第17話
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筋肉と神経から齎される信号を読み取って、失われた人体の欠損を補う人工的な人体を『義体』という。
『義体』というものは、現代、そう珍しいものではない。
こと、『月の向こう』となれば、事故による人体の欠損は茶飯事であったし、日雇いで口に糊するような労働者でも買えるようなジャンク品がそこには溢れていた。
こういうものは、だいたいが中古品である。
不要になり売られたようなもの、放出された旧式品などもあるが、その殆どは死体から剥ぎ取られてきたものだ。
それはありふれたものであり、その事に対して不気味であるとかそういう感情を抱く人間は余りいなかった。
しかし、そんな中古品の中にも忌み嫌われるものがあった。
それは『羽憑き』と呼ばれていた。
中古品の義体には、前使用者の癖が残っていることがある。
右腕の義体であっても、前使用者が左脚も欠損していた場合は左脚を何となく庇うような癖が残っており、現使用者に対してゆっくりと不和を蓄積し、幻肢痛に似た掻痒感を誘発させるのである。
『羽憑き』は、右腕の義体であると言われる。
所謂眉唾話であり、細かな特徴は判然としない。
『羽憑き』に憑かれた人間は、最初、背中にぼんやりとした違和感を感じるようになる。
それはそのうち痒みに変わり、程なく痛みに変わる。
骨をゴリゴリと削られ、露出した骨髄が剥き出しにされているような激痛である。
そこに至って、憑かれた人間はその痛みの正体に気付く。
翼なのだ。
翼を鋸のようなもので骨ごと断たれた、それはそういう痛みなのである。
その頃になると、憑かれた人間は義体を外す事を嫌がるようになる。
翼が、それを失ったその痛みの残り香すらも愛おしくなって。
そして、程なく死んでしまう。
『幻翼痛』と呼ばれている。
そんな話。