第74話 ファイトポーカー#10
「それでは、こちらから行きますね」
最初に仕掛けたのはスーリヤだ。
彼女は貰ったバフを活かしスルトへと突っ込んでいく。
対して、スルトは燃える拳を空中に向かって乱打する。
直後、拳から放たれた炎を纏った拳圧が一斉にばらまかれた。
「それ、当たるとお思いですか?」
大きさ五十センチほどの炎の形をした拳が向かってくるが、スーリヤは余裕の笑みでスイスイと躱していく。
そして、あっという間にスルトの懐に潜り込むと、腹に向かって拳を振り上げた。
「ライジングインパクト」
ズドンと大砲のような音ともに衝撃で巨体のスルトが空中に浮かび上がった。
そして、死に体のスルトを追いかけるように跳躍したスーリヤは、その場で一回転からの回し蹴りを顔面に向かって放つ。
吹き飛ばされたスルトはそのまま床に叩きつけられ、ズサーッと床を滑っていった。
「ふふっ、図体が大きくても当たらなければ意味ないですね」
『か、開幕速攻の二連撃! なんという衝撃展開でしょうか!
まさかの出来事に僕も上手く解説することができません!』
「ふふっ、よく言いますね。今とても活き活きしているというのに」
『事前の調べでは、スーリヤ選手はリュート選手のチームの中で唯一あまり情報が得られなかった謎の多い選手ではありますが、戦闘に対して不得手という情報だけは入手していました。
しかし、先ほどの結果を見るに明らかに、いくらバフを得ようとあの動きは不得手とは思えない。
これは一体どういうことだー!? まさか誤情報を掴まされていたとでもいうのか!?』
「盛り上がってるとこ悪いけど、このまま続けるのも面倒でしてね。
早々に終わらせてしまいましょう.......と思いましたが、そう簡単にはいかなそうですね」
床に寝そべるスルトが立ち上がる。
その際、叩きつけて来る睨んだ瞳は怒りの炎に包まれていた。
そして、その怒りを炎に変えて、盛んに燃やす拳を地面に叩きつけた。
「グオオオオォォォォ!!」
スルトが盛大に咆哮をあげた。
直後、拳を中心に瞬く間に部屋全体に炎の床が広がる。
「熱い......炎熱による継続ダメージ狙いって感じかしら?
魔力で炎による直接ダメージは避けられても、この熱気の中では立ってるだけで体力が削られてしまいますね。
加えて、この炎が密閉された空気を燃やしてしまい、時間がかかればかかるほどこっちが不利になるようです。
いいでしょう、短期決戦はこちらも望むところ。決着をつけましょう」
スーリヤがスルトに向かって走り出す。
すると、スーリヤは拳から炎の拳圧を出して動きをけん制し始めた。
されど、それは先程も見た攻撃、スーリヤには躱すことは造作もない。
「っ!」
瞬間、巨体を炎の爆発で加速させ、避けた後隙を狙うかのようにスルトが近づいてきた。
そして、スルトの巨大な拳が小さな体のスーリヤを弾き飛ばした。
「くっ!」
咄嗟にガードして直撃を防いだスーリヤは床を滑りながら着地する。
直後、着地狩りを狙うかのような炎で形成された巨大な蛇が口を開けて左右から挟み込んでくる。
それに気づいたスーリヤは反射的に前に飛び、挟み撃ち攻撃を躱した。
「炎を自由に扱うことができる唯一の個体。もちろん、来るだろうと思ってましたよ。
とはいえ、この程度の使い方なら対して強い警戒の必要はなさそうですね」
スーリヤは額から流れる汗を袖で拭い、スルトへと視線を向ける。
そして、ニヤリと笑った。
「では、今度こそ終わりとしましょう」
そう宣言したスーリヤは再びスルトへと突っ込んでいく。
その道中、拳による炎の拳圧であったり、炎の蛇の攻撃であったり、真下からの火柱だったりなどの攻撃が彼女を襲ったが、彼女が生来に持つ野生の危機感がそれを回避させた。
「グオオオ!」
前進していると今度は爆発的加速で近づいてきたスルトの振り被った拳が飛んでくる。
その攻撃を全身を脱力させてぬるりと体を回転させて受け流す。
そして、その回転力を攻撃に転じると振り被った拳で顔面を殴った。
「二重衝撃」
殴られた衝撃で体が傾いていくスルト。
その一秒後、殴られた個所から再び衝撃が加わり、巨体が吹き飛ぶ。
そして、壁に叩きつけられる直前で回り込んだスーリヤが立ち塞がった。
「では、フィナーレに面白いことでもしましょうか――舞闘壊」
スーリヤは両足を大きく開くと同時に、肘鉄砲でもってスルトを反対側に吹き飛ばす。
その先でさらに回り込み、今度は空中に向かって蹴り上げた。
そこからは床と天井を行き来しながらの怒涛の連続攻撃。
そこはさながら踊るバレリーナのような可憐な美しさがあった。
「天地割れ」
天井を足場にして床に落ちるスーリヤ。
その道中でクルクルと体を回転させ、渾身のかかと落としをスーリヤの顔面に直撃させる。
そして、そのまま床に叩きつけるように落下していった。
その反動で空中に跳ね上がったスーリヤは、距離を取りながらピタッと着地。
そのままクルッと体を回転させれば、カーテシーでもって映像を映している水晶に向かって挨拶した。
「ご視聴ありがとうございました」
*****
ゲーマーサイドではスーリヤの活躍により騒然とした空気となっていた。
ただし、リュートはわかりきっていた笑みを浮かべ、ガルバンは唖然とした表情をするという違いはあるが。
その先頭を中継で見ていた観客達は次第に盛り上がり、やがては大熱狂の声をあげる。
そんな様子にガルバンはぽかーんと開けた口を閉じ、額に怒りをにじませた。
「一体どうしてこんなことが!? どうなってやがる!? あの女は弱いはずだろ!?」
頭の中に巡る衝撃と疑問をガルバンは口に出し、頭を抱えた。
同時に、それを口に出したことにより生まれてしまったこの状況に一つの答えを出した。
やはりそうか、薄々感じていたが手下どもの中に裏切者がいる。
でなければ、この結果は説明がつかない。
そして、裏切者は間違いなく――
「なんという観客の大熱狂具合でしょうか!? この展開を一体誰が予想できたというのか!?
