第59話 勝者と敗者
『それではお待たせしました!
これより始まるのは優勝者による革命の歴史か! はたまた絶望の歴史か!
それを決める運命の一戦! 今宵最大のビッグマッチ!
<金檻の箱庭>の王ガルバンと優勝者リュートの登場です!』
カフカの声でリングの両サイドからガルバンとリュートが入場する。
観客の黄色い声援に手を振るガルバン。
一方で、リュートは真面目な顔つきでただリングに向かう。
両者がリングに入場し、金網の扉が締められる。
小さな檻の中に闘争心が猛った二匹の獣が相まみえた。
そんな中、最初に話しかけたのはガルバンだった。
「おいおい、少しはファンサしてやれよ。
この声援でかけられてるのは俺様ばっかの応援じゃねぇんだぜ?」
「これから戦うのは俺とあんただ。それ以外は余計なノイズになるだけ。
むしろ、集中してないのはそちらさんの方じゃないのか?」
「言うね~。これでも俺様は王なんでね。
余裕っぷりをアピールしないといけないのさ。
新参者に簡単に簒奪されちゃつまらんでしょうに」
ガルバンは終始笑みを浮かべている。
その表情からの隠された感情はあまり読み取れない。
腐ってもアンダーグラウンド出身の人間というわけだ。
感情を隠すのが上手いようだ。
「あ、そういうや、改めてルールを確認させてくれ」
「ルール? あんたは毎年この試合やってんだろ?」
「やってるが、年に一回だぞ?
それに予選から本線の準決勝なんてぬるい試合見たって仕方ねぇだろ。
で、対戦相手はお前で、お前とはこのリングで戦う。
そして、どちらかが戦闘不能になった時点で勝負終わり.....オーケー?」
「あぁ、それで合ってる」
ガルバンはニヤッと笑った。
「そうかい。そいつはどうも」
『それでは早速参りましょう! 優勝者にだけ与えられる下剋上マッチ! いざ尋常に――開始!』
―――ドオオオオォォォォン
銅鑼の音が盛大に鳴り響く。
同時に観客は盛大に勝って欲しい相手の名を叫び始めた。
声援の衝撃波がリングの両者を叩くように伝わる。
リュートはファイティングポーズを構える。
対して、ガルバンは腰に手を当てて突っ立ってるだけ。
まるで相手を舐めたような態度。
これもパフォーマンスの一つなのだろうか。
「先に行かせてもらう」
リュートは素早く床を蹴り、ガルバンの目の前に現れた。
先制のジャブの右拳がガルバンの顔面に素早く届く。
「っ!」
リュートの右拳をガルバンは首を傾けて躱した。
続けて、リュートが右足でフェイントをかけつつ、左拳でフックを決めようとする。
だが、それも腕が伸び切る前に止められる。
反応が尋常じゃなく早い、とリュートは思った。
右拳の攻撃は未だしも、左手の攻撃は右足のフェイントを誘った。
にもかかわらず、右足の攻撃は絶対来ないとわかっていたかのように無反応だった。
「そらよ!」
「ぐっ!」
リュートは横っ腹を蹴られて数メートル吹き飛ばされていく。
リング上をゴロゴロと転がりながらも、すぐに体勢を立て直した。
『最初に攻撃を決めたのはガルバン王だ!
リュート選手の攻撃を巧みに読み、すかさず攻撃に繋げる技量!
我が王は知略、謀略だけではなく体術にも優れてるというのか!』
カフカの言葉に観客の声援はより一層強くなる。
しかし、ガルバンとリュートの二人にはそれが聞こえていないかのように、会話をし始めた。
「おいおい、結構良い一発貰っちまったようだな。
まさかこれで終わりなんて言わないよな?」
「そんな弱気だったらはなからここに立ってねぇよ。
それよりも、さっきから浮かべてるその余裕そうな笑みを止めた方が良いんじゃねぇか?」
「実際余裕だからな」
誇張ではない、とリュートは感じ取った。
ガルバンの視線、動き、態度、表情のどれをとっても嘘が感じられない。
つまり、この状況で絶対に勝てるという根拠を持っている。
特に何かされたという感じはない。
しかし、先ほどの二撃目の攻撃には違和感があった。
そこを突き詰めていく。これはそのための試合だ。
リュートは低い体勢から一気に蹴り出し、攻撃に転じた。
右足を大きく振り回し足払いを仕掛ける。
しかし、ガルバンには跳躍して避けられた。
とはいえ、それはガルバンが一時的にも空中に避けたことになる。
リュートはしゃがんだ状態のまま、真上に向かって左足を上げる。
真下からの不可避攻撃だ。
「おっと危ない」
ガルバンはリュートが突き出そうとする左足に合わせ、自身の右足を突き出した。
そのままリュートの蹴りの勢いで、空中を一回転しながら距離を取っていく。
リュートはすぐさま接近した。
そのまま前方に大きく飛び込むと、空中で前転しながらの踵落とし。
シュバッと風を切る音を立てながらリングに落ちる。
ガルバンはその攻撃を半身ズラして躱した。
そして、正面にいるリュートに向かって、懐から取り出したメリケンサックを装着し、顔面に殴り掛かる。
鋭利な突起を伴う拳を紙一重で躱すリュート。
眼前に横向きに伸びるガルバンの腕を片方の手で掴み、もう片方で服を掴むと一本背負い。
「甘いな」
「っ!」
リュートに投げられたガルバンは、両足を先に地面に着地させることで攻撃を耐えた。
逆にその反動を利用して、リュートに攻撃を仕掛ける。
ガルバンはまるでオーバーヘッドキックするかのような体勢になり、右ひざを大きく曲げて、リュートの後頭部目掛けて膝蹴りした。
リュートの頭がガンと揺れる。
その瞬間、ガルバンの余裕の笑みが初めて少し崩れた。
リュートが蹴られて頭が下がることを意に介さず、ガルバンの頭を掴んだからだ。
そのまま頭をリングの床に叩きつけていく。
「ぐっ!」
ガルバンは咄嗟に後頭部に手を当てて、叩きつけの直撃を防いだ。
「がっ!」
しかしその直後、素早く振ってきた蹴りには防御が間に合わないガルバン。
まるでサッカー選手が蹴ったボールのように、腹部に与えられた衝撃でくの字になりながら数メートル吹き飛んだ。
ガルバンは片手でお腹を押さえながら、四つん這いになる。
大きくせき込みながら、リュートに話しかけた。
「かはっ、肉を切らせて骨を切るってか?
