第61話 天獄物品オークション#1
三日目の朝がやってきた。
三日間で行われる年に一度のビックイベントも今日で見納め。
そして、三日目は待ちに待ったオークションの日だ。
天獄物品オークション。その特徴を今一度紹介しよう。
このイベントはガルバンが主催する一番大きな祭りといっても過言ではない。
オークション会場には世界中から超がつくほどの高価なお宝や、伝説と呼ばれる武具、果てはいわくつきの道具だったり、触れたら呪われる激ヤバな物だったりと色々な物が集められる。
もちろん、それは無機物に限ったものではない。
どんな相手でも昏睡させる果物だったり、戦争で何人もの敵を屠ってきた戦士だったりと有機物も含まれる。
故に、このオークションで売られる物を一言で総称するなら“この世界に存在するあらゆる物”である。
そこに法も秩序も関係ない。
唯一、ルールがあるとするなら、この世は全て金で解決させろ。
そして、ただ己が欲するままに求める物を買え。
ただそれだけだ。
「ついにこの日がやってきたな」
「えぇ、全員準備は出来てるわ」
オークション会場の前、そこには身なりを整えた集団がいた。
それぞれが高級そうなスーツとドレスに身を包み、整髪したり髪を結ったりしている。
リュート達だ。各々がこれから行われるパーティ会場に対する戦闘服を着ている。
もっとも、それがオークション会場に入るための正装であるのだが。
「にしても、赤いジャケットに黒いワイシャツって随分目立つ格好だな」
「いいじゃない。どうせ目立つんだから。
もっと言えば、全員どこかしらに赤い要素が入ってるわよ。
どうしてそんな色で共通点を作ったのかおおよそ想像がつくけど」
赤いドレスに身を包んだリゼは腕組みしながら、チラッと隣のリュートを見る。
彼女の視線はリュートの髪に向けられていた。
ちなみに、今回彼女はいつもの黒い帽子を脱いでいた。
「ふふっ、よくお似合いだと思いますよ。髪色とよく似あってると思います」
赤いベネチアンマスクをつけたスーリヤがリュートに話しかけた。
そんな感想にリュートはサラッと返答する。
「そいつは良かった。スーリヤも似合ってるぞ。やはり白いドレスは映えるな」
「あら! あらあらあら、そんな褒めてもらえるなんて......ふふっ、どうやらここにリュートさんとわたくしの決して砕けることのない愛が生まれてしまったようですね」
「生まれてないな」
「生まれてないわよ」
リュートに即否定され、リゼからも否定の言葉を浴びるも、スーリヤは嬉しそうに一回転。
そのままリゼに近づくとそれはそれは楽しそうにドヤ顔した。
「なんのドヤ顔よそれ」
リゼは相変わらず冷たくあしらうが、スーリヤが気にしてる様子はない。
だからこそ、リゼも気にしない。
むしろ、彼女にとっては気にしたら負けとすら思ってそうだ。
その一方で、ナハクがリュートに声をかけた。
その表情は少し心配している様子だ。
「ねぇ、リュート。そういえば、なんだけど今回はセイガも入っても大丈夫そう?
一日目や二日目と違って、会場に入るだけでもこんな格好させられてんじゃん」
ただでさえ、会場はドレスコードを要求してくるのだ。
貴族や豪商がやってくるほどの気品を求められる場所で、動物の毛は忌み嫌われてもおかしくない。
その質問にリュートは首を横に振って答えた。
「大丈夫、そこに関しては問題ない。なんせ、俺達には関係者のカフカがいるからな。
それに今回の俺達はただの招待客じゃない。そばにいれば問題ないだろ」
「良かったぁ。やっぱ初めて訪れる場所は一緒に経験したいからね。だってさ、セイガ」
「ウォン!」
ナハクは座っているセイガに目線を合わせるようにしゃがんだ。
そのままそっとセイガの頭を優しく撫でていく。
リュートはその光景を横目で見ながら、緊張した面持ちのソウガとボルトンに近づいていく。
「どうした? 緊張してる......いや、心配してるのか」
リュートはカフカから聞かされた内容を思い出した。
ガルバンはどういう事情かわからないが、子供をかき集めている。
そして、その命令で攫われた子供達はこのオークションで一斉に捌かれる。
それがカフカと出会った当初に聞いた話だ。
しかし、この話には続きがあった。
カフカが独自に集めた情報によると、売られた子供達は最終的にガルバンのもとへ集まってるらしい。
つまり、オークションで子供達を買った貴族や一般人から、ガルバンが子供達を買っているということになる。
当然ながら、ガルバンが子供を集めているのなら、直接ガルバンへと送るのが手っ取り早い。
しかし、わざわざそこまで手を込んだことをするということは、バレたくないわけがある。
それだけ後ろめたいことがあるという証明に他ならない。
カフカからの情報によると、ガルバンは売られた子供達を全員買えるわけじゃないらしい。
中には純粋に奴隷として求めている人もいる。
そういう人達から買い戻すことは出来ないようだ。
故に、これからすることは一つ。
「俺達は子供達を全員買う。オークションなら支払いは全て後だろうしな」
「だな。だが、ソウガ、相手は何もガルバンばかりじゃない。
子供を子供とも思わねぇ人間はいるもんだ。
そいつらに邪魔される可能性があるかもな」
ボルトンはやる気に満ちたソウガに対し、冷静な視点から助言を与える。
その言葉にソウガは「そうだな」と返答し、両手で頬を叩いた。
「よし、大丈夫だ。行こう、リュート」
「わかった。金のことなら心配すんな。たんまり手に入る予定だしな」
「ハッ、悪い顔しやがる。だが、ここまで頼もしい仲間もいないな」
そして、リュート達は会場へと入って行った。
―――オークション会場
そこには様々なドレスやスーツで身を包んだ多くの男女の姿があった。
老若男女問わず世界中の金持ちがそこに集まっており、堂々と顔を晒す者やスーリヤのようなマスクをつける人もいる。
「なんというか組の集まりよりも肌に合わねぇな」
周囲を見ながら苦々しそうな顔をしたソウガが言葉を零す。
その言葉にポケットに手を入れて歩くボルトンが答えた。
「そりゃ、俺達にはまだ仁義がある。
だが、こいつらの大半は己の欲に飲まれた人の皮を被った獣だ。
愛で答えれば愛で返してくれるような本物の獣よりも質が悪いというオマケ付きでな」
リュート達は周囲を少し見渡しながら大ホール席へと向かった。
その道中で一人の貴族の男がリゼに向かって近づいていく。
「おや、そこの美しいレディー。
今日はお仲間と一緒にお買い物ですかな?」
「だとしたら何の用?」
「それなら、このような見た目の恐ろしい男性よりも、僕のような美しぃ男性がエスコートしてあげようではないか!
