第76話 決着#1
リュートがガルバンと戦う際に仕掛けた作戦。
その仕掛け自体は第一ラウンドから始まっていた。
バリアンことカフカから事前にガルバンの魔法について教えてもらっていたリュートが最初に仕掛けたのは、ガルバンを調子に乗らせるということだった。
「バリアンに酔った勢いで自分の能力自慢するのは失敗だった。
それを放したのが過去の、それもたった一回の出来事だろうとしても、たったそれだけで弱点を生み出す奴はいるんだよ」
リュートがガルバンに調子に乗らせる理由。
当然、その狙いはその先にある油断を誘うためだ。
第一ラウンド、第二ラウンドとバリアンに協力してもらい、ガルバンに先に点を取らせる。
先にリード、ましてやリーチなど取ろうものならそこには心理的余裕が生まれる。
余裕は即ち油断だ。甘くなった思考に少しずつ毒を流し込む。
「それじゃあ、俺はあの時味方であるバリアンに勝たされたのじゃなく、バリアンを通じてお前に勝たされたのか!?」
「見方によってはそうなるかもな。それにバリアンがお前を勝たせる動作をすれば、少なからずお前からしてバリアンが敵であるという疑いは作られなくなれる。
言ってしまえば、俺にとってここが一番の勝負所だったかもな」
そして、心理的余裕ができたガルバンはとある行動に出た。
ガルバンは<金檻の王>であり、同時にエンターテイナーでもある。
それ故に、盛り上げに欠けるとわかると勝負にとある提案を出した。
「八百長.......お前からすれば、会場の盛り上がりのためとはいえ一番の悪手をしたな。
まぁ、当然それはお前を騙そうとしている俺の視点からすればの話だけど」
ガルバンの八百長発言。
それはリュートからすれば、ガルバンの慢心がピークに達した合図でもあった。
しかし、同時に想定外の行動でもあったので、一応警戒しつつ作戦を遂行する。
とはいえ、リュートからすればもともと第三ラウンドは絶対に負けられない勝負であったので、それが安全に一点を確保できるのはあまりに大きかった。
「ま、こうして今があるのはちゃんとファイター同士の戦いでも勝ってくれたからだな。
いくらゲーマー同士で勝とうと、ファイター戦で負ければラウンドは取られる。
信用していた仲間達は立派に役目を果たしてくれた。そして、あの作戦も」
「あの作戦......?」
「第四ラウンドでお前には勝負以外で二つの番外戦術を仕掛けた。そのひとつ目が――これだ」
そう言ってリュートが視線を向けると、ガルバンも視線を追った。
リュートが見ていたのはダバル――ではなく、その後ろにいる倒れている人物。
ダバルが視線を邪魔しないように体をずらすと、その人物はむくりと立ち上がった。
「......ふぅ、さすがに疲れたね。ずっとうつ伏せってのは」
「な......!?」
起き上がったのは殺されたはずのバリアン。
その事実にガルバンは焦った口調で問いただす。
「ど、どういうことだ!? どうしてお前が生きている!?」
「そりゃ、死んでないからだよ。当然でしょ?
ガルバン、あんたはダバルに命じて僕を殺したみたいだけど、それは違う。
ダバルには僕が銘じて殺させたんだ。
この血の胸と口の端から流れているのは単なる血のり。どうしてこんなことをさせたかわかる?」
「......俺に作戦を看破させたように見せかけるためか」
「そう。全てはあんたの思考を掌握するため。だけど、それは番外戦術じゃない」
「どういう意味だ?」
「それはあくまで規定通りのルート。予想され、あらかじめ組み込まれていた作戦の一つ。
一つ問うけど、第四ラウンドであんたが持っていた唯一の能力持ちの緑の怪物に最弱とされていた少女が勝てた理由がなぜだかわかる?」
「それは......俺がゲーマー戦で負けて敵にバフ効果を与えてしまったから」
「それもあるだろうけど、一番の理由はこれ――」
バリアンは顔を手で覆う。瞬間、体が瞬く間に輝きだし、彼の身長が小さくなる。
そして、彼が手を放した時――彼、否、彼女は姿を現した。
「お、お前は......!?」
「わたくしはスーリヤ。いえ、初めからこの場にいたのこのわたくしだったのです。
ですので、第四ラウンドで戦っていたのはわたくしでなく、バリアンさんだったのです」
「どういうことだ!? バリアンにそんな能力なんて......まさか――!?」
「えぇ、それは単にあなたがバリアンさんが特殊魔法持ちということを知らなかっただけですね。
まぁ、容姿も声も口調も筆跡も何もかもそっくりそのままとなれば、もはや情報すら集めずらいでしょうけど。
けれど、それでも教えられなかったということは、あなたは最初から信用されてなかったわけですね」
つまり、バリアンとスーリヤは最初から入れ替わっていたということだ。
アドリブに強いスーリヤと、戦闘ができるバリアン。
その二人によって仕掛けられた番外戦術......それが一つ目の作戦。
「とはいえ、さすがのお前も違和感を感じたはずだ。第四ラウンドは八百長が無い普通の勝負。
もっとも、その裏ではお前がバリアンと共謀して俺達を地獄に落とす算段だった。
しかし、お前の思惑は外れ、勝負に負けてリーチへと追い込まれた」
そうなれば、ガルバンは当然バリアンのことを疑う。勝てる勝負で負けさせられたのだから。
同時にこれまでのバリアンの言動を思い出し、見過ごしていた不審な個所に気付くようになる。
そこまで来れば後は簡単だ。裏切者がいる限り勝てない。ならば、消すしかない。
「そして第五ラウンドが始まる直前、お前はバリアンが裏切者と断定しダバルに処刑を命じた。
それでお前は俺達の作戦を破綻させたと思ったんだろうが、それは違う。
むしろ、それが俺達にとって必要な工程だったんだ。完全にお前を罠に嵌めるための」
「っ!」
「たぶん、お前自身にも覚えがあるだろ?
