第4話:公爵様と専属契約しました
さっきから公爵様は、無言でアクアパッツァを食べている。
「あの……おいしいですか?」
「食事中は静かにしなさい」
「あっ、はい……すみません」
さっそく、怒られてしまった。
そのまま、しばらく無言の食事が進む。
私も食べながら、料理を味わう。
マダイはふっかふかにできていた。
それなのに、お肉はぎゅっと嚙み応えがある。
嚙むたびに、魚のうまみが溢れてきた。
ピーマンもサクサクで、歯ごたえが最高だ。
極めつけは、食材のうまみが溶け出したスープ。
マッシュルームが海の幸と、ベストマッチしている。
一口飲んだだけで、体が安らいでいくようだ。
気のせいか、ふんわりと潮風のような香りがした。
「おいしい……よかった……」
私は小声でつぶやいて、ふぅっと一息ついた。
自分で言うのもなんだが、おいしくできたと思う。
ウロコやエラは丁寧に取り除いたので、イヤな食感もなかった。
公爵様もおいしいって思ってくれてるかな?
私はそーっと公爵様を見る。
しかし、公爵様は小声でふむ……とか、ほぅ……とか呟いているだけだった。
「この塩味は、どうやってつけた? 塩をたくさん入れたのか?」
と思ったら、いきなり公爵様が話しかけてきた。
食事中は静かに、って自分で言ってたのに……。
「あ、あの……お話ししてもいいんですか?」
「私の質問に答えなさい」
「は、はい……すみません。塩は入れていません」
「入れてない? では、なぜこんなに塩味がしっかりしているんだ」
「マダイと貝の塩味だけを使いました。それ以上塩を入れてしまうと、せっかくのうまみを邪魔してしまうと思いまして……」
その間にも、公爵様は丁寧にマダイをほぐしていく。
あんなキレイに食べられたら、食材も嬉しいだろう。
「そして、なぜこの魚はウロコがないんだ? 丸ごと入っているだろう」
「丁寧に全て取り除きました。食事中に噛んで、ケガしたりすると良くないですから」
「身も崩れていないな」
「魚に触れないように、注意して調理しました」
「ふむ……」
公爵様はなんとなく、納得したような微妙な表情をしている。
だけど、肝心の味については、まだ何も言っていない。
「そ、それで、お味の方はどうでしょうか?」
「ん……」
ん……って、おいしいってことですか?
と聞きたかったけど、私はグッと我慢する。
そのまま、最後まで食事は続いた。
結局、公爵様は全部召し上がってくれた。
だけど、私を置いてもらえるのかまだ教えてくれない。
このままじゃ、緊張でどうにかなりそう……!
「あの、公爵様、私はどうなるのでしょうか?」
待ちきれず、自分から聞いてしまった。
「君はずっと、この家にいていい」
「ほ、ほんとですか!?」
思わず、大きな声を出してしまった。
私は慌てて口に手を当てる。
「メルフィー、君は私の専属シェフになりなさい」
「それは、専属契約ってことですか?」
「そうだ、不満か?」
「いいえ! 不満などございません! 私、とても嬉しいです!」
私は良かったぁ、と一息つく。
これで、とりあえず居場所ができた。
「報酬は言い値で払おう。給金はどのくらい欲しい? いくらでも出せるが」
「ほ、報酬なんていりません。ここに居させてもらえれば、それでいいです」
「ふむ……まぁ、そういうことはおいおい決めよう。それと、私のことは公爵様と呼ばなくていい」
「そ、そうですか。承知いたしました」
しかし、私は困ってしまった。
なんて呼んだらいいんだろう?
メルシレス様?
でも、ちょっと距離を感じる気がする。
「では、ルーク様とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「好きにしなさい」
「あの……ルーク様……」
私は緊張して呼んだ。
「なんだ」
「私はお料理以外に、何をすれば良いのでしょうか?」
こんなに大きなお屋敷だ。
きっと、たくさん仕事があるに違いない。
私は何らかの覚悟を決める。
せっかく、家にいていいって言ってくれたんだ、頑張るぞ!
しかし、ルーク様は予想外のことを言ってきた。
「何もしなくていい」
「え? いや、そういうわけにはいきません。置いていただくのですから」
「君は料理を作ってくれるだけでいいんだ」
料理だけしてればいいの?
なんだか、申し訳ない気もする。
「でしたら、明日のお朝食は、何時頃にご用意すれば……」
「私は朝食は食べない。いつも食べずに、仕事へ行く。早朝から夜まで、仕事があるんだ。君は夕食だけ用意してくれれば、それでいい」
そう言うと、ルーク様は食堂から出て行ってしまった。
入れ替わるように、エルダさんとリトル君、そしてラベンテさんが入ってくる。
「「メ、メルフィー様……結果はどうでしたか?」」
「追い出されちゃうのかい? ……オヨヨ」
「家にいていい、って言われました。夕食だけ作ってくれればいいって」
「「「うわーい! ヤッター!」」」
三人は笑顔で、バンザイしている。
まるで、自分のことのように喜んでくれた。
「公爵様のお口に合うなんて、メルフィー様は料理の天才ですね! しかも、名前で呼んでいいなんて、すごい気に入れられていますよ。私たちなんかは恐れ多くて、絶対に公爵様としか呼べません」
「エルダさん。私のことはメルフィー様、って呼ばなくていいよ。もう男爵家の人間でもないし」
見たところ、エルダさんと私は、それほど年は離れていなさそうだ。
上下関係というよりは、友達になりたい。
「よ、よろしいのですか? メルフィー様」
「ええ、メルフィーって呼んで」
「じゃ、じゃあ、メルフィー……ちゃん。これから、よろしく」
「こちらこそよろしくね、エルダさん」
私とエルダさんは、キュッと握手する。
「リトル君も、私に様なんかつけなくていいからね」
「ありがとうございます。では僕は、メルフィーさんと呼ばせてもらいますね」
「ええ、リトル君もよろしく……あっ」
急に力が抜けて、私はクタクタと座り込んでしまった。
「メルフィー、今日は疲れたろう。片づけはアタイがやっとくから、もうお休みよ」
「す、すみません。お願いします」
やっぱり、結構緊張してたんだ。
□□□
「ここがメルフィーちゃんのお部屋ね」
ということで、エルダさんが寝室まで案内してくれた。
「じゃあ、お休み、メルフィーちゃん」
「お休みなさい」
私はベッドに横たわる。
ふかふかで、体が自然に沈んでしまうくらい柔らかかった。
とても良い香りがして、気持ちが落ち着く。
「ふぅ……今日は疲れたわね。でも、良かった……」
私はこれまでの出来事を思い出す。
辛い目に遭ったけど、過去のことを悲しんでもしかたない。
「それに、みんな優しい人でよかったな」
公爵様だって冷たい感じだけど、そのうち仲良くなれるかもしれない。
明日からまた頑張らなくちゃ。
知らないうちに、私は眠っていた。