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和女食堂  作者: 栗原和女
6/7

マッケンチーズ

食べログをダラダラと書き続けて、かれこれ10年ほど経つだろうか。


最初の一年は、フォロワーを増やしたくてほぼ毎日投稿していた。自分が投稿したレストランに、先にレビューを書いていた人には全員いいねを押した。


食べ歩いてるエリアや価格帯、好みのジャンルが近そうな人は、片っ端からフォロー。タイムラインには全いいねを押すのが日課。ほとんど記事は読んでない。


そうやって一年でフォロワーさんは2000人を超えた。しかしどうやってもそれ以上には伸びてこなくて、投稿は多くて週4回、少なくて1回ぐらいに落ち着いた。


今ではフォロワー数などほとんど見ていない。気が向いたら投稿して、投稿と同時にできるだけ多くタイムラインの記事にいいねを押すだけ。


ぼくは49歳で独身のおじさんだけど、アイコンはネットで拾った20代女子の写真だ。食べログネームは「東京美食めぐり」。


年齢性別不詳の文体を心がけている。いや、ときどきわざと女性疑惑を持たれるように意識しているかもしれない。嘘をつかない程度に。


なぜなら、綺麗な女性のほうがフォロワー数が増えると聞いたことがあるからだ。


当たり前のことなのかもしれない。ぼくだって、中身が本物の人間と感じられる女性のレビュアーさんがいれば気軽にフォローする。それでいいじゃないか。


ときどきリアルでレビュアーさんたちに会うことがある。DMで食事会の誘いなどあるからだ。行ってみたかった店であったり、会ってみたい気がする人たちがいれば、その相手の男女を問わず参加する。


そのときは、「ええっ!女性かと思ってました!」と必ず言われる。ぼくは悪びれもせず、「いやいや、好きなアイドルの顔写真をアイコンにする男性なんていくらでもいるじゃないですか」と笑って開き直る。


結果的にいずれ男性であることがネットでバレても全然構わないと思っている。食べログなんて、ほんのお遊びに過ぎない。ぼくにとって、所属する社会でさえもない。


ただ、飲食店さんへのリスペクトだけは忘れないようにしている。こっちにとっては遊びでも、お店の人にとっては人生そのものだ。決して悪口は書かない。


それに、悪口を書くと自分の心にも重いものが残る。最初の頃、ある店の店内がドブのような臭いに満ちていることに関して苦言を書いたことがあった。特に何もリアクションはなかったものの、心苦しくて消してしまった。以来、苦言禁止だ。


7月のある土曜日。なぜか早く目が覚めて、池上本門寺の辺りを散歩することにした。この辺は旧東海道だから、昔ながらの商店や民家の名残がそこはかとなく漂う。


旧東海道沿いに気分良く歩いていると、住所表示が大田区中央に変わってきた。今までここまで歩いて来たことはなかった。本当に普通の住宅街で、何もない。一本向こうの池上通りに出れば、ファミレスやスーパーがあるのは知っているが。


せっかくここまで歩いてきたのだから、ここにしかない個性的なお店で何か食べていきたい。食べログを開いて、「現在地周辺」をクリックすると、10番目に気になる名前の店があった。


「和女食堂」か。食堂って素敵な響きだ。安くて、ざっくばらんで、パパッと出てきてパパッと食べられる感じ。


食べログの点数は3.15。料理の写真は庶民的でなかなか美味しそう。まあ地雷ってことはないか。ここへ行ってみよう。


「いらっしゃいませ! 暑いですねー。どうぞおかけください」


年齢不詳の女性が案内してくれた。店にはこの人しかいない。料理もサービスも全部一人でやってるタイプか。


【お品書き】

ミートボール トマトソース 200円

素パスタ 100円

マッケンチーズ 200円

ペペロンチーノ 150円

ミートソース 200円

ナポリタン 200円

キムチ素麺 280円

冷やしたぬき蕎麦 300円

たぬきおにぎり 30円

野沢菜白ごまおにぎり 30円

カレーライス 200円

ベビーリーフサラダ 150円

ズッキーニのソテー 130円

野沢菜 50円

ベーコンレタススープ 150円

愛の野菜スープ 150円

冷ほうじ茶 20円

アイスティー 40円

炭酸水 90円

アイスカフェオレ 120円

バームクーヘン 200円


ええっ? 安すぎる。安すぎて不安なくらいだ。しかしレストラン訪問数3000を超えるぼくの経験からすると、こういう清潔感のある店がそんなに不味かったことはない。


このメニューの並びだと、ミートボールが一押しだろうね。ミートボールと、なんらかのパスタとサラダを組み立てる前提と見立てた。


「注文お願いします。ミートボールと、マッケンチーズ、ベビーリーフサラダ、炭酸水をお願いします。炭酸水は先にいただけますか?」


「了解でーす。すぐにお出ししますね」


夜ならば白ワインといきたいところだが、まだ陽も高い。よく歩いたから、冷えた炭酸水は美味しく感じるだろう。


お品書きの一番下に、「撮影は料理のみでお願いいたします」と小さく書いてある。ということは、料理ならばOKだな。


最初にきた炭酸水から撮る。次にベビーリーフサラダが来て、間もなくミートボールとマッケンチーズが届いた。


「少し時間のかかる料理だから、ある程度作ってあったんですよー。でも、本日作りたてです」


「ああ、そうですよね。そのほうが効率的だし、客も助かりますよ」


客が来る前に料理を仕込んでおくなんて当たり前なのに。いつもはゼロから作っているんだろうか。不思議なことを言う人だ。


目の前に並べられた料理は素晴らしい。確実に美味しそうな匂いがするし、見た目も良い。お皿もしっかりしたクオリティのものだ。


全体図と各皿の写真をそれぞれ2〜3枚ずつ撮る。よし、うまく撮れてるぞ。


まずはマカロニから。うう、美味しい。期待以上だ。シンプルかつストレート。プニプニしたマカロニの柔らかさと、チーズソースの濃厚さ加減がバッチリ合っている。


ミートボール。これまたド直球のザ・ミートボール。つなぎがほとんど入っていなくて、まさに肉の団子だ。添えられたバジルがよく合う。


マッケンチーズもミートボールもそれなりにしっかりした味なので、ベビーリーフサラダの合いの手が嬉しい。


炭酸水はキンキンに冷えたペットボトルがそのまま出された。「コップいりますか?」と聞かれたが、必要ない。


ちょうど満腹になったところで食べ終えた。いやはや、すごいコスパだ。


「おねえさん、ぼく食べログをやっていて、大田区の飲食店けっこう行ってるんですよ。今日食べたものは全部しっかりとした手作りのお味で、ストレートに美味しかったです! 東京美食めぐりっていう名前で書いてるんで、よかったら見てください」


「あら、それってうちのこと良い感じに書いてくださるってことかしら? めちゃめちゃ嬉しいです。ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします。でもご無理のない範囲で」


おねえさんは嬉しそうな顔をして、弾むような声で返事をしてくれた。うん、サービスは5つ星だな。


総合4.0ぐらいで投稿しておこうか。高級店じゃないから、それ以上高い点数なのも個人的に違和感がある。


まだこの店のレビューは7投稿しか上がっていない。レビューを書くのが楽しみだ。ぼくが高評価した店を追いかけている人も何人かいる。少しは売上に貢献できるかもしれない。


反響を確かめたいから、また3ヶ月後ぐらいに来てみるとするか。

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