第6話
虫が鳴いている。
あの後、朝顔は結局我が家にドカドカと上がり込んで鯉の天ぷらを振る舞って帰っていった。
嵐のような少女である。
夜の縁側は、9月の半ばにもなると秋めいて少し肌寒い。
闇夜には大きな月が浮いていた。
月明かりに照らされ、少女が一人。
傍らにはオレンジジュースと氷の入ったグラス。
風呂上がりなのか、色素の薄い肌は少し赤らんでいる。
熱を持った肌を冷ますように、薄いTシャツ一枚で月を眺めていた。
「『向こう』の魚って、骨がないんですよ」
「『向こう』って、月の?」
「そう。魚っていうか、魚成分の成形肉なんですけど」
「魚肉ソーセージみたいな感じかな」
「いや、もっと水っぽいというかモタっとしているというか……他の食べ物じゃ言い表せない感じ」
「美味しい?」
「美味しくないです。全然。歯ごたえは無いし、薄味だし、その癖、青臭さだけは過剰なくらい強くて。安っぽいオレンジジュースの魚版っていうか」
手元のグラスを見ながら、ゆかりはそんなことをつらつらと語る。
「……美味しくなさそうだな」
「でも、向こうで魚って言ったらそれの事なんです。だから、私、本物の魚って初めて食べました」
「感想は?」
「身がしっかりしてました。小骨は多いし皮は硬いし、ちょっとドブっぽかったりもしたけど」
「……最後のは溜池のせいだけど」
「向こうと反対なんです。だから落ち着かないのかな」
「反対?」
「ここに来てから、頑張らなくてもご飯は食べられるし、事故も少ないし、水も空気もたくさんあるし。なのに、『生きてる』って、そんな『風味』だけは凄く強くて」
少女はオレンジジュース入りのグラスを持って立ち上がる。
カラン、と涼しげな音が響いた。
「……安っぽいオレンジジュースなんですよ」