それこそ、僕の手練手管でレディを満足させることが出来ると思いますが......いかがかな?」
「あんた、何も知らないで私の仲間をバカに――」
堂々と仲間を貶す貴族の男にリゼは咄嗟に手か出かけた。
その手を止めたのはスーリヤだ。
スーリヤはそのままリゼの手をそっと降ろすと、彼女の前にである。
「あら、声をかけるのが彼女ばかりというのは少し妬けてしまいますわ。
わたくしには声をかけてくださらないの? こんなにも可憐ですのに」
「......おっとすまない。僕は一つのことに熱くなりすぎるようでね。
つい麗しき獣人のレディーを見つけてからは他が視界に入らなかったのだよ。
確かに、僕のような存在に見つけてもらえないのは悲しいものね」
スーリヤと貴族の男は互いにニコニコと笑みを浮かべていた。
しかし、その二人の間には恐ろしく楽し気な雰囲気はない。
まるで無音の空間で抑揚もない会話声が響いているようなものだった。
「では、マスクのレディー。僕が演出するステキな夜でその仮面の奥の素顔を見せてはくれないか?」
「一番最初に声をかけたのがわたくしでしたら考えましたが......それで乗ってしまったらわたくしが軽く見られてしまうわ。
ですので、また運命の導かれるままに。あなたとの出会いを楽しみにしてますわ」
「そうか、それは残念だ」
貴族の男はスーリヤの前で膝まづく。
そして、彼女の右手をそっと手に取ると手の甲にキスをした。
「では、また互いの運命が交わらんことを」
「えぇ、その時まで」
貴族の男は踵を返し、颯爽とその場から去って行った。
その男の後ろ姿を見ながら、貼り付けたような笑みのスーリヤはリゼのドレスでキスされた手を拭った。
「ちょっと、何するのよ」
「ごめんなさい、無意識だったみたいだわ。生理的に無理だったもので」
「だからって、私のドレスで拭くことないでしょ。借り物でもそれは嫌よ」
「次から気を付けるわ。ということで、リュートさん、上書きよろしくお願いします」
「何もよろしくないね」
スーリヤがそっと右手をリュートの顔に近づける。
リュートは静かにその手を降ろした。
そして、話題を変えるように彼はしゃべり出す。
「にしても、リゼ、スーリヤがいなかったら危なかったぞ」
「あの咄嗟に殴ろうとしたこと?」
「そうですね。昨日の会場では見かけなかった方ですから、今日に合わせてきた方でしょうけど。
もしあのまま殴っていれば完全にあちらの手のひらでしたよ」
リゼは首を傾げる。
「どういう意味よ?」
「簡単に言えば、あなたはダシに使われたの。問題発生の起爆剤として。
恐らく、初犯ではないのでしょうね。
あなたの強気な目と警戒心が見ただけで見抜かれた。
気が強いと見てわかるあなたのことですから、目の前で仲間が貶されれば怒る。
それこそ手が出るのが早いと思ったのでしょうね」
「あのウザい行動にそんな意味が......?」
「私達の周りにこれだけの殿方がいる状況で近づいてきたということは、この状況でも対処できる術を持っているということ。
もしあなたが殴っていれば、貴族の立場として名誉を傷つけられたとか言って、言い様にこの場から追い出されていたわ。
ここにいるのは全員が目的をもっているのだから、追い出されるのはよろしくない。
そうなれば、交換条件で確実に不平等な条件を付きつけられる」
「......」
リゼはスーリヤの言葉に思わず黙った。
仮にそういう状況になってもリュートや周りの仲間がどうにかするかもしれない。
しかし、そういう何気ない日常の一部のように向けられる悪意がある。
それが彼女にとって恐ろしくてたまらなかったのだ。
小刻みに腕を振るわせるリゼに、リュートはそっと頭に手を乗せた。
「ま、今日明日限りの辛抱だ。それにリゼには助けてくれる仲間がいる。大丈夫だ」
「リュート......そうね、あんたの言う通りだわ」
リゼは頷くと嬉しそうに笑った。
そんな彼女の表情を見て頬を膨らませるスーリヤ。
「リュートさん、わたくしにも頭ポンしてください!」
「今日はもう店仕舞いです」
「ケチー!」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




