第71話 ファイトポーカー#7
第三回ファイトポーカー。
そこでは正式な八百長が行われた。
であれば、そこで行ったゲームはもはや消化試合。
両者の感情など特に変化など無いはず。
強いて言えば、首の皮一枚繋がったリュートが安堵するぐらいか。
しかし現在、勝ちに喜びを見せるリュートに対し、ガルバンは机に顔を伏せながら動揺した姿を見せていた。
額には今までにない汗をかいており、まるで想定外と言わんばかりに。
「いや~、ぶっちゃけ八百長がこんなにすんなりと行われるとは思わなかった。
この街じゃ騙された方が悪い。だから、こんな口約束が守られるはずもない。
しかし、どうやらあんたは違うようだ。まさかここまで誠実だとは」
「は、ははは、そうだろうとも。俺は王だぞ?
なら、ここは王としての威厳を見せてやるのが筋ってものだろう。
それに何よりこの勝負を楽しんでくれている観客にとっても信頼をアピールしなきゃだしな」
「そうかそうか。なるほどな。さすがこの国を治める王様の言葉だ。言葉の重みが違う。
俺なんて英雄に祀り上げられそうになったのを逃げた男だからな。男としての格が違うな~、うん」
リュートは腕を組み、うんうんと頷く。その表情はとても余裕がある。
対して、王としての威厳を見せたはずのガルバンは苦しそうな顔をしていた。
リュートを見ては訝しむ目を続けている。まるで不正を疑っているかのように。
「ん? どうしたんだ? あぁ、こんな八百長に時間をかけてる暇は無いよな。
サッサと勝敗の清算に移ろう。えーっと、フォーカードの場合は役効果って?」
「フォーカードは相手の効果を打ち消し、さらに味方のゲーマーにバフを与える効果です。
ですので、今回の場合ガルバン王のフルハウスの役効果は打ち消されます」
「ってことは、俺は勝敗によるバフとこのフォーカードによるバフを受けるのか。
対して、そっちの場合は勝敗によるデバフだけを受けるってことか」
バリアンからの説明を受け、リュートは淡々とこの状況を進めていく。
終始ガルバンからの睨むような視線を無視ししながら。
「それでは、ゲーマー同士の勝負もついたことですし、ファイター同士の勝負に移りましょうか」
*****
控室にあるスピーカーからゲーマー同士の戦いが終わったことが告げられた。
その言葉を聞きながらその部屋で戦いの準備をしていたソウガは笑う。
「どうやらあっちも上手くやれてるようだな。
となりゃ、この勝負は増々負けられなくなっちまったな。
まぁ、もともと負けるつもりなんざないがな」
手に包帯をグルグルと巻き、さらに反対側にも巻いていく。
それが終わればベンチから立ち上がり、軽く手首足首を回す。
体が動かなくなれば終わりだ。だから、入念に体をほぐす。
「よし、行くか」
ソウガはベンチに置いてあったガントレットを掴み、控室を出た。
廊下を歩き、舞台までの通路を通過する。
すると、その通路にはスーリヤの姿があった。
「負けちゃダメだよ。ダーリンとの作戦を失敗させたら許さないから」
「わーってるって。にしても、その姿で言われると違和感あるな。
それによくあの短期間であれだけ仕込んだな。バレてないのが凄い」
「あの子、びっくりするほど物覚えが早かったよ。ちょっと怖いぐらいにね。
でも、そのおかげでこの作戦が成立する。さ、さっさと行った行った」
「へいへい」
スーリヤとの短い会話を終わらせ、通路を抜け舞台に立つ。
『さて、それでは第三回戦ファイター対決を開始したいと思います。
東側から現れたのは現在二連敗中のリュート選手側のファイター――ソウガ選手!
今回、ソウガ選手はゲーマー対決で八百長により勝利したリュート選手によるバフの効果が与えられます。
しかし、相手はガルバン王のとっておきのペット達。
バフをつけたところで勝機はあるのでしょうか? 注目の一戦となりそうです』
「本当に同一人物か怪しく感じてくるなぁ」
スピーカーから流れるアナウンスを聞き、ソウガは苦笑いを浮かべる。
随分と饒舌である。しかも、それがバリアンと相違なく感じるのがまた困惑の要因。
とはいえ、頼もしい限りである。増々負けられない気持ちになる。
「さて、いっちょやってやるか」
ガントレットをつけた拳をガツンと叩きつけるソウガ。
すると、西側の通路からドスンドスンと重たい足音が聞こえてきた。
相変わらず通路幅に収まりきらない巨体は入り口を壊しながら現れた。
その緑の怪物は三メートル程の巨体であり、単眼。
加えて、異常に発達した両腕が特徴であった。
「なるほど、こいつぁインパクトがデカいなぁ。そして、物理的にもデカい」
『さてさて、お次に西側からの通路から現れたのはガルバン王の自慢のペットの一体。
特徴的な巨大な腕と単眼が特徴なキュクロプスちゃんです!
