第45話 新たな厄介事
「よし、着いたぞ。情報通りならここだ」
リュートとリゼがやって来た場所は一つの建物の小さな事務所。
そこには「バリューダ組」と書かれた看板があり、普通の人ならまず近寄りたくない雰囲気を醸し出す場所だ。
学院長ローゼフの情報が正しければ、ここに学院生であるソウガ=ユークリッドがいるはず。
リュートはリゼに「行くぞ」と一声かければ、インタホーンを押した。
すると、一人の目つきの悪い柄シャツスキンヘッドの男が現れた。
「初めまして、俺は――」
「誰だテメェは!? どこの組の者じゃ!?
女なんか連れてきやがって、随分舐めた態度だな、オイ!」
リュートが自己紹介を始めるやすぐに遮られてしまった。
そして、来るは怒涛の威圧的な言葉。
もはやこの時点で友好的な関係は望めない。
そんなガン飛ばしの男の言葉をリュートは涼しい顔で聞いていた。
もはや懐かしさすら感じている様子だ。
一方で、リゼは男の声が大きいかったのがやかましかったのか耳を伏せて視線を逸らした。
「何涼しい顔してだワレ?」
「まぁ、そういう言葉が懐かしく感じる時期でしてね。
改めて俺はリュートといいます。こちらはリゼ。
こちら、ソウガ=ユークリッド君の住まいでよろしいでしょうか?」
「テメェ、俺らが若に何のようだ?
俺の圧にもビビらねぇってことは相当の筋の者だ。
全員出会え! カチコミ客が二名であんな――がっ」
スキンヘッドの男が振り向いて事務所内にいる人物に声をかけ終わる瞬間、素早く背後に立った眼鏡をかけたスーツの男がスキンヘッドの男の頭をドアに叩きつけた。
その光景にリュートとリゼはビックリ。
「うるせぇ、黙ってろ。相手の力量も測れずに圧をかけるからテメェはいつまでも三下なんだよ」
「あ、アニキ.......」
スーツの男の言葉にビビり散らかすスキンヘッドの男。
二人の男の火を見るよりも明らかな上下関係をリュートとリゼは理解した。
スーツの男はリュートとパチッと視線が合えば、途端に圧を消してニッコリスマイル。
そして、最初に口を開いて言った言葉は兄弟の躾の甘さに対してだった。
「申し訳ない、ウチの弟がガタガタと騒いで。俺は今この組の実質的トップのグラムと言う。
さて、若について話がしたいなら長話にでもなるだろう。
中に入ってゆっくりしてくれ。それと丁寧に話さなくてもいい」
グラムに案内されるままに事務所に入るリュートとリゼ。
事務所の中には組員と思わしき若い男達がよそ者を訝しむような目で見ていた。
ただ、その視線には見目麗しいリゼに対して情欲的な視線を含まれていたが。
グラムに促されてリュートは黒い革のソファに座った。
その隣に視線を意識したリゼが、リュートとのパーソナルスペースを詰める形で座っていく。
彼ら二人の前に四角いローテーブルを挟んでグラムが座る。
最初に口火を切ったのはリュートだ。
「改めて、俺は学院からの伝令役のリュート。隣が学院生のリゼだ。
彼女を連れてきた理由としては、どうやら学院でソウガと面識があるようだからすぐに話が通ると思ってだな。
あ、これは俺のオススメの酒になる。後で中まで楽しく飲んでくれ」
「これはご丁寧に。ありがとうございます。
私達も事前に学院から人が来るというのを聞いていたのだが、それがいつになるかわからずじまいで。
タイミング悪く、若がいないことには申しわけない」
グラムが頭を下げるのに対し、リュートは首を横に振った。
「いや、それはこっちの勝手な都合で押し掛けたから仕方ない。
しかしまぁ、こういっちゃなんだが、話が通じる相手で助かった」
「ハハッ、ここでは何かと変な因縁をつけられて無駄なケンカの売り買いが多発してるからね。
しかし、それも相手を見極めなければただの骨折り損。
それこそ言葉の意味そのままになってしまう。先程の愚弟のようにね」
グラムは目を細くした。
まるで相手の正体を暴くかのような目つきだ。
しかし、その視線を浴びてもリュートの顔色は一つ変わらない。
むしろ、隣にいるリゼが二人の空気に委縮してるぐらいだ。
「失礼ながら前職は何を?」
「しがない放浪傭兵家業さ。ま、実戦派とだけ言っておこうかな」
リュートが不遜に目つきをぶつけ合わせる。
その彼の態度にグラムはニコッと笑った。
「これはどうやら敵対しない方が良さそうだね。
