第47話 職業当てゲーム#1
リゼとリュートが座るバーの席の横、一人の水色の髪に赤いドレスを着た女性が声をかけてきた。
妖艶な雰囲気を纏うその女性は、周囲の男達からジロジロと体中を舐め回される視線を受けている。
しかし、そんなことを一切気にすることなくリュートに声をかけた。
それも「リュートと二人っきりで話がしたい」という提案だった。
その言葉に周りの男達は一気にヘイトをリュートに向ける。
そんな甘美な誘いに対して嫉妬しているのだ。
一方で、そんな女性の態度に怒りを示しているのがリゼだった。
彼女は彼女で自分には持ちえないダイナマイトボディをしている女性に対して、女性観点の嫉妬を抱いていたが、それ以上にせっかくリュートと二人でいるのにそこにちょっかいをかけてきたことに怒っているのだ。
せっかく彼女はリュートと二人っきりになれているというのに。
ここ最近ずっとスーリヤに邪魔されて、彼女も彼女で僅かながらに独占欲が溜まっていたのだ。
それがせっかく解消されている最中で水を差すような発言。
リゼの警戒心はすぐさまMAXに到達した。
「そいつは男にとっちゃ嬉しい発言だろうが」
リゼの鋭い視線がすぐさまリュートに向かう。
しかし、彼は気にすることなく言葉を続けた。
「あいにく連れと楽しんでんだ。悪いな。
それに俺は全く名前も知らない相手とは話といえど付き合う気はないんだ」
リゼの視線が熱を帯びるものに変わった。
「そう。それは残念」
女性はそう言うもののあまり悲しんでいる様子はなかった。
むしろ、そういう回答が返ってくることを想定していたかのような反応だ。
「では、せめてここで話させてもらってもいいかしら? そちらのお嬢ちゃんも、どう?」
「それなら、別に問題ないわ。それじゃ、名前ぐらい教えてくれるかしら」
「えぇ、いいわよ。私の名前はハルウェス。そちらのお二人は?」
「俺はリュート」
「私はリゼ」
三人は互いに自己紹介を済ませた。
そして、最初に口火を切ったのはハルウェスだった。
「それじゃあ、早速気になる質問をするのだけど、あなたがさっき解説してくれたやり方。
アレってあなたが思いついた方法じゃないでしょ?」
その言葉にリュートは一瞬目を見開く。
しかし、すぐにその質問の意図を探るように質問で返した。
「答える前に一つ聞いていいか? なんでそう思った?」
「職業柄人を見ることが多いのよ。
相手の装いから身だしなみ、言葉の返し、視線の動きとか色々。
それらの感覚から導き出された答えって感じだから、どうかと言われても答えるのが難しいのよ。
でも、あなたのようなタイプは手段としてダーティーなやり方を使う場合もあるけど、基本的には真っ直ぐなやり方をするタイプ。
相手に信用されるためにまずは自分が信用する行動をする......違う?」
「ハハッ、これはお手上げだな。
俺自身は自分が真っ直ぐな人間とは思ったことは無いが、最後の一分に関しては心がけてることだからな。
それを見抜かれた時点で俺の負けだ」
リュートがお手上げのポーズを取る。
その横ではキョトンとしたリゼが首を傾げながら聞いた。
「そうなの?」
「あぁ、これは俺が昔教えてもらったことを試してみただけさ。
ちなみに、ソースは最初に行った酒屋にいたタンザフ」
その言葉を聞いてリゼはホッと安堵した。
リュートは自分が知っている通り真っ直ぐな人間だと分かったからだ。
それはそれとして、実行してる部分は「肝が据わってる」とも思ったようだが。
「あら、こんな些細な質問に勝ち負けで評価してくれるなんて。
なら、勝った褒美として二人っきりでお話ししない?」
ハルウェスの言葉にリゼがピクッと耳を立てた。
「ちょっとあんた! さっき断られたってのに何また誘ってるのよ!?」
「あら、私がどうして一度で止めると思ったの?
素敵な殿方を見つけて一回断られたから諦められるほど物わかりの良い女じゃないのよ。
むしろ、簡単に捕まらない気持ち程膨れ上がるものじゃない? ふふっ、さすがだわ」
「うぅ......」
リゼはすぐに悟った。
ハルウェスは自分にとって母親のような存在であると。
とにかくグイグイと攻めに転じて、加えて男を魅了するボディもある厄介さが特に。
それに時折見えるハルウェスの背後の蛇のようなオーラがスーリヤを彷彿とさせる。
リゼは拳をギュッと握り、思った。
どうして私の周りにはこうも厄介な女ばっかが集まってくるのよ! と。
そして、その怒りの矛先はリュートに向かった。
「あんたも鼻の下伸ばさない‼」
「俺、何も――」
「あら、嬉しいわ。私の魅惑に反応してくれたのね?
