第73話 ファイトポーカー#9
第四回戦ゲーマー同士の戦い。
ガルバンはばらまかれたカードの中から一枚だけカードを引くユトゥスに対して戦々恐々としていた。
リュートの手札は現状役なし。しかし、交換したカードを除けば全ての絵柄がクラブという状況。
つまり、ここでリュートがクラブを引こうものなら“フラッシュ”という強力な役が完成する。
それは今の自分の「8」のスリーカードでは勝てないということを示唆している。
だからこそ、祈るしかないこの状況が歯がゆい。
「んじゃ、一枚貰うな」
リュートがカードを拾い、それを自身の手札に加える。
瞬間、ガルバンの特殊魔法「ルール」の発動条件が整い、相手の手札を盗み見た。
同時に、胸がキュッと締め付けられるような感覚がした。
なぜなら、リュートが手にしていたのがクラブの「K」。
つまり、フラッシュが完成したということだ。
「くっ......!」
ガルバンは思わず歯噛みする。
ここから役で勝つには少なくともフルハウス以上の役が必要となる。
しかし、それは大して苦でもない状況だった――バリアンの裏切りが頭を過るまでは。
なぜなら、現状の「8」のスリーカードというのは通常プレイなら役としても十分に強い。
そこにバリアンのイカサマの手が加えられて更に強力で盤石な役へと進化する。
しかし、仮に手札が運よく揃ったとしても、相手にイカサマしていたら勝てる勝負も勝てない。
「......?」
この時、ガルバンの脳裏に一つの疑問符が浮かんだ。
待てよ、はなからイカサマ前提の勝負ならなぜ最初から役が完成してないんだ?
この男を目の前にしてこの勝負が始まってから一度も最初から役が成立してねぇ。
”相手の役が強力になるのを防ぐ”という意味で俺にカードを引かせるのであれば、最初から相手が手札交換しなくても強力な役であれば、そもそもその行動をしなくてもよくなるはず。
考えてみれば、ストレートフラッシュやロイヤルストレートフラッシュという手札が完成していないのもおかしい。
確かに、それを安易に出してしまえばイカサマを疑われるかもしれない。
しかし、ガルバンはこの国の王という立場であり、多少の都合も王の貫禄として見せつければうやむやにできるはず。
ましてや、観客の大半が俺の取引相手だ。俺がここで負けることを望んでいないという観客の気持ちをバリアンが理解していないはずがない。
「次はそっちの番だぞ? 引くのか?」
そして、八百長という名目で潰してやろうとしてからそれが失敗しての一転で余裕の笑みが見て取れるこの男の顔。
いくら勝ったとはいえ、状況的には首の皮一枚繋がったようなもので、未だ俺がリーチであることには変わりない。
にもかかわらず、この表情はどう考えても異常だ。すでに勝ち筋が見えているとしか思えない。
「.....いや、引かない」
ガルバンは山札に伸ばしかけた手を止め、そう言い放つ。
同時に、一つの確信へと辿り着いた――バリアンは黒確定である、と。
一つ一つで考えれば単なる偶然の可能性もある。
しかし、繋がっていると考えればこうにも罠が散りばめられていたとは。
考えるに、最初の二敗はわざとだろう。目的は俺を調子づかせるため。
調子に乗れば油断する。有利であればあるほど防御が、思考が疎かになる。
そして、その状況で一転してしまえば、今度はあぐらをかいてた分余裕がなくなり、危機の渦へと飲み込まれていく。落下ってのは高ければ高いほど衝撃が大きいものだしな。
加えて、あと一勝すればゲームに勝てると思わせてるのもミソだ。
勝とうと思えば思うほどゲームにのめり込み、盤外戦術に気づきにくくなる。
そして、相手のイカサマに気づかぬまま、ゲームに負け相手はリーチとなり、こちらのメンタルはがけっぷちに立たされる。
こっちが罠に嵌めていると考えていたら、むしろ罠に嵌められていたわけか。
なんて初見殺しの高度なテクしてやがる。
イカサマ前提で勝負をしかける俺でなければ気づけないだろう。
だが、だからこそこの勝負を捨てる意味がある。
「バリアン、手札公開の合図だ」
「......」
「はい。では、互いの手札を一斉にオープン」
当然ながらこの勝負は負ける。勝てるはずもない。それがイカサマなのだから。
バリアンが何か言っているが無視だ。それよりも注目すべきは相手の表情。
俺が手札交換をしな勝った瞬間、わずかにリュートの表情が揺らいだ気がした。
そう、これでいい。これこそが俺が与えたかった毒だ。
こちらが手の内に気づいているかもしれないというわずかな違和感。
それは少しずつ不安という種を成長させ、その毒が思考に影響を及ぼす。
そこにつけいる隙がある。
「それではゲーマー同士の戦いが終わりまして、次はファイター同士の戦いとなります」
ガルバンは壁に映し出された映像に目を移すと、ふと何かを見落としている気がした。
しかし、その実態の得ない違和感は空気に溶けるように消えていった。
