最終話:~感謝のアクアパッツァと愛アイス~
「“感謝のアクアパッツァ”だ」
ルーク様は私の前で、そっとクローシュを外した。
お皿の真ん中には、大きなマダイが乗っている。
ホカホカと湯気が上っていて、いかにもおいしそうだ。
「うわぁ、アクアパッツァですね! おいしそうです!」
「君が私のために、初めて作ってくれた料理だ」
「覚えていてくださったんですか」
「わ、忘れるわけがないだろう」
ルーク様は顔が真っ赤になっている。
そうか、このアクアパッツァから、全ては始まったのね。
お料理を眺めていると、今までの出来事が思い出されるようだった。
「とっても嬉しいです、ルーク様」
「君が作ってくれた料理を思い出しながら作ってみたんだが……なかなか上手くいかないものだ」
ルーク様は、ハハハと照れ笑いしている。
アクアパッツァは、私たちの思い出の料理になったんだ。
「では、いただきます」
私はルーク様のアクアパッツァを食べていく。
マダイはふわふわして、それなのに身がギュッと引き締まっている。
一口食べた瞬間、潮の香りがした。
「ルーク様、おいしいです! スープがしみ込んでいて、栄養満点って感じです!」
「そ、それは良かった」
私はパクパクと食べていく。
あぁ、こんなにおいしい物を食べられるなんて幸せだなぁ……。
「味つけも、あの時のアクアパッツァと同じですね!」
「君の真似をして、塩などは使わなかった」
スープには食材の旨みが凝縮されている。
「食べるたびに元気が出てきます」
「まぁ、それでも君が作る方が美味いと思うが」
「いいえ、私のよりずっとおいしいですよ」
そして、マダイの周りにはあの食材が並んでいた。
こ、これは……。
「ルーク様、あの時の食材がたくさん入っています」
「君のアクアパッツァには、本当に感動した」
ちっちゃくてチェリーのようなトマト、健康そうな緑のピーマン、大きなマッシュルーム、パワーが出そうなにんにく、太くて大きいズッキーニ、海の幸のアサリとムール貝。
全部……私が作った通りだ。
「こんなところまで再現してくれたのですか」
「なるべく、君が作ってくれたようにしたくてな。私は未だに、あの味が忘れられないのだ」
「ルーク様……」
マダイはちょっと焦げていたけど、そんなの全然気にならない。
海のおいしさと山のおいしさの両方が、美しく調和していた。
私は大事に大事に、アクアパッツァを食べていく。
ルーク様が作ってくれたことが、何より嬉しかった。
「メルフィー、まずくないか? もし口に合わなければ、残してもらっていい」
「ルーク様、まずくなどありません。感動するくらいおいしいです」
「そうか……良かった……」
ルーク様はふぅっと、大きくため息を吐いた。
とても安心した顔をしている。
そのとき、私はあることに気がついた。
「誰かにお料理してもらったのは……ルーク様が初めてです」
そうだ。
今までを思い返すと、誰かにご飯を作ってもらったことは一度もなかった。
私はずっと作る側の立場だった。
「誰かにお料理を作ってもらうって、幸せな気分になりますね」
「そうだな。私はいつも、今の君のような気持ちになっていた。私は君に出会えて、その幸せに気づけたのかもしれない」
「私はルーク様と出逢えて、本当に良かったです」
「それは私のセリフだ。私こそメルフィーと出逢えて、本当に良かった」
ルーク様は照れ笑いしている。
いつの間にか、こういう表情を見せてくださるようになった。
「ルーク様のおかげで、私も幸せな気持ちになれました」
私たちは、しばしの間見つめ合う。
なんだか、心がふわふわしてきた。
「ところで、まだ料理はある」
「え? 他にも用意してくださったのですか?」
「ここで待っていなさい」
そう言うと、ルーク様はまたキッチンに入った。
ドンガラガッシャンと大きな音がして、しばらく静かになった。
今度は何を作ってくださるのかな?
と思ったら、急に食堂が寒くなった。
「どうしたんだろう? すごい寒い……」
だけど、すぐに元通りの温度になった。
少しして、ルーク様が出てきた。
手には、小さなカップを持っている。
そして、その上には……。
「愛アイス」
「え?」
こじんまりとしたバニラアイスが乗っていた。
「ほら……君は料理に名前をつけるだろう……あれだよ。このデザートは、“愛アイス”と名付けた」
私は嬉しくて、言葉が詰まりそうになる。
「それは……良い名前ですね」
「食べてくれるか?」
「はい、もちろん……いただきます」
私はルーク様のアイスを食べる。
一口食べた瞬間、すぐにわかった。
アイスはとてもしょっぱかった。
たぶん、塩と砂糖を間違えちゃったんだ。
そしてカチンコチンになっていて、口が凍りそうなほど冷たい。
だけど、食べていると心が暖かくなってきた。
ルーク様は心配そうな顔をして、私を見ている。
「ど、どうだ、メルフィー。美味いか?」
「……ぐすっ」
私は感動して、自然に涙が出てしまった。
我慢しようとしても、ポロポロ流れてしまう。
「どうした、メルフィー! な、泣くほどまずいのか!? すぐに口直しを! でも他には何も用意していないし! ああ、どうすれば……!」
ルーク様はあたふたしている。
その様子がおかしくて、私は笑ってしまった。
「……違うんです、ルーク様。こんなにおいしい物を、私は食べたことがありません」
私は涙を拭い、笑顔で答えた。
この味を、私は一生忘れないだろう。
ルーク様の手料理は、本当においしい。
だって、そこにはたくさんの愛が詰まっているのだから。
~読者の皆様へ~
最終話までお読みいただきまして、本当にありがとうございました。
皆様のおかげで、完結まで書くことができました。
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