第5話
「それ、食べるんですか?」
バケツの中でビチビチと跳ねる鯉と、澱んだ溜池を見ながら、ゆかりがそう言った。
「食べる食べる。下処理が大事なの。お塩振って浸透圧で水抜きしてね。料理酒に浸けて冷凍するの。で、油で揚げれば美味しく食べられるから」
それでも仄かにドブは香るのだが、と思ったが口には出さなかった。
ゆかりはそういうものか、といった感じで頷いている。
「ゆかりちゃんもやってみる?釣り」
「はあ、まぁ、せっかくですし……」
釣り針に刺さったミミズを見てゆかりが声にならない悲鳴を上げて落水しかけるのは、3分ほど経った後の話だった。
濁った水は生命の混沌である。
魚も、虫も、水草もバクテリアも、宇宙で見つけるのは困難だ。
今の地球は巨大なビオトープだ。
アクアリウムと言ってもいいかもしれない。
保護された自然と生命の澱。
金持ちの道楽と言われればそうかもしれないが、ニコニコと釣りをする目の前の少女を育んだのはこの自然なのだと思うと、僕には否定することは出来なかった。
母なる揺籠は、しかし、定員制だ。
親に見放された同胞達は、月の裏側から怨嗟の目で僕達を見ている。
水も空気も無い世界で。
そして、ここにいるもう一人の少女は、そんな月からの使いなのだ。