第7話:フェンリルさんに薬膳料理を作りました ~ピリリと辛い鶏団子の薬膳スープ~
「ここが市場かぁ」
「活気があるでしょ?」
「あっちの方に、アタイが良く行く店があるよ」
私はエルダさんとラベンテさんと一緒に、街の市場まで来ていた。
リトル君はお仕事があるみたいで、お屋敷にいる。
「色んなお店がたくさんありますね」
右も左も、ズラリと屋台が並んでいた。
これなら、食材探しには困らなそうだ。
「メルフィーちゃん、どういう料理を作るの?」
「薬膳料理を作ろうと思うわ」
「「薬膳料理ぃ?」」
二人は揃って、素っとん狂な声を出した。
その反応が面白くて、私はちょっと笑った。
「笑ってないで教えてよ~」
「あはは、ごめんなさい。健康に良い食べ物を使った料理のことよ。食材の組み合わせを工夫するだけで、体の調子が良くなるわ」
「そんな料理があるんだ」
「アタイも初めて聞いたよ」
「スパイスが結構大事なんです」
少し歩いてみると、独特な辛い匂いがしてきた。
香辛料を扱っている店だ。
東の方の特徴的な飾りがしてあった。
私はさっそく、中に入っていく。
「こんにちは、ちょっと見せてもらっていいですか?」
「いいよいいよ、好きなだけ見ていってくれ」
たぶん、専門店なんだろう。
色んなスパイスが売っている。
特に、東の方の品が豊富だった。
「たくさんありますね」
「ああ、自慢の品ぞろえさ」
珍しい香辛料が、たくさん揃っている。
その中でも、体に良い物を選ぶ。
「メルフィーちゃん、すごい真剣な目をしてる……」
「狙った獲物は絶対に逃がさない、すご腕のハンターって感じだね……」
二人はボソボソ話しているけど、よく聞こえなかった。
スパイスは味が強いけど、適度に使えば良いアクセントになる。
「あっ、これは五香粉ですね! すごい、こんなものまで売っているなんて!」
「メルフィーちゃん、五香粉ってなに?」
「五種類のスパイスが混ざった粉よ。シナモン、クローブ、ウイキョウ、八角、花椒の組み合わせが有名かしらね」
「それを料理に使うのかい?」
「スパイスって、お薬みたいな効果があるんです。クローブは体を温めるし、花椒は内臓の調子を整えてくれます」
「「へぇ~」」
「お嬢ちゃん、よく知っているね。そんなに詳しい人は、なかなかいないよ」
お店の人は、感心したように笑っていた。
そのとき、片隅に赤くて小さな野菜が置いてあるのに気づいた。
唐辛子だ。
「味つけは、唐辛子でピリ辛風味にしましょう。体が温かくなるしね」
やがて、頭の中にレシピが浮かんできた。
「このスパイスを使って、薬膳スープを作ります」
「でも、この香辛料って香りが強くないかい?」
「嗅いでいるだけで、くしゃみが出そう」
「上手く使えば、大丈夫ですよ」
ということで、私はひとしきり香辛料を買った。
これだけ揃えれば十分だわ。
いくら薬膳料理といっても、おいしく作ってあげたい。
あとはお屋敷にある食材で作ろう。
□□□
「さて、じゃあさっそく作りましょう。といっても、煮込むのがメインなんだけど」
お屋敷に帰ると、私は手早く準備を終えた。
エルダさんとラベンテさんも、ぜひ見学したいということで、キッチンに来ている。
「アタイにも見せとくれ」
「メルフィーちゃん、どんな料理にするの?」
「鶏肉をメインに使って、スパイスを溶かしたピリ辛スープよ」
お鍋に油を引いて、薄切りにした生姜とにんにくを入れる。
あとはネギも加えようかしら。
体を温めるし、邪気を追い払う効果があるからね。
ネギはザクザク切って、お鍋に入れる。
それから火をつけて、香りを出していく。
そして、唐辛子を丸ごと入れた。
「唐辛子は切らなくていいの?」
「食べにくくないかい?」
「うん、これでいいの。切ってしまうと、辛くなりすぎちゃうから」
鶏肉は細かく刻んで、小さいお団子みたいにした方が食べやすいかな?
切っただけだと、ルフェリンさんも食べるのに苦労するかもしれない。
体が弱っているだろうし。
私は底が深い器に刻んだ鶏肉と塩を入れ、よく揉みこんでいく。
そのまま、ネバネバしてくるまで続ける。
「ずいぶんとしっかりやるんだね、メルフィーちゃん」
「念入りにするほど、舌触りが良くなるんです」
「「へぇ~」」
途中で卵を入れて、硬さを整える。
やがて、ちょうどいい具合になった。
お団子は、小さめに作っておこう。
そのうち、水が沸騰してきたので、五香粉を少しずつ加えていく。
香辛料はクセが強いから、味見しながら整えないとね。
クローブのほんのり甘くて、渋い香りがかぐわしい。
私は味見をしてみる。
香辛料のピリリとした辛さが、体に活力を与えるようだ。
一口飲んだだけで、体がポカポカしてきた。
少し塩味を足したら完成だ。
「結構赤いスープだけど、辛くないかい?」
「大丈夫です。見た目よりは辛くないですよ」
辛いといっても、ちょっぴりだ。
これなら食べやすいと思う。
「さっそく、ルフェリンさんに食べてもらおう」
「「頑張れ、メルフィー(ちゃん)」」
二人とも、私を送り出してくれた。
私は出来上がったお料理を、お庭に運んでいく。
ルーク様が興味深そうに眺めてきた。
「ほぅ……なかなか美味そうじゃないか。見たことない料理だな」
「これは薬膳料理といって、体に良い食材を集めたスープです。辛そうですけど、見た目ほどではありません」
「ふむ……」
ルーク様は今にも食べ出しそうだった。
あの、これはルフェリンさんのなんですけど……。
食べられないうちに、ルフェリンさんの前に出した。
「はい、どうぞ。“ピリリと辛い鶏団子の薬膳スープ”です」
『おお、食欲をそそる良い香りだ。いいな、この匂い』
ルフェリンさんは、お鼻をヒクヒクさせている。
とそこで、私はあることに気がついた。
「あっ、しまった!」
「どうした、メルフィー」
「うっかりして、普通のお皿に盛ってしまいました。食べにくいですよね? すぐに盛り直します」
「別に問題ない」
「え?」
「あれを見ろ」
『これは美味そうだな』
ルフェリンさんは、普通にスプーンとフォークを握っていた。
「に、人間みたいですね」
「あいつは意外と器用なんだ」
フェンリルが食器を使えるなんて、初めて知った。
『じゃあ、いただきます、ア~ン』
ルフェリンさんは、薬膳スープをゆっくり口に運んでいく。




