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和女食堂  作者: 栗原和女
7/7

皿盛り豚しゃぶ

痩せたい。なんとしてでも痩せたい。


一体わたしは一日に何回心の中で「痩せたい」と言っていることだろう。おそらくリアルに100回を超えている。


ダイエットを始めて、2年を過ぎた。半年ほど前からもう、体重がほとんど動かない。でもわたしはまだ、73キロもある。


元の体重が100キロだったから、ものすごく見た目も変わったし、動きやすくなった。普通の洋服屋さんで服が買える。それは長年の夢だった。


子どもの頃からずっと太っていて、いよいよ100キロの大台に届いたとき、絶対にいやだと思った。


「ダイエットするわ。マジで」


彼氏に言った。


「そっか。応援するよ。ボクはキミが何キロでも好きだよ。でもキミが痩せたいなら協力する。どうしたらいいか言ってね?」


完璧な回答。さすがわたしの彼氏。彼は細マッチョのイケメンで、そこそこモテる。


会社の飲み会であいみょんの話が出て、「マリーゴールド」から入ったんじゃなくてそれ以前からのファンということで意気投合した。


それから毎週末ふたりで、ライブハウスめぐり、映画館めぐりをして、いつの間にか付き合っていた。


かっこいい彼氏と肩の力を抜いて話せる自分が好き。そのことが、わたしの自信を支えてくれている。そんなこと、誰にも言えないけど。


最早お互い家族のような存在なので、遠慮はいらない。ただ彼は元々が礼儀正しく賢い人。どんなにふざけても失礼なことは言わない。本当に素晴らしい人。わたしは運がいい。


生まれてこの方ずっと実家に住んでいる。彼氏の家に泊まったりしても親は何も言わない。そりゃそうか。もう社会人だもの。むしろ早く出ていけと思われているのかも。


ダイエットの関係もあり、デートの日以外は自分で作って何か食べる。母の手料理はいかにもごはんのおかず系のものが多く、基本午後3時以降炭水化物抜きのわたしには合わない。


たまには誰かの手料理が食べたい。彼はあまり料理が得意じゃないし、料理好きの女友達もいない。そもそも友だち少ないからね。


家の近くに和女食堂というお店がある。そこの料理はしみじみ美味しい家庭料理だと、よく行くコンビニの若い店員さんから聞いた。


週の後半はだいぶ疲れが溜まってきて、帰宅後に料理を作る気力も出ない。


そんな先週の金曜日。仕事を終えて大森駅に着いたのが夜7時だった。今日こそ行ってみようかな。


Twitterを見たら、「がんばって営業中! 夏ってなんだか豚しゃぶが美味しい!オーイェー!」と和女食堂さんがツイートしていた。


豚しゃぶか。ライスやうどん抜きなら合格だな。野菜もたくさん食べられそう。


【お品書き】

皿盛り豚しゃぶ 950円

しゃぶしゃぶの出汁雑炊 30円

ごはん 10円

冷やしたぬき蕎麦 300円

たぬきおにぎり 30円

野沢菜白ごまおにぎり 30円

野沢菜チャーハン 160円

ケチャップライス 100円

カレーライス 200円

ペペロンチーノ 150円

ナポリタン 200円

そうめん 200円

ズッキーニの天ぷら200円

愛の野菜スープ 150円

冷ほうじ茶 20円

アイスピーチティー 40円

アイスカフェオレ 120円

無印良品のショートブレッド(クッキー)190円


「すみません、豚しゃぶとお茶だけでもいいですか?」


「モチのロンですよ。お茶は何がいいですか?」


「では、冷ほうじ茶でお願いします」


和女さんていう人もかなり太ってる。でもなんだか、のびのびしていて気にしてなさそう。


自分が痩せたからって、太ってる人に対して「痩せればいいのに」なんて思わない。本当は体重なんて、人間にとって大した問題じゃないんだ。自分が自分をどう思うかというだけ。


実際わたしは27キロ痩せたけど、立派な人間に変わったわけでもないし、特にモテるようになったわけでもない。会社の人たちの態度も変わらない。それに、彼がいるからモテる必要もない。


ただわたしは、標準体重になった自分がどんな姿なのか見たいだけ。本当の自分に会ってみたくて。


「お待たせしましたー。イベリコ豚肩ロースのしゃぶしゃぶです。美味しいよ」


「ありがとうございます。イベリコ豚、しゃぶしゃぶにもなるんですね」


「そうなのよー。イメージよりしつこくないと思うよ。糸唐辛子、乗せすぎちゃった。残していいからね。味は辛くないけど」


レタス大盛りだな。助かる! 小松菜も少し入ってる。お肉は十分な量。ポン酢に比して、薬味のネギが多い気がするけど、薬味好きだから全部いけちゃうかな。


イベリコ豚、美味しい〜。こんなにコクがあって、脂っこくないんだ。普通の豚しゃぶと違う味。皿盛りだけど、お肉フワフワで柔らかい。


そういえばさっき、ガス火をカチッと切る音がしてからお肉を入れていた。しゃぶしゃぶのお肉ってグツグツ踊らせなくていいのね。


「そのポン酢、やまつ辻田。知ってる? 七味唐辛子とか、粉山椒とか美味しいお店。大阪にあるんだよ」


「いや知らなかったです。フルーティーだけど甘くなくて美味しいですね」


「せやねん。スッパ!ってならなくて、そのまま舐めても美味しいくらい優しいのよね」


おっしゃる通りだわ。野菜を茹でてこのポン酢をかけるだけでも美味しそう。今度買ってみようかな。


「ごちそうさまでした。美味しかったです。家近いんで、また来ます」


「えー嬉しい。ありがとございまっす! 970円です」


おなかいっぱい。お肉と野菜だけの夜ごはん。安心できる。


「お肌きれいですね。何かやってるの?」


和女さんに聞かれた。


「あ、いえ、ドラコスですよ。なるべく手作りのものを食べるってことと、お菓子とかアイスを控えてるぐらいですかね。特に袋菓子は全然食べないんです。好きじゃないんで」


「なるほどの。それは大事。手作りのおかずが食べたくなったらまた来てね!」


そういえばメニューに出ていた無印良品のクッキーは袋菓子の一種かな。全然イヤミで言ったわけじゃないし、袋入りのクッキーぐらいならたまに食べるんだけど。


好感を持った証拠に、また近いうち来てみよう。今度は何か少しプライベートなこともお話ししてみたいな。あの人にだったら、話してもいいかも。なんとなくそう思った。

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