第6話:フェンリルさんと会いました
「ここが応接室……あれが私の書斎……そしてこっちが……」
翌日、ルーク様がお屋敷を案内してくれた。
朝から仕事だと言っていたけど、時間ができたそうで一度帰ってきていた。
お屋敷を歩きながら、私はあることに気づく。
とても広いけど、あまり人がいないような……。
まだエルダさんたち以外に、誰かと会ったことがない。
「あの、ルーク様」
「なんだ」
「使用人さんたちは、どこかに出かけているんですか?」
こんなにお屋敷が大きければ、勤めている人はたくさんいるはずだ。
クック家でさえ、使用人たちがわんさかいた。
「使用人はエルダたち以外にはいない」
「そうなんですか。でも、こんなに広かったら、管理が大変ではありませんか?」
やっぱり、私も掃除とかした方がいいんじゃ……。
「問題ない。あれを見ろ」
ルーク様がお庭の方を指した。
そこでは、ほうきが勝手に動いて掃除している。
「誰もいないのに、ほうきが動いています」
「私の魔法で、道具を自動的に動かしている。周りをよく見てみなさい」
言われたとおり、辺りを見回してみる。
シャベルが花壇を手入れしたり、窓ガラスをぞうきんが拭いていたり、たしかに全部自動で動いているみたいだった。
「す、すごい……これは便利ですね」
「私は人がたくさんいるのは嫌いだからな。使用人は、最低限でいい」
そうなんだぁ、と思っていたら、お庭の片隅に何かあるのに気がついた。
「ルーク様、あそこにあるのは何ですか?」
それだけ、なんか変だった。
灰色の塊で、モゾモゾ動いている。
何かの魔道具かしら?
「ああ、あれはフェンリルだ」
「そうですか……って、フェンリルですか!?」
さらりと言われたけど、私はとても驚いた。
だって、フェンリルって言ったら、あの伝説の魔獣だ。
「せっかくだから、紹介しておこう。ついてきなさい」
「いや、でも、私……魔獣は……」
「別に害はない」
私に構わず、ルーク様はずんずん進んでしまう。
あの、怖いんですけど。
とは言えず、私も後をついていった。
「彼はフェンリルの、ルフェリンだ」
「うわぁ……大きい……」
近づいてみると、大きな犬みたいだった。
体がモフモフしていて、とても柔らかそうだ。
「ルフェリン、調子はどうだ?」
『ああ……ルークか。なに、いつもと変わらんさ。俺も年なんだろう。おや、そっちのお嬢さんは?』
「うわぁっ! しゃべった!」
驚いて、私は尻もちをついてしまった。
「そんなに驚くことではない。フェンリルくらいの魔獣になると、人語を理解する知能くらいはある。覚えておきなさい」
「はい、わかりました。すみません……知らなくて」
『ルーク、もう少し丁寧に話してやれよ。俺はルフェリンだ、よろしくな』
ルフェリンさんはむくりと立ち上がると、私の方に近づいてきた。
「は、初めまして。私はメルフィー・クックと言います。昨日お屋敷に来て、ルーク様のお食事を作ることになりました」
『へぇ……ルークの舌を唸らせるなんて、なかなかやるじゃないか』
「こら、余計なことを言うんじゃない」
しかし、少し話したかと思うと、ルフェリンさんは下を向いてしまった。
息がはぁはぁしていて、なんだか苦しそうだ。
「ルフェリンさん、どうしたんですか? お水でも持ってきますか?」
『いや、大丈夫だ……』
「どうやら、彼は病気らしい。なかなか治らなくてな、少々困っているところだ」
「え? 病気なんですか?」
そういえば、ルフェリンさんは目がしょぼしょぼしていて、ぐったりしている。
よく見ると、毛もパサパサでツヤがなかった。
「回復魔法や色んなポーションを試しているが、全く効果がない。名のある医術師も、原因すらわからないという始末だ」
『まぁ……もう年なんだろうよ』
ルフェリンさんは、しょんぼり横たわっている。
その姿を見ていると、心が痛くなった。
「フェンリルは大変な長寿だと聞いているが、お前はそんな年でもないだろう」
『そうだな、あと500年は生きられると思っていたが、予定より早くなったのかもしれない』
フェンリルといえば、神速と呼ばれるくらい足が速い。
それに、強靭な爪だって持っている。
だけど、ルフェリンさんは元気がなくて弱弱しかった。
このままじゃ、本当に死んでしまいそうだ。
『最近は、ちょっと話しただけで疲れるな』
「そうか、今日はもう休め。あとで気付け薬でも持ってこよう。街に新しいポーションが入ってきたらしい」
何んとかして、役に立てないかしら?
でも、私は回復魔法なんて使えないし、ましてやポーションの調合なんて……。
そのとき、私はあることを思い出した。
亡きお母さまから、「あなたの料理には不思議な力がある」って聞いたことがある。
『うううっ、寒いなぁ』
「またか……原因はなんなんだ」
「ルフェリンさん、体が冷えてるんですか?」
「メルフィー、ちょっと触ってみろ」
ルフェリンさんを触ってみると、たしかにひんやりしていた。
それに、体の毛もくすんでいる。
「本来なら、もっと銀色に輝いているんだが」
「ルーク様。もしかしたら、私が料理でなんとかできるかもしれません」
「なに? どういうことだ?」
私が言うと、ルーク様に鋭く睨まれた。
ちょっと怖かったけど、私は勇気を出して話す。
「昔から私の料理を食べた人は、体が元気になるんです」
クック家に来たお客さんとかに、よく料理をお出しすることがあった。
そのとき、持病がある人たちから、体調が良くなったと言われたことがある。
そういう経験を、私はルーク様に説明した。
「そんなことがあるとは信じがたいが……まぁ、食事なら問題ないだろう。ぜひ、ルフェリンに何か作ってやってくれ」
「ありがとうございます、ルーク様」
よし、頑張るぞ。
「ただし……」
と思ったら、ルーク様が睨んできた。
ギロリと目が光っている。
な、なんだろう……怖い。
私は覚悟を決め、ゴクッと唾を飲んだ。
「私の夕食もしっかり作れ」
「は、はい、それはもちろん」
私は気が抜けて転びそうになったけど、必死にこらえた。
『俺なんかのために、頑張らなくていいよ……』
「いいえ、少しでも治るかもしれない可能性があったら頑張ります。待っててください、ルフェリンさん。おいしいご飯を持ってきますから」
そうと決まったら、さっそく食材を買い出しに行かないと。
私はお屋敷に向かって走って行った。