*****
ゲーマー戦が終わり、四回戦目のファイター同士の戦いが始まる。
『さてさてさーて、皆さんお待ちかねファイター同士の戦いです。
この戦いで王手をかけているガルバン王が勝てば三勝目となり決着となります。
しかし、ここでリュート選手が勝てば、二勝目となりガルバン王の喉元に刃を突き付ける結果となります。いやはや、この戦いがどうなるか実に楽しみですね!』
バリアンによる観客の期待を煽るための言葉がアナウンスされる。
それを控室で聞いていたスーリヤは笑いながら聞いていた。
「ふふっ、随分と様になってるみたいですね。
まるで演じている自分がもう一人いるみたい。
にしても、ここまで順調に行くとはさすがダーリン。
期待に応えなきゃ失望されてしまいますね」
スーリヤはこの後の展開を想定しながら、今の現状に笑みを浮かべる。
その直後、彼女がいる部屋にガタンと二人組の男が侵入してきた。
「あら、乙女の部屋にノックもせずに入るなんて常識がなってないわね」
「おい、あの女でいいんだよな?」
「あぁ、挑戦者チームの中で最弱の戦闘数値を出した女だ。
武器にしていたショットガンはそこにある。今なら無抵抗で捕縛できる」
「わたくしを捕まえてどうする気かしら? それにわたくしはこれから挑戦者として出場するつもりなのだけど、それに関しては一体どういう理由をつけるつもり?」
「それに関しては問題ない。俺達はガルバン様側の人間だ。
不戦勝だの逃げ出したの理由はなんでもつけられる。
どういう方法で勝っているかは知らないが、これ以上勝たれるのはこちらも困るんでね」
「ついでにその容姿を気に入りそうなお徳様は大勢いる。
俺もその一人だけどな。捕まえたらまず躾けてやるから覚悟しとけ」
二人の男は屈強だ。対して、スーリヤは純粋な戦闘能力は一般女性と変わらない。
組み伏せられれば抵抗する術もない。
にもかかわらず、当の本人は余裕の笑みを浮かべていた。
「まぁ、なんて魅力もかけらもない誘い言葉。あまりに汚くて反吐が出そう。
それに自分の方が強いと思っているあたりが特にね」
「なんだと......?」
「だったら、体に教え込んでやるよ!」
―――数分後
控室からスーリヤが現れる。すると、丁度部屋へ呼びに来たスタッフが話しかけた。
「あ、スーリヤさん、そろそろ出番です」
「えぇ、そんな感じがしたわ。案内してくださる?」
何事もなかったかのように廊下を歩くスーリヤ。
その一方で、控室の中には伸びている二人の男の姿があった。
『それでは入場していただきましょう! まず最初に紹介するはガルバン王のファイターから。
登場していただくはガルバン王のお気に入りの一つ! スルトちゃんです!』
その言葉と同時に現れたのは背中からゆらゆらと燃え盛る炎を背負った緑の怪物であった。
相変わらずの巨体を持ち、全身は引き締まった筋肉で構成されている。
『このスルトちゃんは緑の怪物の中で数少ない能力を持った個体です。
さて、ここであえて唯一の能力個体を持ってくるあたり、ガルバン王チームはここで勝負の決着をつけるつもりなのでしょう。それに対する挑戦者チームはこちらだ!』
バリアンの紹介に合わせてスーリヤが入場する。
『挑戦者チームにいる謎の仮面の少女。
どうやらこの国に入国した時から仮面をつけているようです。
顔を隠したい理由があるみたいですね。
もしかしたら、この勝負で正体がわかるかもしれません!
ここは是非ともスルトちゃんに頑張ってもらいましょう!』
「わぁ、自分のことなのによく言いいますね。
まるで絶対に正体をバラすなと遠回しに言っているみたいに。ま、いいでしょう。
ここでスルトを出してくるのは少々予想外でしたが、何も対策が無いわけではない。
加えて、ここでわたくし相手に唯一の能力持ちのスルトが出て来る方がマシ」
まるで相手のファイター能力を知り尽くしたかのような言葉を吐くスーリヤ。
そんな彼女はこれから動き回ることを想定したかのように準備運動を始める。
『それでは勝負と行く前に早速ゲーマー同士で決まったバフとデバフを両ファイターにかけていきましょう』
バリアンの言葉とともにバフがかけられる。
そのバフで全身に漲る力と感じる体の軽さにスーリヤは思わず笑った。
「ふふふ、なるほどね。これがバフがかかるという感じなのかしら。
実際どういう感じなのか気になってたけど.......確かにこれならなんでもできそうな気がする」
そう呟きながらスーリヤはポケットからグローブを取り出した。
ただし、グローブの一部には尖った金属片のようなものがついていた。
それを両手に装着すると、両足を軽く上下に開き、拳を構える。
「さて、それでは行くとしますか――殴り合い」
スーリヤはニヤリと笑った。
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