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僕の初恋殺害事件

作者: 墨江夢

 6月12日、水曜日。梅雨という季節に相応しい、雨の日のことだった。

 僕・三谷舜(みつやしゅん)が昼食を取っていると、同じクラスの友人に声をかけられた。


「なぁ、三谷。お前、(あさひ)さんのことが好きなのか?」

「ブーーーッ!」


 予想だにしない質問を受け、僕は盛大にお茶を吹き出す。当然のことながら、友人からは「汚ねえ」と言われた。


「ぼっ、僕が旭さんを好き? いっ、一体どこの誰からそんなデマを聞いたんだい?」

「風の噂で耳にしただけだ。……ていうか、絶対デマじゃないだろ? 目、めっちゃ泳いでるし」


 確かに今の僕の瞳は、一回転するんじゃないかというくらいの勢いで左右に泳いでいた。


 今更どれだけ否定しても、この友人は聞き入れてくれないだろう。僕が旭さんに惚れていると、確信を持っている。


 下手に否定するより、素直に認めて口止めするべきか。僕は誤魔化すことを、早々に諦めた。


「そうだよ。僕は旭さんが好きだよ」

「おっ、ついに自白したな。……因みに、どんなところを好きになったんだ?」

「僕みたいな影の薄い男にも、優しくしてくれるところかな。女慣れしていないから、ちょっと親切にされただけで好きになっちゃうんだよ」

「なんていうか……情けない男だな。お前にプライドはないのか?」

「ほっといてくれよ。……わかってると思うけど、このことを誰かに話したりしないでくれよ」

「誰にも言う気はねーよ。だけど……もう遅いかもしれねーぞ?」


 ……ん? 遅いとは、一体どういうことだろうか?


「お前が旭さんを好きだって噂、もう全校に知れ渡っているし」

「……マジで?」


 本当に気の許せる数人にしか、僕の好きな人は教えていない。そして僕自身、わかりやすい性格ではない筈だ。ない筈……だよね?


 なので僕の恋が周知の事実だという友人のセリフを、間に受けることが出来なくて。

 彼の話の真偽を確認する為、僕はそれから生徒たちに質問をして回った。「僕の好きな人知ってる?」と。


「えっ、三谷の好きな人? 知ってるぜ。旭だろ?」


 自信たっぷりに答える、クラスメイトのKくん。


「三谷先輩の好きな人? そんなの、知らないわけないじゃありませんか! 旭先輩ですよね?」


 さも常識であるかのように胸を張る、後輩女子。


「三谷の好きな人が誰かって? せーの!」

『旭さん!』


 グラウンドに響き渡るくらいの大音量で、声を揃えて叫ぶ野球部員。


 聞き込みの結果、質問に対する生徒たちの回答はほとんど満場一致で「知っている」だった。


 どうやら僕の知らないうちに、僕の恋心はさながら冬場のインフルエンザのごとく拡散していたようだ。

 

 そしてその「生徒たち」には、当然旭さん本人も含まれていて。


「三谷くん、聞いたよ〜。私のこと、好きなんだって?」

「えっ!? ……うん」

「ありがと〜。でも、ごめんね。私、彼氏いるんだ〜」


 業務報告のようなノリで、僕をフる旭さん。言うまでもなく、僕はまだきちんとした告白をしていない。


 だけど「ごめんね」と言われた以上、僕が旭さんと恋人関係になる確率は限りなく低い。少なくとも、彼女に告白する権利は剥奪されたことになる。


 こうして僕の初恋は、実に残酷な形で終わったのだった。





「えぐっ、えぐっ。旭さんのこと、本気で好きだったんだよぉ」


 放課後。俺はミステリー研究会の部室で、号泣していた。

 

 初恋だった。

 家では寝ても覚めても彼女のことばかり考えて、学校ではつい彼女のことを目で追って。人はこんなにも誰かを愛せるのだと、心から感動した。


 でも……そんな純粋な僕の恋心は、物の見事に砕け散った。


 ヤケ酒ならぬヤケ麦茶をする僕を、同じくミステリー研究会所属の聖宮海(せいみやかい)が慰めてくれた。


「おいおい、舜くんよ。失恋したくらいで、泣き喚くんじゃないよ。ほら、よく言うだろ? 「初恋は叶わないって」」

「海……」

「ただこの定義には続きがあってね。「初恋は叶わない。ただし、美男美女は除く」。……だから美少女のボクは、失恋を経験したことがないんだよね」

 

 ……訂正。これは慰めているんじゃない。

 自分を持ち上げた上で俺を揶揄っているんだ。


「傷心している部員を慰めても、バチは当たらないと思うよ?」

「生憎ボクは誉めて伸ばすタイプじゃないんだよ。揶揄って楽しむタイプなんだ」

「成長させてすらいない!」


 考え得る以上に最低なスタンスだった。


「冗談はさておき、泣いていても何の得にもならないよ。体内から水分が消費される分、寧ろマイナスだ」

「……それじゃあ、旭さんのことは綺麗さっぱり忘れろって?」

「そうだね。叶わない恋なんて忘れて、新しい出会いを模索するべきだよ。……例えばほら、現在進行形で舜くんの近くには美少女がーー」

「恋心は忘れても、恨み辛みまで忘れる気はないよ。……僕を失恋に追い込んだ犯人を、絶対に探し出してやる」

「……」

「……って、あれ? そんなにむくれて、どうしたんだい?」

「べっつにー」


 なにやら海が不機嫌そうな顔をしているが、気のせいだろうか?