もとより、若の関係者となればそれこそ余計な手出しは無用になるが」
「あぁ、あれぐらいの言葉なら俺はどうってことないさ。それこそじゃれつこうとな。だけど――」
リュートは一気に圧を出した。
瞬間、事務所内の空気が一瞬にして冷たく切り替わる。
「俺の仲間に手を出そうってんなら容赦はしねぇ」
この瞬間、リゼ以外の誰もが感じただろう。
今この場を支配しているのは一体誰なのかということを。
赤髪の男は座ってるはずなのに、気配だけで赤い狼に首をかみ砕かされそうになっているのを。
「ま、ここの連中ならしないと信じてるけどな」
「.......そうだね。それはない。今確信した」
冷や汗をかいたグラムは頷きながら言った。
彼もまた感じたのだ。
今の一瞬、確実に狼が首に噛みついていた、と。
相手が若を求めている以上敵対してくることはないが、こちらからすることもあってはいけない。
この貴重な戦力だけは絶対に。
にしても、恐ろしい。まさか自分の仲間以外にだけ死の圧を送るとは。
年齢は私より若そうだが、くぐってきた修羅場の数と濃度はそれこそこちらを超えている。
今目の前にいるのは歴戦の老戦士。そのつもりで相手にしろ。
「そういや、ソウガはどこにいるんだ? いる場所がわかるなら、直接そこへ向かうが」
リュートの言葉にグラムは少し考える素振りを見せた。
眼鏡をクイッと上げると、今自分達の置かれてる状況について話始めた。
「今、少し厄介なことになっていてな。その事情を話させてもらいたい」
「それは俺達に協力者になれって話だな?」
「ふっ、やはり勘が鋭い。簡単に言えば、そうだ。まぁ、ともかく話を聞いてもらおう」
そして、グラムが話したことを要約するとこうだ。
バリューダ組親分ことタジフ=バリューダは、孤児院にて身寄りのない子供達や戦争孤児に対して支援金を送るような人物だった。
それはバリューダ組全体での方針でもあり、稼いだお金の何割かを支援金として送っていた。
そんなある日、街から子供達がいなくなるという事件が多発し始めた。
攫われた子供達に共通点はなく、また特に多かったのが孤児院でそこにいる全員が連れ去られるという事件もあった。
その事件にきな臭さを感じたタジフは独自の情報網で攫われた子供達の後を追った。
やがて、執念の末に子供達がいるであろう場所を見つけたが、それは同時に犯人の目にも止まり、タジフは犯人に捕らえられてしまった。
それを知ったソウガが今度は親父の行方を捜して東奔西走。
現在も親父の行方を捜しに外に出ているために、リュート達が会いに行ってもいなかったわけだ。
「なるほどな。なら、俺達にもその親父さんを探す手伝いをさせてくれ」
「いいのか? よそ者の言葉を真に受けるなんて、それも俺のような人物を真に受けるなんて死ぬようなもんだぜ?」
「いいさ。互いに利のある話は確かなんだし。で、どこにいるんだ?」
「それは――」
―――十数分後
リュート達は目的地に辿り着いた。
彼らの目の前にあるのは昼夜問わず輝いているだろうギラギラした光が明滅したり、ずっと眩い光を放っているカジノ施設だった。
今はまだ昼間だ。
しかし、そこには護衛を引きつれた多くの金持ち、一攫千金を狙う冒険者や若者、施設のボディガードであろう黒服の大男に外ではじき出されるパンイチの男などが出入りしていた。
「結局、ここに来るのね......」
リゼはカジノ施設を睨むように見ながら、重たいため息を吐いた。
倹約家の彼女にとってはお金を湯水のように使うこの場所はまさに地獄に等しい。
お金に苦労した彼女だからこそ余計に。
出来ることなら入りたくないというのが彼女の気持ちだろう。
リュートはリゼの気持ちを察しながらも、言葉をかけた。
「リゼ、わかってると思うが......」
「言わなくても結構よ。全く遊ばない奴は目立つからね。
でも、使う上限は決めさせてもらうわよ。
勝っても負けてもそれ以上は使わせない。
あんたの財布のひもは私が握る。
早々にお金が無くなってせがんでもダメよ」
リゼの鋭い目つきにリュートはそっと目を逸らした。
そうならない自信が彼にはなかったからだ。
しかし、それは目的の手段でしかないことも理解してる。
「あくまでここでは情報収集もしくはソウガ本人を見つけることが優先だ。
だから、観客に紛れて目立たず、騒がず、会話をメインに」
