始めた。
すると、すでにガツガツと食べているリゼがあの話題を出し始める。
「そういえば、こっちがボロボロで人助けしてる間にあんた達もちゃんと仕事してきたんでしょうね?」
「あぁ、ガルバンのことか。アイツからは攫われた子供達のことは洗いざらい吐かせた。
そして、今頃ボルトンとソウガが孤児院で再会に喜んでいることだろう」
「そっか」
その言葉にガルバン尋問の際にいなかったリゼとナハク、セイガは安堵の表情を見せる。
しかし、その表情もリュートの一言によってすぐには続かなかった。
「だが、全員じゃない。すでに貴族や奴隷商人に売られた子供達もいるようだ」
「嫌な話ね」
「ですが、無いからといって指を咥えて待ってるわけじゃありませんよ。
幸い、リュート様は今やこの箱庭の王という立場です。
そして、王である以上あらゆる情報の閲覧が可能であり、顧客リストも例外ではありません。
ガルバンという男は案外マメな男だったようで、取引相手や内容が細かく記載されてました」
「それってたぶん足手を強請るための手札として残してたんじゃない?」
「ナハクちゃん、それ正解! ま、残すように言ったのは私なんだけどねん」
スーリヤ、ナハク、カフカが立て続けにしゃべっていく。
そして、カフカのファインプレーにはリゼも素直に称賛した。
「へぇ~、やるわね」
「でしょー、なんたって本職は情報屋ですから。
それにその子供達の捜索は私に一任させてもらうよ。たぶんそっちの方が早いし」
「よろしく頼む」
「まっかせて! ダーリンのためなら何だってやるよ」
相変わらず甘ったるいほどのリュートに対するカフカの好き好きアピールを見て、若干モヤりながらため息を吐くリゼ。
しかし、今回の結果はカフカが味方になってくれなければ絶対に成功しなかった。
故に、彼女はそっと気持ちを抑えて我慢することにした。
それからしばらく団らんとした空気を過ごしたところで、ナハクが今回のガルバンの件に関して振れた。
「ねぇ、ちょっと蒸し返すようで悪いんだけど、ガルバンの件はカフカに調査依頼をして終わりってことでいいの?」
その言葉にリュートは首を横に振る。
「いや、実のところ終わりじゃないんだ。
というのも、子供達が貴族や奴隷商人以外にも流れていることがわかった。
攫われた子供達の数が合わないんだ。で、そのことをガルバンに問い詰めたが答えなかった」
「答えなかったって.......ガルバンの魔法は勝者が敗者に好きなように出来ることでしょ? それでも聞けなかったってこと?」
「あぁ、そうだ。どうやらその魔法とは別の誓約を受けているようだ。そのせいで答えられないみたいだ」
「それじゃ、収穫無しってこと?」
「子供達のことに関してはな。だが、アイツに関しては気になることがもう一つある。
それはアイツがファイター戦で投入した緑の怪物のことだ。あれはそこらで手に入るものじゃない。
ってわけで購入元を調べて尋問してみると、一つの施設で反応があった。それがこの施設だ」
リュートはポケットから一枚の紙を取り出した。
それは緑の怪物に関する購入履歴であり、そこには購入元が書かれていた。
「バイオグリーン研究所? なんというかいかにもって感じだけど、逆にこんな安直? とも思える名前ね」
そんなリゼの感想にお酒でほろ酔いだったカフカがピクッと反応した。
「そこだよ。緑の怪物の購入場所」
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