第5話:あたくしは選ばれし聖女なのよ(Side:アバリチア①)
「お義姉様を追い出して、清々しましたわ」
「アバリチアがいてくれて、本当に良かったよ。あのままじゃ、僕は“飯炊き令嬢”と結婚させられるところだった」
「シャロー様……」
あたくしはシャロー様と、ジッと見つめ合う。
美しい金髪に、切れ長の青い瞳。
いつ見てもカッコいいですわ。
お義姉様みたいなどん臭い女は、釣り合わないのよ。
「とうとう、僕の家にも聖女の血が入ることになるんだね。これほど名誉なことは、他にないだろうよ」
「あたくしもシャロー様と結ばれて、心の底から幸せですわ」
“聖女の力”がある人なんて、そうそういない。
だから、フリックル家もこの結婚には賛成せざるを得ませんわ。
この家もシャロー様も、あたくしが支配している。
そう思うと、あたくしはとても気分が良かった。
「僕みたいな魔法の天才と、君のような選ばれし聖女なんて、最高のカップルじゃないか」
シャロー様は、魔法がとってもお上手。
いつからか、難しい魔法を使えるようになった。
きっと隠れた才能がおありになったのよ。
「結局、お義姉様は大した魔法が使えないままでしたわね。あれでは、人生の半分は損しているでしょうに」
「きっと、料理するために生まれて来たんだろう。まったく、かわいそうだね。あの“飯炊き令嬢”は、ずっと料理をしていればいいのさ。ハハハハハ」
「見た目も地味ですし、あんなんじゃ嫁の引き取り手もいないでしょう」
おまけに、家から追い出されているんですもの。
お義姉様の人生は、お先真っ暗ね。
「冷酷公爵にも、すでに追い出されているかもね」
「だとしても当然ですわよ。お義姉様は乞食でもしていればいいんですわ」
「まぁ、僕たちのところに来ても、助けたりはしないけどね」
あたくしたちは、お義姉様の悪口を言って盛り上がる。
人の悪口を言うのって、どうしてこんなに楽しいんでしょう。
「ねぇ、シャロー様。いつもみたいに、魔法のダンスを見せてくださらない?」
「いいよ。アバリチアのためなら、いくらでもやってあげるさ。<キャット>! <ドッグ>!」
シャロー様が呪文を唱える。
すると、魔力でできた動物が現れた。
赤色の犬や青色の猫で、キラキラ輝いてとても愛らしい。
シャロー様が杖を振るたびに、かわいい動物たちがお部屋の中で踊る。
「わぁ、かわいい。いつ見ても、本物みたいですわぁ」
「こんな魔法が使えるのは、僕くらいしかいないだろうね」
触ってみると、柔らかくて温かくて、本当の動物みたいな触り心地だ。
青色の猫を撫でてあげると、にゃあにゃあ甘えてきた。
はぁ~、ホントに癒されるわ。
こんな楽しい物、お義姉様なんかに見せてやるものか。
「ねえ、シャロー様。他の動物も見たいですわ」
「よーし、愛するアバリチアのためなら、出し惜しみなんかしないさ。<バード>! <ラビット>!」
シャロー様が呪文を唱えるたび、魔力でできた色んな動物が生まれてくる。
あっという間に、部屋の中は色んな動物で溢れかえった。
ずっとこうして遊んでいたいなぁ。
そのとき、執事が入ってきた。
「失礼いたします、アバリチアお嬢様。リンジーン男爵家のご子息がケガをされてしまったそうで、お嬢様に治してほしいとのことです」
「……チッ」
あたくしは誰にも聞こえないように、静かに舌打ちした。
せっかく楽しんでいるところなのに、邪魔しないでよね。
“聖女の力”を目当てに、こうしてケガ人や病人がやって来るようになった。
正直に言って面倒だわ。
断ろうかしら?
「僕もアバリチアの力を見たいな。今、動物を消しておくね」
……まぁ、いいわ。
シャロー様に“聖女の力”をアピールするには、格好の機会よ。
何度も見せて、あたくしの虜にしてやるわ。
「わかったわ。お通しして」
「かしこまりました」
すると、小奇麗にした婦人と、幼い男の子が入ってきた。
「アバリチアお嬢様、この子がそこの道で転んでしまいまして。治して頂けないかしら?」
「うえ~ん、膝が痛いよぉ」
男の子は、えんえんと泣いている。
うるさいわね。
あたくしは子どもが嫌いなのよ。
さっさと治して、お帰り頂きましょう。
「では、そこにおかけになって」
男の子は膝が擦りむけて、血が出ていた。
とは言っても、大したケガではなさそう。
ちょっと転んだくらい。
これくらいなら、すぐに治るわね。
「じゃあ始めるから、ジッとしてなさいよね」
あたくしは手の平に魔力を集中していく。
すると、手がぼんやりと光り出した。
男の子の膝に当てると、少しずつ傷がふさがり始めた。
「す、すごい! さすがは、アバリチアお嬢様ですわ!」
男の子のお母さんは、驚いた顔で見ている。
ふんっ、これくらい当然よ。
ありがたく見ているといいわ。
しかし、調子が良かったのは最初だけで、その先はなかなか治って行かない。
「お姉ちゃん、まだぁ~?」
「う、うるさいわね、黙ってみてなさいよ」
なんかいつもと勝手が違うような気がするだけど、どうしたのかしら?
もう、さっさと治りなさい! えいっ!
あたくしは、さらに力を込める。
全力で魔力を注ぐと、傷がじわじわと治っていく。
だけど、もどかしいほどスローペースだ。
そのうち、汗がダラダラ出てきた。
「お姉ちゃん、すごく怖い顔してるよ」
「ほ、放っておいて!」
このっ、早く治りなさい!
力を思いっきり込めると、男の子のケガはようやく消えた。
「わあ、すごい! ホントに治ったよ、お母さん!」
「ありがとうございます、アバリチアお嬢様!」
「はぁはぁ……こ、これくらい当たり前ですわ」
何とか、男の子のケガは治った。
でも、普段よりとても時間がかかった。
おまけに、今までにないくらいのすごい疲労感だ。
お、おかしいわね、いつもならこんなの何ともないのに。
「すごいじゃないか、アバリチア。やっぱり、君は天才だよ」
「あ、あたくしの手にかかれば、この程度のケガなんてあっという間ですわ。オホホホ」
シャロー様は、嬉しそうに私を褒めてくださった。
男の子と婦人は、ニコニコと帰っていく。
だけど、私の心にはかすかな不安があった。
前より“聖女の力”が弱くなっているような……。
いや、きっと気のせいですわ。
今日はたまたま、調子が悪かっただけよ。