ふふっ、良ければ夜の相手だって構わないわよ?
年齢も近そうだから盛り上がれそうだしね、ダーリン」
直後、ハルウェスの言葉にリュートはピクッと反応した。
もちろん、夜の営みの話ではない。
最後の愛称ともいうべき言葉。
その言葉に彼は聞き覚えがあったのだ。
「なぁ、ハルウェスさん――」
「もうこの話は終わり‼」
リゼがカウンター席をダンと両手で叩き、席から立ち上がる。
「これ以上は話に付き合ってられないわ。リュートも行くわよ!」
「え、急に? つーか、どこに?」
リゼに腕を引っ張られるリュート。
そんな彼女の行動に彼は困惑した。
そもそもここでの目的は情報収集だ。
となれば、酒も相まって口が滑るバーのカウンター席は絶好のスポットだろう。
せっかく相手から話しかけて来たのにそのチャンスを失うのは勿体ない。
そんな二人の反応を見てハルウェスはクスクスと笑う。
「ごめんなさい、少しからかい過ぎたわ。
でも、それぐらいで反応してしまうなんて、あなた相当好きなのね」
「すっ!?」
リゼは口をすぼめて顔を真っ赤にしながら驚いた。
そして、目線を泳がせ、帽子のつばを下げれば答える。
「嫌いじゃないわよ、もちろん。それに信用しているってだけの話!」
「ふふっ、初々しくてこっちまで元気になりそうだわ。
でも、言いたいことは言えるうちに言わなきゃ後悔するわよ」
「......考えておく」
リゼは耳先を赤くしてペタンと耳を伏せた。
そんな彼女の反応にツヤツヤと頬が輝きだしたハルウェスは一回手を叩くと話題を変えた。
「それじゃあ、お詫びの代わりに一つゲームしましょうか」
「ゲーム?」
リュートが首を傾げる。
ハルウェスは微笑み言った。
「私が何の職業をしているか当てるゲーム。
それに応えられたらあんた達が望むものをあげるわ」
その言葉にリュートとリゼは顔を見合わせた。
二人の反応を見ながらハルウェスは「あっ」と思い出したように言葉を並べる。
「もちろん、このまま三人でってのもアリよ」
「それは無いから安心して」
「ふふっ、やっぱり初めては独占したいわよね」
「そう言う意味じゃないから!」
リゼはハルウェスに憤慨しながらも、一度席に座る。
そして、リュートに寄れば小声で話し始めた。
(で、どうするの?)
(まぁ、お詫びというなら特にペナルティもないだろうし、やる価値はあるだろ)
(それ本気で言ってる? 相手はあの厄介さなのよ!?)
(まぁまぁ。もちろん、俺達が望む情報を持ってない可能性もあるが、それでも持ってないだろうと見切って話を終わらせる必要も無いはずだ)
(......ハァ、それもそうね。二人で知恵を絞ればなんとかやれるでしょ)
二人は相談を終わらせると、リュートが代表で答えた。
「やる。だが、もちろん、詫びなんだから変なペナルティとかないよな?」
「えぇ、それは無いから安心して。これはお詫びだもの」
「だったら、タダで欲しいものだけどな」
「お詫びだけれど、さすがの私もそこまで譲歩するつもりはないわ。
だけど、あなた達は勝つことで私から望むものを手に入れられる。
それを考えればリスクなしで勝てばリターンが得られるという時点で最大の譲歩だと思うけど?」
ハルウェスはニコッと笑みを浮かべる。
まるで考えが読めないような表情にリュートはスーリヤと雰囲気を重ねた。
「それじゃ、早速ルール説明をするわよ。
このゲームの目的は私の職業を当てること。
正解を判断するのは私の裁量次第によるけど、ピンポイントの答えじゃなくても近ければ正解にするわ。
制限時間は私が“スタート”と言って十分間。
その間、回答はいくらでもしていいけど、そのうちのヒント回数は合計で三回まで。
その代わり、ゲーム中は私は一切の嘘はつかないわ。
ただし、事実を湾曲させる言い方はするけど」
「なんだか少ないわね」
「ふふっ、そう文句を垂れないの。もちろん、この回数には理由があるわ。
なんたってこれまでの話でたくさんヒントはばら撒いたもの」
「つまりこれまで何気なく話していたことか。
まさか最初からこうなることを予想して動いてたのか?」
「ふふっ、どうでしょうね」
ハルウェスは妖艶に笑ってみせた。
まるでリュート達に自分の本心を表情から探られないかのように。
二人はその態度も注意深く見ながら考え始めた。