そして、この結果により互いに勝利までリーチがかかった今、次の第五ラウンドですべての運命が決まり――」
「黙れ、バリアン。もうしゃべるな」
司会として盛り上げる言葉を並べるバリアンに対し、ガルバンは低くドスの聞いた言葉で制した。
その急な言葉にバリアンは思わず言葉を詰まらせてキョトンとした顔をする。
「おい、ダバルったか? お前がバリアンを撃て」
ガルバンが名指ししたのは部屋を囲むように立つ黒服の一人であった。
その黒服はその言葉に「え?」と小さく言葉を漏らす。
そんな部下の反応にガルバンはさらに声を張り上げた。
「黒人のお前だよ! ボーと突っ立ってんじゃねぇ!」
「で、ですが、バリアンさんを撃つなんて......」
「お前はバリアンの部下である以上に俺の下僕だろうが! 俺が王なんだぞ!
その俺の命令が聞けないってことはどういうことかわかってんだろうな?」
「っ!」
ガルバンの睨む視線からダバルは全てを察した。
そして、彼は額から大量の脂汗を流し始め、腰から引き抜いた拳銃をバリアンに向けた。
両手で握るその銃は小刻みに震えている。
すると、妙な展開になり始めたことにリュートが待ったをかけた。
「待て待て、何でそうなる!? バリアンはお前の右腕だろ!? なんで殺そうとして――」
「なんで敵のお前が焦ってんだ、あぁ?.......あぁ、ククク、そうか、そうだったな。
そりゃ仲間を殺されるのを黙って見てられないもんなぁ? そうだろ? 裏切者?」
ガルバンはギロッとバリアンに視線を向ける。
瞬間、バリアンはビクッと反応するも、すぐに普段の装いで返答した。
「落ち着けって我が王。なんでそうなるのさ?
今はただ追い詰められて冷静な思考ができてないだけだって。
そもそもどうして僕が裏切者なのさ?」
「なんでもクソもあるか! こんな状況作れるのは俺以外じゃお前しかありえないんだよ!
それに三ラウンド以降のお前は不審な動きが多かった。挙句にはカードをばらまくなんざヘマをする。
あんな行動をいきなりするなんざ、俺の魔法の特性を知っていなきゃできないことだ。
それ以上に、そもそもさっきの四ラウンドで俺を勝たせねぇ時点でおかしいんだよ」
「それで仲間を殺すとか随分と野蛮な発想だな。
それに今の発言はイカサマを企てたという立派な証言になるがいいのか?」
「うるせぇ、お前は黙ってろ。
それになイカサマはやってるその時点で指摘しなきゃ証明にもならねぇ。
部下は全て俺の手駒だ。生かすも殺すも俺の機嫌次第だ」
「本気か、お前!?」
リュートが椅子から立ち上がろうとしたその時、まるで椅子にくっついたように腰が上がらなかった。
それでも無理に立とうとすれば、今度は足が動かなくなる。
「な、これは.......!?」
「それは俺の魔法による効果だ。勝負を始めれば互いに如何なる行動も出来なくなる。
今回の勝負の場合は椅子から離れられなくなることだ。
本当なら今すぐお前の頭を弾で弾きてぇが、それじゃこの怒りは収まらねぇからもっと屈辱的な死を迎えさせてやる。だが、今はこっちだ」
「クソッ!」
リュートは椅子を掴みガタガタと動かそうとするが、椅子は床にくっついているかのように動かない。
リゼやナハク、ソウガの魔法も全て使うことができないようだ。
故に、今できることは指を咥えて結果を眺めることだけ。
「ダバル、なぜお前に命じたかわかるな?......心当たりあるよな?」
ガルバンはリュートから視線を外し、ダバルへと低く圧のある声をかけた。
その言葉にダバルは顔を歪ませる。
「お前の行動は俺の優秀な部下の密告によって知っている。
だが、お前自身はまだ何もしてねぇ。だから、チャンスをやる」
「......っ」
「お前の行動原理は知っている。全ては家族を助けるため。
その気持ちをバリアンにそそのかされてしまった。ふっ、泣ける話じゃねぇか。
だからこそのチャンスだ。逃すなよ? それがわからねぇほどバカじゃないはずだ」
その言葉にダバルは引き金に指をかける。
一方で、銃口を向けられているというのにバリアンは落ち着いていた。
「......ハァ、せっかく王を引きずり降ろしてやろうと思ったのに。
ごめん、リュート。どうやら僕に出来ることはここまで見たいだ。
だから、後は頑張ってね。勝利を祈っているよ」
バリアンはリュートにそう告げ、今度はダバルに視線を向ける。
そして、そっと胸に手を当てた。
「一撃で頼むよ? 長く苦しむのは嫌なんだ。それと騙しちゃってごめんね」
「っ!?.......そうか、俺が助けたいのは家族だ。お前じゃない。だから、すまない」
そして、ダバルは引き金を引いた。
―――パン
一つの甲高い音が響き渡った。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




