第68話 ファイトポーカー#4
『さて、第二ラウンドゲーマー同士の戦いが終わり、次はファイター同士の戦いに移りたいと思います。そして、今回戦うことになった憐れな挑戦者はこちらだ!』
モニター越しに聞こえてくるバリアンの煽り文句を聞きながら入場したのは、ナハクとセイガのコンビであった。
二人とも恐ろしいほどに殺風景な空間にキョロキョロと辺りを見渡していく。
「リゼから話を聞いてたけど、本当に何もない場所だね」
「ウォン」
「そうだね。それに壁にある戦闘の傷が明らかに普通に戦っても格上の相手であることを示してる。
その状態でさらにデバフを受けるって言うんだからこの勝負、本当にキツイかも」
ナハクが苦笑いしながら愚痴を零す。
それほどまでに厳しい状況が空間の傷が物語っているのだ。
しかし、逆にその逆境を乗り切れば勝機が見えてくるということでもある。
『今回の挑戦者チームのファイターはなんとテイマーです!
というわけで、テイムされてる魔物は主の道具も同じ!
なので、挑戦者は一人と一匹になります! これは数の利が得れるかもしれませんね!』
「なんだか随分なこと言ってるよ。まぁ、パフォーマンスだってことはわかってるけど」
「ウォン」
「ふぅー、うん、わかってる。僕達の本番はこの後だ。
だから、この勝負なんとしても生き延びなければいけない。力を貸して、セイガ」
「ウォ―ン!」
気合十分なナハクとセイガの前に、ガシャンガシャンとと何か金属が床と接触するような音が響き渡る。
同時に感じる強烈な威圧感。リゼの相手同様でまず人間ではないだろう。
そもそも生物であるかも怪しいが。
『さて、お待たせしました! 第一ラウンドを制し、さらに第二ラウンドも勝利して勝負にいち早く王手をかけるのか!?
今回はどのような相手が要注目! ガルバン王チームのファイターとして戦うのはこの人物です!』
バリアンのアナウンスとともに壁に穴が開いたような入り口に手がかかる。
さらにもう一つの手が入り口の横壁にかかり、手の大きさからしても明らかに人間用のサイズに収まる感じではない。
「「っ!?」」
それどころか手すら二本ではなかった。さらに二つの手が入り口に手をかければ、ミシミシと握りつぶすように力を込めていき、やがて壁を破壊しながら入場した。
その姿にナハクは生理的恐怖感を感じ、セイガは今まで見せたことのない威嚇の表情でハッキリ聞こえるほどのうなり声をあげた。
『今回、ナハク&セイガに挑むのはガルバン王のお気に入りの一匹――バルムンクちゃんです』
バルムンク――体長三メートルほどの巨体である緑の怪物である。
その最大の特徴は大木よりも太い両腕と、肩甲骨から伸びる副腕だ。
人型の生物にとって、腕の数は単純な攻撃力の倍増も同じ。
なぜなら、両腕で剣を持ち、さらに副腕で盾を持とうものなら、それだけで防御しながら攻撃が出来るという形が取れてしまう。
また、四本の腕全てで剣を持とうものなら、腕が多いことで増えた手数は腕を二本しか持たない人間には圧倒的に不利であることは想像に難くない。
加えて、バルムンクの体躯は余裕で人間を勝っている。
巨体であるが故の体重差やリーチの違い――それらは戦闘における勝敗を決める非常に重要なピースである。
戦いは時にどれだけの技術を持とうとも単純な力量差で決まることは多々ある。
ボクシングにおいてウェイトで細かく階級を分けているように、そもそも小柄な人が巨体の相手と戦うのは大きなハンデだ。
この世界は魔法がありきの世界ではあるが、誰しもが万能にいくつもの魔法を覚えられる世界ではない。
ナハクが使えるのは風の魔法のみであり、加えて大きな魔法を使えるほど彼の魔力総量も大きくない。
故に、ナハクの魔法は勝率を上げる要因としては力が弱いのだ。
さらにはナハクはゲーマー同士の戦いで決まったデバフを受けることが決定している。
この時点でナハクの勝機は限りなくゼロに近い。
ここからの挑戦は勇気ではなく蛮勇と呼ぶレベルだろう。
「ふぅー、やるか」
「ウォン」
だからといって、諦める姿勢を見せないのがナハクとセイガだ。
この戦いにおいて勝つことは限りなく難しいのかもしれない。
しかし、確率において絶対がない以上、諦めなければ希望はある。
それに今回の戦いで重要な如何にバレない様に美しく魅せるかだ。
『さて、お互い向かい合ったところで早速勝負を始めるとしましょう。
今回のファイターであるバルムンクちゃんは大人しい性格なので非常に司会がしやすいです。
では早速、ゲーマー同士の勝負で決まったバフを味方チームに付与していきましょう。
ちなみに、今回挑戦者チームはナハク選手のみが対象となります』
「......ふぅー、リゼが相当きつかったと聞いてたけど、どのくらいキツいんだろうか――っ!?」
ナハクは深刻な表情をしたリゼから聞いた情報からデバフに対して油断してたわけではなかった。
しかし、いざ受けてみると想像以上に力が入らないし、どんどん意欲も削がれてる感じが体に纏わりつくのを感じた。
「こ、これ、やばいね......」
「ウォン」
「うん、大丈夫。安心して」
一瞬貧血のようにクラッとしたナハクだったが、すぐに体勢を立て直す。
