第70話 ファイトポーカー#6
――ファイターサイド
真っ白い簡素な治療室。
しかし、成金の王が保有施設だけあって設備はそれなりに整っており、部屋の中も奇麗に正装されている。
その部屋にあるベッドの一つで眠るのがリゼであった。
既に治療された後なのか全身には包帯が巻かれており、点滴を打たれながら眠っている。
人間の力を凌駕する緑の怪物と戦ったのだから当然の結果だ。
されど、その程度のダメージで済んでいるのは一重にリゼの技量と言えるだろう。
そんな彼女がいる病室にもう一人の患者が運ばれてくる。
若い青年―――ナハクだ。先程までガルバンのファイターであるバルムンクと戦ってたのだ。
左腕を折り、全身数か所の打撲を負っている重症。
まともに動くことも叶わない。呼吸するのもやっとなほどだ。
既に応急措置を終えているのかベッドに寝かせれば、スタッフは部屋から出て行く。
すると、人の気配が無くなったことを察してリゼがナハクに話しかけた。
「生きてる? というか、生きてなきゃ困るんだけど」
「なんとかって感じかな。一瞬、生死彷徨ったけど、おじいちゃんが『まだやることあるだろ』って追い返されちゃって。でも、さすがに痛いや」
「安心しなさい。今にもそこら辺じゃお目にかかれない薬が貰えるから」
リゼの言葉に首を傾げるナハク。
すると、しばらくして彼女の言った通り何か袋を持ったボルトンが現れた。
その後には彼の息子であるソウガ、ベネチアンマスクをつけたスーリヤが入室する。
そして、ボルトンがナハクに話しかけた。
「生きてるか?」
「ハハッ、さっきもリゼから同じこと聞かれた。うん、なんとかね」
「そいつは良かった。じゃなきゃ、こいつは勿体ないからな」
ボルトンが袋から取り出したのはコルクの栓された瓶だった。
ただし、その瓶の中には紫色の怪しげな液体が入っている。
とても口にしたくない代物だった。
その気持ちが言葉にも表れているのかナハクの顔が歪む。
「え、何それ......」
「そんな顔するなって。確かに見た目は怪しいが、これはれっきとした回復薬だ。それも高級品な。
お前達が計画を企ててから大急ぎで仕入れたものだ。得られた数は三つで、さっきそっちの嬢ちゃんに使ったから残り二つだな」
「で、僕が使うから残り一つね」
「そういうこった」
「体起こせるか?」とボルトンに声をかけられ、ソウガに支えられながら起き上がるナハク。
ボルトンは瓶を渡す。それをソウガは右手で持ち、まじまじと見つめた。
色が色だけに食欲が湧かいのだ。加えて、全身痛くて飲む気にもあまりなれない。
しかし、今後の作戦を考えるとどうしてもこの怪我した体は不便だ。
「ふっー......ん!」
ゴクリ、ゴクリ......。ナハクは勢いよく瓶を口につけ、瓶を傾けた。
まるで飲むことを躊躇する自分を無理やり押さえつけて飲ませるように。
不味い、それが最初の感想だった。少しドロッとしていて若干苦い。
しかし、それを何とか飲み干していく。
「ぷはっ、ハァーーー......これ苦い......」
「良薬は口に苦しって言うだろ。体に効いてる証拠だ。それにその効果はすぐに実感するはずだ」
「そんなに即効性ある......っ!?」
瞬間、体が温かい空気に包まれる。なんだか懐かしい体温だ。
まるでおじいちゃんの体に寄りかかって寝そべってた昔を思い出すようで。
体の節々の痛みがスーッと消えていき、感覚があまりなかった左腕も感覚が戻ってくる。
動かせる。そう直感的に思うほどには体が万全になっていた。
「アレ、本当に回復薬だったんだ......」
「おいおい、信じてなかったのかよ。まぁ、あの色で信じられるかって言ったら別の話か。
だが、良くなったのは自分の体でもわかるはずだ。どうだ? 調子は」
「うん、問題ない。少し残っちゃったけどそれはセイガに渡そう......ってそう言えば、セイガは!?」
「治療を受けてる。体を張って守ったおかげでお前さんよりかは無事だ。歩けてるしな」
「そっか」
ナハクは相棒のセイガの安否を知ってホッと安堵の息を吐く。
どうやらまた家族を失うような結果にならないようで何よりだ。
すると、隣で様子を伺っていたリゼがガバっと起き上がった。
「それじゃ、こっちの作戦もさっさと始めましょ。
今頃ガルバンはリーチがかかって盛大に調子乗ってるだろうけど、この作戦の是非で完膚なきまでに叩きのめすことができる」
「起き上がって大丈夫なの!? 包帯グルグル巻きだけど」
「こんなの飾りよ。ただのアピール。それにさっきボルトンが言ってたでしょ。
むしろ、あんたの試合が終わるまでずっと暇だったぐらい」
「そう言えばそうだったね」
リゼの目からやる気の炎が見える。怒りにも似た滾りだ。
どうやらそれまでにやられっぱなしという状況が気に食わないらしい。
だからこそ、これから負けるだろうガルバンの顔を想像してほくそ笑んでいるのかもしれない。
これでわかるのはリゼは怒らせてはいけないタイプということだ。
「それじゃ、ここから反撃の狼煙をあげるわよ。
