第38話:お義姉様のお料理(Side:アバリチア⑥)
え……? 監獄行き? このあたくしが?
いや、ありえないわ。
きっと、質の悪い冗談ね。
だって、あたくしは聖女なんですもの。
いくら王様でも、そこまではしないわよね。
そもそも、監獄行きになった貴族なんて、聞いたことがない。
「お、王様、どういうことでございましょうか? さすがに投獄というのは、行き過ぎているかと」
「ナデシコ様も命に別条はなかったということですから、僕たちもお見逃しのほどを……」
「黙れ! どの口が言うか!」
王様に怒鳴りつけられ、あたくしたちは縮み上がる。
その目は怒り狂っているのが、イヤでもわかった。
ほ、本気なんだ……。
このままでは、本当に監獄行きになってしまう。
暗い牢獄で、おばあさんになるまで暮らす……。
そ、そんなの絶対にイヤ!
とそこで、あたくしは素晴らしい考えを思いついた。
「お、王様! そんなに気持ちを昂らせては、お体に障りますわ!」
たしか、王様は胸の病気があったはずよ。
ウワサだと不治の病らしくて、偉い医術師たちも治せないんだとか。
一度王様を引っ込ませて、なんとか時間を稼ぐしかない。
「別に問題ない。もう治っておる。メルフィー嬢の作る料理には、“聖女の加護”があるのだ。彼女の作る料理を食べて、我輩の病気も無事に治った」
は……?
と、あたくしは固まってしまった。
「いったい、それは……お義姉様のお料理で、病気が治ったのですか……? どうして……?」
「貴様の“聖女の力”や、その愚かな男の魔法も、全てはメルフィー嬢の料理を食べていたから、使えたというわけだ」
お義姉様のお料理に、“聖女の加護”があった?
さっきから、王様は何を言っているの?
意味がわからないんだけど。
「お義姉様のお料理に、そんな力があるわけ……」
で、でも、ちょっと待って。
あたくしは今までの出来事を、必死に思い出していく。
“聖女の力”が弱ったのって、いつからだっけ?
お……お義姉様を追放してからよ。
その後は、もちろんあの人の料理なんか食べていないわ。
そして、今や“聖女の力”は完全に消えてしまった。
王様の言うように、お義姉様の料理を食べなくなってから、“聖女の力”は使えなくなった?
あたくしは震える声で、シャロー様に尋ねた。
「シャ、シャロー様の魔法が使えなくなったのは、いつ頃からでしたっけ?」
「メ、メルフィーを追い出してからだ……」
そ、そうだ……それもお義姉様を追放してからだ。
本当に、全部……お義姉様のおかげだったの?
「そ、そんなこと……あり得ませんわ……」
あたくしは叫んだつもりだったのに、呟くような声しか出なかった。
まるで、魂が抜けてしまったかのようだ。
「ええい! こいつらを連れて行け! 監獄に閉じ込めるのだ!」
王様の合図で、衛兵たちが周りを取り囲んだ。
そのまま、牢獄へ連れ去ろうとする。
「王様、それだけはおやめください! あたくしは何でもいたしますから!」
「お願いします! どうか、僕たちをお許しください!」
しかし、もはや王様はあたくしたちを見ていなかった。
王宮へ向かって、スタスタと歩いている。
代わりに、衛兵があたくしたちを乱暴に引きずっていった。
「黙れ! この愚か者ども! 一生、外に出てくるな!」
「お前らのせいで、ナデシコ様は死ぬところだったんだぞ!」
「さっさと歩け! 広場が汚れるだろうがよ!」
「「助けてー、王様ー!」」
そのまま、あたくしたちは監獄へ連れて行かれた。
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ここに閉じ込められてから、もうどれくらい経ったのだろう。
暗くてジメジメしているし、不快でしょうがない。
「ぎゃあっ、ネズミ!」
あたくしの足元を、ネズミが走って行った。
慌てて壁にしがみつく。
すると、手を何かが這う感触があった。
ぞわぞわして。
「ぎゃあっ、虫!」
壁にはムカデみたいな気色悪い虫が、うじゃうじゃいる。
こんなところ、今すぐにでも出て行きたい。
「シャロー様、どうにかして!」
「どうにかって……もうどうしようもないんだよ、アバリチア……」
しかし、シャロー様はしょんぼりして座り込んでいる。
抜け殻のようだ。
まったく、この男はもうダメね。
あたくしだけでも脱出しないと。
それにしても、お腹が空いたわ。
「ほらよ、今日のメシだ!」
「ありがたく食えよな、ハハハハハ!」
「豚のエサよりはマシだと思うぜ!」
そのとき、衛兵たちがドアの隙間から食事を出してきた。
真っ黒に焦げたまずそうなパンと、豆が潰れた汚いスープだ。
「ちょっと、なによこれ! こんなものを食べさせようっての!」
「うるせえ! 口答えするんじゃねえよ!」
「文句あるなら、そこら辺にいる虫でも食ってろ!」
「お前みたいな罪人には、これくらいがちょうどいいんだよ!」
衛兵たちは怒鳴りつけると、そのままどこかへ行ってしまった。
こんなもの、絶対に食べてやるもんか!
それから、あたくしはずっと空腹を我慢していた。
だけど、時間が経つにつれて、お腹はどんどん空いてくる。
「しょうがないわね。少しだけでも食べましょう……」
空腹に耐えかねて、あたくしはパンをかじる。
「うげえっ! まずい!」
だけど、嚙んだ瞬間吐き出してしまった。
苦くて苦くてしかたがない。
パサパサに焦げた味と匂いで、もはやパンですらない。
こ、これは本当に食べ物なの?
あたくしは豆のスープを飲んでみる。
「げえ! こ、こっちもすごくまずい!」
冷たい上に、苦くてしょうがなかった。
潰れた豆の食感が、途方もなく気持ち悪い。
ベチャベチャしているし、イヤな臭いまでしていた。
とても食べられたような物じゃない。
こ、こんなの食べられるわけ……。
あっ、そうだ。
「シャロー様、何か食べる物を持っていませんか?」
「持っているわけないだろう……アバリチア……」
わずかな希望を持って聞いたけど、案の定何もなかった。
そこで、あたくしはようやく自分の状況を理解した。
もしかして、この先ずっとこんなご飯を食べていかなくちゃいけないの……?
その瞬間、あたくしは惨めで辛くて涙がボロボロ出てきた。
「うっうっ……お義姉様のご飯が食べたい……」
今思えば、お義姉様のお料理は最高においしかった。
家から追い出したり、シャロー様を奪ったりしなければ、こんなことにはならなかったんだわ……。
あたくしは、いつまでもいつまでも後悔していた。