一方で、目の前にいるデカブツは力が漲っているのかナックルウォーキングの姿勢で、拳を地面に叩きつけて興奮気味だ。
「この状態でリゼは相手してたのか。しかも、一人で。
いよいよ、あの子もリュートに当てられて化け物じみて来たかな?」
ナハクが苦笑いを浮かべると、アナウンスでは勝負の合図がかけられようとしていた。
『それでは参りましょう! 第二ラウンド、ファイター同士のの戦い! いざ尋常に――始め!』
勝負が始まった瞬間、バルムンクは大きく雄叫びをあげる。
そして、勢いよく走り出し、巨大な副腕を大きく掲げた。
瞬間、ナハクとセイガをそれぞれ狙うように拳が振り下ろされる。
ガンッと当たり前のように床をへこませるほどの一撃にナハクは冷や汗を浮かべた。
デバフの効果のせいか倦怠感を感じる体は実に反応が鈍い。
少しでもテンポがズレれば、あっという間に潰されてしまうだろう。
「なら、それを考慮して動けばいいこと! 行くよ、セイガ!」
「ウォン!」
ナハクは腰から短剣を二本引き抜き、逆手に持って構える。
彼が回り込もうとしている反対側からはセイガが回り込み、挟撃を狙おうとしているのだ。
しかし、バルムンクはそうはさせまいと腕を動かす。
「ガァ!」
本腕を両サイドに広げるようにして薙ぎ払った。
しかし、その攻撃はナハクに体ごと受け流されるように回転されて躱される。
一方で、攻撃をしのいだナハクは相手の懐に潜り込んで肉体に斬り上げの傷を作る。
同時に、セイガも爪を引っ掻いて攻撃していた。
「ガアアアア!」
されど、その攻撃はかすり傷のようにバルムンクが怯む様子はない。
それどころか副腕の両手を合わせて叩きつけるように攻撃してきた。
そんな床を大きくへこませる一撃を紙一重で避けるナハク&セイガコンビ。
「っ!」
瞬間、バルムンクは本腕で割れた床の瓦礫を手いっぱいに掴むと、ナハクとセイガそれぞれに投げ飛ばしていく。
それはさながら散弾銃から放たれた巨大な弾のようであり、飛んできた瓦礫をナハクは短剣で凌ごうと足掻いた。
「がっ!」
しかし、捌ききれなかった十五センチほどの瓦礫がナハクの腹部に直撃した。
みぞおちに深々と突き刺さったその一撃は体に刺さるこそなかったが、衝撃が全身を駆け巡り一時的な怯みを生じさせた。
そこに向かってバルムンクが巨体を動かし接近してくる。
数秒で相手の間合いに入る、とナハクは理解していたが、体が思うように動かない。
セイガが攻撃の注意を逸らそうと腕に噛みついているが、それでも標的は変わらないようだ。
そして、バルムンクの凶悪な一撃が炸裂する。
「ガァア!」
「ごっは!?」
バルムンクがやったのは本腕による裏拳攻撃だった。
しかし、数十倍の体重差があるゴリラのような相手から食らわされる薙ぎ払いが軽いはずがない。
「風の緩衝材」
その攻撃に対し、ナハクは咄嗟にガードを間に合わせるが、逃れようのない衝撃で左腕は折れて使い物にならなくなった。
「ぐっく.......」
十数メートルと空中を移動しながら吹き飛ばされたナハクだったが、自身に風を纏わせてバランスを崩しながらも着地した。
そして、右手で血が滴り落ちる左腕を支えながら、激しい激痛に必死に耐えていく。
「完璧に衝撃を吸収したと思ったんだけどな......まさか吸収量を超えてくるなんて。
ハハッ、さすがにこれ以上のダメージは負えないね。
となると、基本的に遠距離で戦うことになるわけだけど――」
「ガアアアア!」
「まぁ、そんなわけにはいかないよね。全くどこら辺が大人しいわけ?」
バルムンクが大きく跳躍して飛び掛かって来る。
それに対し、ナハクは苦笑いを浮かべながら、足に<風俊足>を発動させ流れる風を纏わせると、床をスケートリンクのように滑って距離を取り始めた。
逃げの一手を余儀なくされたナハクにとって、足が止まるという動作は非常に厄介である。
しかし、そもそも床との接地面を無くしてしまえば、摩擦を考えることはなくなり、少しの動きで等速直線運動を続ける。
本来ブレーキがないこの魔法は、風邪を常に纏うということで魔力消費も大きいのだが、逃げるという点においては非常に優秀な点である。
「ハァ、初めからこれを使えば速度の不利は無かったじゃん。
ま、気が付くのが遅かったのを今更嘆いたって仕方ない。
それにやっぱやられっぱなしってのは性に合わないね。
僕もじいちゃんの孫として相応しい姿を見せないとね」
後ろに体重をかけて滑っていたナハクは重心を前方へと傾け、一気にバルムンクに向かって直進した。
そして、バルムンクからの攻撃を流動的に躱すと、跳躍して風に近づく。
「風弾」
「ガッ」
ナハクは右手を向けて風の弾丸をバルムンクの両目に当て、一時的に視界を奪う。
そして、さらに大きく右手を広げると、胸を逸らしながら空気を吸った。
「ここから少しは僕達コンビの攻撃に付き合って貰うよ――消聴風音」
ナハクは自身の胸を右手で叩きつけ、肺の空気を一気に吐き出すようにして口から音を吐き出した。
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