さすがに傭兵の戦い方を舐めてたようだな。
コイツは良い経験になったぜ」
「あんたは相当戦い慣れしてるようだからな。
被弾覚悟で戦わなきゃならんってのが厄介だ」
なんて思ってるわけねぇよ、とリュートはその言葉を喉の奥に飲み込んだ。
先ほどからの攻撃、ガルバンは躱して反撃してくる行動は戦い慣れしてるように見える。
しかし、リュートは気づいてた。
ガルバンの動きが自分の攻撃モーションが始まったタイミングで、すでに動き始めていることに。
まるでリュートの攻撃位置が分かっているかのような体捌き。
戦い続けてきた達人は、武人の攻撃の“起こり”を読むというが、金の亡者であるガルバンがとてもそのような技術を持つ武人とは思えない。
この考えから導き出される答えは一つ――ガルバンは特殊魔法持ちということだ。
この戦闘中、もしくは戦闘前になんらかの条件を満たしたことで、ガルバンは数秒先の未来を見ているのだろう。
そうでなければありえない、と思うほどにはリュートは確信に至ってる。
ただし、先ほどの掴みが成功した時点で、見てる時間もせいぜい一、二秒といったところだろう。
「実際に戦ってみると恐ろしいもんだな」
「あぁ? 何が恐ろしいって?」
「あんたの戦闘センスだよ。正直、俺がここまでちゃんと戦う必要があるとは思わなかった」
リュートが賞賛するような言葉をかけると、ガルバンは上機嫌に笑った。
「ガハハハ! そうだろ! 俺は戦闘においても、思考においても一流なんだよ。
だから、俺は今やこんな地位にいる。お前に勝つ未来はない」
「言ってくれるね。なら、その言葉を覆してやろうか!」
好戦的に返事するリュートだが、彼の思考は至って冷静だ。
それは示すのは彼の言葉遣いから読み取れる。
怒らないのも当然だ。なぜなら、この状況が作戦が上手くいってる証なのだから。
目的は上々。ガルバンがリュートの思惑に気付いてる気配はない。
気づいていて無視している可能性もあるが、ずる賢くとも賢くはない。
数々の人を見て来たリュートにはそれがわかった。
リュートはあくまで勝ちにこだわるように攻めに出る。
素早くガルバンの間合いに入ると、先ほどよりも早く右腕を振った。
「っ!」
ガルバンは大きく目を見開き、リュートの肘が伸び切る前に躱した。
その瞬間、ガルバンの先読み能力の存在は確定した。
ガルバンが右腕の外に避けるので、リュートはそのまま裏拳で追撃。
その動きを待ち構えていたように、ガルバンはリュートの右腕を掴む。
「へし折ってやるぜ」
ガルバンはリュートの肘を下に向け、その膝目掛けて膝蹴りする。
しかし、ガルバンは途中まで上げた膝を止めて手を離した。
その直後、リュートの右腕が曲がり、同時に右わきががら空きになる。
そこに目掛けてガルバンは蹴り込んだ。
「がっ!」
ガルバンの脚力に合わせて、硬質な靴の裏が腹部にめり込む。
その靴に金属が仕込まれていることを、リュートは肌から感じ取った。
リュートが怯んで後ろに交代すると、ガルバンはすぐに間合いを詰めてアッパーカット。
ガルバンの両手に握られたメリケンサックが顎に直撃する。
「がはっ」
リュートは顎を上げ、体が一直線に伸びていく。
さらに追撃を咥えようとするガルバンだったが、直後にリュートに両肩を掴まれた。
「ふんっ!」
「ぐっ」
昔から仲間内で石頭と呼ばれるリュートの頭突き。
ガルバンは咄嗟に顎を引いて額を向けるが、避けようのない衝撃に頭を揺らした。
ガルバンは額の痛みに体を揺らしながら、適当な拳を正面に繰り出す。
まともに踏み込めていない拳であったが、それはリュートに直撃。
リュートは盛大に吹っ飛んだ。
「くっ、どうなった......?」
ガルバンがようやく正面を向いた頃には、リュートがリングの上で大の字に寝ていた。
「勝ったのか?」
―――カンカンカンカン
試合終了のゴングが鳴る。
「うおおおおおぉぉぉぉぉ!」
雄叫びをあげながら喜びを表現するガルバン。
その一方で、リュートはその声を聴きながらニヤリと笑った。
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