リュートは顎に手を当て、そのまま顎を上げるとこれまでのハルウェスの言葉をぼんやりと思い出し始めた。
その横に腕を組んで考えているリゼが口を開く。
「ねぇ、リュート、現状見てわかることから整理しない?」
それはハルウェスの容姿や仕草といった特徴に対しての言葉だ。
リュートは「そうだな」と頷き、見てわかることを言葉に出していく。
「見てわかることか。それなら、まず一番はその容姿だよな。
男の目を引くような胸もとの開いた大胆なドレス。
その格好は一見成金特有の衣服かと思われるが、恐らくその線は薄い」
「あら、女性が着飾るのがダメ?」
「そう言う意味じゃないわよ。ただ周りを見ている限り、女性はいるけれどもあんたのような服装の場合は大概ボディーガードがいない。
リュートからここは金と欲望が渦巻く街と聞いた。それに、少しだけのこの場所の暗黒面も触れてきた。
私がリュートと一緒に行動しているのも、女性を攫う輩がいるのを警戒する行動のため」
「なるほど、でも、それだけじゃ根拠が弱いわね。
私がこんな格好出来るのは私が強いというのが知られてる結果かもしれないじゃない。
それに先ほどリゼちゃんは一人で行動していた。だけど、襲われずにここにいる」
ハルウェスの返しに対し、リュートが答えた。
「確かにな、だがリゼにその心配はない。
逃げ場所が多い外なら未だしも、ここなら警戒するように相手の位置を逐一確認すれば問題ない。
それに仮にそれを掻い潜って攫おうとする人間がいたとしても、俺達には小型通信機がある」
「それは?」
「簡単に相手の位置を確認できる高度な技術で出来た道具さ。
言っておくが、こいつを貰うには<修学の箱庭>で学院長に雇われるか、生徒になるしかないぜ」
「さすがに通う年齢ではないわ」
ハルウェスは興味深そうに小型通信機をジロジロと見始めた。
その視線に、リュートはハルウェスがある程度信用できる人間だと思って、それを渡しいく。
なぜか小型通信機からはブブッと音がしたが気にしないことにした。
ハルウェスは小型通信機を両手で持つと、観察しながら口を開く。
「それで? この程度じゃまだ言い訳できてしまうわ」
「あぁ、俺がそう言ったところで君が実は複数人で来てると言ってしまえば、それだけでこの考えは否定されるだろう。だが、これで選択肢が減ったのも確かだ。
ただ、複数人でいる説も俺はあんまりないかな。
リゼ、この中から害意以外の視線はあるか?」
リュートはリゼの方へ向いて尋ねた。
その質問に対し、リゼは首を横に振る。
「いいえ、無いわ」
「何のための確認?」
「獣人は危険察知能力が高い。つまりは、相手の特に害意を持った視線に敏感なんだ。
君が俺とリゼみたいに二人以上で来ていたとして、君が一人で行動出来ているのならそれはずっと観察していることになる。
そこで観察者にとって大切なのは居場所がバレないこと。その状態でこっちを見てる。
だから、リゼに害意以外の視線を確認したんだ」
「なるほど、そういうことね。
なら、そこから派生する私の返答も想定できてるんでしょ?」
頬杖をついて見定めるような目をするハルウェス。
果実水で喉を潤したリゼが答えた。
「えぇ、もちとん。例えば、あんたに好意を持っている相手がいたとして、その人が視線を向けながらずっと様子を伺ってるってことはおかしいもの。
あんたに好意を持ってるのならそもそもあんたとつかず離れず行動している。
仮に、何らかの理由で邪魔しないように遠くから観察していたとしても、あんたは男であるリュートと話している。そこに嫉妬しない人はいない。
好意が無い場合は、近づかずに見てる可能性もあるけど、このような場所で話す相手よ?
自分が知らない相手なら気になって視線がチラチラと送られるはずだわ」
「以上のことから私が一人で行動していると。ふふっ、やっぱり面白いわ」
ハルウェスはお酒の入ったグラスをクイッと喉に流し込む。
頬を少し紅潮させれば、艶のある目で言った。
「さぁ、もっと聞かせてくれる? あなた達の考えを」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')
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