「えぇ、それなら手分けした方が良いわね」
「緊急事態の時はちゃんと信号送れよ?」
「わかってる。出会った頃みたいに無茶な行動はしないわ。ちゃんと助けに来てよね」
リゼはニコッと笑ってリュートに言った。
その態度に彼は思わずドキッとした。
なぜなら、ツンデレな彼女が随分と柔らかい言葉を使うからだ。
特に最後の言葉なんて前の彼女だったらつけないだろう。
「任せろ」
リュートはリゼの頭に手を置けば、少しだけ帽子を前にズラした。
「ちょ、何するのよ!」
「ちょっとした意趣返し」
「ハァ?」
「ほら、行くぞ」
「ちょ、もう! 待ちなさいよ!」
先行して歩くリュートの後ろをリゼが追いかけていった。
*****
―――バリューダ組
リュートというある種の爆弾が去った後のグラム達組員は、今度は次なる緊張した空間に襲われていた。
グラムが冷や汗をかきながら見つめる相手は、不遜にも複数人用の長いソファを独り占めし、足を組みながら見下ろす若い青年だった。
「バリアン=ロークウェン......あんたほどの人物が何の用だ?」
「何の用とは失礼だな~。用が無きゃ来ちゃダメ? そんな甲斐性無しの男なのかい?」
「用がないなら帰ってもらおう。第一、お前達の義理は果たしたんだからな」
グラムが貧乏ゆすりをし始める。
そんな彼の様子をバリアンはイタズラっぽい笑みを見せながら、周囲の組員をぐるりと見渡した。
「組員はこれで全員? 話の通ってない奴はここにいないよね?」
「あぁ、これで全員だ。あんたが来た時に外に出かけさせたのが、俺よりも親父や若についてる派だ」
「アハハハッ! 若なんて愛称で呼んじゃって! 面白~い!」
バリアンは盛大に笑えば、背もたれに寄りかからせていた体を前のめりにさせる。
そして、相手を見透かすような目でもって言った。
「本当は微塵も愛着なんて持ってないくせに。
こうやって僕に対して、恩を売って乗っ取る画策しててよく言うよ、本当に」
「っ! お前らに恩を売って何が悪い? 現にお前らも俺達の計らいで助かってることもあるだろ?」
「無いよ。ナイナイナイ。微塵もない」
バリアンの挑発的な言葉に、グラムの額に青筋が走る。
「なん......だと?」
「だってさ、考えてみ? 僕達の親分のガルバンはこの国の王だよ?
それに金檻の箱庭の常識じゃ金を持ってるものが正義であり、力でもある。
既に持ってる強者が弱者の媚に何を助けられるっていうのさ。
む・し・ろ、助けてもらってるのはそっちの方でしょ?」
「ぐっ......」
ぐうの音も出ないグラム。
それもそのはず、彼が今やこうして活動できているのはずっとガルバン一家との裏やり取りがあったからだ。
言葉が詰まっているグラムを見て、バリアンはつまらなそうにため息を吐く。
ソファを立ち上がれば、今度は背もたれに座り、足を組み、頬杖を突いて見下ろす。
「本当にここの奴らは見ていてつまらないな。何より、僕の心が躍らない。
ハァ、やっぱり僕の心を染め上げて今もこうして忘れさせてくれないのは“血染めの狼”だけか」
その言葉にグラムはピクッと反応した。
「あの赤髪の男が例の人物か。
確かに、その名も理解できるほどには修羅場をくぐってきた人間だと思う。
だが、あの男に会って思い出したが、血濡れの狼はもっと筋骨隆々の男と聞く。
それにあんなに若いとは聞いてない」
「それは単なる偽の情報さ。あの戦場にいた者なら誰もが嘘とわかる」
「......あの男は何者なんだ?」
グラムが素朴な質問をした瞬間、今まで陽気だったバリアンの体がピタッと止まる。
瞬間、グラムはヘビが首元に噛みついたような気配に襲われた。
「それは君が知る必要はない」
「っ!」
グラムが気づいた時には首筋に短剣が押し当てられていた。
その状況で動けた組員は誰もいない。
グラムとバリアンの構図を見て一拍置いた後、全員が武器を構えた。
バリアンはパッと手を離せば、武器を構えられている中、悠然と玄関に向かって歩いていく。
彼は右手でドアノブを捻り、少しだけ開けた後に捨て台詞を吐いた。
「これは僕と彼の愛の物語さ」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')
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