相手が自分の罠を破ったと喜んでいた姿にほくそ笑んでいたのを。
お前がダバルを使うことを見越しての作戦は見事に成功した。
しかし、それが実行されるためには一つだけ大きな障害があった――ダバルをこちらに引き込むことだ」
その言葉にガルバンはピクッと反応し、リュートに反論した。
「そうだ! ダバルの家族は俺が人質にしていたはずだ!
これまで奴が俺に従ってきたのは全て人質を救うため!
にもかかわらず、こんな場面で家族を売るはずがねぇ! 生きてるんだからな!
一体、お前は何をした!? コイツに何を吹き込みやがった!?」
「おいおい、落ち着いて考えろよ? 今この結果を見てわかりきったことが一つあるだろ?」
「......まさかコイツが裏切ったのは......人質がいなくなったから?」
「正解だ。そして、それが俺達にとって二つ目の作戦に当たる。
先程も言った通り、お前を完全に罠に嵌めるためにはダバルに裏切ってもらう事だった。
だから、少しばかり俺の仲間には頑張ってもらったんだ」
「いつ、どのタイミングで!?」
ガルバンは噛みつくようにリュートに問いただした。
その顔は酷く汗をかいていて、動揺が目に現れていた。
一方で、リュートは涼しい顔で答える。
「言っただろ? この作戦は最初から仕組まれていたんだ。
つまり、俺が二連敗したあの勝負もとっくに俺の.......いや、俺達の手のひらの上だったわけだ。
そして、負けた俺の仲間はガルバンの警戒が薄くなった隙に、バリアンが教えてくれた情報をもとにダバルを助けに行った。
とはいえ、お前を調子づかせ、さらに疑われないようにするためとはいえ、あんなボロボロになってもらうのは非常に忍びなかったけどな」
「今ここで証明できないのが残念だけどな」と長々作戦の全容を語ったリュートに対し、ガルバンは戦慄した。
その内容全てが最終ラウンドのこの瞬間、自分を地獄に落とすための作戦だったのだから。
あまりにも理性的で、計画的で、無茶苦茶で、イカれていて、そんでもって初めから勝負がついていた。
ずっと相手にしていたのは――いくつもの手と卓越した頭脳を持つ化け物であったのだ。
「ガルバン、お前の敗因を上げるとすれば、一人で戦っていたことだ。
お前にとってバリアンやダバルは手駒に過ぎない。その手駒を使って一つの頭脳で俺と戦った」
「.......」
「一方で、俺は仲間達の協力があった。
この作戦だって何から何まで俺が考えた作戦というわけじゃない。
バリアンの謀略、スーリヤの演技、ダバルの信用、そしてファイターとして戦ってくれた仲間達の覚悟と意地。
それらが一つでも欠けていれば俺達は勝てなかっただろう」
「......それが俺の敗因か」
「それでは、皆さん、最終のファイター同士の戦いを見ようじゃありませんか。
もしかしたら、さらなるどんでん返しが期待できるかもしれませんよ?」
スーリヤはガルバンを見ながらクスクスと笑った。
そんな彼女に見つめられる男の顔は今にも死にそうなほど絶望していた。
なぜなら、もうすでにその勝負の結果は見えているから。
*****
第五ラウンド、もとい最終ラウンドのファイター同士の戦い。
本来の司会進行役であるバリアンがいなくなり、その代わりに美しい少女の声がスピーカーから響き渡る。
『皆さん、新手ましてはじめまして。いずこへ消えてしまったバリアンに代わりまして、わたくしスーリヤが司会進行役を務めさせていただきます。
では、まず初めにリュートチームから紹介しましょう」
その言葉とともにソウガの親父でありバリューダ組の組長であるボルトンであった。
『<金檻の箱庭>の慈愛の組長にして佇む姿は漢の中の漢。漢のの意味は背中で語る。
悪なる存在は鉄拳制裁。我らがリュートチームのオオトリ――ボルトン!!』
「ハハッ、テンション高いなぁ」
『対して、ガルバンチームからはその存在を権力として振るわれる哀れな存在。その名もギガスちゃんです』
すると、ボルトンの目の前の床が動き出し、そこには直径三メートルほどの穴ができた。
その数秒後、呻く声とともにその穴の大きさピッタリの床がせりあがり、そこにはおなじみの緑の怪物が現われた。
ただし、その個体はこれまでの個体よりも大きい体躯をしており、そのサイズは五メートルもある。
『それでは、始めましょうか。最終ラウンドファイター同士の戦いを』
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