あの調子乗って伸び切った鼻っ柱を叩き折ってやるわ」
*****
―――ゲーマーサイド
リュートの仲間達が治療室で密談する中、リュート本人はうなだれていた。
それもそのはず先のファイター同士の戦いでガルバンにリーチをかけられてしまったのだ。
この勝負は勝ち抜き戦ではない。全五試合でどちらが先に三勝するかの勝負。
故に、勝利まで後一歩という所まできたガルバンと敗北まで後一歩のリュートでは態度が大きく異なる。
ガルバンは声高々にリュートを煽り始めた。
「おいおい、そんな調子で大丈夫か? このままストレート勝ちってのはなんとも味気ないなぁ。
せっかく大勢の観客を巻き込んでんだ。見せ方ってものがあるだろ?」
「......それはつまり俺が八百長してくれって頼んだら飲んでくれるってことか?」
「場合によればな」
ガルバンは調子に乗っている。そのことがヒシヒシと伝わってくる。
どうやらこの男は未だ自分が置かれてる状況を理解していないようだ。
それはつまりそれほどまでに上手く事が運んでいるということ。
このまま上手く進めばいいが、ガルバンも決してバカではない。
勘づかれたらそれこそ厄介なことになる。バレてはいけない。
ならば、出来ることをするまで。
どんな形であれ次の試合は絶対に負けられない。
「なら、どうか俺にチャンスをください」
リュートは机に手を置き、深々と数多を下げた。
対戦相手からすればあまりにも情けない姿だ。
「誠意が足りねぇんじゃねぇのか?」
ガルバンはさらに要求する。つまり、土下座をしろと言っている。
そこまでして屈辱的な態度を取らせたいらしい。
強者アピールを周囲の観客に見せびらかしたいのだろう。
「......わかった」
リュートは席から立ち上がると、ガルバンの横に立つ。
その場に正座すると、両手を床につけ、さらに額を擦りつけた。
相手から八百長を貰ってまで勝とうとする姿勢など滑稽でしかない。
しかし、相手は必ず飲む。なぜなら、その方が儲かるから。
「ガハハハッ! 情っさけねぇ態度だな! そうまでして勝ちてぇのかよ!
プライドとか何もないんだな。この男がかつての大戦の英雄? 正気じゃないな」
「......」
「だが、俺も挑戦者の意思を汲み取れねぇほどバカじゃねぇ。
次は手加減してやるよ。せいぜい楽しみにしてな」
この光景はもちろん別会場の観客に曝されている。
一体どんな評価を受けているのか。想像に難くない。
しかし、やはり乗ってきた。ならば、話が早い。
「バリアン、お前の主がそう言ってくれてる。だから、お前もそういうことだからな」
「わかってるわかってる。ハァ、全く情っさけないな~。
ま、それでもいくらバフ積んだところで緑の怪物に挑むのは難しいと思うけどね」
リュートは立ち上がり、席に着いた。
そして、バリアンはタイミングを読んで第三試合を始める。
「それじゃ、次の勝負に参りましょう。
現在、ガルバン王の勝利数は“2”、対してリュート選手の勝利数は“0”。
どう考えても絶望的な状況に立たされてるリュート選手ですが、果たして勝利することは出来るのでしょうか」
「出来るに決まってるだろ。これからやるのは公式な不正なんだからな」
「ですね~」
ガルバンはニヤニヤした顔で見てくる。何か企んでる顔だ。
当然、この八百長がしっかりと為されるとは思っていない。
為ってくれればそれで構わないが、相手はどうやら人を叩きのめすのが好きらしい。
だからこそ、ハマる。
バリアンがカードをシャッフルしながら、リュートとガルバンに交互に配る。
カードが配り終わると、リュートはそのカードを手に取った。
その時のカードの数字は「8」「8」「8」「A」「2」の五枚。
この時点でスリーカードは揃っている。
「俺は二枚交換する」
「二枚でいいのか? 残りの三枚は自信があるようだな」
「あぁ、そうだな。残りの二枚は賭けだ」
「そうか。なら、先に俺が引かせてもらおう。勝ちを譲るんだ。いいだろ?」
「あぁ、構わない」
ガルバンは先に交換する二枚を差し出す。それをバリアンが交換。
ガルバンが手札を好感している最中に、リュートも残りの二枚を交換――
「おい、バリアン。これが本当に俺に渡すべき二枚なのか?」
「はい、そうですが。ガルバン王も実際にカードを配る瞬間を見ていたでしょう?」
「......あぁ、そうだな」
リュートはガルバンの明らかな焦りの顔を見て、カードで口元を隠しながらほくそ笑む。
「それじゃ、勝負と行きましょうか――勝負!」
バリアンとの声とともに両者は自身のカードを提示した。
リュートの手札は「8」「8」「8」「8」「6」のフォーカード。
ガルバンの手札は「Q」「Q」「7」「7」「7」のフルハウス。
勝者――リュート。
「お、本当に負けてくれるとは。これで頭を下げた甲斐があったってもんだよな。
どうも価値を譲っていただきありがとうございます。ガルバン王」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