 

 閑話休題。

 

「僕の初恋は、何者かに殺害された。つまりこれは、『三谷舜の初恋殺害事件』だ。……この事件の犯人を突き止めないことには、僕の気は収まらない」

「おっ、良い意気込みだね。高校生探偵の血が騒ぐかい?」


 僕はそんなカッコ良いものじゃない。ただのミステリー好きな読書家だ。

 

「というわけで、海。君も犯人探しを手伝ってくれ」

「えっ!? ボクもかい!?」

「そりゃあ、そうだろう? なんたって海は、ミステリー研究会の部長なんだから」


 寧ろ彼女なら、ダメだと言っても首を突っ込んでくる気がしていた。


「……そうだね。ミステリー研究会部長の聖宮海なら、目の前にぶら下がっている謎に飛びつかないわけがないよね。……良いだろう! 他でもないこのボクが、手と頭脳を貸してあげようじゃないか!」


 こうして『三谷舜の初恋殺害事件』の捜査が始まった。

 




「まずは容疑者を絞り込もうか。この犯行は、キミが旭さんを好きだという事実を知らなければ実行することが出来ない。つまり犯人は、キミが恋愛相談をした人間の中にいる」

「僕が恋愛相談した人間、か。そうだなぁ……」


 僕は恋愛相談をした相手の名前を列挙する。僕は基本秘密主義なので、全部で3人しかいなかった。

 僕が口にした3人の名前を、海はホワイトボードに書いていく。


「成る程、容疑者は3人か。……他にはもういないかい?」

「あとは……海とか」


 当然のことながら、部員の中で一番仲の良い海にも恋愛相談をしている。なので僕は、彼女を指差した。


「ほう。このボクを容疑者扱いとは、良き度胸だね。ちょっと体育館裏に来てもらおうか」

「え!? 事実を言っただけなのに、僕ボコられるの!?」


 そんなの理不尽だ! あんまりだ!


「冗談だよ。色々な可能性を考慮するなら、ボクも容疑者にカウントするべきだね」


 そう言って、海はホワイトボードに自分の名前も付け足した。


 現状海も含めて、4人の容疑者が浮かび上がった。

 ……この中に犯人がいるというのか。正直信じられないし、信じたくもないな。


「次は犯行時期を確定させよう。噂が流れ始めたのは、一体いつのことかな?」

「みんな風の噂って言っていたから、正確な日にちまではわからないけど……大体1ヶ月前だったかな? ゴールデンウィーク明けあたりから、噂が流れ始めたって言っていたよ」

「ふむふむ、成る程。つまり犯行は、ゴールデンウィーク中に行われた可能性が高い、と」


 呟いた後、海はホワイトボードを見る。そしてその後、未だ5月のままになっているカレンダーに目を向けた。


「……ゴールデンウィークといえば、確か補習があったよね?」

「そういえば。僕も参加したから、よく覚えているよ」

「その補習の時に、居眠りした覚えとかないかい?」

「……ある」


 2日目の数学の時間、前日遅くまで本を読んでいたこともあり、僕はつい居眠りをしてしまったのだ。


「居眠りする前と後で、何か変わったことは?」

「……そういえば、起きたら妙に周りからの視線を感じたな。名前も知らない生徒に、指を差されることもあったし」


 ……あれ? もしかして、それって――


「まさかと思うけど……そういうこと?」


 恐る恐る尋ねる僕に、海は一つ頷いて返す。

 なんてことはない。この事件の犯人はーー僕自身だったのだ。


 真相は、実に単純だ。

 補習の時間、居眠りをしてしまった僕は、うっかり寝言で呟いてしまったのだ。「旭さん、好きだよ〜」と。


 それを聞いた補習生たちが、この笑い話を友人に話す。あとはもう、ネズミ講だ。


「舜くんって、時折寝言でとんでもないこと口走るからね」


 ……はい、自覚しています。


「つまりこれは事件ではなく、事故だったというわけか。全く、人騒がせな奴だよ、キミは」

「悪かったね、茶番に付き合わせて」

「そう思うなら、お詫びに付き合ってくれよ」


 ……ん?

 僕は海の言葉の意味を、一瞬理解出来なかった。


「えーと、海に付き合うって……買い物にでも一緒に行けば良いのかな?」

「お決まりの勘違いをしないでくれ。そんなんじゃ、探偵失格だよ。……「ボクに付き合ってくれ」じゃない。「ボクと付き合ってくれ」だ。要するに、ボクは舜くんのことが好きなんだよ」


 事件を一つ解けば、何か大きな真実が明かされる。それがミステリーの定番だが……予想以上のカミングアウトがきてしまった。


「言ったよね。「ボクは失恋を経験したことがない」って。それはね、まだボクが、初恋の途中だからなんだよ。昨日までのキミには、好きな人がいた。でも、今はいない。ならば今こそ、長年の想いを告げる絶好の機会だと思わないかな?」


 さながら事件の真相を解き明かす探偵のように、自信たっぷりに語る海だが……よく見ると、彼女の頬は薄らと紅潮していた。

 彼女とて、恥ずかしいのだ。勇気を出しているのだ。

 

「犯罪者を捕まえるのは、警察の役目じゃなかったっけ?」

「そうだね。だけどキミの心を捕らえるのは、ボクの役目なのさ」


 僕はヘタレだから、今ここで返事をすることが出来ない。取り敢えず今日は一旦保留にして、持ち帰って。

 明日居眠りでもしながら、うっかり「海が好きだ」と漏らしてみるとしようかな。

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