今回の勝負ではキュクロプスちゃんはオールデバフという状況に陥ってしまいますが、それでももとの肉体のスペックが違います。
ですので、勝負は始まってみないとわかりません。この試合に乞うご期待!』
「やっぱ同一人物に思えねぇ......」
『それでは、早速参りましょう。まずはゲーマー対決での勝敗結果の付与です』
バリアンの言葉とともにソウガの体にバフが与えられる。
内側から力が漲るような感覚。加えて、まるで羽が生えたように体が軽い。
軽くジャブを放っただけでシュッと空気を切るような一撃。
どうやらこのバフの恩恵は相当なものであるとわかる。
「だからこそ、これでデバフを与えられた二人は損な役回りだな。例えそれが必要なことだったとはいえ」
バフを与えられたから実感する。デバフがどんなもんだったか。
この効果が真逆に働くなど考えたくもない。
しかし、リゼとナハクの二人はそれを受けてなお次の作戦のために生き延びた。
それもこれも全ては攫われた孤児院の子供達のため。
尊敬の念しか浮かばない二人だ。
「なら、ここで俺がやることは決まってる。勝つ。それだけだ」
目の前にはキュクロプスと呼ばれる単眼の怪物がいる。
両腕の太さは一番太い所で二メートルはあるだろう。
とても正攻法で戦うような相手じゃない。
しかし、今なら案外いけるかもしれない。
『バフ・デバフの付与が終わりました。参りましょう! 第三回戦ファイター同士の対決です!』
バリアンによる開幕のゴングが鳴る。
同時に、ソウガは一気に飛び出し、キュクロプスに向かって突撃。
キュクロプスが腕を薙ぎ払ってくるが遅い。それよりも先にこっちの攻撃が届く。
「剛腎鉄拳っ!」
拳による超インファイターで戦うソウガから放たれたのは当然拳。
ただし、バフの力も合わせて強力になった鉄の拳がキュクロプスの鼻に叩きこまれる。
顔面が凹むほどの一撃にキュクロプスの頭が弾かれた。
「まだまだ!」
空中に浮かぶソウガは流れるように後ろ回し蹴りでキュクロプスの顔面を蹴る。
一度地面着地すると、跳躍と同時に腹部に蹴りを入れた。
「ぐぎゃ!」
キュクロプスの体勢が前のめりになる。それは頭が近づいた証拠。
眼前に迫る顎に向かってアッパーカットをかまし、頭を再び弾いた。
キュクロプスの胴体が真っ直ぐになり、腹ががら空きだ。
そこに出し惜しみなしのドロップキックを決め、キュクロプスを吹き飛ばす。
―――ドゴンッ!
キュクロプスの体が壁に叩きつけられた。その衝撃で壁が凹んでいる。
存外ダメージを与えられたのかすぐに動き出す気配はない。
そして同時に聞こえてくるのは実況者バリアンの声だ。
『こ、これはなんということでしょう!
開幕速攻の連撃にキュクロプスちゃんが吹き飛ばされてしまいました!
いくらバフを積んだからとはいえ、まさかこのような光景になってしまうとは!
これは序盤からとんだ波乱の展開です! ここからどう動くのでしょうか!』
「ようしゃべるわ。キャラじゃないのに」
バリアンの声を聴きながらソウガは苦笑い。
直後、前方からガランと音が聞こえた。
壁に寄りかかっていたキュクロプスが立ち上がったのだ。
「ガアアアアア!」
怒りを滲ませた咆哮をするキュクロプス。
その怪物は壁の瓦礫を手で掴み砕くと、ソウガに向かって投げた。
巨体と剛腕から繰り出されるそれは砲弾よりも早く飛ぶ。
これにはソウガもひやりと汗が浮かんだ。
「連殴流拳!」
ソウガは避けられる速度出ないことを察した。
そこで繰り出したのはバフを利用した連撃によるガード。
バラバラに飛んできた瓦礫を拳で砕き、いなし、質量弾の直撃を防ぐ。
砕いた細かい瓦礫が頬や腕、足を掠めていくがそれならばまだいい。
大きな瓦礫の直撃さえしなければ――
「っ!?」
ソウガの目の前に飛んできたのは巨大な一枚の瓦礫もとい壁。
それは乱回転しながら向かってくる。
「剛腎鉄拳!」
ソウガは右拳を固め、壁に向かって殴る。瞬間、壁は砕け散った。
「ガアアアア!」
その瓦礫の向こう側からは既に振りかぶっているキュクロプス。
攻撃直後の隙を巧みに狙ってきたようだ。
そして、その巨大な拳はソウガに振り下ろされる。
「まさかそれを予測してないとでも?」
ソウガはニヤリと笑う。
伸ばしたのは左手であり、飛んできた右拳とすれ違うように動かす。
同時に、体を横に移動させ、左手でキュクロプスの右手首を掴むと床に押し付ける。
キュクロプスの攻撃が空振りに終わった僅かな硬直。
ソウガは両手でガシッと右腕を掴み、力任せに前方に体重をかける。
「炎噴射!」
瞬間、ソウガの魔法である炎をガントレットの甲から噴射。
その勢いを利用してキュクロプスの巨体を投げ、床に叩きつけた。
ドスンと巨体が床にヒビを入れながら寝そべる。
「おあつらえ向きな弱点があんじゃねぇか」
キュクロプスが寝そべったことで頭はすぐ目の前。
そこに右拳を炎で固めたソウガが歩き出し、やがて立つ。
「こちとら負けられねぇんでな。悪いが勝負をつけさせてもらうぜ――炎滅拳!」
ソウガはキュクロプスの単眼に向かって拳を振り下ろす。
目という皮膚の中で最弱の強度を誇るそこはもはや剥き出しの弱点も同じ。
そこに滅する炎が直撃したのならもはや勝負はついたも同然。
「グギャアアアアアァァァァァ!!」
第三回戦ファイター同士の戦い――勝者ソウガ。
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